「おはよう教主! どう? ちゃんと起こしにきたわよ!」
《………………エルフィン、まだ、早すぎるよ……》
「えっ……アレ、本当だ……おかしいな……あっ! 絶対遅れないように私の部屋の時計早めてたんだった! ごめん教主!」
《……いいよ。でも流石にもう少し寝たいかな……エルフィンもまだ眠いでしょ、ほらおいで》
「あっ、えっと……あの…………うん!」
《よしよし……あんまり……無理しなくていいよ……》
「…………うん、ごめん、教主……」
「ジャジャーン! 見てみて! 手作りケーキ!」
《おお……これ、本当にエルフィンが……?》
「そう! 頑張ったんだから! さ、食べて食べて!」
《いやぁ、凄いなぁ……ありがとう。いただきます…………パクっ……うぐぅっ!?》
「え、何、どうしたの? 何か間違ったかな……ペロッ……ブフゥッ! しょっっっっっぱっっっ!」
《エルフィン、これ……》
「ご、ごめん! これ、塩と砂糖間違えてるじゃない……! こんなの捨てちゃって! すぐ作り直すから!」
(味見したら食べ過ぎちゃいそうで、ずっと我慢してたのが裏目に出るなんてぇ……! 折角の記念日に教主が可哀想でしょ! 私のバカバカバカ!)
《……パクッ》
「あっ」
《……うん、しょっぱいけど、生地はしっかりしてるし、生クリームの舌触りも良い……これだけのケーキを、エルフィンが私の為に頑張って作ってくれたのが……とても嬉しいよ。エルフィンの真心の込められたケーキ、ただ捨てるのは勿体無いよ! パクパクッ!》
「…………きょーしゅ……」
《パクッパクッパクッ……うっ……でも、流石に全部はキツイや……もう無理……》
「…………きょーしゅー……」
《うっ……エルフィンに呆れ顔されるなんて……エルフィンも成長したなぁ……なんて、あははははは……ふぅ》
《ゴホッゴホッ……》
「おはよう教……って、どうしたの!? 顔真っ赤よ!」
《ああ……ゴホッ……なんだか、調子がゴホッゴホッ、悪くてね……》
「あわわわ、えぇっと! こういう時はどうするんだっけ! まず、まずはネルに連絡! それで、そう医者! お医者さん! 私、急いでモナティアムに行ってくるから! 大人しくしてて!」
《このくらい……大丈夫……》
「いいから! ほら、私が押さえてるだけなのに、全然起き上がれてないじゃない! 無理しないで!」
《ゴホッ……》
「良い! 大人しく待ってるのよ!」
バタン!
「ネルー! ネルーーーーー!!!」
タタタタタタタタ
《ゴホッゴホッゴホッ……はは……朝から……元気だ……ゴホッ》
ドンガラガッシャーン!
《…………少しだけ……ゴホッ……羨ましい……な……》
「教主ー、そろそろ起きてー」
暖かな闇の中で揺られていた『あなた』の意識が、ゆっくりと引き上げられていく。
肌寒さを覚えて体を震わせ、目を開いて見れば視界に飛び込んで来たのは薄暗い部屋と、そこに佇む金髪の妖精の女王だった。
《…………ん……おはよう、エルフィン》
「おはよう。あはは、教主声ガラッガラ。ほら、起きて起きて。もう日は登っちゃってるわよ?」
その言葉と共に開かれたカーテンから差し込む日の光は、薄暗かった部屋全体をあっという間に明るく照らした。
陽の暖かさを感じて、『あなた』は布団の中で軽く身動ぎをした。
瞬間、体全体に感じる違和感と軋み。
思わず噛み締めた奥歯がギリ、と音を立てた。
《そう……みたいだね……ちょっと……寝坊、し過ぎた、かな……》
「いーのよ少しくらい! 教主はこれまでずっと頑張って来たじゃない! 誰であろう妖精の女王たるこの私が許してあげる!」
胸を張って自信満々に告げられる温かい言葉に、つい『あなた』は目を細めた。
温もりに身を委ねたい……そう思ってしまう程に心地好くて、そのまま溶けてしまいそうで――
《――ッ……!》
不意に意識が一瞬途切れた事を自覚した『あなた』は、目を見開いた。
起こしに来て貰っている中で眠る訳にはいかない、と、心の中で言い訳をしながら。
軋む体を意図的に無視して。
「それに、本番は明日なんだから!」
《……あし、た……? 何かあったかな……》
『あなた』は思わず呟けば、帰ってきたのは何処か呆れたような声色での返答だった。
「教主ったらいっつも忘れてるわよね! 知らないでいるのは可哀想だし、教えてあげる! 明日は教主の教主になった記念の日! その記念すべき100年目の日なのよ!」
《…………ああ》
その言葉を理解した瞬間、『あなた』の頭にいくつもの思い出が浮かんでは消えていく。
まるで走馬灯のように駆け抜けていく思い出には、苦しい事も辛い事も苛立たしい事も無数にあった。
それでも、今の『あなた』にとっては、どれも輝かしく優しい過去だった。
100年、人間としては長いくらいの時間を駆け抜けた。
エーリアスという変化の乏しい世界で『あなた』はエーリアスを愛し、そしてエーリアスもまたその愛に応えて『あなた』を愛した。
そう心から思える日々を過ごしたと気付いた『あなた』は……ふっと体から力を抜いた。
その顔には、自然な笑みが浮かんでいた。
《……そうだね。明日、はちゃんと起きないと、ね……》
「ウフフフフ……今年もとびっきりのプレゼント用意してるんだから! 楽しみにしててよね! あ、勿論パーティもあるのよ! 今までとは比べ物にならないくらいの、忘れられない最高の日にしてあげるんだから! だから、明日はちゃんと起きてよね! 約束よ!」
差し出された小指に、『あなた』は自分の小指を絡ませた。
《……うん……約束するよ、エルフィン……ふふっ……明日が、楽しみ、だなぁ……》
朝日に照らされながら、エルフィンは花が咲いたような笑みを浮かべていた。