「こっちの飾り足りないでーす!」
「あっ、会場での争い事は一切禁止ですよ!」
「あれ、ここどうするんだっけ」
「材料なくなっちゃったー!」
「教主様の素晴らしき晴れ舞台! また新たな伝説の1ページが刻まれるのですね!」
「おはよう、きょーしゅー!」
エルフィンはご機嫌な様子で『あなた』の部屋に飛び込んできた。
その手には抱える程に大きな箱……金色と赤色のリボンでラッピングされたそれは、エルフィンがエシュールと一緒に作り上げたケーキである。
毎年この時期にはエルフィンの手作りケーキが贈られていたのだが、記念すべき100周年という事で本職のエシュールに手伝って貰いながら、巨大なケーキを作り上げていた。
完璧な出来だと誇らしげなエルフィンだったが、同時に過去の失敗も忘れていない。
ここではしゃぎ過ぎて落としては元も子もない、と。
「……っと……慎重に……よいしょっと」
逸る心を押さえ付けて、エルフィンは『あなた』の部屋のテーブルの上にケーキの箱をそっと置いた。
テーブルの上で鎮座する白い箱に、エルフィンは満足そうに笑みを溢した。
くるり、踵を返したエルフィンはそれでもまだ動く様子のない『あなた』に、僅かに呆れたような息を漏らした。
「昨日は早起きしてくれるって言ったのに、まったく」
エルフィンはまずは部屋を明るくしようとベッドを通り過ぎ、カーテンに手を伸ばした。
そしてそのまま左右に開き、部屋はあっという間に差し込むので朝日によって明るくなっていった。
『あなた』の姿が、閉じた瞳と引き結んだ口が朝日に照らされていた。
「ほら、今日も良い天気だよー!」
そう言って振り返るエルフィンに、『あなた』は何も返さない。
エルフィンは困ったように腰に手を当てて笑った。
「もう、お寝坊さんなんだから!」
それでも『あなた』は何も返さない。
その瞳も口も動かない。
「きょーしゅー! 起きてー!」
ゆさゆさ
エルフィンの手が『あなた』を揺する。
その体の何処も、それに合わせて揺れるだけで僅かにも動かない。
その時エルフィンの表情に陰がさす。
『あなた』の体の感触に、体温に、違和感を覚えて。
「…………つめ、たい……?」
いつもほんのりと温かい、安心出来る温もりだったそれとまったく異なる、温かさを失った固い感触。
いつもと違う事は確かなのに、それが何故なのか、エルフィンにはわからなかった。
「……きょーしゅ……?」
エルフィンは『あなた』の顔を見つめた。
口も、鼻もピクリともしない。
閉じた瞼は僅かにも震えない。
変だ、おかしい、とエルフィンの胸の中で何かが叫び続けていた。
ぺたり
その頬に手を這わせても何の反応もなくて、そしてやはり冷たい。
体温をまったく感じられないその感触に、エルフィンの顔が歪む。
「教主……教主!」
どれだけ呼んでも、何の反応もない。
ピクリともしない。
喉が動かない、胸が動かない。
手が、足が、体が、どこも自発的に動く様子がなかった。
揺すっても、声をかけても、頬を叩いても。
「そ、そんなに無視して……! へ、返事しないんだったら、意地悪しちゃうんだからっ! えいっ!」
エルフィンはひょいと、ベッドの上に飛び乗って『あなた』のお腹に飛び込んだ。
何度も試みて、何度も『あなた』にくぐもった悲鳴をあげさせた行為。
その度に怒られてほっぺを引っ張られたり擽られたりするのが恒例で。
今回もそうなると、悲鳴をあげた『あなた』が困ったように笑って起き上がると信じて。
《……………………》
それでも、『あなた』からは何の反応もなかった。
乗った、『あなた』に触れている部分からエルフィンは一切の温もりを感じられない
ぐりぐりと押しても、乗ったまま体を揺すっても、何をしても、何も起きない、動かない。
「なん、で……? 教主? む、無視しないでよ教主、ねぇ!」
エルフィンは『あなた』に跨がって、『あなた』の胸に手をついて必死な形相を浮かべた。
「私、何かしちゃった!? また教主の傷つくような事しちゃった!? だったら謝るから、無視しないでよ、起きてよ!」
『あなた』の体を必死に揺すりながら、エルフィンは言葉を続ける。
「ねえ、すっごいケーキ焼いてきたのよ? エシュールに手伝っては貰ったけど、殆ど1人で焼いたのよ? パーティーの準備だって順調なんだから……今までで一番豪華なパーティーになる予定なのよ? みんな、エーリアス中のみんなが、教主の為に集まってるのよ……?」
それでも『あなた』からは何の反応もない。
微塵も、動かない。
ただエルフィンの揺らしたぶんだけ、ゆらゆらと揺れるだけ。
やがてエルフィンの肩が、ふるふると震え始める。
理由はエルフィン自身でもわからない。
ただ何かを恐れているかのように、震えが止まらなかった。
じわり、とエルフィンの視界が滲んだ。
「私、教主の為に、いっぱい頑張ったんだよ……?」
ぽたり
「ねえ、目を覚ましてよ……」
『あなた』の頬に滴が落ちる。
「お願いっ、だからぁっ……!」
『あなた』の頬を滴が伝い、落ちていく。
「頭、撫でてよぉっ……! ありがとうって、頑張ったねエルフィンって、褒めてよぉっ!」
それでも、『あなた』は目覚めない。
ぽたっ、ぽたっ
「起きてよぉっ!」
その大きな瞳から大粒の涙を溢しながら、エルフィンは『あなた』にすがり付いた。
目を閉じたままの『あなた』の顔を覗き込んで、必死に叫んで。
次の瞬間には目を開けて、あの温かな眼差しで見つめて欲しいと心から願って。
おはようでも、ありがとうでも、重いでも、痛いでも、いっそ怒ってもいいから、叩かれてもいいから。
だから、起きて、と。
涙を流して、嗚咽を漏らして、すがり付いて、ただそれだけを願って、『あなた』に呼び掛け続けた。
「教主―――――!!!」
その声が、枯れるまで。
それでも、『あなた』は二度と目を覚ます事はなかった。