破滅フラグしかないボンボンに転生してしまった件 〜グフに踏み潰される運命なんて、全力で回避してやる!〜《完結》 作:kiakia
オーブ国防海軍司令部。大型モニターに映し出される宇宙の惨状を、トダカ一佐は拳を血が滲むほどに握りしめ、凝視していた。
宇宙軍からの戦死報告が次々と端末を叩く。機体限界を超えたアグニの照射、そしてその隙を突いたテロリストの牙に倒れた若きパイロットたち。彼らはトダカにとっても、オーブの未来を担う大切な教え子や部下たちだった。
「……また、失うのか」
トダカの脳裏に、先の戦乱で真っ赤に燃え上がったオノゴロ島の光景が過ぎる。
だが、真の絶望はこれからだった。破砕作業を経てもなお、地球の重力に捕らえられた「石の雨」が、大気圏を切り裂きながら各地へ降り注ぎ始めている。後に「ブレイク・ザ・ワールド」と呼ばれることになるこの惨劇によって、数千万、あるいは億単位の命が失われるであろうことは、ベテランの彼には容易に想像できた。
「一佐! ユウナ様より、救難プロトコル『フェイズ2』への移行命令です! 配置済みの防潮ユニットおよび、各居住区の地下シェルターを即時開放せよ、と!」
オペレーターの鋭い声。トダカはハッとして、手元の配置図に目を落とした。驚愕すべきは、その「配置」だった。
ユウナ・ロマ・セイランが数日前から「災害予防」と称して強引に進めていた、沿岸部への大型防潮堤の増設と、リビルドを用いた救助隊の先行配置。それはまるで、今日、この時間に、この場所に破片が落ち、大津波がオーブを襲うことを確信していたかのような――。
「……ユウナ様。貴方は、一体どこまで見えているというのですか」
トダカの背筋に、冬の冷水のような戦慄が走った。カガリ代表の行方不明という混乱の中、誰よりも早く宇宙軍を動かし、誰よりも正確に被害予測を立てていた「バカ息子」。
宇宙で散った兵士たちの命。そして、この後オーブに押し寄せるであろう津波を、最小限の犠牲で食い止めようとしている周到な布石。
もしこれが、彼がすべてを予見した上での「介入」だとしたら?
「……いや、今は考えるな。今は、救える命を一つでも増やすことだ!」
トダカは自分の中の疑念を強引に振り払うと、全艦隊、全救助部隊に向けてマイクを取った。
「全軍に告ぐ! これより未曾有の大災害に介入する。オーブの民を、一人たりとも見捨てるな。ユウナ様の立てられた計画を信じ、各自、配置に就けッ!!」
宇宙軍の犠牲を無駄にしないために。そして、あの若き野心家が泥を啜る思いで用意したであろう「救いの手」を、確実に届けるために。
トダカは、燃える空を睨みつけた。
ユニウスセブンの巨大な破片がオーブ近海に叩きつけられた。
海面が山のように盛り上がり、漆黒の壁となった海水が、凄まじい轟音と共にオーブの街へと牙を剥く。史実と比べればその津波はマシと言えるが、当事者達は知るはずもなく、沿岸部を根こそぎ奪い、数万の命を泥濘の中に沈めるはずの「死の波」を待ち構えていた。
「……来たか。総員、防潮ユニット『ワダツミ』、全出力で固定展開ッ!」
トダカの咆哮が響く。海岸線に等間隔で配置されていた無骨な鋼鉄の塔が、鈍い駆動音を上げて地中深くへアンカーを打ち込んだ。それは、ユウナが周囲から「税金の無駄遣いだ」と指を差されながらも、強引に設置させた即席の移動式大型防潮システムだ。
ドォォォォォォォォォォンッ!!
数千万トンの海水が、オーブの街に激突した。
防潮ユニットが展開した複合装甲板が波を切り裂き、エネルギーを分散させる。だが、自然の猛威はそれでもなお、強固な鉄の壁を越えて溢れ出した。
「ぐわぁぁぁッ! 支えろ! 街に流すな!!」
決死のパイロット達の叫び声が響き渡る。
ユウナの指示で「リビルド」全機が、ワダツミの背後に回り込み、機体を直接防壁に押し当てて支え持つ。噴き出す海水がコクピットを叩き、機体が悲鳴を上げる。ワダツミは急造品故に、MSで後方から防壁を強引に押すという工程が必要な力技と言える対処法を取ることしかできないのだ。
「被害が出るのは分かっていた……だが、一歩も引くな! ここで止めなければ、オーブは終わるんだ!」
パイロットたちの必死の叫び。周りを見渡せばリビルドだけではなくM1アストレイやムラサメも加わっている。それでも、完全に防ぐことは叶わない。防壁を乗り越えた水流が沿岸の建物をなぎ倒し、逃げ遅れた人々の悲鳴が波に消える。オーブが、パイロット達の目の前で破壊されていく。人口密集地帯及び、津波の到達予定地点にだけ集中運用されたワダツミ。逆に言えば防潮ユニットが用意できなかった地域や、想定以上の津波に耐えきれなかった地域と言えば……。
本来の歴史なら数十万人規模だった死者は、ユウナの介入によって劇的に抑え込まれていた。だが、それでも「ゼロ」ではない。
モニター越しに、家々が押し流され、泥水に消えていく人影が見えるたび、ユウナは再び込み上げるものを必死に飲み込んだ。
(……救い切れない。俺が、俺が選んだ結果だ……!)
世界中で億単位の犠牲が出ようとしているこの地獄の最中で、オーブだけが、ボロボロになりながらも立ち続けていた。
やがて波が引き、静寂が訪れた頃。司令室のモニターには、壊滅を免れた街並みと、泥まみれになりながら救助活動を開始するリビルドの姿が映し出されていた。
「……ユウナ様。沿岸部に浸水被害、および建物の損壊多数。しかし……主要な避難所は無事です。犠牲者は……今のところ、数百名の確認に留まっています」
オペレーターの声は震えていた。周辺諸国から届く「壊滅」の報に比べれば、これは奇跡に近い数字だった。だが、ユウナはその「数百名」という数字を、自らの胸に刻まれる消えない傷のように感じていた。
(今で数百……一応シェルターへの避難勧告は出していたとは言え、四桁単位の犠牲者は…クソっ!)
波が引き、静寂が戻り始めた司令室。生存報告と被害状況が錯綜する中、ユウナは顔の血色を失ったまま、壁に背を預けていた。その視線の先には、泥を被りながらも力強く立っている防潮ユニット「ワダツミ」の姿があった。
「……あれは、エリカ・シモンズに無理を言って作らせたものだ」
誰に聞かせるでもなく、ユウナは枯れた声でポツリと漏らした。隣に立つトダカ一佐が、驚きを持ってユウナを見る。
「モルゲンレーテに秘密裏に発注していたのは知っていましたが、シモンズ主任に直接、あれほどのものを……?」
「ああ。緊急でな。……最初は、鼻で笑われたよ。こんな馬鹿げた巨大な『板』をどこに使うのかとね。大津波にはMSで後ろから押すなんて考えバカにしてんのか?って思われたろうが、シモンズ主任はよくやってくれたよ……おかげで備蓄の資源も相当減ってしまったけどね」
ユウナは自嘲気味に笑った。
実際、エリカたち技術者からすれば、いつ起きるかもわからない津波のために国家予算を削り、巨大な防護壁を短期間で量産するなど狂気の沙汰だった。
それをユウナは「予見」「原作知識」という言葉を隠し、「最悪のシミュレーション」という屁理屈と権力による強制力で形にさせたのだ。だが、ユウナの内心は、そんな功績に浸れるほど穏やかではなかった。
(……本当は、わかっていた。宇宙での介入なんて、ほとんど不可能だったんだ)
ブレイク・ザ・ワールドは本来、人間の手で抗える規模の災害ではない。
宇宙軍を動かし、アグニを持たせたところで、落下する石塊のすべてを消せるわけがない。どこかで「無理だ」と冷徹に切り捨て、後手に回っていた自分への嫌悪が、再び喉の奥までせり上がってくる。
(最初から、宇宙軍の犠牲が出ることも、街が飲み込まれることも、わかっていたじゃないか。俺は……効率よく救える命を選び、それ以外を切り捨てただけだ)
数百人、数千の犠牲。それは本来の数十万人から見れば奇跡的な少なさだが、ユウナにとっては、自分が「もっと早く、もっと正確に介入していれば」救えたはずの命だった。
「ユウナ様、今は休まれては……顔色が酷すぎます」
トダカの気遣わしげな声に、ユウナは冷たい水の洗面を浴びたように意識を切り替えた。ポケットの中の録音機と、これから始まる「英雄」としての演目。
「いや、いい。……トダカ一佐、海軍、陸軍、リビルド隊をすぐに動かせ。ワダツミのおかげで、生存者の捜索範囲は絞れているはずだ。……一人でも多く、泥の中から引きずり出せ」
ユウナは震える足で歩き出す。
これから、カガリが帰ってくる。そして、世界がロゴスの仕掛けた憎しみの連鎖に沈んでいく。
救世主の仮面を被る時間は、まだ終わらない。
波が引いた後のオーブは、美しい南国の面影を失い、重苦しい泥と瓦礫の色に染まっていた。
本来、セイラン家は国民から嫌われている。アスハ家のような高潔な理念を語らず、常に権力と利権に固執するその姿勢は、賢明なオーブ国民の目には「火事場泥棒」のように映っていたからだ。
機密保持のため、防潮ユニット「ワダツミ」の詳細も、それがユウナの独断で設置されたことも国民は知らない。彼らにとって、自分たちの命を繋ぎ止めたのは「ただの幸運」か「アスハの加護」に過ぎなかった。
だが、その日の避難所には、異様な光景が広がっていた。
「……そっちだ! 下敷きになっている人がいる、リビルド隊、急げ!」
高級なスーツを泥まみれにし、額から血を流しながら、がむしゃらに瓦礫を退ける男がいた。
ユウナ・ロマ・セイラン。
いつもなら鼻持ちならない薄笑いを浮かべているはずの御曹司が、嘔吐した直後の青白い顔で、ボロボロになりながら被災者の手を握り、泥水を啜るようにして救助現場を走り回っている。
「ユウナ様、ここは我々が! 貴方は安全な本部へ!」
「うるさい、手を動かせ! 一秒遅れれば、誰かが死ぬんだぞ!」
兵士を怒鳴りつけ、泣き叫ぶ子供に自分の上着を着せ、老婆の冷え切った手を震えながらさする。
その必死さは、到底「人気取り」で演じられるほど安っぽいものではなかった。誰よりも先にこの地獄を予見し、そして誰よりも「自分のせいで救えなかった命」の重さに怯えている男の、狂気じみた献身。
住む家を流され、絶望と共にバカなボンボンに冷ややかな視線を送っていたアスハ支持者たちも、その姿に言葉を失った。
皮肉なことに、この危急の事態において、国家の象徴であるウナトらは、シェルターの奥底に引きこもり、自身の保身と今後の利権争いの算段に明け暮れていたのだ。
泥まみれの「バカ息子」と、地下でワインを啜る「長老」たち。
国民がどちらを信じるべきか、答えが出るのに時間はかからなかった。しかし、今はまだ。ユウナは彼らの視線に気づくことはない。
ユウナは自分に縋り付き、子を救われたと感謝して泣く母親の背中を叩きながら、虚空を見つめていた。
(……もっと、うまくやれたはずなんだ。……もっと、早く……)
国民からの感謝の言葉が、鋭い刃となってユウナの心を削る。その時、空を切り裂く轟音が響いた。
燃える雲を割り、傷ついた鳥のように降下してくる一隻の艦――ザフトの新造艦ミネルバ。後の人類の運命の守護者であり、物語の中心となる主人公やカガリ達があの中に……。
「……やっちゃうか…もう…」
混迷する情勢は更に激化する。
防潮ユニットワダツミの解説に関してはまた次回。仕組みとしてはかなり単純なものですし、なぜこんなものを作ったのか?というのもまた次回に。
どっちのアスランが見てみたいでしょうか?
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通常の優柔不断アスラン
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報連相の化身と化したアスラン