破滅フラグしかないボンボンに転生してしまった件 〜グフに踏み潰される運命なんて、全力で回避してやる!〜《完結》   作:kiakia

107 / 159
第三十二話 親の愛

 

 

 それからしばらくして、ようやく玄関のロックが解除される音が響いた。戻ってきたキラは、疲れ果てているはずだと言うのにその足取りは驚くほどしっかりしている。一日中、ゲルググやギャンの過酷なテスト機動に振り回されてきたはずの男の顔じゃない。

 

 

 

 

「ただいま……あっこれって。ユウナさんが作ったんですか?美味しそうですね」

 

 

 

 キラがリビングに入ってくるなり、俺が追加で作ったマスタード鶏ハムサンドを凝視する。こいつ、ついさっきまでMSを乗り回してたはずなのによく食欲あるな…。

 

 

 

「……お前さぁ…三半規管大丈夫なのか? さっき送られてきたテストデータを見たが、並の人間なら内臓ごとひっくり返って寝込んでるレベルだったぞ」

 

 

「あはは……まあ、コーディネイターですから」

 

 

 

 事も無げに、いつもの困ったような笑みで返すキラに、俺は思わず額を押さえた。

 

 

 デュランダルがザクに乗って来たことも含めてだがそりゃナチュラルはコーディネイターに嫉妬したり、社会問題になるわと思うレベルで身体能力や才能に決定的な差がある。

 

 

 例外としてはレイやババ、あとはフラガマン辺りか。他にも外伝作品だと切り裂きエドやロウといった強者も存在するが、身体能力ざーこ♡ざーこ♡な俺にとっては、MSに乗った後にすぐに食欲が湧くその体質が羨ましくて仕方ない。

 

 

 その様な恨めしいと思う気持ちが嫉妬となり、それが今日まで続く民族紛争に繋がるのだろうなと思えば……これ以上はメシが不味くなるからやめよう。

 

 

 

 そんな事がありつつも、食事は奇妙なほど平和に進んだ。比較対象としてテーブルに並べられたのは俺の作った、塩気と黒胡椒がガツンとくるジャンキーなサンドイッチと、ラクスの作った繊細で健康的な優しい味のサンドイッチ。

 

 

 キラは「美味しいですね!!」と言いながら、あろうことか俺の作った暴力的な味付けの方ばかりを次から次へと口に運んでいく。

 

 

 

「キラ、私の料理は口に合いませんでしたか?」

 

 

 

 

 隣でラクスが少しだけ頬を膨らませて、不満げにキラを見つめる。キラは慌てて「ご、ごめん!ラクスのもしっかり食べるから!」と弁明していたが、あいつの身体は明らかにジャンキーな刺激を求めていた。

 

 

 お嬢様育ちのラクスには悪いが、戦い抜いた後の男の胃袋ってのは、こういういかにも身体に悪い毒みたいな旨味を欲しがるもんなんだよ。

 

 

 やがて食後のコーヒーが運ばれ、温かい湯気が立ち上る中、俺はゆっくりとカップを置いた。ここからは、コンパスの副総裁として彼らに話さなければいけない仕事タイム延長戦だ。

 

 

 

 俺が帰ってから好きなだけいちゃついて欲しいが、全部とは言えないとはいえ……ある程度の情報共有は今の内にしておこう。

 

 

 

「……さて。腹も膨れたところで、少し真面目な話をさせてくれ」

 

 

 

 空になった皿を脇に避け、俺はわざとらしく重い溜息をついてから居住まいを正した。さっきまでの、ジャンキーな味付けに一喜一憂していた食卓の空気を、意図的に霧散させる。

 

 

 

 俺のトーンが一段階低くなったことに、二人の表情が瞬時に、そして痛々しいほど鋭く引き締まった。キラは手にしていたフォークを静かに置き、ラクスはコーヒーカップに添えていた指を、祈るように組み直す。

 

 

 

 俺はジャケットの内ポケットから、軍用規格の小型端末を取り出し、テーブルの中央に置いた。指先で軽く触れれば、微かな駆動音と共に青白いホログラムが空間に展開される。

 

 

 

「最近、俺の独自のルートで……かつて人類の禁忌に触れた研究所、『メンデル』について徹底的に調べ直したんだ」

 

 

 

 

 メンデル。その不吉な名が俺の口から出た瞬間、キラの眉が微かに震え、瞳の奥に翳が差した。

 

 

 自分や兄の出自、スーパーコーディネイターという呪い、数々の冒涜的な研究や狂気が渦巻いたあの場所は、クルーゼを生み出した事も含めて、彼にとって今なお消えない傷跡だ。

 

 

 だが、俺はキラに関しては今日は用が無い。あるのは本人すらも知らないであろうラクスに関してだ。

 

 

 

「そこで、面白い……いや、不気味と言ってもいい珍しい写真を見つけてね。本来ならクライン派のアーカイブにすら残っていないはずの、完全に抹消された記録だ」

 

 

 

 俺が操作を一つ加えると、ホログラムの映像が切り替わり、一枚の古い静止画が浮き上がった。

 

 

 

 そこに写っていたのは、清潔な白衣を纏い、研究机に手を置いた一人の女性だ。

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 ラクスの喉から、短い、押し殺したような悲鳴が漏れた。写真の女性は、ラクスと同じく鮮やかな、それでいて少し落ち着いた色調のピンク色の髪をしていたのだ。

 

 

 

 

 目元や口元の柔らかなラインは、目の前で絶句しているラクスに生き写しと言っても過言ではない。二人の反応を見れば、これ以上の説明は不要だろう。

 

 

 

「彼女はクライン博士。シーゲル・クラインの妻であり……そしてラクスの母親だ。遺伝子工学における一級の科学者であり、かつてはユーレン・ヒビキや、デュランダルと同じく、『メンデル』に所属していた中心メンバーの一人だよ」

 

 

 

 

 俺の淡々とした解説が、贅を尽くしたリビングの静寂に冷たく響く。

 

 

 

 画面の中の彼女は、かつてその手で未来を弄んでいた。ユーレン・ヒビキのような狂信的な野心か、あるいはデュランダルのような絶望の果ての秩序か。彼女がそのどちら側、あるいはそれ以外の何側に立っていたのかは、まだ不明な点が多い。

 

 

 

 この情報はデュランダルから聞き出していたものだ。この写真だって彼の私物として託されたもの。彼女が当時、何を思って若き日のデュランダルやアウラ博士らと共に、『アコード』としてラクスを産み出そうとしたのか……その真意は俺にもまだ完全には読み切れていない。

 

 

 

 だが、ラクスの今の表情を見る限り、俺の予想は当たっていたようだ。彼女の母は死ぬまで、自らの出自やメンデルでの日々について、娘に一言も漏らさなかったんだろう。

 

 

 

 自分の所業を恥だと思って、娘に残酷な真実を知らせたくないという、ある種の保身からくる私欲か。はたまた、ラクスには自分たちの作り上げた呪縛に縛られず、一般的なコーディネイターとして、一人の人間として健やかに成長してほしいと願った、純粋で不器用な親心だったのか。

 

 

 いずれにしても一つだけ分かっていることは、彼女が最期まで沈黙を貫いたという事実だけだ。

 

 

 

「……初めて、聞きましたわ」

 

 

 

 ラクスが、今にも壊れそうなほど細い声で呟いた。その白く細い肩が、微かに、だがはっきりと震えている。彼女にとって、尊敬していたであろう母の背中に、人類最大の禁忌であるメンデルの影が重なった衝撃は計り知れない。

 

 

「お母様が……あの場所で、そんな……。お父様からも、何も……」

 

 

 困惑と悲しみが混ざり合った瞳が揺れる。崩れ落ちそうになるラクスの肩を、隣に座っていたキラが反射的に抱き寄せた。彼はラクスを守るように、そして同時に俺を強く拒絶するように、その鋭い眼差しを俺に向けた。

 

 

 

「……ユウナさん。どうして、今そんなことを話すんですか?」

 

 

 

 キラの声は低く、そして明確な詰問の響きを帯びていた。ようやく訪れた束の間の平穏を、あえてこのタイミングでぶち壊した俺の意図を測りかねているようだ。

 

 

 

「そんな話、今する必要なんてないじゃないですか!ラクスが……彼女がどれだけ傷つくか、分かっていて言っているんですか!?」

 

 

「……わかっていたさ。傷つくことも、空気が台無しになることもな」

 

 

 俺はキラの激しい詰問を真っ向から受け止めながら、あえて謝罪の言葉は口にしなかった。

 

 

 

 ただ、じっとラクスを見つめ返す。視界の端で震える彼女の弱々しい姿に、俺の胃は不快な鈍痛を上げ、今にも死にそうなほど悲鳴を上げている。だが、ここで引くわけにはいかない。

 

 

 

「だがな、同時にデュランダルから伝言を預かっているんだ。……ラクス、それを聞きたくなければ、俺は今すぐこの端末を片付けてここから立ち去る。だが、聞きたいというのであれば、俺の知っているすべてを話そう」

 

 

 

 リビングに、重苦しい沈黙が降りた。キラはなおも俺を睨みつけ、「無理をしなくていいんだ、ラクス」と彼女の手を強く握る。

 

 

 だが、ラクスは俯いていた顔をゆっくりと上げ、その瞳に微かな、だが確かな光を宿らせた。

 

 

 

「……お話しください、ユウナさん」

 

 

 

「ラクス!」

 

 

 

 

「いいのです、キラ。私は知る必要があります。娘として……そして、かつてのメンデルに深く関わっていた母を持つ者として。デュランダル前議長が遺したお言葉ならば、私はそれを受け止める責任がありますわ」

 

 

 

 

 キラの制止を遮るように、ラクスは首を振った。

 

 

 

 彼女の覚悟を真っ向から受け止め、俺は小さく息を吐いた。やっぱり強い子だ、この子は。

 

 

 俺が同じ立場なら八つ当たりをしていたか、何も見たくねぇとデータを消して無かったことにしていただろうし、そうだとしても責められまい。

 

 

 だというのに彼女は怯えつつも手を伸ばす事を選ぶ。真実は時として残酷だと理解していても、コンパスの総裁として。そして、なにより横にキラがいる事が彼女に勇気を与えたんだろう。愛ってやつかね。羨ましいよ、全く。

 

 

 

「……デュランダルは言っていた。『クライン博士は間違いなく君を愛していた』ってな。彼女がメンデルで何を研究し、どのような未来を描いていたにせよ、産まれてくる娘への愛情だけは一点の曇りもない本物だった。それだけは疑いようのない事実だ、と」

 

 

 

 俺の声は、自分でも驚くほど静かに響いた。デュランダルもクライン博士と少なからず交流はあったらしく、彼の言葉は本物なはずだ。

 

 

 

「彼女は最期まで、一度として君に『役割』を強要することはしなかった。それどころか君が何かに縛られることさえ許さず……ただの一人の女性として、幸せになってほしいとだけ願っていた。それが、彼女が沈黙を貫いた最大の理由であり、君に遺した唯一の答えだったんだ」

 

 

 

 静かに紡がれた言葉が静謐な空気に溶けていく。ラクスはただ呆然として、ホログラムの中に浮かぶ、自分とよく似た面影を持つ女性を見つめていた。その瞳からは、堰を切ったように涙が溢れ出し、キラの握る手の上に雫となって落ちる。

 

 

 出自に隠された禁忌の影。だが、その影の底にあったのは、ドロドロとした野心ではなく、沈黙という形でしか守れなかった不器用な母性だった。それを知った彼女の心境は、今の俺には到底推し量れるものではない。

 

 

 俺は冷めたコーヒーの残りを飲み干し、少しだけ語気を和らげて言葉を継いだ。

 

 

 

「……亡くなったシーゲル議長だって、最期まで君を愛していただろう? 彼は君をクライン派の象徴に担ぎ上げはしたが、同時に一人の娘として慈しんでいたはずだ。それは君自身が一番よく知っていることだろう」

 

 

 視線をキラの方へと向ける。彼はラクスを支えながら、俺の言葉を一つ一つ、噛み締めるように聞いていた。

 

 

「キラ君、君だってそうだ。義理の両親とはいえ、君は彼らに愛されて育った。出生がちょっとばかり特殊で、世界を揺るがすような事情があったとしても、子として無条件に愛された記憶があるだけ幸せなんだよ、多分な」

 

 

 そこまで言って、俺はわざとらしく肩をすくめ、自嘲気味な笑みを浮かべてみせた。湿っぽくなった空気を無理やり切り裂くための、バカの笑顔だ。

 

 

「それに比べりゃ、俺を見てみろ。俺なんてのは、実の親に対してクーデターを引き起こして、自分を愛してたはずの両親をまとめて独房送りにしたカス野郎だ。セイラン家の名声も地位も、何もかもを俺自身の手で台無しにして、社会的に抹殺した。おまけに、そのことに関して一切の罪悪感も後悔も持ち合わせていない、救いようのないクズなんだからな」

 

 

 

 「最低ですね」とでも言ってくれれば、この場は少しは軽くなるだろう。俺はわざと軽薄な口調で言い捨て、鼻で笑ってみせた。

 

 

 

 ……まあ、実際の話、俺の中にいるのは『ユウナ・ロマ・セイラン』という皮を被った別の存在なんだ。俺からすれば、ウナトやその一族なんてのはロゴスと繋がった売国奴であり、何の思い入れもない赤の他人に過ぎない。そりゃあ、罪悪感なんて湧きようがないのも当然の話だ。

 

 

 

 だが、客観的に見ればどうだ。政治的には腐っていても、間違いなくウナトは息子であるユウナに歪んだ形なりに愛情を注いでいた。

 

 

 

 そのたった一つの、息子に用意されていたはずの陽だまりを蹴破り、中身ごと独占して成り代わったのは俺だ。破滅させられた彼らからすれば、俺は息子の意識を乗っ取った、血も涙もない鬼畜そのものだろう。

 

 

 

 だから俺は、絶対にウナトたちとは会わないし、極力考えないようにしている。アイツらには、ただ「息子にクーデターを起こされた哀れな両親」のままで、人生の幕を下ろしてほしい。

 

 

 

 自分たちの愛した息子の魂まで別人に書き換えられていたなんて……そんな絶望を、知ってどうしろって言うんだ。

 

 

 

 

「だから、俺が言いたいことは一つだ。二人とも自分たちが親から愛されてるってことだけは、絶対に忘れるな。出生の経緯がどうあれ、育ての親がどうあれだ。誰がなんと言おうとな」

 

 

 

 これから先、アコードだのメンデルの遺産だの、キラ達の立場を揺さぶりに来る連中が間違いなく現れる。悪意を持って、彼らの存在そのものを否定しようとする奴らが出てくるだろう。

 

 

「だがな、余計な事を言い出す連中が相手なら胸を張って言い返してやれ。自分たちは愛されている、外野が勝手な理屈でほざくなってな。それが、お前たちが今日まで生きて、ここにいることが何よりの証拠なんだから」

 

 

 

 俺はテーブルを軽く叩き、話を締めくくるように立ち上がった。言いたい事はそれだけだ。ファウンデーションとの衝突が現実味を増してくる中、俺は必要以上の情報を二人に話す事はできない。

 

 

 俺自身の命の安全の為なんていうカスみたいな理由もあるが、これでも殆ど潜伏生活同然の生活を送ってるんだ。俺が与えた情報でキラとラクスを相手にアコードが揺さぶりをかけるかもしれない。それでも、そうだとしてもXデーが迫る中、どうしても二人には知っておいて欲しかったんだ。

 

 

 

「それと、ヤマト夫妻を大切にしろよ。特にキラ、お前だ。どうせお前ら二人、いずれは結婚するんだろうからな。たまには顔を見せて安心させてやれ。親ってのは、子供の元気なツラが見られるだけで、大抵のことは許しちまうもんなんだからよ」

 

 

 

 柄にもなく説教臭いことを言っちまったな。俺は苦笑いしながら、未だに涙の跡が残るラクスと、彼女の肩を抱くキラに背を向ける。

 

 

 

 本当であれば、ヒビキ博士たちの真実についても話すべきだったのかもしれない。だが、それを今話してしまえば、間違いなくキラは迷い、立ち止まってしまう。せっかく和解できたカナードとの兄弟の絆に、俺が余計なヒビを入れるような真似はしたくなかった。

 

 

 それでも、いつかキラ自身が、育ての親であるヤマト夫妻に実の両親のことを質問する日が来るはずだ。

 

 

「どうして僕をコーディネイターにしたの?」という、絶望に満ちた問いではない。「血を分けた両親は、どんな人だったの?」という、自分自身のルーツを知ろうとする純粋な興味として。

 

 

 アニメの世界では言い争っていたヒビキ夫妻だが、ヴィア・ヒビキがキラとカガリを愛おしそうに抱く一枚の写真が描かれていた。なんとなく、だがあの写真を撮ったのはユーレン・ヒビキ本人だったんじゃないかという確信が、今の俺にはある。

 

 

 

 

 デュランダルが言っていた「二人は子供を愛していた」という言葉の答えは、既に物語の最初から描かれていたんだ。

 

 

 

 

 なら、俺がこれ以上口を挟む必要はない。キラは実の両親にも愛されていた。その確信を、俺の口からではなく、彼自身がヤマト夫妻との対話を通じて見つけ出すべきなのだから。

 

 

 

「さて、今日はここまでだ。……次は、もっと気合い入れて色々作ってやるよ。その時は、キラもラクスに拗ねられない程度に、バランスよく食うんだな」

 

 

 

 俺はひらひらと手を振り、プラントの静静な夜の中へと足を踏み出した。背後で二人がどんな顔をしているかは振り返らなかったが、心なしか、俺の重い胃の痛みも少しだけ和らいだような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ

 

 

 

 

 

 それは、キラが帰宅する少し前、二人で野菜を切っていた時のことだ。

 

 

 

「……ところで、ユウナさん。余計なお節介かもしれませんが、貴方はご自身の『ご結婚』についてはどのようにお考えなのですか?」

 

 

 

 

 ラクスがトントントン、と軽快なリズムで野菜を刻みながら、何気ない風を装って聞いてきた。俺はボウルの中の卵を潰す手を止め、あからさまに嫌そうな顔をする。

 

 

 

「……結婚? なくはないが、現状は諦めてるよ。俺みたいな立場だとハニートラップが一番怖いしな。それに、俺がオーブ内のどこかの有力な家門と婚約でもしてみろ。国内のパワーバランスがガタガタになって余計な火種が出来ちまう」

 

 

「まあ……相変わらず大変ですね」

 

 

「政治屋なんてそんなもんだよ。……愛だの恋だの言っていられるのは、お前らみたいな若い連中の特権さ」

 

 

 

 

 俺が鼻で笑うと、ラクスは少しだけ手を止めて、上目遣いに俺を見つめてきた。その瞳には、何か妙な計画を思いついたような輝きがある。

 

 

 

「では……ミーアなどは、いかがでしょうか?」

 

 

「ぶっ、……っげほ! お前、今なんて言った!?」

 

 

 

 

 あまりに予想外すぎる名前が出てきて、俺は危うく卵サラダをぶちまけるところだった。

 

 

「ミーア・キャンベルですわ。彼女なら、政治的な家門のしがらみもありませんし……何より、彼女もまた自分自身の『役割』に悩み、前を向こうとしている一人の女性です。ユウナさんのような方には案外お似合いかもしれませんわよ?」

 

 

 

 少しだけ茶目っ気のある、それでいてどこか副総裁としての俺を試すような皮肉を込めて、ラクスはそう提案してきた。

 

 

 ミーア・キャンベル。

 

 

 

 俺はボウルの中の卵を潰す手を休め、無意識に彼女の姿を脳裏に思い浮かべていた。……いや、待て。冷静に考えてみろ。

 

 

 

 前世の俺には、明確な女性の好みがあった。例えば『IS〈インフィニット・ストラトス〉』のヒロイン、更識楯無。あの「強くて、常に余裕を崩さず、年上で、何より乳がデカい」という女性像はまさに俺の理想を形にしたような存在だった。

 

 

 翻ってミーアはどうだ。

 

 

 

 性格は善良でユーモアがあり、何より……そう、何より乳がデカい。度胸だって並大抵じゃない。モビルスーツの手のひらの上で、いつ落ちてもわからないシチュエーションで歌い踊れるあの精神力は、ある意味では「強さ」と言い切ってもいいだろう。

 

 

 (正直、めちゃくちゃ優良物件じゃないか……?)

 

 

 

 打算抜きにしても、彼女のような女性が隣にいれば、俺はきっと幸せになれるはずだ。下世話な話しも多少はあれど俺の周りはオッサンばかり。彩りや癒しが欲しいのも確か。

 

 

 だが、俺はすぐにその考えを振り払い、短く息を吐いてから首を振った。

 

 

 

 

「……いや、ラクス。悪いが、ミーアはダメだ。それだけはあり得ない」

 

 

 

 

 「あり得ない」という俺の即答に、ラクスの表情が目に見えて強張った。トントントン、と響いていたまな板の音が止まる。

 

 

 彼女は少しだけ口角を下げ、眉間に微かな皺を寄せた。それは、普段の歌姫が見せる柔和な微笑みからは程遠い、明確に不機嫌な――いわゆる「ムッとした」顔だった。

 

 

 

「……何故でしょうか、ユウナさん?」

 

 

 

 ラクスの声に、先ほどまでの穏やかさは消えていた彼女にとってミーアは、自分の影武者として心身を削り、プラントの国民を支え続けてくれた恩人であり、大切な友人だ。

 

 

 それを「ダメだ」と一蹴されたことが、自分の大切な価値観を否定されたように感じたのだろう。

 

 

 

(そんな顔もできるんだな…)

 

 

 

 完璧な象徴として振る舞うラクス・クラインの、年相応の、それでいて譲れないものを守ろうとする強い意志が、その表情には表れていた。

 

 

 

 

 前世ではネット上で「ラクシズ」だの「教祖」だの言われていた彼女だが、蓋を開ければこうして感情を露わにする、年相応の女の子としての姿を見せる。それはきっと、彼女が本当の意味で人間として今この場所にいるという、好ましい証拠なんだろう。

 

 

 

 俺はフォークを置き、不機嫌な歌姫の視線を真っ向から受け止める。

 

 

「そう怒るな。ミーアという女性を否定しているわけじゃない。むしろ逆だよ。……俺が彼女を『ダメだ』と言った理由、ちゃんと説明してやるから落ち着…おい包丁をこちらに向けたまま喋るな!いやマジで怖いからやめろ!

 

 

 

 

「……あら。ごめんなさい。つい、手が滑ってしまいましたわ」

 

 

 

 ラクスは平然と包丁から手を離したが、その目は全く笑っていない。不機嫌そうなオーラは相変わらずキッチンに充満している。

 

 

 

 やべぇ、一瞬マジで消されるかと思ったぞ……。俺は喉の奥で冷や汗を飲み込み、呼吸を整えてから説明を始める。

 

 

 

「いいか、ラクス。よく聞いてくれ。……ミーアは今、自分がラクス・クラインの影武者だったという事実を背負いながら、それを後悔し、それでも『ミーア・キャンベル』として新しくデビューしようと必死に頑張ってるだろ」

 

 

 

 公表した後の世間の風当たりは今も強い。偽物、ペテン師……そんな言葉を浴びせられることもあった。だが、彼女は折れなかった。本人のひたむきさと、モビルスーツの手のひらで歌い続けるあの度胸の強さ。

 

 

 

 その純粋な努力で、彼女は「ラクスではない、自分自身のファン」を少しずつ、着実に増やしている最中なんだ。

 

 

 

 

「そんなデリケートな時期にだ。俺みたいな、クーデターを起こして実の両親を投獄した『汚ねぇドラえもん』と婚約してみろ。世間がどう思うか、お前なら分かるだろ?」

 

 

 

 

 俺は腕を組み、現実を突きつけた。世間での俺の扱いは「汚ねぇドラえもん」……腹に何を抱えているか分からない、ロゴスとの繋がりも疑われた犯罪者予備軍だ。

 

 

 

 カガリやアスランが俺の真意をどう評価しようが、公的な場において俺が正道を歩む資格なんてものは、とっくの昔にドブに捨ててきた。

 

 

 

 だからこそだ。ミーアが泥に塗れながらも光の道を歩もうとしている最中に、俺のような劇物と関わればどうなるか。火を見るより明らかだ。

 

 

 

「せっかく彼女が掴みかけている自分の足場が、一瞬で崩れ去る。『結局は有力者の枕営業か』『セイランの愛人になって地位を手に入れたのか』……そんな不名誉なレッテルが、死ぬまで彼女にこびりつくことになるんだぞ」

 

 

 俺が彼女を「ダメだ」と言ったのは、彼女が嫌いだからじゃない。むしろその逆だ。彼女のこれまでの苦労と、これから掴もうとしている未来を、俺という毒物で汚したくないだけだ。

 

 

「そんなことは……!」

 

 

 

 ラクスが言い返そうと唇を開くが、俺はそれを手で制した。

 

 

「否定するな。ジブリールと一緒に写ったあの写真一枚で、世界中の反ロゴス連合から『ユウナを処刑しろ』『引き渡せ』ってコールが沸いたのを忘れたわけじゃないだろ? 人間ってのはな、一度でも悪に染まったと認識した相手には、いつまでも疑惑の目を向ける生き物なんだよ。俺が清廉潔白な聖人君子ならまだしも、今の俺とミーアが結婚してみろ。愛人だの枕営業だの、下衆な勘繰りを一生浴びせられ続ける。彼女をそんな地獄に放り込めるかよ」

 

 

 

 俺の突き放すような言葉に、ラクスは言葉を失い、悲しげに瞳を伏せた。キッチンの空気は、俺が吐き出した冷めた現実によって重く沈み込む。

 

 

 

 だが、ラクスは少しの沈黙の後、意を決したように顔を上げた。

 

 

 

「……ユウナさん。ミーアは、貴方に命を救われたことを心から感謝しています。そして、救われたのは命だけではないとも」

 

 

 

 彼女は俺の目を真っ直ぐに見据え、少しだけいたずらっぽく、それでいて真剣な眼差しを向けた。

 

 

 

「今回は、引き下がりますわ。ですが、頭の片隅にでも置いておいてください。ミーアはきっと、そのような世間の疑惑やレッテルさえも乗り越える覚悟を持っています。そして、何より……貴方を支えようとする強い覚悟も、彼女は既に持っているはずですから」

 

 

 

「……買い被りすぎだよ、あいつもお前も」

 

 

 

 俺はわざとらしく鼻を鳴らして、まな板の上の作業に戻った。

 

 

 

(覚悟、ね。そんなもんがあるなら、俺みたいな汚れ役じゃなくて、もっと真っ当な男に向けりゃいいんだよ……)

 

 

 

そう毒突きながらも、俺の脳裏にはあのピンク色の髪の少女が、必死にマイクを握りしめて笑っている姿が、しばらくの間消えない残像の様にこびりつくのだった。

 

 





・暴露の理由
 ユウナがクライン博士について暴露した理由は、ラクスがアコードであると知った上で。揺さぶってくるであろうファウンデーション王国の連中に有る事無い事を吹き込まれる前への対策。いわば、打算的な側面も強かったり。ですがユウナ自身はこの世界の親であるウナト達を愛する事はできないし、愛する気持ちも微塵もない。そんな現状へのちょっとした罪悪感がユウナの暴露に繋がったのかもしれません。

 それでもヒビキ夫妻に関してはキラに話しませんでした。カナードと比べて確実に罪悪感を抱くでしょうし下手をするとカナードとの間に亀裂が生まれるかも知れない。その様な打算を常に頭の中に入れて言葉を選ぶのがユウナであり、同時にそんな自分を少し嫌悪しているのは秘密です。


・ミーア
 ミーアは今の所影武者ではなくデビューの為に下準備。初期の風当たりは確かに強かったですが、それはミーア自身が全てをデュランダルのせいにして自分は被害者だと同情を誘う選択肢を最初から捨て去っていたのも原因だったりします。だからこそ少なくないバッシングが行われる中、地道にデビュー前の活動を行う事で「ラクス」ではなく「ミーア」としてのファンを少しずつ増やしており。将来的には機械の芋虫アニメの主題歌なども担当するかもしれませんね。


・ユウナの好み
 普通にミーアはあり。いやよく考えれば年下だが性癖にドストライクでは?と自覚はしましたが、それでもミーアの立場も思うと切り捨てる事に。またラクスには言いませんが、自分の総裁という立場でミーアに迫れば確実に命を救われたミーアは拒まない、拒む事は出来ないという予想。

 更にはオーブという国家を滅ぼしかねない「黄金の秋」を知る自分の人質になる家族は増やすべきではない。ウナト達が秘密裏に捕虜になっても鼻で笑って切り捨てられるが、自分の家族が捕虜になると自分は国より家族を選びかねないと言う甘さを自覚しているのもミーアとの縁談を拒否する理由の一つでもあります。


・コンパスの裏設定
 実はコンパスではユウナの影響でサブカル関係による福利厚生は充実しており、好きなだけ名作ロボットアニメ(スーパー系ばかりですが)を見放題。マリパやスマブラや桃鉄なども複数全ての船に常設されていたりします。中にはちょっとしたレクリエーションのポケモンバトル大会やら、スマブラ大会も定期的に行われており。なんだかんだでユウナもそこそこ激務ではない時期は楽しんだりしています(アコードからの襲撃対策に艦内に引き篭もる羽目になったのである程度時間に余裕もできた結果、どうせならと広めたそうな)

 ちなみにユウナのお気に入りのポケモンはエルフーンな辺り色々察してください。カナードはブチギレました。

ユウナのアコード対策について。果たしてユウナはアコードの無力化の為になりふり構わない外道な手段(ユウナ視点)を取るべきか?

  • 原作通り。
  • 平和の為に覚悟を決める。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。