破滅フラグしかないボンボンに転生してしまった件 〜グフに踏み潰される運命なんて、全力で回避してやる!〜《完結》   作:kiakia

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第四十三話 ブラック企業

 

 

 

 

 「もう勘弁にしてくれ」と、男は心の中で力なく毒づいた。

 

 

 

 深夜のデスクにて、カタカタと虚しく響くキーボードの打鍵音。アドゥカーフ・メカノインダストリーの新入社員である彼にとって、ここはかつて「選ばれし者」だけが辿り着ける栄光の終着駅であったはずだった。

 

 

 

 ユーラシア連邦内でも有数の軍需企業。熾烈を極めた就職競争を勝ち抜き、ようやく手にした内定通知書を抱いて、彼は自らの将来を一点の曇りもなく確信していた。

 

 

 

 大企業という名の巨大な船に乗れば、一生安泰という神話。それこそが、彼が夢見た安定という名の幸福であったと言えるだろう。

 

 

 

 だが、意気揚々と働き始めた彼を待っていたのは、かつての輝きを失い、一夜にして静かに、しかし決定的に狂い始めた会社の惨状であった。

 

 

 

 その引き金となったのは、世に言う「ドッズショック」だ。オーブを発端として世界に拡散されたドッズライフルの技術情報。それが公開された瞬間、アドゥカーフ社が長年積み上げてきた軍事的な優位性は、根底から崩れ去った。

 

 

 同社の誇る主要産物であり、文字通り「無敵の盾」であった陽電子リフレクター。そして、それを搭載することで戦場の覇者として君臨していた大型MAという存在。それらは安価で量産可能なドッズライフルの貫通力の前に、ただの鈍重な標的へと成り下がったのである。

 

 

 

 昨日まで数億ユーロの価値があった兵器が、今日にはスクラップ同然の評価しか受けない。その残酷な現実は、社内の空気を一変させたのだ。

 

 

 

 かつて誇り高く闊歩していた技術者たちは、自らの存在意義を否定されたかのように青白い顔で資料を漁り、上層部は保身と資金繰りのために、なりふり構わぬ迷走を始めた。

 

 

 彼が夢見ていた「安定した企業による将来安泰」という神話は、今や見る影もなく瓦解している。オフィスを漂うのは、再建を謳いながらもどこか不自然な熱を帯びた、歪な焦燥感。

 

 

 深夜まで続く不可解な書類作成と、出所不明の資金移動の処理。新入社員である彼にすら、この会社が「まともな道」を外れ、何かもっと暗く、底知れない領域へと足を踏み入れようとしていることが肌で感じられたのだ。

 

 

 デスクの隅に置かれた、内定時に記念にと買ったばかりの高級な万年筆が、今の彼には場違いな、かつての夢の残骸のように見えてならない。

 

 

 

 かつて隣のデスクで辣腕を振るっていた先輩や、社内でも将来を嘱望されていた優秀な中堅社員たちは、泥舟から逃げ出すネズミのように、次々と他企業への移籍や国外への安寧を求めて去っていく。

 

 

 

 特にオーブ系の企業は、ブレイク・ザ・ワールドの復興支援という名目でユーラシア連邦内にも急速に進出を開始しており、ロゴス崩壊の余波も少なく、ドッズショックを引き起こした、かの国ならば安定が保障されると離職したものも数知れなかった。

 

 

 

 彼もまた、一瞬だけはその波に乗って新天地を目指そうかと考えたこともあった。だが、就職活動という地獄のような日々を潜り抜け、血の滲むような思いで手に入れたアドゥカーフ社社員の肩書きを、わずか一年か二年程度のキャリアでそれをドブに捨てる勇気は、彼にはなかった。

 

 

 

 

 「今を耐えれば、きっとまた安定する。たとえ会社が潰れるとしても、この規模なら退職金は莫大な額が支払われるはずだ」

 

 

 

 そんな根拠のない希望を縋るように抱き、彼は社内の歪みから意識的に目を逸らし、残留し続ける道を選んだ。それが彼の短い人生における最大の過ちであると気づいたのは、ある日、密室に呼び出され、身の毛もよだつような密命を下された瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 よりにもよって、新人の彼に命じられたのは、テロリスト支援の窓口になるという汚れ仕事であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ブルーコスモスと呼ばれるコーディネイターへの憎悪を燃料にする過激派組織と成り果てたテロリストグループ。そんな彼らと通じ、社内で製造された機体や物資を隠密に横流しし、テロ活動を裏から支えろというのだ。

 

 

 

 命令を聞いた瞬間、彼の指先は目に見えて震えた。これが組織に対する忠誠を試す踏み絵であることは明白だったが、同時に、万が一露見した際には自分一人がすべての罪を被って切り捨てられる「トカゲの尻尾」に選ばれたのだという現実が、冷水のように背筋を駆け抜けた。

 

 

 

 拒絶の言葉を吐き出そうとしたその時、机の向こう側に座る上司が、おもむろに一枚の書類を指差す。それは彼の履歴書であった。沈黙の中で、上司の指先は彼の学歴を通り過ぎ、家族構成の欄をゆっくりと、執拗になぞりはじめる。

 

 

 

 「君なら、正しい判断ができると信じているよ」

 

 

 

 その言葉に、拒否権など存在しなかった。断ればクビになるどころか、自分のみならず、平穏に暮らす家族の身にまで「不測の事態」が及びかねない。無言の圧力に屈し、彼は震える手でペンを握るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの日々は、彼にとって紛れもない地獄であった。地獄でしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 深夜、ユーラシア連邦軍の哨戒網が網目のように張り巡らされる中、彼は大型トレーラーの助手席に身を沈めていた。自分と同じように、家族の安否や弱みを握られて、選ばれた数人の社員たちと共に、ひっそりと工場の裏口から這い出す。荷台には、平和を切り裂くための支援物資が、船舶用パーツという偽りのラベルを貼られて積み込まれている。

 

 

 

 

 もはや彼がデスクで働くことはなくなっていた。作戦に必要な時期以外は、会社が用意した社宅での待機を命じられる。それは平穏な休息ではなく、外部との接触を完全に断たれた事実上の監禁であった。

 

 

 

 

 社宅の周囲には常に監視役と思われる不気味な警備員が立ち、会社から支給された専用端末以外、私的な携帯電話の使用すら許されない。

 

 

 

 

 口座に振り込まれる給料は、「危険手当」という名目でかつての10倍という、一介の新入社員には分不相応すぎる額にまで跳ね上がっていた。その気になれば、毎夜のように高級店を貸し切り、豪遊に耽り、いくらでも女を買うことさえ可能だっただろう。だが、彼にそんな散財をする気力など微塵も残っていなかった。

 

 

 

 テレビのニュースで、ブルーコスモスの残党による無差別テロの速報が流れるたび、彼は冷たい汗を流しながら画面を凝視するしかなかった。炎に包まれる街、逃げ惑う市民、そして無残に転がる骸の山。

 

 

 

 

(……あれを引き渡したのは、俺だ)

 

 

 

 

 その事実は、逃れようのない呪いとなって彼にのしかかる。自分が運んだ物資が、どこかの誰かの日常を、命を、一瞬で奪い去るための凶器として使われている。

 

 

 

 罪なき人々を殺戮するための片棒を担いでいるという自覚が、じわじわと、だが確実に彼の精神を磨り潰していったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、深い霧に包まれたユーラシア連邦の密林地帯。そこには、軍の哨戒ルートからも外れ、地図にも記されていない専用の隠し道路が存在していた。

 

 

 上空からの光学偵察や熱源探知を欺くため、幾重にも重なる巨木の枝葉が天然の屋根となり、人工的な舗装を隠蔽している。まさにテロリストと会う事に打ってつけの場所であり、アドゥカーフ社とブルーコスモスは彼がトカゲの尻尾に選ばれる前から入念に準備を重ねていたのだろう。

 

 

 

 ガタガタと激しく車体を揺らしていた大型トレーラーが、森の奥深くを突っ切った先で、ふっと静かな走行音に変わる。そこからが、アドゥカーフ社がテロリストとの接触のために極秘裏に整備した専用道路だ。

 

 

 

 不自然なほど滑らかなアスファルトの感触がタイヤを通じて伝わってくるたび、彼の心は反比例するように重く沈んでいく。

 

 

 

(……いよいよ、また会うのか。腐れテロリスト達に)

 

 

 

 

 かつて夢にまで見た、一流企業の輝かしいエリートコース。それが今や、深夜の森を這いずり回り、テロリストに殺戮兵器を届けるだけの「運び屋」に成り下がっている。何か不手際があれば口封じに消され、かといって断ることも逃げることも許されない。

 

 

 

 莫大な危険手当を積み上げられたところで、壊れかけた彼の心に安らぎが訪れるはずもなかった。

 

 

 

 

 荷台に鎮座しているのは、アドゥカーフ社の「負の遺産」とも言える大型MA――ザムザザーとゲルスゲーだ。ドッズショックによって旧式化したとはいえ、対MS戦において依然として凄まじい火力を誇るその巨体。

 

 

 

 何より無差別テロにおいては打ってつけの、この機体がテロリストの手に渡れば、一体どれだけの命が、どれだけの家族が、火の海に消えることになるのだろうか。何度も繰り返してきたその疑問と、逃れようのない罪悪感が、吐き気となって彼を襲う。

 

 

 

 やがて、トレーラーが森の最深部、唐突に視界が開けた円形の広場へと滑り込んだ。

 

 

 

 

 そこには、いつもの光景が待っていた。月の光を浴びて鈍く光る、複数機のテロリストMS。それらは無言で、獲物を待ち構える捕食者のようにトレーラーの列を囲んでいる。

 

 

 

 

 彼にとっては、日常となった絶望の光景。だが、この日の「取引」が、自分たちの想像も及ばない部隊によって断ち切られようとしていることに、まだ誰も気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 トレーラーのハッチが開き、中から這い出してきたテロリストのパイロットたちを目の当たりにした瞬間、彼は本能的な嫌悪感に身をすくませた。

 

 

 

 

 そこにいたのは、半数は正規の訓練を受けた軍人などではない。血走った瞳の奥に、拭い去れぬ憎悪と狂気を宿した、およそ「カタギ」とは呼べない異形の者たちであった。

 

 

 

 もと正規軍崩れが多いはずだと聞いていたが、彼らの活動の源泉はコーディネイターへの憎悪と怒り。テロ活動によって人員が消耗するなか、新たに使い捨ての人員を雇ったのか?と彼は予想する中、いつも通りファイルを片手に言葉を口にする。

 

 

 

 「……用意した機体は、予定通りだ。ザムザザーが十機、ゲルスゲーが十五機。さらに旧式だが、ストライクダガーを五機、予備パーツと共に積み込んである」

 

 

 

 事務的に告げながらも、彼の内心は激しく波打っていた。明らかに多すぎる。平時の二倍を優に超えるその物量は、これから引き起こされるであろう惨劇の規模を物語っていた。何かとんでもないことが起きる――いや、起ころうとしている。その予感に震えていた、その時だった。

 

 

 

 

 

 突如、森の静寂を切り裂き、上空から割れんばかりの大音量が響き渡った。

 

 

 

 

 

『――失礼』

 

 

 

 

 あまりに場違いな、それでいて底冷えするほど落ち着いたその声に、広場の全員が動きを止めた。

 

 

 

 

『我々はオーブ連合首長国の使者でありますが……失礼ながら、このような場所で貴殿らは何をされていられるのでしょうか?本日、この座標において、いかなる演習の予定も、輸送の届け出も受理されていないはずなのですが。もし何らかの公的な活動であるならば、直ちに所属と予定を提示願いたい。今後の航空ルートに支障が生じる可能性があるため、早急な返答をお待ちしましょう』

 

 

 

 

「……貴様、付けられていたのか!?」

 

 

 

 その瞬間、現場の空気は一変した。テロリストの一人が、殺意を剥き出しにして社員を睨みつける。

 

 

 

 即座に、周囲に控えていた兵員輸送ユニット搭載型のウィンダムが、背負っていたユニットを荒々しくパージした。金属のぶつかり合う轟音が響き、テロリストたちは迎撃態勢へと移行する。

 

 

 

 

 いよいよ、年貢の納め時か。

 

 

 

 

 彼は恐怖に突き動かされながらも、どこかで「これでようやく終わる」という奇妙な安堵感を覚えていた。この泥沼から解放されるなら、どうなってもいい。彼は無我夢中でトレーラーの影へと走り出したが、そこには既に「先客」がいた。

 

 

 

 

 

 音もなく闇から這い出してきた、迷彩服を纏った特殊部隊の一団。

 

 

 

 

 彼らは一言も発することなく、熟練の動きで社員たちの退路を断ち、無慈悲な銃口を突きつけた。

 

 

 

「……っ、撃たないでくれ! 頼む、撃たないでくれ!」

 

 

 

 

 

 彼は両手を高く上げ、その場に崩れ落ち、自分に銃口が向けられているという極限状態にありながら、彼の心を満たしたのは、テロリストたちに殺される恐怖ではなく、まともな軍隊によって捕らえられた事への猛烈なまでの救いだ。

 

 

 

 

「俺が責任者だ! 何でも吐く! 全部、全部話すから! 頼む、助けてくれ……っ!」

 

 

 

 

 地に這いつくばりながら、彼は涙混じりに叫んだ。助けてくれというのは命の事なのか。それとも、彼の境遇からの救いを求めてなのかは最早彼にはわからない。

 

 

 

 腕をねじ上げられ、冷たい地面に顔を押し付けられる。拘束の痛みすら、今の彼には自分がまだ「人間」として扱われている証拠のように感じられた。

 

 

 

 

 彼の、罪悪感と後悔に蝕まれる、この地獄のような日々が、ようやく終わりを告げようとしていたのであった。

 

 

 






 ・アドゥカーフ社
  アドゥカーフ社が行っているのはブルーコスモスへの支援。テロを行う為戦力を欲する彼らにMAやMSを引き渡し、その対価としてファウンデーションから支援を受けており、今回はそんなトカゲの尻尾とされた名と無き社員のお話を。

 ファウンデーションの目的としては、極右組織であるブルーコスモスを間接的に支援する事で終わりの見えない閉塞やナチュラルとコーディネイターの分断を煽りつつ、自国のXデーの為の時間を稼ぐ為。アニメ本編でもセリフ的に最低5回以上、オルドリン自治区のような戦いが繰り広げられていたらしく。本作では何故テロリストがそこまでの戦力を保持出来ていたのか?という理由としてファウンデーション側の支援が理由となりました。

ユウナのアコード対策について。果たしてユウナはアコードの無力化の為になりふり構わない外道な手段(ユウナ視点)を取るべきか?

  • 原作通り。
  • 平和の為に覚悟を決める。
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