破滅フラグしかないボンボンに転生してしまった件 〜グフに踏み潰される運命なんて、全力で回避してやる!〜《完結》   作:kiakia

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EX9 ユーラシアの鴉

 

 

 

 

 

 

 話をユーラシア連邦に戻そう。彼らは他国のサブカルチャーを斜め上から分析し、古くなったり、鹵獲するも使い道がなく倉庫で埃をかぶっていたMSを弄り回しながら夜通し議論を重ねる中で、ついにその時が訪れる。

 

 

 各地の基地を這いずり回り、前線のパイロットや兵士たちから集めてきた新型MSへの要望アンケートの束が、ついに開発室の机の上で開封されたのだ。

 

 

 これこそが、彼らが目指すべき設計図の、本当の第一歩となる。研究者も、技術者も、評論家も、息を呑んでその用紙の一枚一枚に目を走らせた。そこに並んでいたのは、死線を行き来する兵士たちの、生々しくも切実な叫びの数々だった。

 

 

 主にパイロットたちが新型機に望んだ要求は、大きく分けて三つ。

 

 

 一つ目は、あの世界を震撼させたドッズライフルを回避できるほどの圧倒的な「機動性」、あるいは、万が一直撃を喰らっても致命傷を避けられるだけの強固な「防御性能」。

 

 

 二つ目は、極限状態の戦場でも確実に手足として動かせる、熟練の技術を必要としない「搭乗難易度の低さ」。

 

 

 そして三つ目は、何よりも、SFSに頼らない空中での作戦行動を行えるようにすること――つまり、単独での完全な飛行能力の獲得だった。

 

 

 

 ドッズライフルを凌ぎ、誰もが扱えて、空を舞う。文字にすればシンプルだった。いや、実のところ、これらはその当時のモビルスーツのスタンダードとしては、どれも当たり前と言っていい要求ばかりだったのだ。

 

 

 だからこそ、それは難しいのだ。

 

 

 他国における『当たり前』の基準は、ユーラシアのどん底にいる技術者たちが考えているよりも遥かに高い、雲の上の領域にあった。

 

 

 例えば、彼らが血眼になってその背中を追いかけているオーブの最新鋭量産機『ムラサメ改』。あの機体は、独自の二枚板バレルを採用した新型ドッズライフルを標準配備しており、ユーラシアの技術者から見れば羨ましい限りの圧倒的な火力と、破格のエネルギー燃費を高い次元で両立させていた。

 

 

 それだけに留まらず、戦況に応じて拡散ビームやビームサーベル、さらにはビームランスへと特性を瞬時に変更・調整することすら可能としている。

 

 

 さらに、洗練された可変機構によって、従来の量産機の常識を遥かに超越した超高速機動を実現しており、敵の視界やセンサーを遮るスモークをはじめとするオプション装備も多数存在している。

 

 

 まさに至れり尽くせりという言葉が相応しい万能機であり、彼らは前述の『空を飛び、高い機動性と防御力を持つ』という当たり前を軽々とクリアした上で、さらに戦術の幅を広げるための様々なプラス要素を容赦なく加点していっているのが現実だった。

 

 

 ザフトの最新鋭機『ゲルググメナース』もまた、大気圏内での自在な空中戦闘を難なくこなす、恐るべき万能機として戦場に君臨していた。かつて大西洋連邦が開発したストライクシステムの思想をプラント流に発展させた『ウィザードシステム』――それを洗練させた『ボレロ』と呼ばれる最新のバックパック装備は、機体に飛行能力をもたらすと同時に、戦況に応じた火力の柔軟な底上げをも可能にしていた。

 

 

 

 しかも驚くべきことに、これほどの多機能と高性能を詰め込み、あのウィンダムをあらゆる面で遥かに上回りながらも、徹底した生産性の見直しによってコストダウンにまで成功しているのだ。

 

 

 

 それに引き換え、現在ユーラシア連邦の主力として前線に配備されている大西洋連邦製の『ウィンダム』は、激変する世界の戦席においては、最早時代遅れの烙印を押されつつあるのが冷酷な現実だった。

 

 

 かつてはダガーLに代わる高性能な次期主力機として持て囃され、ジェットストライカーを背負わせることでどうにか航空優勢を保っていたものの、オーブやプラントが繰り出してきた次世代の化け物量産機たちの前には、あらゆるスペックにおいて見劣りする旧式機に成り下がっていたのである。

 

 

 

 

 そう、ユーラシアの兵士たちが望んだ三つの望みは、世界基準の戦場においては『実現して当たり前』の最低ラインに過ぎない。他国がそのスタートラインを遥か後方に置き去りにして爆走している中で、自分たちはただその器を満たすだけで満足していいはずがなかった。

 

 

 

 この無い無い尽くしの環境から、どうやってその『当たり前』をクリアし、その上で自分たちは一体何を上乗せして世界に意地を示せばいいのか?

 

 

 

 後年、この無謀極まるプロジェクトの中核を担った科学者M氏は、当時の熱に浮かされたような開発室の様子を、深い苦笑を交えながらインタビューでこう回想している。

 

 

 

「パイロットたちが戦場で何を望んでいるのか、その切実な叫びのすべてを理解した上で、いよいよ我々の本格的な議論が開始されました。ですが、そこで真っ先に机の上に放り出された議題は、何を付け足すかではなく、『何を切り捨てるのか?』という、引き算の話だったのです。ご存知の通り、当時の我々には予算も資材も限界がありましたから、他国のように好き放題に高性能を詰め込んだ夢の機体を開発することなど到底不可能。だからこそ、まずは徹底して慎重に、そして大胆に削ぎ落とす必要があった。

 

 例えば、水中戦の想定は真っ先に切り捨てましたね。すでに『フォビドゥンヴォーテクス』という恐るべき水中用の傑作機が存在している以上、無理に海の中での戦闘能力を模索する必要などどこにもない。

 

 さらに、我が国のお家芸とも言える光波防御盾『アルミューレ・リュミエール』や『陽電子リフレクター』といった強力なビームシールド類の採用も、最初期の段階で完全に却下しました。なぜなら、それらはいかに高出力であろうとも、あのドッズライフルの前には、莫大なエネルギーを無駄に喰うだけで有効な防御になり得ないと分かっていたからです。

 

 

 ドリルで抉られるなら、高価な盾などただの飾りでしかない。そんなものに予算を割くくらいなら、もっと別の、我々にしかできないアプローチにすべてを注ぎ込むべきだ――。それが、我々が最初に下した決断でした。

 

 

 そうした徹底的な引き算の議論を重ねた結果、我々が行き着いた結論は、水中戦の排除や特殊なバリア兵装の廃止だけではありませんでした。

 

 

 ……なんと我々は、モビルスーツでありながら地上戦すらも完全に想定から外したのです。つまり、大気圏内での空中戦と、宇宙空間での戦闘、その二つだけに全ての性能を特化させた機体を開発することに決めたわけです。

 

 

 正気の沙汰ではないと思われるでしょう。陸地での戦闘をハナから捨て去った量産機など、 MSの歴史を見渡しても前代未聞ですからね。あのザフトのディンですら歩行戦闘をある程度想定しているというのに。ですが、当時の我々ユーラシア連邦を取り巻く環境を分析すれば、それしか道はなかった。

 

 

 我々の主たる仮想敵は、あのザフトが誇る最新鋭機『ゲルググメナース』のような、大気圏内を縦横無尽に飛行可能な万能機です。

 

 

 

 ならば、これから始まるであろう戦いの主軸が空中になることは自明の理でした。そして戦術のセオリー通り、空中戦闘に完全特化した機体さえ完成すれば、地を這うことしかできない地上の敵機など、上空から一方的に圧倒、蹂躙することが可能であるという確信もありました。

 

 

 しかし、何よりも大きかったのは技術的、そしてコスト的なブレイクスルーです。

 

 

 モビルスーツという兵器のOSや関節駆動系において、最も開発が難航し、複雑怪奇な機構を必要とするのは何だと思いますか?

 

 

 ……そう、重力下での『二足歩行』です。

 

 

 

 絶えず変化する地盤を踏み締め、巨体のバランスを保ちながら歩行・走行させるための姿勢制御OSは、まさにコーディネイターの天才たちがこねくり回す高度な数式の独壇場。我々ナチュラルの技術者が、今からそんなものに付き合ってイチから洗練させていては、時間も予算もいくらあっても足りません。ダガーやウィンダムのOSを流用したところで勝てるわけがありません。

 

 だからこそ、我々は笑いながら言ったのです。『なら、歩くのを止めよう』と。

 

 

 脚部なんてものは、基地や母艦に帰還した際のただの『ランディングギア(着陸脚)』と割り切ってしまえばいい。地上を歩くための複雑な複合関節も、莫大なCPU負荷を強いる歩行OSもすべてゴミ箱に放り捨てる。

 

 

 この歩行の完全な放棄によって、開発コストと機体重量は劇的に削減されました。そして、それによって浮いた莫大なリソースとスペースのすべてを、空中戦、そして宇宙戦へと適応するための純粋な推力と機動性の強化へと一極集中させたのです。

 

 

 モビルスーツという人を模した形をしていながら、大地を歩むことを捨て去り、ただ空と宇宙(そら)を支配するためだけに翼を広げる歪な怪物。これこそが、他国の『当たり前』という高すぎる壁を前に、持たざる者である我々が導き出した……ないない尽くしが生み出した安さを追求した結果の産物だったのです」

 

 

 

 

 こうして、陸戦能力を削ぎ落とし、空中戦、宇宙戦闘に特化した設計案がまとまり、青写真が完成して開発がスタートする。しかし、当然ながらその前途は多難を極めることとなる。

 

 

 開発チームが真っ先に直面した最大の壁は、技術的な課題ではなく、組織の説得であった。モビルスーツという兵器においてこれまで当たり前とされてきた陸戦機能の完全削除、すなわち二足歩行の放棄という前代未聞のコンセプトは、軍上層部、とりわけ新型機開発の急進派ではない、保守的な一般将校たちを前にしたプレゼンテーションで、激しい反発を生むこととなったのである。

 

 

 

 その、査問会を兼ねた会議室の空気は、終仕、冷ややかなものであったとちう。

 

 

 

「歩行機能を捨てるだと? 地上に降りたら一歩も動けない機体など、兵器として実用に耐えるはずがない」

 

 

「大西洋連邦のウィンダムのように、あらゆる局面に対応できる汎用性があってこそのモビルスーツだ。陸戦をハナから想定しないなど、前線の運用を無視した暴論ではないか」

 

 

 居並ぶ将校たちから突きつけられる容赦のない言葉の数々。それらは、これまでのモビルスーツ開発の歴史を鑑みれば、至極真っ当な正論であり、常識であったのだ。

 

 

 先ほども述べた通り、あのザフトの空中戦用MSであるディンですら、最低限の歩行・陸戦能力は残されているのだ。それを完全にゼロにするという新規設計とした MSの提案は、彼らにとって正気の沙汰とは思えなかった。

 

 

 だが、開発チームは一歩も引かなかった。彼らは感情論に頼ることなく、シミュレーションデータと、ユーラシア連邦が置かれた厳然たる事実をプロジェクターに映し出す。

 

 

 

「お言葉ですが、我々が真に戦わねばならない仮想敵は、大気圏内を縦横無尽に飛行する次世代の怪物たちです。既存のOSやダガー、ウィンダムの駆動系の流用で、二足歩行の負担を抱えたまま、彼らと上空で対等に渡り合えると本気でお考えですか?」

 

 

 M氏をはじめとする開発者たちが提示したのは、歩行OSと複合関節を完全に削除することで削減される、莫大な開発コストと機体重量の正確な対比グラフであった。そして、その削ぎ落としたリソースの全てを推力と空中機動性へ転換した際、どれほどの戦闘効率が。そしてどれ程のコスト削減に繋がるのかという予想が画面に表示されていく。

 

 

「我々には、他国のような潤沢な予算も、高度な駆動制御をイチから構築できる天才もいません。だからこそ、大地を捨て、空中と宇宙だけに特化する。この引き算こそが、限られた予算の枠内で、敵の高性能万能機を上空から圧倒し得る唯一の回答なのです」

 

 

 ないない尽くしの現実が生み出した、安さと効率を極限まで追求した歪な設計思想。その熱意と確かなデータによる説得は、次第に会議室の空気を変えていった。前例のない仕様に眉をひそめていた一般将校たちも、突きつけられた財政的な現実と、それを逆手に取った設計案の前に、沈黙せざるを得なくなった。

 

 

 これならいけるのではないか?試しに試作機を作らせる価値はあるのではないか?もしも、開発チームがGタイプのような潤沢な予算を得て高級 MSを生産した上でそれをデチューンするという設計案をお出しすれば、間違いなく不採用となっていた。

 

 

 結果論ではあるが最初から費用対効果を描写しつつ、コスト削減を全面的に押し出した引き算の理論は一般将校にすら魅力的に映ることになったのだろう。

 

 

 

 長い議論の末、ついにプロジェクトへの「ゴーサイン」が下される。軍上層部という最初の、そして最大の関門を突破し、歩くことを止めた未知の新型量産MSは、いよいよ実験室の中でその実体を成すための第一歩を踏み出したのだった。脚はないのだが。

 

 

 

 

 

 軍上層部の承認という最大の関門を突破した開発チームを待っていたのは、青写真を現実の鋼鉄へと変える、果てなき試行錯誤の日々であった。

 

 

 

 『ウィンダム以上の性能をウィンダム以下のコストに』。

 

 

 

 この絶対の至上命題を満たすため、開発室では既存の規格や鹵獲パーツの徹底的な検証と、限界までの再設計が繰り返された。開発がまず着手されたのは、この機体の最大のアイデンティティであり、かつ最大の挑戦でもある「脚部」の構造であった。

 

 

 

 一般的なモビルスーツの概念であれば、脚部は複雑な油圧シリンダーや、無数の微細なモーター、そしてそれらを制御する歩行OSの塊。だが、それらをすべてゴミ箱に投げ捨てた結果、残されたのは強固なフレームと、驚くほど広大な空洞である。

 

 

 技術者たちは、この空洞に既存の航空機用スラスターを改良した高出力の推進ユニットを、文字通り限界まで詰め込んでいった。

 

 

「これは脚ではない。大推力を生み出すための、可動式の巨大なスラスターだ」

 

 

 

 地面を蹴るための足首は、基地や母艦へ着陸する際、機体を支える最低限の「ランディングギア(着陸脚)」へと割り切られ、簡素化される。これにより、脚部そのものが機体を大気圏内で飛翔させ、宇宙空間で爆発的な加速を生み出すための、最大の心臓部へと生まれ変わったのである。

 

 

 続いて、実戦での生存率を直結させる腕部兵装の開発へと焦点が移る。ドッズライフルの脅威に晒される戦場において、接近戦でのコンマ数秒の遅れは致命傷を意味する。一般的なMSのように、腰や背中からビームサーベルを抜刀するモーションすら、彼らにとっては致命的なタイムラグであった。

 

 

 そこで設計チームが導き出したのが、手首部分に直接配置する「手首内蔵サーベル」の構造である。抜刀の動作を一切挟まず、パイロットがトリガーを引いた瞬間に、手首からダイレクトに光の刃を展開・形成する。この高速展開ギミックにより、敵の懐へ飛び込んだ瞬間の電撃戦を可能とする。

 

 

 

 サーベルはダガー系列の流用によってコストを下げているものの、将来的にはこの内蔵サーベルそのものをビームカッターとビーム砲に使い分けられる万能兵装とする予定されているそうで、現在でも開発は継続との事だ。

 

 

 

 さらに、空力特性を極限まで高めるため、外部に露出する武装は可能な限り排除せねばならなかった。技術者たちは、前腕部の下部にデッドスペースを見出し、ここにコンパクトなウェポンベイを内蔵。固定武装としてミサイルランチャーを仕込むことに成功した。これにより、突起物を無くして飛行時の空気抵抗を抑えつつ、中距離での面制圧能力という強力な手数を機体に持たせることに成功したのである。

 

 

 

 主兵装に関しては、前線の多様な要求に応えるため、オープンソース化され、圧倒的な貫通力を誇る螺旋の光ドッズライフル。あるいは、空中戦闘にて中近接戦での圧倒的な連射性能で戦果を上げていたビームサブマシンガン「ザスタバ・スティグマト」の二つが挙げられ、戦況やパイロットの適性に合わせて配備される事となった。

 

 

 

 

 こうして少しずつ試作機が組み上がったとき、最後に残されたのは、機体の外装塗装だ。他国の最新鋭機のような、華美な鏡面装甲やエネルギーを贅沢に消費する特殊装甲は、予算や電力供給の面から最初から選択肢になかった。

 

 

 そこで採用されたのが、電波吸収特性を持つ炭素化合物を混入した、安価で強固な防錆・防熱コーティング剤だ。夜間戦闘や宇宙空間における目視での視認率を劇的に下げ、なおかつ大気圏内での高速飛行による摩擦熱からも機体を保護する。この機能を最優先した結果、機体全体が光を吸い込むような、深く静まり返った「黒色」へと染め上げられることとなったのである。

 

 

  しかし、この「黒色」という選択もまた、一筋縄ではいかなかったのだ。科学者M氏は、当時の外装選定における知られざる摩擦を、インタビューでこう振り返っている。

 

 

 

「実は、機体を黒く染めるということに対して、軍内部からは相当な難色を示されましてね。というのも、かつてロゴスの私設部隊であるファントムペインが運用していた機体――あの悪名高き『105スローターダガー』が漆黒のカラーリングだったからです。地球圏の至る所で凄惨な作戦を展開した彼らの機体色は、政治的にも人道的にも、極めてイメージが悪かった。我が軍の新たな象徴となるべき量産機に、なぜあのような不吉な色を着せるのか、という反発が出たのは当然のことでした。

 

 

 ですが、我々開発チームにとって、これは絶対に譲れない一線だったのです。

 

 

 

 何度も言うように、この機体は地上戦を捨て、夜間戦闘と宇宙戦闘に命運を懸けています。暗闇に紛れる戦場において、少しでも敵のセンサーや目視による発見率を下げることは、機体の生存率、ひいてはパイロットの生還率に直結する絶対条件でした。過去の悪名や政治的なイメージを優先して、前線の兵士の命を危険に晒すなど、エンジニアとしてあってはならない。

 

 

 この辺りの説得は、歩行機能の削除の時と同じか、それ以上に骨が折れましたね。何度もデータを示し、実利の重要性を説き続けました。最終的には、実際にこの機体に命を預けることになる前線のテストパイロットたちが『我々が欲しいのは、黒い翼だ』と、我々の設計思想を強く後押ししてくれたことで、上層部もついに首を縦に振ったのです」

 

 

 過去の呪縛を振り払い、ただ勝つための機能だけを追求した結果、承認された漆黒の装甲。それは組織の面目や見栄をすべて削ぎ落とした、開発チームの覚悟の表れでもあったのかもしれない。

 

 

 

 こうして完成した試作機体は、ついにシミュレーターの画面から飛び出し、現実のハンガーでその漆黒の巨体を現した。人型兵器としての記号を残しながらも、膝から下の複雑な関節構造を排し、代わりに巨大なスラスター・ノズルが組み込まれたそのシルエットは、これまでのどのモビルスーツとも一線を画していた。

 

 

 一見すれば異形、しかし徹底的な引き算の果てに導き出されたその姿には、一切の迷いがない機能美が宿っていた。先述の炭素化合物コーティングによって施された、深く静まり返った黒色の装甲は、ハンガーの灯りを吸い込み、静かな凄みを放っていた。

 

 

 だが、この段階に及んでも、この機体にはまだ正式な名前が与えられていなかった。

 

 

 開発コードネームの数字だけで呼ばれ続けた機体を前に、開発チームと、実際に命を預かることになる前線のテストパイロットたちが集まり、最終確認を行っていた時のことである。

 

 

 ふと、一人の技術者が凍てつくユーラシアの荒涼とした空が広がる窓の外へと目を向けた。そこには、過酷な環境に耐えながら、非常に高い知性を持って力強く飛び交う、馴染み深い鳥の姿があったという。

 

 

「他国が誇る最新鋭機のような、鷲や鷹といった華やかな猛禽類の派手さは、この機体にはない。だが、どんな逆境であっても知恵を絞り、逆境に抗いながら環境へ適応していくあの姿は……まるで、我々のプロジェクトそのものではないか」

 

 

 その言葉に、その場にいた全員が深く頷いた。潤沢な資金を持つ大国のような華々しさはなくとも、限られたリソースと知恵のすべてを結集し、世界の常識を覆すために生み出された黒い機体。

 

 

 その姿は、過酷な寒空を生き抜く鳥の生き様と、完全に重なったのである。技術者と兵士たちは、誇りと確信を込め、ロシア語で「カラス」を意味する言葉をその機体に冠することに決めたという。

 

 

「ヴァローナ」――。

 

 

 こうして正式な名を与えられた漆黒の試作機は、ついにシミュレーターの画面を飛び出し、運命のファーストフライトの瞬間を迎えることとなった。

 

 

 舞台は、ユーラシア連邦の深い霧に包まれた秘密演習場。滑走路の傍らには、今回の飛行データの比較対象、および観測機として、現在のユーラシア連邦の主力機『ウィンダム』がジェットストライカーを轟かせ、一足先に離陸して上空で待機していた。これまでユーラシアの空を支えてきた汎用機であり、そして超えなければならない目標を開発チームの皆は睨みつけていたという。

 

 

 そして、滑走路の中央。クレーンから解き放たれたヴァローナが、その漆黒の巨体を佇ませていた。コックピットのテストパイロットが、メインレバーを押し込む。

 

 

 

 

 瞬間、周囲の空気が震えた。

 

 

 

 二足歩行のための機構を全て削ぎ落とし、その容積の全てを爆発的な推力へと変えた脚部推進ユニットが、凄まじい咆哮を上げたのである。

 

 

 

 滑走距離は、従来のMSの常識を遥かに下回る僅かなものだった。凄まじいGと共に、漆黒の機体は垂直に近い角度で、一気に天空へと突き抜けた。

 

 

 

 上空で待機していたウィンダムのパイロットが、驚愕の声を上げる。

 

 

 

「――何だ、あの加速は……!? 速すぎる!」

 

 

 

 ジェットストライカーを全開にして追尾しようとするウィンダムを、ヴァローナは嘲笑うかのような次元の違う上昇力で、またたく間に引き離していく。かつて航空優勢を保っていた主力機のスペックを、初飛行のプロトタイプがいとも容易く、文字通り追い越してみせたのだ。その上扱いやすさの裏付けと言わんばかりにテストパイロットは自由自在に空を舞い、地上の開発チームを鼓舞していたのだ。

 

 

 

 モニターに映し出される数値は、技術者たちの予測すら上回っていた。大地を歩むことを捨て、ただ空を舞うためだけに全てを捧げたその姿は、雲を突き抜け、どこまでも高く、どこまでも早く、青天の彼方へと溶け込んでいく。それは紛れもなく、新しい時代の空を支配する漆黒の鴉の羽ばたきであった。

 

 

 

 地上に設置された管制室のモニターが、ウィンダムを遥か後方に置き去りにして最高高度へと到達したヴァローナの光点を捉えた瞬間、それまで静まり返っていた室内に、地鳴り のような歓声が沸き起こった。

 

 

 

「やった……! 飛んだぞ!」

 

 

「データ、すべての項目でウィンダムを凌駕しています!」

 

 

 

 書類の束に埋もれ、予算の壁に阻まれ、他国の当たり前という絶望的な格差に挑み続けた研究者も、技術者も、誰もが言葉を失っていた。自分たちの選択は間違っていなかった。あの徹底的な引き算の理論が、ついに世界の常識を覆す本物の翼を産み落としたのだ。

 

 

 込み上げる熱い感情を抑えきれず、白髪のベテラン技術者も、若い研究員も、互いに報われた想いで激しく抱き合った。誰もが涙を流し、その肩を叩き合い、自分たちが成し遂げた奇跡の結晶を、ただ誇らしげに見上げていた。

 

 

 ユーラシアの荒野の空に、今、確かな一歩――いや、確かな一翼が刻まれた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後のウィンダムとの模擬戦闘訓練において、ヴァローナは誰もが耳を疑う驚異的な数値を叩き出すこととなる。空中戦および宇宙戦に特化したこの漆黒の機体は、従来の汎用MSを相手に、実に「3対1」という圧倒的な撃墜比率を記録したのだ。

 

 

 これほどの圧倒的な戦闘能力を誇りながら、徹底的な機能の引き算によって実現した製造コストは、なんとウィンダムの「0.8倍」――つまり、2割ものコスト削減に成功していたのである。さらにこの機体は、無駄を削ぎ落としたシンプルな構造ゆえに、将来的な兵装追加や近代化改修を受け入れるだけの十分な「発展性」をもその身に残していた。

 

 

 

 

(画面のトーンが変わり、どこか哀愁を帯びながらも力強い、静かなエンディングテーマのメロディが流れ始める――)

 

 

 

 

 この、極めて優秀な費用対効果を誇るユーラシア初の本格的な自国製モビルスーツの誕生は、それまでプロジェクトに全く関心を寄せていなかった軍の上層部や政治家たちの心をも、激しく揺さぶることとなった。

 

 

 彼らとて、決して盲目だったわけではない。大西洋連邦から供与されたウィンダムの高性能さは事実として高く評価していた。しかし、その一方で、莫大なライセンス料を支払い続け、国防の根幹を他国に握られている現状に、内心では強い危機感を抱いていた。そして同時に、「自分たちにはこれ以上の機体など作れるはずがない」と、半ば諦めかけていたのもまた、紛れもない事実だったのだ。

 

 

 

 だが、彼らの目の前にはいま、他国の『当たり前』という高すぎる壁と逆境を打ち破ってみせた漆黒の鴉(ヴァローナ)がいる。

 

 

 

 自国の技術者が、自国の予算の範囲内で、世界基準を凌駕する本物の翼を作り上げたという厳然たる事実は、ユーラシア連邦という国家に、失われかけていた誇りを呼び覚ました。

 

 

 

「我々にも、まだ世界に意地を示す力がある」

 

 

 

 予算の限界、技術の格差、そして組織の常識。あらゆる壁を、引き算という名の執念で穿ち抜いた男たちの挑戦は、ここに最高の結実を見た。

 

 

 夕闇が迫るユーラシアの空を、漆黒のヴァローナの編隊が再び力強く滑空していく。その姿は、ただ一国の新型兵器の誕生という枠に留まらず、激変する世界の戦席において、持たざる者たちが示した揺るぎない意地の象徴そのものであった。

 

 

 

(画面はゆっくりと引き、黄昏の空をどこまでも高く、どこまでも早く舞う漆黒の機体のシルエットを映し出しながら、静かにフェードアウトしていく――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやすげぇな、これ……」

 

 

 

 テレビ画面が静かにフェードアウトし、部屋の中にふっと明かりが戻るのと同時に、俺は素直な賞賛の声を漏らしていた。持たざる者が知恵と執念を絞り尽くして世界の『当たり前』に噛み付いたその軌跡は、副総裁ではなく一人の視聴者として胸に熱いものが込み上げるレベルだった。

 

 

 というか、プロジェクトXってこの世界にもあったんだな、あとで過去回とか見てみるか。ふと隣に視線を向けると、腕を組んで画面を睨みつけていたカナードが、珍しく小さく頷いていた。

 

 

 

「悪い機体じゃないな」

 

 

 

 ボソリと溢されたその言葉を聞いて、俺は危うく吹き出しそうになった。いつも皮肉を隠そうともしないあのカナードが、だよ? 人体実験まがいの扱いを受けたり、アルテミスの一件があったりと、色々と嫌な思い出まみれの古巣であるユーラシア連邦の機体を、こうして純粋に褒めるなんて本当に珍しいことだ。

 

 

 まぁ、こいつにとっての「悪くない」って評価は、他人が言う「最高傑作」と実質同じ意味の最高級の賛辞なんだよなー、と俺は内心で深く納得する。

 

 

 そんな風にドキュメンタリーの感動的な余韻に浸り、カナードの珍しい反応を楽しんでいた俺だったが、実はもう一つ、全く別の感想が頭の片隅にこびりついて離れなくなっていた。

 

 

(……いや、それにしてもさ)

 

 

 あの脚部を完全にランディングギアと割り切った異様なシルエット。前腕下部のウェポンベイに、手首のサーベルラック。

 

 

(見た目的には、あの『ガンダムX』に出てくる新連邦の量産機『バリエント』にかなり近いな……将来的にはドートレス・ネオの要素も追加されそうだが)

 

 

 

 もちろん、開発に携わったM氏をはじめとするユーラシア連邦の開発者たちが、そんな異世界の作品を知るはずもない。俺以外の転移者、転生者については裏でいるかどうかは定期的に調査してるが、今の所その兆候もなく、完全に偶然が生んだ機能美の合致なんだろう。

 

 

 

 とはいえまさか、完全に一致しているわけじゃないが、前世のシリーズファンとしてはバリエントらしい機体がこの世界で開発されたのは、素直に嬉しい。ガンダムXは好きなアニメの一つなんだが、劇中の新連邦の機体は大体がやられ役としてあっけなく撃墜されていった印象が強い。

 

 

 だが、このヴァローナは一筋縄ではいかないはず。何せ、オーブのムラサメ改は確かに優秀な高性能機ではあるが、ヴァローナはあのウィンダムよりもさらに安く作れる代物だ。その上、ユーラシアはオーブよりも遥かに巨大な領土と人口を持つ大国なんだよ。

 

 

 リヴァイアサンによって水中戦においては今の所無敵を誇っているオーブであっても、圧倒的な数の暴力に物を言わせたヴァローナの編隊が「урааа!!!」と損害覚悟で空から一斉に侵攻してくれば、たとえ最終的な撃退に成功したところで、こちらが負うダメージも決して少なくはないはずだ。

 

 

 幸い、今のオーブとユーラシアは、東アジアやプラント程友好関係は密接ではないとはいえ、それなりの関係を築けてはいる。とはいえ、一寸先は何が起こるか分からないのがこの世界だ。今後はさらに両国の関係を密接にさせ、絶対に戦争なんて起こされないように先手を打っておく必要がある。

 

 

 もっと上手く、ユーラシアがオーブに手を出さないようにと、どちらも得をするようなパイプを作れないか……今度、ミヤビにでも相談してみるか。

 

 

「おいボンボン、聞いてるのか?」

 

 

 不意に横から飛んできたぶっきらぼうな声に、俺はハッと我に返った。思考の海に深く沈みすぎて、完全に意識が自分の世界に飛んでしまっていたらしい。

 

 

「あぁ……すまん。ちょっと、これからのことを考えててな」

 

 

 俺が素直に頭を下げて謝罪すると、カナードは呆れたようにフッと鼻で笑ったが、その直後、鋭い眼光をテレビの黒い画面へと向けている。

 

 

「気をつけろよ。こんな民間のドキュメンタリー番組に、本来なら軍の最高機密であるはずの新型MSの情報が堂々と引っ張り出されてるんだ。これが何を意味するか、お前なら分かるだろ?」

 

 

 カナードの言葉に、俺の背中に冷たいものが走る。いやまぁ分かるよ?分かってたよ?分かってるけど目を逸らす訳にはいかないよなぁ…!

 

 

 

「表に情報が出てきたってことは、このプロトタイプの段階はとうに過ぎてるってことだ。ヴァローナのさらなる改良型や、本格的な量産・配備計画は、すでに水面下で確実に進んでるはずだ。ユーラシアの連中が、あの成果だけで満足して立ち止まるタマかよ」

 

 

 元・ユーラシア連邦の特務部隊にいただけあって、古巣の性質を誰よりも熟知している男の言葉には、重い説得力があった。テレビで美談として語られた開発劇の裏で、今この瞬間も漆黒の鴉はさらなる凶悪な牙を研ぎ澄ませているんだ。既に100〜200機単位の生産を通り越して更に増産や改良が進んでるのは確実だろう。

 

 

「……あぁ、全くその通りだな。のんびり構えてる暇はなさそうだ」

 

 

 俺は小さく息を吐きながら、隣の個人的には最も頼れる傭兵に心の中で感謝した。万が一敵がその牙をさらに鋭くしてくるというのなら、こちらはそれ以上の速度で手を打たなければならない。

 

 

 

 備える必要があるんだ。ムラサメ改やヤツカハギ、そしてグルドリンといった強力なラインナップが手元にあるからといって、決して満足してあぐらをかいていてはいけない。

 

 

 「他者より強く! 他者より先へ! 他者より上へ!」

 

 

 かつてラウ・ル・クルーゼは、終わりなき憎悪の果てにある競争社会をそう吐き捨てるようになじっていた。彼の言葉は、この世界のクソみてぇな一面をこれ以上ないほど的確に射抜いているし、俺だってその歪みは十分に認めている。だけど、だからといってここで立ち止まる訳にはいかないな。俺たちには、守らなきゃならない場所があるんだから。

 

 

 という訳で、俺は隣に座る男の肩にぽんと手を置いて、これ以上ないほど爽やかな笑みを向けてにっこりと微笑んで見せた。カナードも巻き込まないとな!

 

 

「という訳でカナード、新型のグルドリンのテストパイロットに――」

 

 

 俺の言葉の途中で、カナードの顔がみるみるうちに、この世の終わりでも見たかのような表情に変わっていった。端的にいえば、ものすごーーーく嫌そうな顔をしていたのだ。

 

 

「おい死ぬ程嫌そうな顔してんじゃねぇよ!!いい機体なんだぞあれ!!」

 

 

 

「知るか!性能は認めるが誰があんなレモンの出来損ないにしか見えない機体に乗るかぁ!!」

 

 

 

「あぁ!?テメェ、あの機能美を馬鹿にすんのか!?上等だよ!オラァ!表出ろ!?」

 

 

 

 おい、このクソブラコン野郎!?俺を馬鹿にするのは別にいいがミーアとガンダムAGE関係を馬鹿にするのは絶対に許さねぇぞクソが!!!

 

 

 

 ――その結果。

 

 

 

 場所を移した「表(娯楽室)」のテーブルの上にて、俺とカナードによる、モビルスーツ戦さながらの熾烈な争いが繰り広げられることとなった。もちろん、兵器ではなくゲームやTCGでのガチンコ勝負だ。

 

 

「俺のターン!これで終わりだァ!死に晒せ!!!」

 

「甘いな!その甘さが命取りになる!――罠カード発動だ!!」

 

 

 お互いに一歩も引かず、マジになってカードやコントローラーを叩きつける俺たちの泥仕合。そんな大騒ぎを、少し離れたソファから眺めていたキラ達が、ニコニコと笑っていたのが印象的だ。

 

 

 先ほどまでの国家防衛の重苦しい思考はどこへやら、娯楽室にはいつもの賑やかな時間が、ただ流れていた。

 

 

 

 

 

 

 




・ヴァローナ
 見た目や性能は大体ガンダムXのバリエント。設計思想はクロスボーンガンダムの木星帝国が運用するバタラが一番近いかも。この作品ではゴリラ回でも触れましたが MSを運用するにあたって、最も困難であるのは二足歩行であり。それらを全て引き算の理論で切り捨て、一つに特化したこの機体は東アジアの局地戦仕様の機体の概念にも近いといえますし、今後の戦場の主役が空と宇宙になる以上、空に特化する機体という選択肢は決して悪いものではありません。今後はヴァローナがメインで戦闘しつつ、ヴァローナが制空権や制宙権を確保した上で現存のダガーやウィンダムが突撃して制圧するというドクトリンになるかもしれませんね。

 なお扱いやすさと引き換えに弱点もあり、それはビームリーマーやビームディフェンスロッドなどドッズ系装備を防ぐための防御機構を採用すると、あっという間にガス欠になるため不採用になっていること。当たらなければどうということは無いとはいえ、この辺りは痛感していますので今後の改良点は防御兵装を採用するか?鹵獲したリューのブラックナイトスコード・ルドラの解析が進みつつオーブのようにフィードバックできるのか?などが争点となるでしょうね。


・ウィンダム
 何度も言いますがウィンダムは悪い機体ではありませんし本当にいい機体です。ですが、C. Eの技術革新の早さやドッズショックの影響。更には各国の新型MSや戦闘機の開発競争の影響で割を食っており、大西洋連邦の選挙が終わったあとはどのような結果であれ新型機体の開発を大西洋連邦は進めるでしょうね。

大西洋連邦の選挙結果は?展開によって今後のお話に影響が出ますが、あくまで大西洋連邦国民の一人として投票して頂けると幸いです。

  • 【フォスター政権+親オーブ派】
  • 【モンロー主義派】
  • 【反オーブ+反プラント派】
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