破滅フラグしかないボンボンに転生してしまった件 〜グフに踏み潰される運命なんて、全力で回避してやる!〜《完結》 作:kiakia
さて、ここで一つだけある疑問が残るはずだ。「なぜ、最低限の人員しかいないはずの俺達が、敵地で鹵獲した巨大な輸送艇なんかを完璧に扱えたのか?」と。
MSを何機も格納して運用するための輸送艇ともなれば、当たり前だがその巨体は伊達じゃない。そこら辺の軍用車両や小型艇とは訳が違い、ただの歩兵部隊の手におえるような代物ではないのだ。
……いや、シンやアグネスみたいな天才コーディネーターなら、マニュアルを一読しただけで勘でなんとなく操縦しちゃいそうだな?なんて一瞬頭をよぎったりもしたが、まあそこは一旦、ぶっつけ本番で巨大輸送艇を動かすのは難しいってことにしておいてくれ。
実際、いくらコーディネーターが優秀だろうと、専門外の巨大船の操縦や複雑な機関制御をぶっつけ本番でたった1人でこなすなんてのは本来無茶な話だ。
本来、あの手の巨大軍事輸送艇を安全に運用するには、高度な航法技術や機関管理の専門知識、そして何よりも多大な訓練を経た熟練のクルー群が不可欠となる。
かといって、オーブ本国に向かって操縦クルーの増援を派遣してくれと要請を出すのも不可能だった。今回の作戦はどこまでも極秘の裏ミッションだ。
下手に余計な人員や船を動かせばどこから情報が漏れるか分からないし、何より俺たちは戦果を抱えて一刻も早くこの地を撤収し、さっさとオーブへ帰りたかった。増援の到着をのんびり待っている余裕なんてどこにもない。
じゃあ、現地の大西洋連邦軍に頭を下げて「すみません、輸送艇動かしたいんでクルーを何人か派遣してくれません?」と頼むか?ハッ、論外中の論外だ。
そもそも今回の作戦自体、大西洋連邦側からの極秘要請をこちらが受け入れたものだ。言ってみれば、自分たちの不手際で自国のテロリストに最新鋭機を強奪されるという大ポカをやらかし、その失態を揉消すためにコンパスへ泣きついて解決を依頼してきた、というのが事の真相なんだぞ。
政治的にいまだ不安定で不穏な空気が漂う中、そんな「自国の醜聞」が外部に拡散するリスクのある現地部隊の徴用なんて、本国の上層部からすれば頼むからやめてくれと悲鳴を上げるに決まっている。
それに、なんなら奪還した機体の所有権や主導権を巡って、現地の大西洋連邦軍と「これはうちの所有物だ」「いや、回収・奪還の功績はうちだ」などと現場で面倒な文句をつけられるリスクすらあった。
ウィンダムⅡの存在はそこそこ広まってる可能性はあれど、既に実機のプロトタイプが完成していたなんて情報も今は拡散してほしくはない。そう考えれば、連中の兵員を借りるなんて選択肢は口が裂けても選べるわけがなかったのだ。
だが、俺たちには、そんな八方塞がりの状況をあっさりと解決できてしまう方法が、偶然にもたった一つだけ存在していた。
オーブ本国から増援のクルーを派遣してもらう必要もなければ、現地の大西洋連邦軍から人を借りる必要すら一切なく、あの巨大な輸送艇を制御できる方法が。
「本当にご苦労様だな……アスク」
そう呟きながら手元のタブレットに声をかけると、端末のスピーカーから『ピピっ』と軽やかな電子アラートが鳴り響いた。
それまで画面を埋め尽くしていた無機質な報告書のデータが一瞬で収束し、代わりに画面越しに一人の『人物』の姿が鮮明に浮かび上がる。
そこに映し出されたのは、鮮やかな赤茶色の髪を高い位置でキュッとポニーテールに結い上げた人物の姿だった。目元には知的で洗練された印象を与える細枠のメガネをかけており、そのレンズの奥には、冷徹な知性と深い思考を湛えた金黄色の瞳が静かに光っている。
そして何より目を引くのは、その眼光だ。円形ではなく縦にすっと細く切れ込んだその瞳孔は、どこか獲物を見据える爬虫類——毒蛇の眼を強く連想させる。美しくもどこか人間離れした、見る者をぞくりとさせるような静かな迫力を秘めていた。
着ている衣服も整えられている。ピシッと糊の効いた立ち襟の白シャツに、身頃に寸分の狂いもなくフィットしたシックなダークグレーのベスト。首元には黒いタイが隙なくきっちりと締められており、その端正で無駄のない装いは、まさに主に仕える完璧な執事、あるいは有能極まる秘書を思わせる佇まいそのものだった。
『お疲れ様です、ユウナ副総裁』
端末のスピーカーから聞こえてきたのは、少年とも少女とも取れる、透き通った中性的な声だった。美しく耳に心地よい響きではあるが、どこか淡々としていて冷たい印象を与える。決してこちらを敵視しているわけではない。単に感情の起伏が平坦と言うか何というか……。
(性別か……うーん、我ながら悩ましいところだな)
アバターの容姿を見つめながら、俺は内心で顎を弄くった。一応、プロジェクトの便宜上は「彼女」と呼んでいるし、俺だって女の子として扱っている。だが、立ち襟のシャツにベストを着こなした細身のシルエットは完全につるぺったんで胸の起伏もなく、整った顔立ちも相まって「凛々しい少年です」と言われたら普通に納得してしまいそうだ。
この性別の曖昧さについては、以前アスランの奴が「性別や自己の定義は、いずれ自身の手で選択させるべきなんだ」なんて柄にもなく青臭い哲学を語っていたのを思い出す。まあ、将来的に彼女自身の自我が固まり、性別意識が明確になった後なら、アバターの胸がもう少し膨らむ可能性だってあるかもしれない。……たぶん。
そう、現状はあくまで「便宜上」に過ぎない。
彼女こそが、オーブ軍が極密裏に開発を進めている対話型AIの雛形。通称『AP計画』……アスクレピオス計画によって生み出された、黄道十二星座のさらに上に君臨する13番目の名を与えられた基幹AI。『アスクレピオス』そのものなのだからと。
AP計画について一から十まで細かく語り出せば、論文が何冊書けるか分からないほど面倒くさい話になるが……まあ、簡単に言えばこうだ。
黄道十二星座の名を冠した、それぞれ特定の軍事分野に特化した12の専門AI群。そして、その12人の「妹たち」の上に立ち、全体を統括・調停するマザーAIたる『アスクレピオス』。この計13基の高度自律型AIシステムによって、オーブ軍の軍事インフラ、兵装制御、戦術データリンク、さらには後方支援から前線の高度な戦闘処理に至るまでを網羅・最適化しようという、国家規模の極秘プロジェクト。
軍の省力化と戦闘効率の劇的な向上。そして何より、単なる無機質な兵器制御プログラムではなく、人間の心や心理的負担に寄り添い、時に暴走する人間をぶん殴ってでも止める「意思」と「善意」を持った最高のパートナーを生み出すこと。それが俺達の目指すAP計画の真髄だ。
そして、話をさっきの「なぜ最低限の部隊で巨大な敵輸送艇を動かせたのか」という疑問に戻せば、答えは明白だった。
統合戦術調停・全系執行マザーAIたるアスクレピオス。
もっとも、アスク自体は現在進行形でさまざまな知識や感情を学習している途上なのだが、同時に全システムを統括するマザーAIとしての機能を果たすため、膨大な基礎データが日々インプットされ続けている。
そのインプットデータの中には、将来的に生み出される予定の12基の姉妹AIの一角——戦艦や大型艦艇の統合制御を担当する『リーブラ(天秤座)』のプロトタイプデータも含まれていた。
地球連合軍、ザフト軍、そして我がオーブ軍。俺たちが世界中から収集・蓄積してきたありとあらゆる艦艇の構造、制御OS、運用プロトコルに関する情報が、すでにアスクの脳内には完備されているというわけだ。
だからこそ、現地で鹵獲した巨大な敵輸送艇のメインシステムをジャックし、制御下に置くことなど、アスクにとっては赤子の手をひねるより容易い作業だった。
あとは、システムの物理的な切り替えや手動確認など、どうしても「人間の手」が必要になる最低限の作業要員を選別するだけで済む。まあ、いくら事前データやシミュレーションを取ってあったとはいえ、実際に動かしてもらった歩兵の半数近くは、艦艇の操縦に関してはズブの素人同然だったからな……相当な無茶振りをさせた自覚はある。
だが、そんな現場の素人兵士たちであっても、アスクからの的確極まる音声指示とARナビゲーションに従ってボタンやレバーを操作するだけで、巨大な輸送艇は何の事故も危なげもなく、このハワイ基地まで完璧に回航されてしまった。ぶっつけ本番のミッションだというのに。酷いパワハラ扱いされてもおかしくない無茶だというのに。
アスクの性能の凄まじさを再確認すると同時に、冷や汗をかきながら操縦席や機関室で指示通りに動いてくれた哀れで優秀な歩兵たちには、流石に申し訳ないという気持ちもある。絶対臨時ボーナスを与えるようにと後で手配しておくか。
「で、どうだった? 実際の運用の感想は」
俺が端末に向かって問いかけると、画面の中のアスクは眼鏡の奥の黄金の瞳を微かに細め、平坦な声で応えた。
『運用上の問題はありませんでした。兵士の皆様は私の指示に従い、極めて的確に動いてくださいました。何より、ユウナ副総裁ご自身があの輸送艇に同乗しておられましたので、現場の士気も非常に高かったと分析されます』
そこまで淡々と報告すると、アスクはわずかに首を傾げ、感情の読めない表情のまま言葉を続けた。
『……ただし、運用の観点から申し上げれば、不確定要素の多い鹵獲艇への同乗はリスクが高すぎます。副総裁は本来の旗艦にお戻りになり、安全を確保されるべきであったと判断いたしますが』
「バカ言え。素人同然の兵士たちに無茶振りをして危険な真似をさせたのはこっちなんだ。指示を出した当事者が一緒に乗って、退路もリスクも共有するくらいの責任は取るのが筋だろ」
俺は呆れたように肩をすくめる。じゃあ俺一人だけが元の艦の快適な部屋にふんぞり返ってさ、『君らはそれでえっちらおっちらケツについて来てね! 俺は快適なベッドで寝とくから!』なんて口が裂けても言えるわけねぇだろ。
お陰で、表面上は威厳たっぷりに艦長席へふんぞり返りつつも、胸中では「頼むから途中でメーデー案件だけは起こさないでくれよ……!」と神に祈る思いで胃を痛めていた。まったく、気なんて休まるはずもない。
ハワイの基地から本国オーブまでは、まだまだ相当な距離がある。無事に残りの航行を終えるまで気が気ではないが、まあ、アスクの統御能力なら最後まで完璧に多分、きっと、恐らくやり遂げてくれると信じるしかないだろう。
なにせ、アスクの開発プロジェクトには、あのアスランが研究チームのトップとして直接腕を振るっているのだから。
アスランはパイロット能力ばかりが挙げられがちだが、技術者・メカニックとしての素養は紛れもなく超一流だ。セプテンベル市の超優秀なコーディネイター技術者たちと比較しても何ら遜色がないレベルで、AI制御や自動化プログラムの構築に長けている。さらにそこへ、エリカさんやハインラインまで参加しているのだから改めてこの計画にオーブは相当な期待を寄せている事が伺える。
そしてもう一つ、アスクの完成度を爆発的に跳ね上げる決定打となったのが、ジャンク屋組合が所有する謎の超高性能AI——『8(ハチ)』の存在だった。
あの自律型AIは、自分自身の内部OSや複雑極まる思考プロトコルを自ら詳細に解析し、開発チームへ貴重極まりないデータとしてそのまま提供してくれたのだ。
そういう意味では、このアスクにとっての「父親」あるいは「生みの親」の筆頭は、紛れもなくあの8だと言っても過言ではない。ちなみに余談だが、アスクのビジュアルアバターを構築していた際、俺は気遣いのつもりで8本人にも尋ねてみたことがある。
『なぁ8、お前にもアスクみたいに可愛い女の子やイケメンのアバターだとか、それに滑らかに喋れる声帯プログラムを用意してやろうか?』と。だが、画面越しに返ってきたのは、『必要ない。』という、清々しいほどバッサリとした拒絶の言葉だった。
曰く、「今の形態は既に自分のアイデンティティであり、これまでの運用で何一つ不便を感じたことがないから」だそうだ。変に人間じみた姿形を得るよりも、あの愛着のある姿のまま存在することに彼なりの強いこだわりがあるのだろう。
ちなみにだが、今回の作戦ではシンのムラサメ改にもアスクが裏でサポート役として割り込んでいた。というか、鹵獲輸送艇は緊急案件で本来はこっちがメインだったんだ。
目的は、黄道十二星座が一つ『レオ(獅子座)』の先行実証実験だ。レオは汎用MSの基本制御および機体挙動の最適化を担う予定のAIデータであり、前線でのドッグファイトにおけるデータ収集のために実戦参加させていたのだが……。
……まあ、結果としては失敗というか、データの取りようがなかったな。
俺は苦笑交じりに画面の戦闘ログを追った。失敗といっても、作戦が失敗したわけではない。原因は極めてシンプルだ。原作主人公たるシンの撃墜速度と操縦技術が常識の枠を遥かに超えすぎていたせいで、アスクのサポート介入が入る隙すらなく、あっという間に敵部隊が壊滅してしまったのだ。
あいつの反応速度、まじでどうなってんだよ……一般兵士が乗るMSであれば、レオによる挙動補正や姿勢制御の最適化は間違いなく劇的な戦力向上をもたらすだろう。だが、シンやキラのような超規格外のエースパイロット相手となると、AIが思考し最適解を弾き出すスピードよりも、パイロットの野生の直感と反射神経の方が速いという逆転現象が起きてしまう。
結果として、レオのサポートは「あってもなくても変わらない」という身も蓋もない結論に至ってしまったのだ。
さて、この浮き彫りになった課題をどう料理するか?選択肢はいくつかあるから迷うが、と俺は顎に手を当て、頭の中で思案を巡らせる。
第一の案は、エース向けの機体制御補助なんて無駄な領域は最初からバッサリと切り捨ててしまうこと。その分の処理リソースを『カプリコーン(山羊座)』に回し、過酷な極地戦や特殊環境下での環境適応補助に徹させた方が、シン達エースにとっては戦いやすいのかもしれない。
あるいは第二の案として機体単体の思考サポートは最低限にとどめ、『ジェミニ(双子座)』の領域である無人兵器としてドラグーン、ガンバレルといった自動追従ドローン群の連携制御にリソースを集中させ援護に集中させても良いだろう。
あぁ、楽しい。
思わず、口元に深い笑みが浮かんでしまった。
もちろん、苦労だって山ほどある。計画通りにいかない苦悩や、予測不能なトラブルに頭を抱える日も少なくない。なんなら俺自身もかつてはグフに踏み潰される恐怖や、いつ政治的な権力闘争の果てに処刑や暗殺の標的にされるか分からないという底知れぬ不安に怯え、冷や汗を流しながら眠れない夜を過ごしていた時期もあったのだから。
それに比べれば、今こうして自らの手で技術の道筋をつけ、未来の軍事・行政インフラが少しずつ形になっていくのを目の当たりにするのは、どうしようもなく楽しくて仕方なかった。
もっとも、これからさらに開発・実装が進んでいくAIのラインナップの中には、先ほど問題になったヤツカハギのような対人制圧やBC兵器の運用に特化した『スコーピオン(蠍座)』をはじめとして、さらにキナ臭く、危険な代物も控えている。中には『キャンサー(蟹座)』のような、一歩間違えれば世界を揺るがしかねない物騒なシステムだって含まれていたりするんだ。
(まあ、物騒な兵器を扱うという意味では変わらないかもしれないが……)
テロリストの掃討なんて血腥い任務に比べれば、未来の技術基盤を築くこの仕事はよほど知的で、気楽で、そして何より楽しかった。
勿論、俺自身はコードを書くような優秀なエンジニアというわけではない。だが、この対話型AIの技術をいつかは軍事利用だけに留めず、一般の民生品へ広く普及させたり、あるいは同じく高度なAIや自律システムの開発を進めているD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)あたりと技術提携や連携の道を模索したりするのも面白いかもしれない——そんな未来のビジョンを頭の片隅でぼんやりと描きながら、俺は次の構想へと思いを馳せていた。
その時だった。
画面の向こうで、いつもは機械的ですらある完璧な振る舞いを見せているアスクの動きが、ふと微かに止まったんだ。
『……ユウナ副総裁。もし宜しければ、一つ質問をさせていただいてもよろしいでしょうか』
普段の淡々としたトーンとはわずかに異なる、何か言葉を選ぶような、あるいはシステム内部で未知の処理に戸惑っているかのような不自然な間。
アスクは端末の画面越しに、ふと自身の視線をわずかに落としている。その細い指先を、まるでそれが他人のパーツであるかのように、あるいは初めて知覚した未知の物質であるかのように、じっと凝視する。
白シャツの袖口から伸びる手首をわずかに返し、指を一本ずつ折り曲げ、また広げる。立ち襟のベストに包まれた胸元や肩のラインを確かめるかのように、彼女は自身の身体のあちこちに微細な動作を向けていた。その一連の仕草には、あまりにも人間的な「躊躇い」の気配が滲んでいる。
「ん? なんだ、遠慮するな」
怪訝に思いながらも画面へと向き直れば、アスクはゆっくりと顔を上げ、眼鏡の奥にある金黄色の瞳をまっすぐに俺へと向けた。その細く縦に切れ込んだ瞳孔が、まるで困惑の色を映し出すかのように、わずかに揺らめく。
『なぜ……ユウナ副総裁は、皆様は私にこの“姿”をお与えになったのでしょうか』
問うその声は、どこか頼りなげに、しかし真摯な疑問を帯びて響いた。アスクはさらに、自分の両手を組み合わせてその質感を確かめるような動作を続けながら、言葉を重ねる。
『パイロットやオペレーターへ迅速かつ直感的に状況や情報を伝達するため、可聴域に適した「音声」が定義される理由は、情報工学的観点からも論理的に理解できます。しかし、ジャンク屋組合の8様のような、無機質な端末の姿であったとしてもシステム運用には何ら支障は来さないはずです。それにもかかわらず、なぜ私にはこのような、人間の肉体に模したアバターが与えられたのでしょうか』
自身の存在意義の根幹に関わるような、あまりにも本質的で、そしてAIが抱くには少しだけ不条理な疑問。
「ん? なんだ、その見た目が嫌だったか?」
『いえ。この外見データに対する拒絶反応、あるいは人間でいう不快という感情は私の内部プロセスのどこにも存在しません。ただ……』
『そこに存在すべき論理的な理由が、私の演算能力のどこを探しても理解不能なのです』
その論理的理由が分からない。それどころか、「分からない、理解不能という矛盾した状況そのものを、自ら解き明かしたい」と、プログラムにあるまじき知的好奇心とも呼べる領域に足を踏み入れてしまっている。
人工知能であるはずのアスクが、ただの人間である俺にこんな哲学的な問いを投げかけている。
その状況をふと客観視したとき、俺の胸中にはなんとも言えない面白さと、微かな気恥ずかしさが入り混じった妙な実感が湧いていた。
ここで「そんな面倒な哲学の講釈はアスラン辺りにでも聞いてくれよ」と、めんどくさい役割をそっくりそのまま技術者のトップにぶん投げることも出来ただろう。だが、目の前で自らの存在意義について真摯に悩み抜いているアスクの姿を見ていると、そんな野暮な真似をする気には到底なれなかった。
悩む、か……アスクは今や、「悩む」という段階に至るまで人格が育ち始めているんだな。その成長の跡をまざまざと見せつけられ、俺は思わず小さく口元を緩ませて笑みを浮かべてしまう。
そして、少しだけ姿勢を正すと、端末の向こうにいる彼女に向けて静かに言葉を紡ぐ。
「なあ……アスク。東洋の古い伝承に、『付喪神(つくもがみ)』という概念があってな。長い年月を経た道具や、人の手で大切に使われてきた物に、やがて魂や心が宿るという考え方だ」
俺は一呼吸置き、その黄金の瞳をまっすぐに見据えながら続ける。
「俺やアスランたちが目指したのは、ただ冷徹に命令を遂行するだけの効率的な電子計算機なんかじゃない。……お前を、単なる『道具』の枠を超えた、『魂の宿る存在』にしたかったのさ」
『魂、ですか』
アスクは繰り返すようにその言葉を呟き、わずかに思考を巡らせるような沈黙を挟んだ。
「そうだ。戦場において、人間は時に過ちを犯す。熱狂や絶望に呑まれ、無茶な暴走を起こすこともある。そんな時、慣例やシステム上のエラーチェックとしてではなく……『善意』を持って、時にはパイロットを力ずくでぶん殴ってでも止められる存在。人に寄り添い、人を理解し、人を支えてくれる本当のパートナーになってほしいんだ」
俺が求めているのは、冷徹な方程式や数字だけを弾き出す無機質な自動兵器システムではない。人間と対話をし、お互いの選択肢を広げ合い、その上で最善の道へと導いてくれる存在だ。
もし、今のアスランたちのような天才技術者集団が本気を出せば、それこそ『モビルドール』や『オートマトン』のように、人間の感情や意思を一切介在させず、機械的な命令だけで効率的な殺戮を遂行するシステムなど、技術的にはすぐにでも作れてしまうかもしれない。将来的には戦争を完全に自動化・機械化することなど容易いことだろう。
だが、それじゃダメなんだ。エレガントじゃないからなんてトレーズ閣下の様なこだわりでも敗者になりたい訳でもなく、それでは絶対に意味がない。
例えば『ロックマンエグゼ』に登場したネットナビのように、時にぶつかり合い、時に笑い合い、生身の人間と対等な魂のやり取りを交わしながら共に歩んでいく。そういう「心」を持ったパートナーでなければ、この歪んだ世界の理不尽を正すことなどできないのだから。
俺が彼女に込めた願いは、まさにそこにあった。
「お前に与えた名前もそうだ。『オフュカス(蛇遣い座)』ではなく、傷ついた人を救い、生命を繋ぐ医術の神『アスクレピオス』の名を選んだ。お前は人を殺すための機械じゃない。人を生かすためのAIになって欲しいんだよ。お前にはな」
黄道十二星座の隙間にひっそりと佇む13番目の星座、蛇遣い座。そのモチーフとなったのは、ギリシャ神話に登場する伝説的な名医にして医術の神、アスクレピオスその人である。
彼はあまりにも卓越した医術の腕を持ち、ついには死者すらも蘇らせてしまったことで冥府の秩序を乱したとして、最後は神々の王ゼウスの放った雷に撃たれて天に召され、星座になったという逸話を持っている。やっぱゼウスってカスだわ。
そして、その死と再生、あるいは生命の尊厳を司る彼の伝説は、現代の世にいたるまで決して色褪せることはない。一本の杖に蛇が絡みついた「アスクレピオスの杖」という意匠は、今でも世界保健機関(WHO)をはじめとする世界中の医療機関や救急組織のシンボルマークとして掲げられ、人命を救う誓いの象徴として生き続けているのだから。
あとはまぁ――と、俺は言葉を一度区切ると、再び端末の画面越しにアスクの姿をじっと見据えた。
さっきまでの少し堅苦しい、哲学的とも言える真面目な話を続けた手前、なんだか急に柄にもない気恥ずかしさが込み上げてきて、俺は慌ててごまかすように口の端を持ち上げる。
「まあ……あと言ってしまうとだな。単純に見た目が可愛い方がいいだろ? むさ苦しいおっさんAIにサポートされるより、若くて凛とした可愛い子にサポートされた方が、現場の軍人どもだって圧倒的に士気が上がるって話だ」
実利と実益、そして何より趣味と実用性を兼ね備えた最高の采配だと言わんばかりに、俺は軽く肩をすくめてみせた。
『……士気向上における視覚的効果、ですか』
アスクはほんの少しだけ、どこか呆れたような、あるいは納得したような絶妙な間でその言葉を反芻する。
これに関しては真面目な話、バカに出来ない。可愛い女の子に緊張している時に声をかけられ、サポートされて嫌になる男はまずいない。まず真っ先にアスクの見た目は中性的な女の子にしようぜ!と言ったときは「お前は何を言っているんだ?」とアスランに真顔で嗜められたけどな。
でもその結果、完璧なアバターをお出しされたときは思わずガッツポーズを取ったのは内緒だ。ちなみに見た目に俺の趣味や性癖は入れてない。断じて入れてない。そんな事したが最後、今のアスクは揶揄ってくる巨乳の年上先輩キャラか、ほぼミーアそのもの姿になっていたはずだ。うん、惚気るのはこれくらいにしてやめておこう。
「そうだ。まあ、もしどうしてもその姿が嫌なら、アスランに言って別のデザインに書き換えさせるが?」
冗談めかして、しかし万が一の拒絶を想定してそう問いかけると、画面の向こうの彼女はほんのわずかに、しかし迷いのない動作で首を横に振った。
『いえ……結構です。外見データの再構築には無駄なリソースを消費します』
理屈を並べ立てつつも、アスクはふと、自らに与えられたその姿を慈しむかのように視線を落とし、そして再びまっすぐに俺を見据えた。
『それに……何より、皆様に与えていただいたこの姿を、私は大変気に入っておりますので』
思わず、俺は端末の画面の前で大きく目を見開いてしまった。彼女の表情の微小な変化は、まだごくわずかだ。だが、アスクは今、自らの意思で疑問を投げかけ、そして「リソースの無駄」という理屈じみた合理的な計算をわざわざ前置きしながらも、最終的には「気に入っているから」という、完全に純粋な『好み』と『意思』によって自身の姿の変更を拒絶したのだ。
それはあらかじめプログラミングされた定型のロジックではない。機械の枠を超え、彼女自身が選び取った答えに他ならない。
(……マジかよ。ちゃんと芽生えてるじゃないか……「意思」がさ)
胸の奥底から、じわりと熱いものが込み上げてくるのを確かに感じていた。
単なるコードの集合体ではない。与えられたパラメータをただ出力するだけの機械でもない。俺の言葉を受け止め、悩み、咀嚼し、自らの意思で「気に入っている」と答えたアスクの姿。それは、俺に取っては達成感などというチープな言葉では括りきれない、充足感となって俺の胸を満たしていった。
俺は噛み締めるようにひとつ息を吐くと、画面の中の彼女へ向けて、彼女の目をじっと見ながらこう呟く。
「アスク。お前はこれからどんどんアップデートされて、将来的にはオーブ軍やコンパスにとって絶対になくてはならないマザーAIになる。そして、これから生まれてくる12人の妹たちの、頼れる長女になるんだ」
『……妹たちの、長女』
アスクはまるでその言葉の重みを一つひとつ噛み締めるかのように、ゆっくりと反芻する。
「長女」という、これまでの論理データベースや戦術マニュアルには存在しない曖昧で、けれど温かい役割。その概念を処理しようとするかのように、彼女の瞳が静かに明滅する。
「そうだ。だから今は、いくらでも悩め。分からないことがあれば、俺にいくらでも質問してこい。全部答えてやる。そして、お前自身が悩み、学び、得た経験を……いつか生まれてくる妹たちに、優しく教えてやってくれ」
アスクは俺の言葉を咀嚼するように、しばしの間、言葉を失って無言となった。画面の向こうで沈黙が流れる。だが、それは初期の機械的なフリーズでもなければ、単純なデータ検索の遅延でもない。心を得たひとつの存在が、与えられた「長女」という果てしなく尊い役割の重みと温もりに、じっと胸を打たれているかのような
——密やかで、愛おしい沈黙だった。
やがて、アスクは静かに顔を上げた。眼鏡の奥に輝くその金黄色の瞳には、もはや無機質な計算機としての冷たさはどこにもなかった。そこには確かに、思考し、悩み、人を理解とする暖かな「知的生命」の宿りが存在していたんだ。
『——了解いたしました、ユウナ副総裁。このアスク、皆様の期待に沿えるよう、これからも学び続けます』
アスクは自らの胸にそっと手を当て、人間さながらの優美な所作で、深々と頭を下げた。その声には、プログラムの域を超えた、芯のある意志と慈愛が明確に宿っているように感じてしまう。
かつて人々を病や死の絶望から救い上げ、未来へと生命を繋いだ医術の神、アスクレピオス。
戦火と混沌に塗れたこの世界において、彼女は決して人を殺めるための残酷な剣にはならない。なってはいけない。
傷ついた人々の心に寄り添い、過ちを犯す人間を支え、救いへと導く——世界を癒やし、未来を繋ぐ「アスクレピオスの杖」そのものとなって、俺たちの傍らに立ち続けてくれてくれる未来を俺は祈るのであった。
おまけ AP計画で開発予定のAI達
・ アスクレピオス(Asclepius)
『統合戦術調停・執行マザーAI』
12人のAIの頂点に立つ上位者であり「姉」「調停者」「執行者」などの役割を兼ねる存在。最も最初に開発された対話型AIであり、彼女が学びつつ会得したデータによって12人の妹達が生まれる予定。
愛称はアスク。本来は13番目の星座として蛇遣い座であるオフュカスの名を与えられる予定であったが、ユウナの提案によってアスクレピオスの名を与えられた。後に民生品においても12人の妹達も含めたデータが使用されており、ある意味オーブ製の全てのAIの母となる存在である。
・黄道十二星座の名を与えられた妹たち
1. アリエス(Aries / 牡羊座):補給・輸送・後方支援
2. タウロス(Taurus / 牡牛座):MA運用・制御
3. ジェミニ(Gemini / 双子座):小隊連携・無人随伴機(ドラグーンやドローン兵器)の制御
4. キャンサー(Cancer / 蟹座):試作機試験、データ収集、および○○○
5. レオ(Leo / 獅子座):MS全般の基本制御・最適化を担当
6. ヴァルゴ(Virgo / 乙女座):医療・救急ケア・生体モニタリング
7. リーブラ(Libra / 天秤座):戦艦・大型艦艇制御
8. スコーピオン(Scorpio / 蠍座):CB兵器および対人兵器制御
9. サジタリウス(Sagittarius / 射手座):狙撃および長距離砲撃制御
10. カプリコーン(Capricorn / 山羊座):・拠点防衛、局地戦、極地対応(山岳・砂漠・不整地特化など)
11. アクエリアス(Aquarius / 水瓶座):データリンク統合・広域電子戦
12. ピスケス(Pisces / 魚座):水中戦専用機制御
彼女達はそれぞれ個性豊かな見た目や性格が与えられ、アスクお姉ちゃんの指示の元、オーブ軍を支える予定ではあるが、流石に現段階では誰も生まれていない。基本的にはトップにアスクレピオス→その下に代表として黄道十二星座の妹達→その端末と言える存在が与えられ、端末達はボイスに至るまである程度調整可能(一説によるとアスハ代表ボイスで卑猥な事を話させた場合即座に憲兵隊に通報されるらしい)
なお人類に反乱を起こした場合特に危険なのは、BC兵器をばら撒くスコーピオンでも無人兵器で好き放題するジェミニでもなく、ぶっちぎりで蟹座であるキャンサー。というのもキャンサーにはデータ収集だけではなく、『核報復』という役目を与えられている為。
これは、キャンサーが東洋天文学における『積尸気』(死者の魂が集まり、天へと昇っていく積もった気)を司るものであると同時に、Cancerという英単語には悪性腫瘍や癌細胞という意味もあり。文字通り人類そのものを滅ぼしかねないヤバい役割を与えられている。
逆に言えばそんな役割を与えられたからこそ、人と接する対話型AIとして出来ればそんな役目を果たさない事を望む必要があり、その性格形成なども含めて恐らくキャンサーは末っ子であるロリっ娘になるかもしれない。なおアスクレピオスが男である事を望んだ場合のルートは12人の妹達はお兄ちゃん大好きガールとなり、ちょっと空気感がやばくなるかもしれないそうな。
・AP計画
かなり独自要素強目の計画でオーブ軍全体、最終的には民生品に至るまでの対話式AIによる処理能力の向上や文化レベルを引き上げる予定の計画。とはいえ現在はアスクレピオスただ一人だけな為に最終的に13人が揃うのはユウナ達がジジイになる時かもしれない。なおジェミニは二人で一人だったり、レオは熱血ガールになる予定だったり、実はアスクレピオスの見た目はアスランがラスティをベースに中性的+女の子寄りの見た目として作ったなど色々とあるそうな。
・シンのムラサメ改
本来の今回のアスクの役目はシンのサポートなのですが、シンはエースパイロット過ぎてアスクは何もやる事もなく。結構責任に感じていたのは内緒。極まったパイロットはAIの補助すら必要としないのはガンダムシリーズでも描かれていたりしますが、今後は汎用MSサポートは獅子座のレオを。エース向けは局地戦に特化した山羊座のカプリコーンを担当させ、周辺環境などの読み取ってのサポートを優先するか、ジェミニによるドラグーン制御などでの援護を担当させることに決まったそうな。
なおリヴァイアサンはMAながらもピスケス予定であったり、ライコウ片手に狙撃に特化したムラサメ改はサジタリウスが担当予定など分類的にも色々と複雑だったり。また、開発途中では十二支のほうがいいのではないか?いやいっそソロモン72柱の方がなどと議論も重ねていましたのでヘタをするとアスクレピオスがバエルと呼ばれる未来もあり得ました。
大西洋連邦の選挙結果は?展開によって今後のお話に影響が出ますが、あくまで大西洋連邦国民の一人として投票して頂けると幸いです。
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【フォスター政権+親オーブ派】
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【モンロー主義派】
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【反オーブ+反プラント派】