破滅フラグしかないボンボンに転生してしまった件 〜グフに踏み潰される運命なんて、全力で回避してやる!〜《完結》 作:kiakia
ブレイク・ザ・ワールドがもたらした凄惨な爪痕が未だあちこちに濃く残りつつも、人々の力強い息吹によって少しずつ、だが着実に復興を遂げつつある東アジア共和国。
その広大な領土の中でも一際大きな規模を誇る大都市、東京。かつて旧日本国と呼ばれた時代の首都であり、今なお政治や経済、文化の重要な拠点として目覚ましい再生を果たしつつあるこの街には、時代の荒波を越えて燦然と輝き続ける至高の空間が存在していた。
——帝国ホテル。
旧世紀の開国間もない時代、世界の賓客を迎えるための格調高き迎賓館として創設されて以来、幾度の歴史的動乱や未曾有の災厄を幾重にも潜り抜けてきた超一流の伝統ホテルである。
時代に合わせた近代的な建て替えや再開発を経つつも、足を踏み入れた瞬間に体感できるその重厚感と凛とした空気は他を圧倒して揺るがない。そのホスピタリティと堅牢なセキュリティは政財界の重鎮や最高峰のVIPに愛され続けており、まさに「勝ち組」が集まる坩堝と言えるだろう。
復興の喧噪と活気に満ちた大都市・東京の只中にありながら、一歩足を踏み入れれば都市の雑踏が嘘のように遮断される。選び抜かれた素材で作られた静穏な調度品と洗練された空間デザインは、まさに歴史と格式が生み出した至高の空間と一つと言えるだろう。
そんな帝国ホテルの、落ち着いた照明が注ぐ洗練された待合室に、一人の青年が腰掛けていた。一応は格式ある場所に合わせたのだろう、体に合った黒のスーツを着用している。しかし、周囲のVIPたちが着こなすオーダーメイドの上質な生地とは比べるべくもない。吊るしの量産品、いわゆる就職活動や面接で使われるようなリクルートスーツだ。
着慣れていないせいか首元にはどこか息苦しさが滲み、肩のラインも微妙に張っている。手元に置かれたビジネスバッグもまた、使い古されたナイロン製の安価なものだ。革靴も手入れこそ行き届いてピカピカに磨かれているものの、大衆靴店で売られているごくありふれた一品であることは隠しきれない。
洗練された調度品と、ラグジュアリーな香水や上質な煙草の香りが漂う優雅なサロンの中にあって、彼の漂わせる空気は明らかに「庶民」のそれであった。ソファーの端に控えめに腰を下ろして背筋をピンと伸ばしたまま、青年は落ち着かない様子で何度も手首の腕時計に視線を送っている。
テーブルの上に目をやれば、ホテル側から提供されたサンドイッチのプレートと、湯気を立てる珈琲のカップが静かに鎮座しており、端正に切り揃えられた薄切りのパンに、瑞々しい野菜と上質なハムが美しく挟み込まれた一品だ。だが、青年はそれに対してなかなか手を伸ばすことができずにいた。
(……これって本当に食べていいものなんだろうか?)
出された以上はサービスなのだろうが、ここはあの帝国ホテルだ。メニューを開いたわけではないが、このサンドイッチ一皿の値段だけで、自分の大学の学食なら何日分、いや何倍の食費に相当するのだろうかと考えただけで恐ろしい。そんな庶民的な貧乏性が働き、どうしても喉を通しづらかった。
青年はちらりと手首の時計に目を走らせる。約束の時間まで、あと五分。
刻一刻と近づく運命の瞬間に、緊張で胃がキリキリと痛み出していた。胸の動悸は早まり、冷や汗が掌にじわりと滲む。
(どうする……? 食べた方がいいのか? いや、直前になって口をもぐもぐさせているのは失礼じゃないか? だが、残したら残したで『お気に召しませんでしたか』なんて気を使わせるんじゃ……)
自問自答を繰り返し、結局手を付けないままやり過ごそうとした、まさにその時だった。
ぐぅぅ……と、情けない腹の虫の音が、サロンの中に微かに響いた。緊張のあまり朝から何も喉を通していなかった胃袋が、目の前の上質なサンドイッチの香りに反応して悲鳴を上げたのだ。
(ッ……!?)
青年は顔を真っ赤にし、思わず自らの腹を押さえる。もし、これから現れる『あのお方』との対面中に、この情けない音が響き渡ったらどうなる? そんな事になるくらいなら死んだ方がマシだろうと思わず羞恥心が脳裏によぎる。
腹の音を聞かせるくらいなら……っ!と青年は腹をくくり、青年は覚悟を決めると、意を決してプレートから極上のハムサンドをひとつ摘み上げ、口へと運んだ。
パンを一口噛みしめた瞬間、青年の目は大きく見開かれた。今まで大学の購買やコンビニで買っていたサンドイッチとは、次元そのものが違っていたのだ。
しっとりときめ細やかなパン生地は、噛むほどに上質な小麦本来の豊かな香りとほのかな甘みが広がり、挟まれたハムは肉の旨味が濃厚で、表面に塗られたバターは芳醇で豊かなコクを醸し出す。シンプルなハムサンドであるはずなのに、素材の一つひとつが極限まで吟味され、完璧な調和を保っているのが素人の舌にもはっきりと分かった。まさに「明らかに高い味」であったのだ。
喉を滑り落ちていく極上の味わいに圧倒されながら、青年は慌ててコーヒーカップに手を伸ばす。一口含んでみると、鼻に抜けるのは果実のように洗練された澄んだ香りと、雑味のない深い苦味、そしてほのかな酸味。学食の100円の缶コーヒーやインスタントとは比べものにならない、豆の選定からドリップに至るまで徹底的にこだわり抜かれた本物の味わいだった。
(う、うますぎる……これが一流ホテルの味か……)
あまりの美味さに胃のキリキリとした痛みも一瞬吹き飛び、先ほどまでの羞恥心も忘れて夢中でハムサンドを平らげた。空腹が少し満たされ、人心地ついた青年は、プレートに残ったもう一つのサンドイッチへと視線を向けた。素直な欲望に抗えず、伸ばしかけたその手がサンドイッチに触れようとした……まさにその瞬間。
コンコン。
静かだが、しっかりと重みのあるノックの音が部屋のドアから響いた。
「ッ……!?」
青年は飛び上がらんばかりに驚き、背筋を弾丸のようにピンと伸ばした。伸ばしかけた手を弾かれたように引っ込め、慌てて手首の時計に目をやれば時刻は、まさに指定されていた約束の時間ぴったりを指し示していたのであった。
「ど、どうぞ!」
裏返りそうになる声を必死に抑え込み、青年は上ずった返声を上げる。静かに扉が開かれ、部屋の中へと歩み進めてきたのは、印象的な紫色の髪を持った青年だった。
年齢は自分より少し上といったところだろうか。青年の着ている安物のリクルートスーツとは比べものにならない、一目で最高級品と分かる洗練されたスーツに身を包んでいる。だが何よりま目立つのはその佇まいであった。
服に着られているのではなく、服を完全に着こなしている洗練された立ち姿。幾度となく、それこそ何度もテレビの報道画面越しに目にしてきたその姿が目の前に現れた瞬間、青年の心臓は早鐘のように激しく脈打ち始める。
彼の名は、ユウナ・ロマ・セイラン。
かつてのオーブ連合首長国代表代行であり、現在は世界平和監視機構『コンパス』の副総裁を務める男だ。
まだ年若い身でありながら、数年前の揺れに揺れていた激動のオーブにおいてその中心に立ち、国是である中立を断固として守り続けた人物。ロゴスとの癒着疑惑が浮上した際には自ら潔くすべての地位を返上してみせ、その後も幾つもの伝説的な立ち回りを作り上げて見せた、まさにこのC.E.世界における「生きる伝説」と呼ぶにふさわしい存在であった。
政治家としての彼の評価は、世間では功罪双方の側面から議論されることも多かった。しかし、ここ東アジア共和国において、彼の評価は極めて高いものだ。
あのブレイク・ザ・ワールドによって世界中が地獄絵図と化し、自国すら甚大な被害を受ける真っ最中にあって、他国に先駆けて真っ先に大規模な救援隊を派遣してくれた最大の恩人……それこそがセイランという男なのだから。
青年自身、当時オーブが派遣した「オーブ国際救援隊」の手によって助け出され、絶望の中で温かい物資と支援を受け取った日のことを片時も忘れたことはない。彼ににとってユウナは、ただの雲の上の要人ではなく、命の恩人であり、心から尊敬してやまない英雄そのものだったのだ。
だからこそ、大学の工学部を卒業間近に控えたある日、その憧れの存在から直々にアポが届いた時の衝撃は到底言葉にできるものではなかったと言えるだろう。
『東アジア共和国の復興と未来の平和に資する、貴殿の優れた見識に敬意を表し以下略』
などと送られてきたフォーマルな招待状には、確かにユウナ本人の直筆サインと署名が添えられていたのだ一地方都市の工学部で学んできたしがない一学生に過ぎない青年に、なぜ雲の上にあたる人物がコンタクトを取ってくるのかなど理由など見当たるはずもなかったと言えるだろう。
詐欺や悪質な悪戯を疑う余裕すらなく、指定された日本地区の超一流ホテル、帝国ホテルの重厚な一室へと足を踏み入れ、青年はただ「なぜ?どうして?」と、激しい困惑とパニックに苛まれながら待機するほかなかったのだ。とはいえ悪質なイタズラではなく。ちゃんとした待合室に案内された時点で疑念は確信に変わり、内心彼はガクブルと震えていたのは当然だろう。
だが、そんな疑念や緊張も、本物からが目の前に現れたことですべて吹き飛んでしまう。憧れの英雄を前にして直立不動の姿勢をとり、青年は精一杯の勇気を振り絞り、溢れ出そうになる敬意と緊張で身体を強張らせる。
……しかし、次の瞬間。
扉を開けて足を踏み入れたはずのユウナの動きが、唐突にぴたりと止ましまう。
洗練された佇まいと余裕に満ちていたはずのユウナの顔から、一瞬にして血の気が引いていき、その瞳は限界まで見開かれ、青年の顔を着実に、そして穴が開くほどに凝視していた。
「……マジ、かよ…………っ!?」
掠れた、まるで恐怖と絶望が凝縮されたような呟きが、ユウナの唇から漏れ出た。具体的に言えば目の前でグフが自分に向かって倒れ込んでくる直前と同じくらいにはその声は驚愕に打ち震えていたのだ。
ユウナはそのままガクガクと膝を震わせると、後ろ手で扉の枠にしがみつくようにして、ずるずると壁へもたれかかる。まるで怪異やこの世の終わりでも目撃したかのように青ざめ、額からは脂汗が噴き出している。
その、呼吸は荒く乱れ、胸を上下させながら必死に現実を拒絶しようとしているかのようでありあまりにも常軌を逸した動揺ぶりに、挨拶を交わそうとしていた青年は完全に固まってしまった。
「あ……あの、セイラン副総裁……? お顔が、もの凄く悪いようですが……大丈夫でしょうか!?」
慌てて駆け寄ろうとした青年に対し、ユウナはワタワタと片手を突き出してそれを制した。そして必死に深呼吸を繰り返し、ガタガタと震える手で自身の顔を擦りながら、なんとか破顔を作ろうと試みる。
「あ、いや……す、すまないねっ! 最近ちょっと公務が立て込んで重度の寝不足と過労が重なって、一瞬強烈な眩暈が襲ってきただけなんだ……! 本当に、気にしないでいいかね!マジでっ!!」
引き攣った笑みを浮かべ、強烈な冷や汗を拭いながらユウナはそう弁明する。その声はかすかに震えており、到底ただの過労や眩暈で済むような表情ではなかったが、青年にはそれ以上追及する術などあるはずもなかった。
「とにかく、まずは座ってくれ……。立ち話もなんだからね」
どちらかと言えば休んでください!と青年も思わず口にしたかったが学友であるならともかくそんな事は言えるはずもない。ユウナは引き攣った笑みを崩さないまま、どこかぎこちない手つきで向かいのソファーを指し示した。青年が恐縮しながら深々と腰を下ろす。
青年は緊張し全身は微かに強張っているが、ユウナと比べれば遥かにマシだろう。なんせ彼はまるで逃げ場のない檻に閉じ込まれた挙句凶暴な猛獣と対峙しているかのような張り詰めた表情を隠していない。指先は震え、青年の目をマジマジと見ながらも不発弾のように慎重に扱おうとする姿は何処か滑稽すらも漂っている、
それでめ話を進めるしかないとユウナはカバンからファイルを取り出すと、そこから折りたたまれた一枚の用紙とペンを取り出した。それを静かに卓上へ滑らせ、青年の方へと押し出す。
「……君に、どうしても確認しておきたいテストがあるんだ。変な真似をするつもりも、君に危害を加えるつもりもないと、オーブの、そしてコンパスの名にかけて誓う。だから……どうか正直に答えてほしい」
先ほどまでの動揺を力ずくで押し殺したような、重々しく真剣な眼差し。ユウナの瞳の奥に宿る真迫の色彩に圧され、青年は思わず息を呑んだ。
「は、はい……! どのようなテストでしょうか」
「この紙に書かれている単語を上から順に見ていってほしい。もし、君の記憶の中で『意味が理解できるもの』や『見覚えのある言葉』があれば、そこに丸をつけてほしいんだ。……一つでも構わない。直感でいいから頼む」
ユウナの必死とも言える懇願に、青年は「はい」と頷いて用紙へと視線を落とした。
(僕の論文や工学知識に関する確認テスト……だろうか?)
オーブこ要職に就く人物が、直々に自分を面談するのだ。何か特殊な適性や知識の有無を確かめるための高度な試問なのだと青年は考えら思わず身を乗り出すようにして、紙に並んだ文字列へと集中する。
(……えっ……?)
しかし、青年の思考が、ピタリと停止する。そこに並んでいたのは……青年の想定を遥かに逸脱した、あまりにも奇怪で脈絡のない単語の羅列であったのだ。
(わからない…なんだこれ?何一つ理解ができない……!)
最初は、自分が無知なだけで最新の軍事用語や政治用語、あるいは極秘のコードネームなのかと思案する。しかし、どれだけ脳味噌をひっくり返しても、何一つとして引っかかるものがない。
上から下へ、何度も何度も視線を往復させる。だが、見方を変えようがいくら思案しようが、意味のわかる単語など『ゼロ』だった。知っている言葉すら一つも存在しない。
沈黙が室内の空気を重く塗りつぶしていく。
対面に座るユウナは、生唾を呑み込みながら青年の手元を食い入るように見つめている。その眼光はあまりにも鋭く。まるで青年の指先ひとつ、爪先に至るまで視線の動きひとつすら逃すまいと注視していた。
(どうしよう……何一つ、分からない……っ!)
時間の経過とともに、背筋を冷たい汗が伝うのを青年ははっきりと感じていた。
憧れのユウナから直々に与えられた、最初にして最大の『テスト』なのだ。それなのに、自分は一文字すら丸をつけることができない。期待に応えられない申し訳なさと、自分の浅学さを突きつけられたような破滅的な羞恥心が襲いかかる。
それなのに、自分はこの紙切れ一枚に並んだ文字列の意味すら、ただの一語たりとも掴むことができない。
(……くそっ、なんだ!? 一体なんなんだこの言葉は!?)
紙の上で脈絡もなく踊る不気味な単語群を、青年は穴が開くほど見つめ直す。
歴史の教科書にも、工学の専門書にも、最新の軍事論説や論文にも、こんな単語の組み合わせは存在しなかった。最新の暗号化方式のキーなのか。或いは特殊なコードネームや心理適性検査の類いなのか。
考えれば考えるほど、頭の中はパニックとパズルが崩壊していくような感覚で埋め尽くされていく。
何一つわからない。何も解き明かせない。
自分の無知さと浅学さを全否定されているような、途方もない恐怖。
何より、自分に何かを見出して呼んでくれたかもしれない目の前の英雄を失望させてしまう。という恥ずかしさと申し訳なさが、青年の心を押し潰さんばかりに締め付けた。
「あの……セイラン副総裁……」
諦め半分、恐怖半分に青年はガタガタと目に見えて震える手でゆっくりとペンを置く。彼は申し訳なさのあまり顔を上げることすらできず。まるで裁きを待つ罪人のように、深く絞り出すような声で頭を下げた。
「大変、申し訳ありません……っ! 僕の、僕の勉強不足のせいで……っ! ここに書かれている単語の意味が、何一つとして……本当に、さっぱり理解できません……っ! 暗号なのか、あるいは特殊な専門用語なのかすら……僕には、僕の頭では何一つ分かりませんでした……っ!!」
恥じ入り、心臓を鷲掴みにされたような思いで身を縮こまらせる青年。
呆れ顔で「期待外れだった」と吐き捨てられることや、そのまま部屋からつまみ出されることすら覚悟していた。
……だが。
絶望に耐える彼の耳に届いたのは、罵倒でも呆れ声でもなく。
「……っはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………!!!!」
部屋の中の酸素という酸素をすべて残らず吸い尽くさんばかりの、そして全身の緊張が瞬時に崩れ去るような、心の底からの安堵が籠もったユウナの深いため息であった。
文字の羅列をいくつ挙げるとしよう。
『黒歴史』。
『赤い彗星』『アカシック・レコード』『多元世界』
『御使い』『至高神』『クロノ』『ダークブレイン』『ギリアム・イェーガー』。
そして、青年の名は。
エーデル・ジ・リン。
今回は後書きはなし。
次回ユウナが焦った真意が明かされます。
ネタバレとなりますが彼は真相を知りませんし、既に最後の戦いは『終わっています』。
大西洋連邦の選挙結果は?展開によって今後のお話に影響が出ますが、あくまで大西洋連邦国民の一人として投票して頂けると幸いです。
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【フォスター政権+親オーブ派】
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【モンロー主義派】
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【反オーブ+反プラント派】