破滅フラグしかないボンボンに転生してしまった件 〜グフに踏み潰される運命なんて、全力で回避してやる!〜《完結》   作:kiakia

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 今日はここまで!


第四十五話 強欲な打算

 

 

 

 

 ロゴス崩壊後の不眠不休の激務。デスクにはエナジードリンクの空き缶と、目を通すべき書類の山。

 

 

 アークエンジェルが堂々と凱旋し、しばらくの間オーブ軍指導者層のメンタルが崩壊し、徹底的な報連相の教育改革が推し進められる中、ユウナ・ロマ・セイランは、充血した目でふと、あまりにも重大な「懸案事項」を思い出した。

 

 

 

「……待てよ。そういえば、キラはどうした? フリーダムが撃墜されてないってことは、アイツまだあの化け物みたいな機体に乗ってるんだよな?」

 

 

 

 本来の「台本(史実)」であれば、フリーダムはシンのインパルスの手によって墜とされ、キラは宇宙へ上がって「ストライクフリーダム」を乗り換えしてくるはずだった。だが、この世界ではエンジェルダウン作戦が消失しているため、フリーダムは五体満足でピンピンしている。

 

 

 

 ユウナは慌てて、極秘回線でアークエンジェル……いや、潜伏先のアスハ邸地下へと連絡を取った。画面に映し出されたのは、少し疲れた様な顔をしつつも、心なしか以前より顔つきが精悍になったキラ・ヤマトだった。

 

 

 

 

 

『ああ、ユウナさん。お疲れ様です。……ちょうど良かった。少し報告したかったんです』

 

 

 

 

「報告? ああ、フリーダムの整備か?」

 

 

 

 

『ええ。潜伏期間中や、各地の救援活動を回っていた時に、僕もいろいろと調整を手伝っていたら……。さっきもエリカ・シモンズさんたちと話が盛り上がっちゃって。新型機ストライクフリーダムもインフィニットジャスティスも、もう開発が終わって、今はオーブの秘密ドックで最終調整中です』

 

 

 

 

「……はぁっ!?」

 

 

 

 

 ユウナは椅子から転げ落ちそうになった。まだヘブンズベース戦も始まっていない段階で、宇宙世紀ならぬコズミック・イラの終末兵器が二機も完成している。しかも、原作の大立ち回りの手間も省いて、オーブのドックで正規に。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て! 核動力だぞ!? ニュートロンジャマーキャンセラーだぞ!? ユニウス条約はどうした!?」

 

 

『ユニウス条約……? ああ、あれって「地球連合」と「プラント」が結んだものですよね? 中立国であるオーブには、本来関係ない話じゃないかなって、『前に』カガリも言っていました。絶対に普段は姿を見せるなとは言われてますけど』

 

 

「…………」

 

 

 

 

 ユウナは天を仰いだ。『前に』な辺りカガリはそのことを伝える前にメンタルブレイクして寝込んでいたのだろう。

 

 

 

 他国が結んだ条約にウチが縛られる筋合いはねぇから、核エンジン積んでも、ヨシ!!

 

 

 

 理屈は通っている。国際政治の裏をかいた、極めてオーブらしい論理だ。しかし、これによってオーブには今、フリーダム、ストライクフリーダム、インフィニットジャスティスという、パワーバランスを一人で破壊できるMSが三機も揃ってしまった。

 

 

 

 周辺諸国からすると怖いなんてものじゃないだろう。それはデスティニープランを企画している某種無しちんぽ野郎のことを含めても。

 

 

 

 

 そして、よく考えると核エンジン搭載機体を操る傭兵を雇っている自分も同じであったと。とはいえ、ドレッドノートイータは出来る限り隠れて運用しており、アークエンジェル隊も被災地で活動していた時はフリーダムを出すのは本当に最後の手段であると厳命されていたようだが。

 

 

 

 

 報連相対策のデスマーチで記憶が混濁しつつある。それがあの致命的な現場猫案件を産んだのだという事を思い出して今夜はぐっすり眠ろうと決意する。

 

 

 

 

「……もういい、好きにしろ。とりあえず、その新型は絶対に非常時に出撃させるまで隠し通せ。……今、世界中に『うっかり核エンジン積んじゃいました。テヘ』なんてバレたら、俺、今度こそ連合とプラントに詰め寄られて両方に処刑されるからな……」

 

 

 

 

 

 ユウナが疲れ切った声で通信を締めようとしたその時。キラの背後から、優雅な、しかし、どこか有無を言わせぬ響きを持った声が割り込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

『あら。オーブの未来を憂うそのお心、大変に尊いものですわ。ユウナ・ロマ・セイラン様』

 

 

 

 

 

 画面に映し出されたのは、ピンク色の髪をなびかせ、穏やかな笑みをたたえた少女――ラクス・クラインだった。

 

 

 

 

 

「…………は? ……え? な、なんで……なんでお前がそこにいるんだぁぁぁ!!?」

 

 

 

 

 

 ユウナは椅子から転げ落ち、今度こそ腰を抜かした。

 プラントの元歌姫にして、クライン派の象徴。史実なら、今頃は宇宙にいるはずの「最も扱いに困る存在」が、なぜかオーブの秘密ドックでキラと並んで立っている。とは言え既に二機の最終調整を行なってる関係上、彼女が地上に降りている事はおかしくはないのだが。

 

 

 

 

 

『お初にお目にかかります。ラクス・クラインです。……ふふ、そんなに驚かなくてもよろしいのに。私もまた、この世界が進むべき道を、キラと一緒に見届けたいと』

 

 

 

 

 

「あぁ…さいですか…」

 

 

 

 

 

 

 

 その慈愛に満ちすぎた微笑みが、逆にユウナの恐怖を煽る。

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼は知らない。

 

 

 

 

 

 この世界のラクスにとって、ユウナ・ロマ・セイランという男がどれほど「高く評価すべき対象」であるかを。

 

 

 

 

 

 劇場版の記憶などないユウナには、ラクスがキラに対して抱いている「重すぎるほどの愛」の深さも、その愛するキラが「パリ郊外の戦い」での悲劇に憔悴しながらも、以前に比べれば遥かに前向きであることをラクスがどう感じているかも、知る由もなかった。

 

 

 

 

 キラはベルリン以前、ユウナが提案した救援活動に従事し、各地を回っていた。戦うのではなく、人を傷つけずに「リビルド(復興)」を助ける。その過程で、ユウナが広めた「オンボロ重機と化したMS」たちが各地で人々の暮らしを立て直す光景を、キラは間近で見てきた。

 

 

 

 

 

 その活動を通じて、キラのメンタルは少しずつ、しかし確実に救われていたのだ。

 

 

 

 

 

 

『ユウナさん。今の世界は混迷の中にありますが、あなたが撒いた「リビルド」の種は、確かに多くの人の心に届いています。キラも、その光に救われた一人なのですよ?』

 

 

 

 

 

「……え、リビルド? 重機が? ……いや、あれは鞭で鹵獲したカス共の型落ちMSの処分に困ってミヤビに丸投げしたもので…」

 

 

 

 

『ふふ、謙遜なさらないで。あなたのように、戦いではない道で世界を繋ごうとする方は稀有ですわ。ですから、私も安心してキラを、そしてこのオーブを支えることができるのです』

 

 

 

 

 

 ラクスの瞳は、まるで「全てを見通している聖母」のような輝きを放っている。

 

 

 

 

 ユウナからすれば、単に「史実の破滅を回避するために必死で帳尻を合わせただけ」の結果なのだが、ラクスやキラから見れば、ユウナは「武力に頼らず、人々の営みを再生させることで平和を模索する、底知れない先見の明を持った指導者」として、最大級の信頼(誤解)を勝ち取ってしまっていた。

 

 

 

 

(……なんでだ。なんでこの歌姫、俺をあんなキラキラした目で見てるんだ? 怖い。褒められれば褒められるほど、背筋が寒いんだけど!?)

 

 

 

 

 「ユウナさんはすごい人なんだよ、ヨシ!」というラクスの全肯定スマイル。

 

 

 

 

 ユウナは、自分が意図せず築き上げてしまった「徳」という名の外堀に、逃げ場を失っていくのを感じていた。

 

 

 

 

 その後、通信越しにいくつか具体的な「後始末」についての協議が行われた。プラントにいる「偽者のラクス(ミーア)」をどう扱うべきか話し合ったり、今後の予定について一通りの実務的な(といっても国際法を無視した)確認を終えたところで、ラクスはふと、その慈愛に満ちた瞳をユウナに向け、静かに問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ユウナさん。あなたは「リビルド」を通じて、壊すことではなく、造ることで世界に居場所を示しました。では……真の意味で平和を、人々の争いを止めるためには、これから何が必要だと思われますか?』

 

 

 

 

 

 

 

 それは、ただの政治的な駆け引きではない、ある種哲学的な問いだった。

 

 

 

 

 

「……はぁ? 平和のために必要なもの?」

 

 

 

 

 

 ユウナは、徹夜明けの重い頭で、投げやり気味に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「そんなの、圧倒的な武力による抑止力……と言いたいところだが、それは既に崩壊してるからな。核を持とうが、キラ君みたいな化け物じみたパイロットがいようが、結局それを上回る力が出てきて、余計に被害が広がるだけだ」

 

 

 

 

 

 

 ユウナはモニターの中のラクスをまっすぐに見据えた。

 

 

 

 

 

 

「哲学なんて高尚なもんはよく分からん。だが、あんたが以前言っていた『想いだけでも力だけでも』って言葉、あれは正しいと思うね。……その上で、俺が必要だと思うのは『安心』だ」

 

 

 

 

『安心……ですの?』

 

 

 

 

 

「ああ。もっと泥臭い話だよ。『明日もまともな飯が食えて、夜は安全な家で寝られて、家族が明日も生きてるっていう確信』だ。人間、腹が減って『明日死ぬかもしれない』って不安になった時に、その恐怖を誤魔化すために銃を取るんだよ。あるいは、自分より弱い誰かを叩いて安心しようとする」

 

 

 

 

 

 

 ユウナは、自分の「リビルド(復興)」政策の根底にある、打算的で切実な持論を吐き出した。

 

 

 

 

 

「……だから、俺は全部打算で動いてるんだ。理想なんて一欠片もねぇよ」

 

 

 

 

 

 ユウナは自嘲気味に鼻で笑い、モニターの向こう側にいる「平和の申し子」たちに突きつけるように言った。

 

 

 

 

「リビルドやホスピタルを周辺諸国に派遣してるのも、そうすりゃ人々はオーブを敵対視しにくくなるからだ。恩を売っておけば、いざって時に引き金が軽くなるのを防げる。……今、俺が必死にオーブの防衛を固めてるのだってそうだ。抑止力が崩壊してるのは分かってるが、それでも少しでもマシな武器を揃えるのは、俺自身が死にたくないからだ。俺の武力拡張は、俺のための打算だよ」

 

 

 

 

 聖母のようなラクスを前に、あえて自分の「汚さ」をさらけ出す。自分は高潔な理想家などではない。自分の命と、自分の地位と、自分の生活を守るために、他人の腹を満たして機嫌を取っているだけの、ケチな政治屋なのだと。

 

 

 

 

 だが、ラクス・クラインは、ユウナが期待したような失望の表情を見せることはなかった。それどころか、彼女はまるで未知の深海魚でも発見したかのように、これまで以上に興味深そうな、鋭い知性を宿した瞳でユウナを見つめた。

 

 

 

 

 

『……打算、ですのね。興味深いですわ』

 

 

 

 

 

 

 ラクスのその一言に、ユウナは「やべぇ、変なスイッチ押しちゃったか?」と冷や汗をかいた。だが、ここで引いては「聖人ユウナ」の皮を剥ぐことはできない。彼はさらに言葉を重ねた。

 

 

 

 

「そうだよ、打算だ。あんたが褒めるような高尚なもんじゃない。そもそも俺がやったことを見てみろよ。身内のクソ親父共……ウナトや他の氏族連中を追放して実権を握ったのも、あいつらが自分の利権のためにオーブを泥沼に引きずり込むのが目に見えてたからだ。俺が安泰でいるために、邪魔な身内を掃除した。ただそれだけだ」

 

 

 

 

 

 ユウナはモニター越しに、ラクスの穏やかな瞳をまっすぐに見据える。

 

 

 

 

「いいか、ラクス・クライン。哲学とか『世界のための想い』なんて難しいことを考えるから、話がややこしくなるんだ。あんたも、もっと強欲に、私欲的に考えりゃいいんだよ。単純に『私はこうしたい、私はこれが欲しい、私は死にたくない』でいいじゃないか。自分の平和を追求した結果、ついでに周りも平和になってた……それが一番長続きする。そう思わないか?」

 

 

 

 聖女として、あるいはクライン派の象徴として、常に「正しさ」を背負わされてきたラクスに対し、ユウナは「もっと身勝手になれ」と吐き捨てたのだ。

 

 

 

 ラクスの表情から、いつもの完璧な微笑みが一瞬だけ消えた。

 

 

 

 

 それは驚きというより、自分の中にあった「問い」に対して、全く別の角度から石を投げ込まれたような衝撃だった。

 

 

 

 

 

『……私欲的に、ですか』

 

 

 

「そうだよ。あんたの場合だと例えば『キラと笑って過ごしたい、だから邪魔な戦争は終わらせる』。それでいいだろ。世界のためなんて大義名分は、後から誰かが勝手に貼り付けてくれるさ。現に、俺がそうだ」

 

 

 

 

 自嘲気味に笑うユウナを見て、ラクスは……今度はクスクスと、少女のような幼い笑い声を漏らした。それは、先ほどまでの「女神の微笑」ではなく、一人の人間としての、純粋な可笑しさからくるものだった。

 

 

 

 

 

『ふふ……ふふふ。ユウナさん、あなたは本当に面白い方。私に「強欲になれ」と仰ったのは、あなたが初めてですわ』

 

 

 

「……なんだよ、笑いすぎだろ」

 

 

 

 

『いいえ、とても心が軽くなりました。そうですわね……私も、もっと私欲的になってよろしいのかもしれません。私が、キラや皆さんと、美味しいお茶を飲んで明日を迎えるために。そのためにこの力を振るうのだと……そう考えれば、とてもシンプルですもの』

 

 

 

 

 

 

 ラクスはそう言って、今までで一番「人間味」のある、晴れやかな笑顔を見せた。

 

 

 

 

 後ろで見ていたキラも、ラクスのそんな変化に驚きつつ、どこか嬉しそうにユウナへ頭を下げる。

 

 

 

 

(……あれ? おかしいな。俺の知ってる原作知識だと、この子ってもっとこう……神格化された『ラクシズ』の首領で、最終的に権力と権威を全部自分に集めて、キラを便利にこき使ってるラスボス一歩手前の存在じゃなかったか?いや平和を願う心とキラへの愛は本物だがそういう冷たい側面もあるとかで…あれ?)

 

 

 

 

 

 ユウナはモニターの中の二人を、値踏みするように見つめた。

 

 

 

 

 ネットの書き込みや前世の偏った知識では、ラクス・クラインという存在は「平和の歌姫」という仮面を被った冷徹な政治家のように語られていた。だが、こうしていざ直接話し合って、打算だの私欲だのという下世話な話題をぶつけてみると、案外反応が素直だ。

 

 

 

 

(……この子、お嬢様育ちのせいか言葉選びがやたら高尚だけど、本質的な感性は意外と「普通」なんじゃないか? むしろ、周りが勝手に神格化して持ち上げるから、本人もそれに合わせなきゃいけなくて疲れてたんじゃ……)

 

 

 

 

 そう考えると、彼女が「心が軽くなった」と言ったのも、政治的な意図ではなく本心のように思えてくる。キラにしてもそうだ。誰かのために戦えと言われるより、「ラクスのため、自分の安心のため」と言われた方が、今の彼にはずっとしっくり来ている。

 

 

 

 

『……ユウナさん?』

 

 

 

 

 ふと、ラクスが不思議そうに首を傾げた。ユウナがモニター越しに、あまりにも訝しげな……もっと言えば、何か得体の知れない「バケモノ」でも見るような目で自分を見つめていたからだ。

 

 

 

 

「……ああ、いや。ごめん。正直に言っていいかな、ラクス・クライン」

 

 

 

『ええ、どうぞ。隠しごとは無し、ですわね?』

 

 

 

 

 

 ラクスがニッコリと微笑む。その全肯定の笑みが逆にプレッシャーなのだが、ユウナは意を決して、前世のネット掲示板で散々言われていた「ラクス像」をぶつけてみた。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたのこと、もっとこう……なんて言うか。宗教的な教祖様だと思ってたんだよ。平和っていう名の甘い毒を振りまいて、逆らう奴をキラみたいな最強の騎士に始末させる、冷徹な独裁者……みたいなさ。正直、話すまではめちゃくちゃビビってたんだぞ」

 

 

 

 

 

 ストレートすぎるユウナの言葉に、キラが隣で「えっ……」と絶句し、少し傷ついたような顔をする。

 

 

 

 だが、言われた当の本人は、一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、くすくすと、さっきよりもずっと楽しそうに笑い出した。

 

 

 

 

 

『教祖……。ふふ、独裁者、ですか。確かに、そう見えても仕方がありませんわね。私が語る言葉は、時にあまりに重く、逃げ場のない正しさを強いてしまうことがありましたから』

 

 

 

 

 

「だろ? だから、今のあんたみたいに『お茶を飲みたいから力を振るう』なんて、普通の女の子みたいな理由を言い出したのが意外すぎてさ……。なんだ、ちゃんと血が通ってるんだな、あんたも」

 

 

 

 

 

 

 そこまで言い切った瞬間、ユウナは背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

 

 

 

 

 モニターの中のラクスの笑みが、彫刻のように硬直していた。

 

 

 

 

 

 狼狽して声を荒らげるわけでも、涙を流すわけでもない。ただ、完璧だったはずの微笑みが、まるでひび割れた仮面のように強張り、その奥にある瞳が深い、深い沈痛の色に染まっていく。

 

 

 

 

『…………そうです、か』

 

 

 

 

 その声は、どこまでも静かだった。だが、そこには無視できないほど本気の「拒絶」ではなく「落胆」が混じっていた。それもユウナではなく自身への。

 

 

 

 

 

『私は……。自分なりに、命を賭して言葉を紡いできたつもりでした。ですが、それはあなたのような尊敬すべき方の目にさえ、人を惑わす毒や、血の通わぬ支配者の言葉として映っていたのですね……』

 

 

 

 

 

 ラクスは視線を落とし、自身の指先を見つめた。その姿は、教祖でも象徴でもなく、ただ自分の誠意が届かなかったことに打ちのめされた、一人の少女のそれだった。

 

 

 

 

「あ、いや……ラクス・クライン? 冗談だよ、ちょっとしたジョークだって。ほら、そんなに真面目に受け取らないでね!?」

 

 

 

 

『いいえ。……事実は、時にジョークよりも残酷ですわ。私が「想い」を語れば語るほど、人はそれを「教義」として受け取ってしまう。……ユウナさんの仰る通り、私は、私が思っている以上に、独善的で……恐ろしい存在だったのかもしれませんわね』

 

 

 

 

 

 キラが横で、かける言葉も見つからないといった様子で、痛ましそうにラクスを見つめている。通信越しでも伝わってくるその「ガチ凹み」っぷりに、ユウナの胃はさっきとは別の意味で悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

(やべぇ……。試しにネットの評判ぶつけたら、本気で心の柔らかいところを刺しちまった……。この子、お嬢様すぎて耐性がなさすぎるだろ!と言うか状況的に俺何やってんだよ!?年下の女の子相手に血が通ってたのか?ってお前…!)

 

 

 

 

 

 報連相は忘れずに。しかし、相手の許可を取ったとしてもその言葉が果たして相手を傷つけるか否かは別だ。ユウナにとってラクスは最早、宗教指導者だの政治家ではなく年相応の傷ついた女の子にしか見えなかった。

 

 

 

 

「……すまん。本当にすまん! 俺が悪かった! あんたの言葉に救われてる奴は世界中に山ほどいるんだ。俺みたいな、ひねくれた社畜の世迷い言なんて忘れてくれ!」

 

 

 

 

 

 ユウナは必死に画面に向かって頭を下げた。

 

 

 

 

 このままラクスのメンタルが折れて、もう引きこもるなどと言い出したら、それこそ世界の終わりだ。罪悪感云々ではなく、彼女のカリスマ性は世界屈指のものであるのだから。

 

 

 

 

『……ふふ。……いいえ。謝らないでください、ユウナさん。ショックではありましたが……おかげで、目が覚めたような心地ですわ。私が「私欲」を語るべきだというあなたの言葉、今なら、その本当の意味が痛いほど分かります』

 

 

 

 

 

 

 ラクスはゆっくりと顔を上げた。まだ表情には沈痛な名残があるものの、その瞳には「平和の象徴」を演じるのを半分諦めたような、どこか投げやりで、それでいて風呂上がりの後のような気持ちよさを感じさせると共に清々しい光が宿っていた。

 

 

 

 

(……あっ。この子、ようやく「普通の人間」の土俵に降りてきてくれたか。……凹ませちまったけど、結果オーライか?いや、そんな訳ねぇよ!!本当何やってんだよ俺…!)

 

 

 

 

 ユウナ・ロマ・セイラン。

 

 

 

 最強の歌姫のメンタルを一度粉砕した彼は、罪悪感に震えながらも、ようやく「教祖」ではなく「人間」として彼女たちと対等に渡り合える予感を感じていた。

 

 

 

 それはそれとして必死に頭を下げて謝罪する姿は最早代表代行ではなく相当情けなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……そうです、か』

 

 

 

 その言葉と共に、私の中から温度がスッと消えていくのが分かりました。

 

 

 

 

 微笑みを浮かべたまま固まってしまった私の隣で、キラが「ユウナさん、それは……!」と焦った声を上げているのが、どこか遠くのことのように感じられます。

 

 

 

 

 ユウナ・ロマ・セイラン。

 

 

 

 私がこの世界で、その先見の明と、人々を「生かす」ために泥を被る強さを、誰よりも尊敬していた方。

 

 

 

 

 その彼の瞳に、私は……「血の通わぬ教祖」として映っていた。

 

 

 

 

(……ああ。私は、また)

 

 

 

 

 

 これまでも、自分でも気づかないうちに言葉を「武器」にして、人々を私の望む正義へと導いてしまっていたのでしょうか。

 

 

 

 

 平和という名の甘い毒。

 

 

 

 

 抗う者をキラという剣で排除する、正義を執行する独裁者。

 

 

 

 

 もし、ユウナさんの仰ったことが、世界が見ている「ラクス・クライン」の真実なのだとしたら。

 

 

 

 

 

『……申し訳ありません、ユウナさん。私は……そこまで、あなたを怯えさせていたのですね』

 

 

 

 

 

 視線を落とすと、自分の指先が微かに震えているのが見えました。

 

 

 

 私はただ、キラと一緒に生きたかっただけ。誰もが明日を当たり前に迎えられる世界を、ただ祈っていただけ。……けれど、その祈りさえ、誰かにとっては逃げ場のない「正しさ」という強制力になっていた。

 

 

 

 

 

(キラがいてくれて、良かった……。そうでなければ、私は今この場で、自分の言葉の重みに押し潰されていたかもしれません)

 

 

 

 

 ユウナさんが慌てて「冗談だ」とフォローしてくださるのを聞きながら、私は静かに息を吐きました。

 

 

 

 

 彼が教えてくれた「打算」と「私欲」。

 

 

 

 

 それは、教祖という虚像から私を人間へと引きずり下ろしてくれる、救いの手のように思えたのです。

 

 

 

 

 

 まだ胸の奥には、刺されたような痛みが残っています。

 

 

 

 

 けれど、その痛みこそが、私の血がまだ通っている証なのだと――そう信じて、私は顔を上げました。

 

 

 

 

 

『ユウナさん。……教えていただいて、感謝いたしますわ。私がこれから、本当の意味で「人間」として歩むために、今の言葉を……一生、忘れないようにいたします』

 

 

 

 

 沈痛な面持ちのまま、けれどその瞳に一筋の覚悟を宿して。

 

 

 

 

 

 私は、自分を「偶像」ではなく「等身大の女」として扱ってくれた、この少し口の悪い、けれど信頼できる打算的な指導者へと、改めて静かに頭を下げたのでした。

 

 

 

 

 





・ラクシズ
 一昔前のラクス達の呼称、現在では歌姫の騎士団という名称が定められているがこの時期のラクス達のグループ名は不明でありネットでそう呼ばれていた時期もあった(ファクトリーは後援、クライン派は議長も定義的にはクライン派である為正しくない)

・ラクスの評価
 劇場版公開前なのでユウナの内心のラクスの評価は「キラへの愛情は多分本物だが、それはそれとして平和のためなら手段や目的を選ばない過激な宗教指導者」とはいう評価に近かった。現在では劇場版公開以降ラクス達の内面や行動に再評価がされているが劇場版の知識のないユウナにとっては「えっ君そんなに素直な女の子なの?血が通ってるの?」とクソ失礼な評価になるのでした。

 ちなみにラクスは二機を持ってくる時に地球に降りましたが、内心恋人のメンタルをある程度回復させてくれただけで無く、リビルドでのあらたな可能性を見せてくれたユウナの事は割と尊敬していてお話をするのが楽しみだったそうな。


 というか、そんな絵面的にまだ十代の自分を尊敬してくれる可愛い女の子相手にラクスの心踏み躙りまくって「キラの事駒だと思ってんの?血が通ってるの?」ってなんてこと言ってんだこのクソ野郎…

 

どっちのアスランが見てみたいでしょうか?

  • 通常の優柔不断アスラン
  • 報連相の化身と化したアスラン
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