|暗殺する魔法《ザバーニーヤ》   作:ヒゲホモ男爵

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「シュティレまんじゅう」とかないんでしょうか。ひよこ饅頭的な。




平和な集落

 

 

 勇者ヒンメルの旅立ちから10年

 勇者ヒンメルの死まで50年

 中央諸国の外れにて。

 

 

 

 フリーレン、そして勇者の一行は()()を見た。

 昼下がりの陽気な木漏れ日に照らされて、小鳥の囀りを共にしながら木々を抜けた先で、一際大きな木の根元に仁王立ちでいたそれを。

 

 

「……なんだ、これは」

 

 

 フリーレンの言葉には、「理解不能」「怒り」…端的に表すなら「不愉快」というそれが多分に滲み出ていた。

 何故なら()()が、魔族だったから。

 人に信仰される魔族だったから。

 

 

「ちょっとまってて勇者様方、わたしお祈りしてくるから!」

 

 

 フリーレン達がそれを認識し、それがどれほど恐ろしい事かを理解するまでの僅かな間に、ここまでフリーレン達を案内していた10歳にも満たない少女が()()に向かって駆け出し、あろうことか跪いた。

 少女はまるで女神に対してするように手を合わせ、瞼を閉じ、頭を垂れた。紛うことなき祈りの所作だった。それから少女はそれが当たり前であるかのように一切の淀みない動作で髪留めにしていた一輪の花飾りを抜き、()()の足元に差し置いた。

 

 見れば、()()の足元には石積みなれど明確に祭壇(捧げ物を置く場所)とわかるものがあった。

 そして少女が今に置いたものと同じ花飾りが見えるだけで何十、何百とあった。半分以上は枯れて砕けている。少女を連れて出てきた集落の住民は30もいなかったというのに。

 

「おまたせしました勇者様方!…………?」

 

 何事もなく戻ってきた少女は、首をかしげた。

 偽っているのではなく、装っているのではなく、本当に意味がわからないという様子で、最前のヒンメルを見上げていた。そして次には、フリーレン達が想定した最悪を肯定する言葉を吐いた。

 それはそれはとても、自慢げに。

 

「……あぁ!初めて見ますよね?あれが『花守様』ですよ!像ですけど。昔は『首守様』って呼ばれてたらしいですけど、子供が怖がるからやめたって。ずっと昔からこの森に暮らす私達を守ってくださってるんです!さっき私がお供えした物も、皆さんが着けているのも同じ──」

「あぁ、うん、分かってる、分かってるよ……」

 

 柄にもなく、ヒンメルが子供の言葉を遮った。

 森と集落を守る、自分達が信仰する神は決して怖いものではないと、子供の純朴な口から紡がれる一切悪意のない言葉が聞くに耐えなかったのだ。

 

 

 

 フリーレン達は魔王討伐の帰り道、呼び止められる形で森の中にある集落へ入った。それが今朝のこと。

 フリーレン達が歩いていた街道からは見えないほど森の奥にあるというのに活気立った集落からは、主に2つの話が聞こえてきた。

 

 

 ひとつはフリーレン達が呼ばれた理由でもある、森を荒らす存在。魔物か魔族と目されるもの。魔王討伐の戦後処理というべきもの。その討伐依頼を受けてフリーレン達は少女の案内のもと、森へ入ったのだ。

 

 もうひとつは集落に古くから根付く信仰の形。

 継承の形は口伝のみ、人類史には刻まれてこなかった信仰なれど、集落に住む者が一人の例外なく信じている話。

 

 

 

 …曰く、大昔この地に迷い込んだ若き夫婦がいた。

 夫婦は冒険者であったが稼ぎはさほど良くなかった。それでも夫は妻に一輪の花を髪飾りとして贈るほど、二人の仲には美しい愛があった。

 されど当時未開の地であった森で迷った二人に、魔物が襲いかかる。

 あわや命が散るという時、『花守様』が現れた。

『花守様』は一太刀で魔物を退けた。

 夫婦は命の礼をしようと思ったが、何も持ち合わせがなかった。夫は自らの命をもって礼とし、妻の無事を願った。

 妻はそんな夫を止め、反対に自らの命を差し出そうとした。そんなやり取りの折り、不意に妻が髪にかけていた花飾りが、茎を残してポトリと落ちた。

 

「首は貰った」

 

『花守様』はそう言って消えてしまった。

 やがて森の中には小さな集落ができた。

 森で危険に晒される民が出ると、『花守様』が現れて助けてくれるようになった。

 民は『花守様』への対価と祈りを込めて、男も女も一輪の花飾りを身につけるようになった。

 

 

 

 ……そういう話。

 フリーレン達はこの話を、集落に入ってすぐの小さな土産屋の老主人から、それこそ御伽噺として聞いたのだ。

 遠い遠い昔の、今では集落に暮らす人々の「花飾りをつける習慣」の原型となった信仰、その元になったお話として。

 話の元を考えれば生花の花飾りであったとされるものは、今は集落の土産物でもある、木彫りの花に鮮やかな色を塗った小さな髪留めへと変わり、今や生花の髪飾りをつけるのは、そのお話を老主人から聞かされて育った、果実のように鮮やかな色(ペイルブルー)の髪が特徴的な10歳の少女のみ。

 

 長命種であるフリーレンはこの話を聞いて、短命種の引き継ぎによく起こる認識の歪曲と劣化の話だなと、その程度にしか考えなかった。

 大方、もとは森で迷った冒険者が他の冒険者に助けてもらった話がとか、そういうものだろうと。

 

 なにせフリーレンがその目で見た人々は脅威が身近にありやすい森の中にあって個を確立していた。

 御伽噺の『花守様』に頼りきる様子もなく、集落に囲いをつけ、そこそこの練度の自警団もあった。『花守様』はとっくの昔に『信仰』から『習慣と土産話』へと落ちぶれていたのだから。

 

 

 ヒンメル達と一緒になって花飾りをつけて、ハイターは特に似合わないね。なんて、そんなやり取りもしたのに……

 

 

 

 

 フリーレンは杖を構えた。

 仲間も同様に得物を抜く。

 特に子供と近かったヒンメルは、子供を自分の背に隠れるように引き込み、子供はフリーレンへ預けられる。

 そして戦士のアイゼンや勇者のヒンメルなら一息の踏み込みで懐まで届く距離で、4人と1体が対峙する。

 しかし魔族は動かない、尚も石像のフリを続けている。

 

 眼前にあるのは魔族、のはずだ。

 ……はず、としか言えなかった。

 ヒンメルも、ハイターも、アイゼンも、フリーレンでさえ。石像のフリを続けるそれの正体を看破したつもりなのに。

 

 ……正確にいえば、それを形容する言葉をフリーレンは「魔族」以外に持ち合わせていなかった。

 魔族だと言える、しかし魔族ではないとも言えてしまえる感覚。

 魔力探知はそれを魔族だと告げている。今までに出会ってきた魔族の中では上澄みと言っていい。

 しかし目に映る情報がそれを少女が言ったように古ぼけた石像だと語る、木の根と苔がそこらじゅう絡まるほどに長くあった石の塊だと。

 

 無害な存在だという認識を変えることが出来ない、自分達は既に精神魔法の影響下にあったのだ。

 故に警戒を一層強めた、はずだった。

 

 

 

「よさないか、魔法使い」

 

 

 瞬きにも満たない刹那の後。

 谷の底から亡者を招くような声が聞こえた。

 とても近くの、頭上から。

 

 

「幼童の前だ」

 

 

 捉えていたはずの魔族の巨体が、少女の隣に。

 ヒンメルの背後、フリーレンの正面にあった。

 

 

「フリーレンッ!!」

 

 

 フリーレンは反応が間に合わなかった。

 魔法はまだ発動前であったというのに、当然のように魔力探知をすり抜けられた。

 ヒンメルの肩越しに魔族を目視し、周囲の木々も当然に収まっていた視界が突然現れた黒に塗りつぶされたのだから、無理もなかった。

 致命的な隙を、こじ開けられたのだ。

 

 ヒンメルは眼前の魔族の消失と背後の悪寒で、後衛が真っ先に狙われた事を理解した。

 背中合わせの距離に、()()が居る。

 

 ヒンメルは声を張り上げ、背後のそれに向き直ると全く同時に剣を振り抜いた。当然当たるとは思っていない、それでも魔族にとっても背後から斬りかかられれば妨害にはなるはず。

 魔族が剣を避け、フリーレンからも離れてくれればと考えての、つまりは妨害の一手。

 当たればよい、当たらなくてもよい。そのつもりで振り抜いた剣が、魔族の胴を斬り裂いていた。

 

 あまりにも、あっけなく。

 

 

 フリーレン達は即座に四方へ飛び退き距離をとった、あとには直立したままの魔族の下半身と仰向けに落ちた上半身。そして『花守様』が斬られたことに泣き叫ぶ少女が残された。

 少女の魔族との距離が近すぎて、誰も手を伸ばせなかったのだ。

 

 しかし4人は確かに見た。

 魔族の上半身も下半身も、断面から塵のように崩れていく様を。魔族の死を。

 

 

「おや、斬られてしまったか」

「花守様!?花守様ぁっ!!」

「む、泣くな。泣くな」

 

 

 にも関わらず、魔族の反応は淡白だった。

 自らの死よりもむしろ、自分に縋り付いて泣き叫んでいる少女を宥めることを優先しているようにさえ見えた。

 見えてしまった。

 表情などがあるはずもない髑髏の面に、掘り抜かれた眼孔の奥に見えるぼんやりとした光に、感情があるように見えてしまった。

 

 

「……これで終いか」

 

 

 魔族が空を見上げ、そんな言葉を吐く頃には既に、魔族の下半身はなかった。

 上半身も既に胸から上しかない。

 放っておけばあと数秒で完全に消滅する。なのに4人は子供を助けに飛び込む事が出来ずにいた。

 得体の知れない恐怖というべきものが、4人の足を縛り付けていたのだ。

 

 

「……さて、後始末をせねば」

 

 

 直後の1秒。

 その言葉の意味を、すぐに理解できた者はいなかった。そして理解する間もなく4人と少女の意識は()()()()()によって刈り取られる。

 まして真意など、フリーレンが80年後にようやく理解する事となる、その刹那。

 

 

 

虚像(きょぞう)(さら)せ、『夢想髄液(ザバーニーヤ)』」

 

 

 

 魔族は、フリーレンを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、勇者一行は無事魔族を討伐した。

 

 想定通り、魔王軍の魔族が潜伏していたものであり、4()()は五体満足でこれを討伐。

 

 集落の危機は解決され、小さな催しが開かれた。

 宴とは程遠い、簡素なものだった。

 その集落には観光収入といったものが無く、土産物の類もなく、交易も盛んではなかったので仕方がないと、とある老主人がボヤいたりもした。

 

 独り身の老主人はフリーレンを指して、俺にも孫がいればこれくらいべっぴんだった。と酒が染みた舌を回したり、ヒンメルが後ろで首を縦に振ったり。

 さしたる信仰もない土地なれど、ハイターが神職らしく振る舞ったり。

 

 小さいながらも楽しい思い出を記憶に刻んで、勇者一行は集落をあとにした。

 

 

 そうして、旅を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あれ、森に残してきた私が消えた」

 

 

 あれは確か、100年くらい前に気まぐれでやった人助けのついでに置いてきたんだったか。

妄想幻像(ザバーニーヤ)*1で切り分けた、最も優しい人格()だったはずなのだけれど。

「親切であれ」と在り方を与えてまで、(オリジナル)の剣まで預けたのに……そうか、最も優しい私でも狩られる時代になってしまったのか。

 

 

「世知辛いなぁ〜」

 

 

 ……お、影を通して優しい私が還ってきた。うん、前より優しくなった気がするぞ?

 どれどれ一緒に帰ってきた剣の方はぁ…なんだ、結局100年で一度しか振らなかったんだ。錆びてる。

 でもちゃんと後始末用の宝具は使ってくれたみたい。あの宝具なら、その日一日分くらいは無かったことに出来ただろうから。

 

 

「どうか明日の私が、昨日と同じ今日を過ごせますように」

 

 

 

 ──森の奥。

 躯体の大きな魔族が、ペイルブルーの少女もろとも無かったことになった土地から大陸の反対、南側。

 湖畔のほとり、小屋の傍、朝日をあびて斧を振り下ろすペイルブルー髪の少女が1人。されど湖面に映る少女の(かたち)は異形。

 

 2mを超える大柄な体躯。

 黒き鎧、黒き外套。

 角の生えた髑髏面の奥に青白い眼光を滾らせた魔族というべきものが、少女の内に潜むもの。

 

 はるか昔に、ただ一度きり、()()()()()ばれた正真正銘の魔族であった。

 

 

 

*1
人格の1つを別個体として分離させることができる能力。百貌のハサンの宝具





どうも偉大なるハサンの御業を模倣する不敬者です。
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