|暗殺する魔法《ザバーニーヤ》   作:ヒゲホモ男爵

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アウラ、確定申告しろ



朝食はパンとワインがいい

 

 

 中央諸国、南の森林。

 

 

 

 私の名前はリリィ。

 リリィ・エインズワースといいます。

 お師匠様がつけてくれた大切な名前です。

 

 私がまだ物心も何もない赤子だった頃に、魔物に食い散らかされている最中の村から救ってくれたお師匠様は、命の恩人でもあるのです。

 

 

「りりぃ〜、寒いよぉ〜外出たくないよぉ〜」

 

 

 ……時折それを思い出さないと、尊敬という気持ちが音を立てて崩れてしまいそうです。

 

「ダメです起きてくださいナイオン様、昨日ナイオン様が寒いからと貯蓄の薪をまとめてクソでかい焚き火にしてしまったせいで、冬を越す分の薪がありません。さっさと薪作ってください」

「リリィも楽しんでたじゃんかぁ」

「それとこれとは話が別です」

「うぅ…弟子が冷たいよぉ」

「自業自得です」

 

 ナイオン様をベッドから引きずり下ろして、髪を梳いて服着せて、温かいスープを流し込んで外に放りだします。こうでもしないと朝のナイオン様はてこでも動きません。

 ぶつくさと文句は言っていましたが、バカでもバカではないので……いえやっぱりバカですが、斧を持ってナイオン様は行ってくれました。

 

 

 ナイオン様は魔法使いです。

 私の魔法の先生で、親代わりです。

 見た目こそは10歳の私よりもちょっと背が高いくらいの女の子ですが、そこは自称エルフだそうなので、実際どれくらい生きてきたのかは分かりません。

 とても長生きな事は確かです。

 長生きなくせに越冬用の薪を冬本番前に使い切る計画性のなさで、これまでどうやって生きてきたのか。たまに本気で心配になりますが。

 

 それでも確かに、偉大なお師匠様なのです。

 現に今も木を斧で野菜みたいに切って、『生木を乾燥させる魔法(ドライドレイア)』で薪を量産しています。あっという間に暖炉に適した燃料が増えていくんです。

 薪がなくなった原因がナイオン様でなければ、手放しで喜べたのに……

 

 

「ナイオン様!朝ごはんは何がいいですかー!」

「朝はパンとワインがいいー!」

 

 

 開いた窓越しに朝餉を聞いたら、カスの答えが返って来ました。

 却下、却下です。

 

「…わかったよぉリリィに任せるよぉ」

「温まるものを用意しますね」

 

 多分顔に出ていたんでしょう、ナイオン様が折れてくれました。じゃあ最初から言わないでください。

 

 

 

 ナイオン様は魔法使いです。

 戦闘魔法は全く教えてくれないのに、民間魔法はやたら知っている変わった魔法の先生です。

 

『生木を乾燥させる魔法』みたいに、とっても便利な魔法をたくさんご存知です。

 ですがその中でも私が一番嫌いな魔法が、『石をパンに変える魔法』と『水を葡萄酒(ワイン)に変える魔法』です。すごい魔法のように聞こえますが、私はこれらの魔法だけは覚えたくありません。

 

 だって美味しくないんです。

 石から変えたパンが、驚くほど美味しくないんです。今よりもっと幼かった私は当時あのパンを食べて育ち、パンはこういう味なのだと思い込んでいましたが、ある日ナイオン様が外から買ってきたパンこそが本物だったのです。

 石パンは非常食に格下げしました。

 ワインはまぁそもそも飲めませんが……料理の仕込みに使えるのでいいです。

 

「昔は毎食魔法で出したパンとワインだったのだけれどねぇ……楽だよ?」

 

 薪作りを終えたナイオン様が隣に来ました。私包丁使っているのに近いんですけど。

 あと利便性を訴えても無意味です、食物において味は何よりも優先されるべきなんです。

 

「ダメです。ナイオン様の歪んで肥えた舌を私が矯正します」

「そんなに嫌いとは思わなんだ」

「嫌いです」

「断言した……」

「ていうか食器を出すくらい言われなくてもやってください、もうとっくに目は覚めてますよね」

「弟子がいじめるよぉ……」

 

 しょぼくれたナイオン様が食卓を仕立てている間に、さっさと朝ごはんを作ってしまいましょう。この前に"台所は私の領域(テリトリー)なので入ってこないでください"って言ったの、もう忘れてるし……

 家事全般壊滅的なナイオン様に人らしい生活を送らせる事が私の第一目標です、私は魔導書だらけの部屋で石を口に放り込む生活なんて断固拒否です。

 

 

「できましたよナイオン様、にんじんとかぼちゃと魚のスープです」

「パン食べる?」

「なんでもうパン持ってるんですか……おひとりでどうぞ」

「スープに浸して食べたらさ、味がするんじゃない?ね?……ほんとにすごい魔法なんだよ?」

「食べ物に石ころを入れる趣味はないので」

「…………ごめんて」

 

 

 

 

 

 太陽がすっかり昇って、暖かくなり始めた昼頃。

 外から錆びた剣を手に戻ってきたナイオン様が突然、旅に出ようと言いました。

 

 

「旅……ですか?」

「そう、リリィももう10歳だからね、外を知るにはいい頃合いだ。それに物騒な時代になってきた、どこか大きな街に移り住むんだ」

 

 

 ナイオン様の話は唐突でした。

 私が10歳になってもう半年になるのに、どうして今になって10歳になったことを理由にするのでしょう。

 それに旅をすると言っても、私はまだナイオン様から民間魔法しか教えてもらっていない、一般攻撃魔法と呼ばれるものさえ教えてもらっていないのです。

 そんな私が足手まといになる事なんて、私にもわかることなのに……

 

「リリィ、確かに私はこれまでお前に攻撃魔法は教えてこなかった。でも身を守る魔法は教えただろう?足手まといになどならないよ」

「……人の心を勝手に読まないでください」

「心じゃない、顔を読んだんだ。この歳になると顔に出てる感情くらいわかるさ」

「……いつもはぐらかされますが、ナイオン様って何歳なんですか?」

「そうだねぇ…リリィの100倍までは数えてたかな」

 

 ナイオン様は珍しく答えてくれました。

 今まで自分のことはまるで話してくれなかったのに……本当に、旅に出るんですね。

 

「うん、出るよ。この家ともお別れだ、荷物をまとめなさい。言っておくが全部は無理だ、荷袋に入る分だけ、選んでおいで。……待っているから」

「……わかりました」

 

 

 …ナイオン様はひどい人です。

 選べないの分かってて、そんなこと。

 

 

 

 

「リリィ?なんだいその大袋は」

 

 

 ナイオン様は、私が身長ほどの大きな麻袋をパンパンにして引きずってきたことに驚いていました。

 ので、私ははっきり答えます。

 

「食料です」

「食料」

 

 葉野菜、根菜、干物、干魚、干肉、油に台所道具。それとナイオン様が週単位でふらっと留守にしては持ち帰ってきた調味料香辛料。

 台所に立つようになってから5年間、これまで私の領域(台所)を鮮やかに彩ってきたもの達です。

 

「リリィ、長い旅になるんだよ、重い荷物は邪魔になる。せめて半分にしなさい」

 

 ナイオン様の指摘はもっともでした。

 ですが、そんな事くらい私にも分かります。譲れないものがあるんです。

 

「嫌です。苦節5年……ようやくナイオン様の腐りきった舌を人間に近づけられたのに、旅特有の味を二の次にした食事で元通りなんてごめんです」

「まって?私そんな風に思われてたの?」

 

 昔のナイオン様の舌は壊滅的でした。

 ナイオン様が厨房に立っていた頃の食事で、私がどれだけ苦心したことか。

 

「もし今度"胃に入れば同じ"なんてほざいたらナイオン様のご飯は苔の生えた石と泥水だけにします。石をパンに、水をワインにできるんですよね?」

「食料を倍、持ってきなさい。いえ持ってきてください」

 

 

 勝った。

 路傍の石をパンにして食いつなぐ旅なんて絶ッ対に嫌ですからね。

 

 

 

 麻袋に弟ができた後、私は当然の不満をナイオン様にぶつけました。

 

「そもそも長い旅になるなら一週間は前に教えてください、腐りやすい食材が勿体ないです」

「それはその……ごめんなさい」

「旅はいいです、でも出立が今すぐっていうのは我儘(わがまま)です、我儘を通すなら私の我儘も通してもらいます。はいこれ持ってください」

「……アッハイ」

 

 ナイオン様が荷物持ちになりました。私はお財布の紐を握るので、適材適所というやつです。

 ですが旅というからには、家を空にして行くということ。週単位で頻繁に留守にするくせに取り置きしていたおやつが(腐るから)食べられていたらギャン泣きするような人が、家具も家財も魔導書もそのままにして行くとは思えません。

 旅に出るのは本気のようですが、それでも信じ難い…えぇ……?って感じです。

 

 

「家には留守番を置いていくから大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

「それに旅に出れば、干し肉じゃないお肉が食べられるよ」

「お肉っ!?すぐ行きますっ!!」

「なんでこれが一番食いつき良いんだい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルの死から27年後。

 

 

 

『腐敗の賢老』クヴァールを討伐した帰り道、フリーレン様は突然行き先を変えて、街道から外れた森の奥へ入っていきました。

 

 

「気になる事ができた」

 

 

 そう言うフリーレン様のお顔には、少しだけ、焦りのようなものが浮かんでいるように見えました。

 

 

「ここだよ」

 

 

 フリーレン様の背中を追って森をしばらく進んだ時、脈絡()もなく突然に集落が現れました。…正確には、集落だったものが。

 

 

「昔、ヒンメル達とこの辺で魔族を倒したんだけれど……」

 

 

 集落を守るように囲っていたであろう背の高い柵も、そこに居た人の暮らしがあった家も何も、全てが壊されていました。

 荒れ具合は新しく、とても最近の事のようです。

 

「魔物か、魔族の仕業でしょうか」

「……だろうね、こんな四方八方から魔物が来てもおかしくない所に集落を作るなんて、どのみちこうなっていただろうから」

「…?どのみち、というのは……?」

「ついておいでフェルン。……思い出してきた」

 

 フリーレン様は知った道を歩くように迷いなく集落を突っ切って、再び森の中へ入っていきました。

 この集落も、フリーレン様が昔の冒険で立ち寄った場所のひとつなのでしょうか。でも"思い出してきた"……フリーレン様が忘れていただなんてあり得るのでしょうか。

 こんな危なっかしい所、印象強く記憶に残りそうなものなのに。

 

 

「ついたよ、ここだ」

 

 

 そこにあったのは勇者様の木像でした。

 木彫りでもハッキリとヒンメル様だと分かる、良くできた木の像が、石台の上に立っていたのです。

 でもなんというか、やけに新しいというか、手入れされているような……

 

「あの集落には『花守様』っていう御伽噺があったんだ。旅の最中、魔物に襲われた夫婦を助けたのをきっかけに人の心を惹き寄せて、森の奥に自然と集まるような身寄りのない人達にとっての神様みたいな存在になったものが」

「フリーレン様、その話がこの場所とどういう関係があるのですか?」

 

 フリーレン様はとても鮮明に思いだせたようで、昨日にあった事を話すように、つまりはいつものように80年近く昔の話をしました。

 

 でもこの場所にはヒンメル様の像があるだけです。

 あの集落が成り立った理由にそんな御伽噺があったのだとしたら何かしら信仰の痕跡が残っていたはず。集落を一度救った勇者の像を作るような人達なら、『花守様』の像くらいあってよかったはず。

 一瞥しただけでも、あの集落には何もありませんでした。何かを信仰していた跡なんてこれっぽっちも……

 

 

「ここには、『花守様』の石像があった。でもそれは『花守様』そのもので、石像にしか見えないだけの、魔族だった」

 

「……え?」

 

 

 自分でも、相当間抜けな声が出ていたと思います。

『花守様』は集落に住んでいた人達にとって神様みたいな存在になったと、そう仰ったのはフリーレンさまです。

 ここにあったのは、その石像で。

 実は石像ではなく『花守様』そのもので、

 それが、魔族だった?

『花守様』を祀る石像に魔族が化けたのではなく、『花守様』そのものが魔族だった?

 

 でも、だとしたら集落の人達は魔族を信仰していたという事になります。自分を神様と誤認させるだなんて、一朝一夕で出来る事ではありません。

 精神魔法を用いたか、それこそ本当に長い時間をかけて……

 

 

 そこまで考えて、背中に悪寒が走りました。

 

 フリーレン様の目が、私の考えを見透かしたその上で、肯定するものだったからです。

 

 

「『花守様』の御伽噺、その原型は私達が集落を訪れた時にはほとんどが忘れられていて、お土産とか、噺をなぞって花飾りを身につける習慣が残っている程度だった。森の中での無事を祈る時には花飾りを供えたりね。集落の人達はとっくに神様からの自立はできていたんだ」

 

「上手くやったものだよ。本質を歪めて伝聞させて、それでいて外からの接触を不用意に招かないよう、神ではなく子供でも知っている"おとぎばなし"に収まった。出処不明の神様ならともかく、御伽噺のために足を運ぶ奴なんて居ないからね」

 

「それでも、"おとぎばなし"は子から子へ語り継がれ、集落にとっては『あって当然のもの』になった」

 

 

「人間からの無条件の信奉を得て、魔族が人間の生活に溶け込んだんだ」

 

 

 ヒンメル様の像の足元には、何かを供えるための石板がたしかにありました。

 そして、一輪の花飾りが山のように供えられていました。ひとつとして枯れていない、まるで誰かが最近までこの場所を訪れていたように。

 

「……っで、でも、その魔族をフリーレン様達が倒したんですよね!それならもう大丈夫…です、よね?」

 

 半分、声が震えていました。

 考えてしまったんです。その魔族が今の時代にまで御伽噺を残していたなら、その姿を後世に遺す石像が無事にあったなら。

 ……もしフリーレン様達が倒していなかったら。

 

 

 魔族に対して無条件に友好的な子供が、出来上がる。

 生まれる所が違っていたら、私も『花守様』を信じていたかもしれない。

 

 

「倒したよ」

 

 

 フリーレン様の言葉に、私は安堵しました。

 恐ろしい魔族の策謀は、ずっと昔に既に絶たれて……絶たれ…………なら、なんで花飾りがここに。

 

 

「でも私達が倒したのは別の魔族だ。本当の意味で『花守様』にトドメを刺したのは、言ってみれば『花守様』自身だ」

 

「そうだろう?いい加減出てこい」

 

 

 フリーレン様が杖を抜いて、石台の影へ杖の先を向けました。

 それに反応してかほんの一瞬だけ、風が凪いだような魔力の乱れが見えて、私も咄嗟に杖を抜きました。それでもずっと遅かった。

 それが石台の影から姿を現した後でさえ、杖を抜いた理由を「フリーレン様が杖を抜いたから」以外に持てなかった。目の前のそれが、形通りの少女にしか見えなかったのです。

 

 

「お久しぶりです、勇者パーティの魔法使いフリーレン様。80年ぶりでしょうか」

 

 

 にこやかな笑みを浮かべる少女は、私がハイター様に拾われた当時と変わらないくらいの背丈をしていました。

 果実のように鮮やかな色(ペイルブルー)の髪をした、やせ細ってもいない普通の子供。漏れ出ている魔力の量も形も、ゆらぎさえ、普通にしか見えない女の子。

 ……考えられる可能性は、魔力の隠蔽、欺瞞の魔法、精神魔法のいずれか。そのいずれかで、自らの形と魔力を偽り、角と魔力を隠している。

 

 ……私は今、欺かれている。

 

 

 

 でもそう考えられたのは私がフリーレン様を知っていたから。魔族にとって魔力が権威そのものであり、それを利用して魔族を殺す方法を知っていたから。

 でも魔族はそんな方法を取らない。

 魔族が魔力を隠す習性をもつわけが無い、それは貴族が自らの城や財宝を手放すに等しい事だから。

 なぜ気付けなかった?なぜ魔族が魔力を隠す?

 

 ……考えないと、考え――

 

 

「考えなくていいよ、フリーレンの弟子」

 

「ッ──!」

「君も顔によく出るね」

 

 

 魔族が私を見ていました。

 体はフリーレン様に向けたまま、目だけで私を見ていました。およそ子供の形とは程遠い虫を見るような冷たい目。模倣された感情すらのっていない眼差し。これならクヴァールの方がずっと人間味があった。

 同じ魔族で、ここまで違うものなのですか。

 

「考えたって意味ない、私は君を欺いてなんていない。だって私は本当に子供くらいの魔力しかもっていないし、魔力を隠してさえいない。戦闘能力は皆無、そういうふうに()()()()。フリーレン様が気付いたのは冒険者としての経験ですよ」

「今度その呼び方で呼んだら殺す」

 

 フリーレン様が『魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』を子供…魔族に向けました。

 今までの何倍、ずっと殺意のこもった声で。

 

「私がまだお前を殺さないのは聞きたい事があるからだ。答えろ、お前の本体はどこだ」

「嘘をつかれると思わないんですか?」

「嘘をつく理由がないだろ」

「なるほど、私達魔族をよく理解していらっしゃる」

 

 それは理由があれば平気で嘘をつく事の裏返し。

 魔族は形だけの笑みを作って、口を開きました。

 

 

 

「ナイオン」

 

 

 

私/彼(私達)はここより少し北にいます。……あぁ、二つ名はお好きにどうぞ?人間は強い魔族に二つ名を付けるんでしょう?私はそういうのを付けられたことが無いので」

 

 

 

ドォッ

 

 

魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』が、魔族の胸と首を貫きました。

 子供の形にぽっかりと空いた穴から赤い血が溢れることは無く、倒れた魔族は穴から崩れていきました。

 

「ひどいなぁ、もうちょっとお話しましょうよ……」

「どうせお前これ以上情報持っていないでしょ」

「……ふふ、ご明察です…流石はフリーレンさm」

 

 

ドォッ

 

 

魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)』が、魔族の形を跡形もなく壊しました。

 

 

 

 

 

 フリーレン様はその後、村を出た後も口を開きませんでした、ようやく口をきいてくれたのは、野営で眠る直前のことでした。

 

 

「……多分、80年前に私やヒンメル達があの森に立ち入ったのは(ナイオン)にとっても誤算だったはずだ」

 

 

 私とフリーレン様は、同じ事を考えていました。

 とても長い時間をかけて小さな集落ひとつに溶け込む事に執心し、80年後の今でさえ名前を聞かないほど表舞台に現れない魔族が、自ら勇者一行の前に姿を晒すような真似をするとは思えなかったのです。

 

 

「フリーレン様が倒した魔族は、あのナイオンとは別の魔族だったんですよね?」

「うん、あれとは無関係だ。でも私達は80年前、その無関係な魔族を倒しに行く途中で『花守様』と出くわした……というより招かれた。私達を案内していたのはさっきの子供型ナイオンだったからね」

「子供型……別の魔族ではなく、『花守様』もナイオンだったのですか?」

「うん。80年前も今日も同じ奴だ、魔力の癖がそっくりだった。80年前に気付けなかったのは、2人のナイオンの距離が近すぎて、『花守様』としてのナイオンが放つ大魔族並の魔力を隠れ蓑にされてた」

「ナイオンが2人……」

 

 

 80年前と今日、異なる時代で討伐された同一の魔族ナイオン。そのどちらも本体ではなく分身。

 それも片方は大魔族並みの魔力を持ち、もう片方は子供並みの魔力しか持っていないという両極端を可能とする、姿形も能力も自由自在な分身体。

 

「フリーレン様、これってまずくないですか?」

「うん、まずいよ。経緯はどうあれ人類はナイオンを知覚した、魔法使いとして優秀なフェルンが見破れないほどの偽装ができる魔族が、同時に複数存在できる上に少なくとも80年は前から生きていたんだ」

 

 フリーレン様の目には、確かな嫌悪感がありました。

 

「これで最低80年分の歴史は使い物にならなくなったね。いつどこにナイオンが居たのか分からない、歴史上の誰かが実はナイオンだったかもしれないんだから」

「そんな……」

 

 80年とは1つの国が興って滅ぶほどの時間です。

 それだけの年月の間消滅しない分身を作れる魔族が、ただ一箇所に分身を置いていたなんてまずありえない。今ある街、村、それとも難民の集まり、そして最悪は──

 

 

「…地位ある人が、ナイオンかもしれない」

「それははないと思うよ、奴は自害したからね」

「え……自害?」

 

 

 脳裏によぎった最悪の可能性をフリーレン様はあっさり否定しました。

 そういえば確かに、フリーレン様は仰ってました。

 

「……『花守様』にトドメを刺したのは『花守様』自身だって。自害って、そのままの意味のですか?」

「ごめん、ちゃんと言うと後始末かな」

 

 

 …後始末。

 それはつまり、失敗した、自分の。

 

 

「80年前の直接的な死因はヒンメルに斬られたからだ。でも死の直前ナイオンは自分がいた痕跡を、つまりはあの集落にあった『花守様』を魔法で消した、記憶も記録も物的証拠も全部。おおかた精神魔法の類だろうけど、まったく手が込んでるよね。奴は80年くらい平気で捨てた。そのくらい自分の存在が表立つ事を忌避したんだ」

 

「それにあの隔絶された小さな集落なら神様くらい余裕でなれたろうに、奴はそうしなかったからね。そんな奴は領主とか貴族とか、そういう位置には来ない。居たとしてもそれを後ろから操るようなところだろう、だから厄介なんだけど」

 

「人間の一生分くらいの時間を費やした気の遠くなるような計画、フェルンからしたら考えられないでしょ」

 

 

 私はフリーレン様を無言で見つめました。

 フリーレン様にも当てはまる所があるからです。

 

「ごめんって……」

「私は何も言っていませんが」

「……今日はもう寝ようか」

 

「待ってください、フリーレン様」

 

 

 逃げるみたいに毛布に潜らないでください。

 まだ聞きたいことがあるんです。

 

 フリーレン様は、むすくれていました。

 集落から野営までの時間も、ずっとそうでした。

 

 

「フリーレン様、さっきからずっと怒っていますよね?どうして怒っているんですか?」

 

 

 私は単刀直入に聞きました。

 遠回しに聞いたってフリーレン様が答えてくれる訳がないからです。

 

 

「フリーレン様、ナイオンはフリーレン様達勇者一行を欺きました、魔王を倒した勇者パーティをです」

「……」

「そんな魔族が80年も()()()()()自由の身だった、これはとても恐ろしい事です」

「……」

「でもフリーレン様が怒っているのって、そこじゃないですよね?」

 

 

 フリーレン様は背を向けていて、顔は見えませんでした。それでも見て分かるほどに怒っています。

 それこそ、今まで見た事がないくらいに。

 

 

 

 

「……ヒンメルの像に供えられてた花、間違いなくナイオンがやった事だと思うんだけど」

 

 

 

 

「あれ、すごくムカついたんだよね」

 

 

 

 

 





本文中に登場した『生木を乾燥させる魔法』等は当然ながら葬送のフリーレンには登場しません。
ルビも適当です。
響きの良さ重視でした。

それにしても凶悪な魔族だ……きっと悪辣な顔をしているに違いない()
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