|暗殺する魔法《ザバーニーヤ》   作:ヒゲホモ男爵

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料理台のアウラ:
パフェはもう(い)ないじゃない。




パフェを食べたという"結果"だけが残る

 

 

 

 

 ……暗い。

 

 

 夢を夢と分かっているのに起きれないなんて、久しぶりな感覚です。

 ナイオン様に赤子の頃に拾われて、育てられて、たしか4歳の頃に魔族だと打ち明けられてしばらくの頃はあまり眠れなくて、毎晩こんな感じでしたっけ。

 

 ……それで、そっか。

 私は、ソリテールと言った魔族の魔力にあてられて崩した体調を、ナイオン様に隠し通せなかったんですね。そのうえ眠ってしまって……

 

 

「ママ……」

 

 

 私は、暗いのが怖いです。

 呼んだって夢の中までナイオン様が来る訳がないのに、毎回こうして呼んでしまう。

 

 ナイオン様を"ナイオン様"と呼び始めたのは、割と最近のこと。

 初めは本当にナイオン様のことを自分のママだと思っていました。物心ついた時から一緒にいて、お乳も飲んだ覚えがあって、いつも優しい顔をしてくれていたから。

 でもある日にナイオン様は『初代様』の姿を晒して、魔族である事を私に打ち明けました。

 ……勝手に推察するなら、たぶん母親として見られ続ける事に抵抗があったんだと思います、だって本当の母親じゃないから。ナイオン様はそういう、仕方のない人なんです。

 

 その時に、私が魔物に襲われた村の生き残りであることや、私の本当の母親が軒屋に潰されて死んでいたことを聞きました。

 当時赤子だった私が、本当の母親の最後の力で、崩れた軒屋からすんでのところに逃れていた事も。

 

 ナイオン様は、はっきりこう言ったんです。

 

 

 

(リリィ)を本当の意味で救ったのは君の母親だ』

 

『私は赤子の()き声に呼び寄せられ、そこに落ちていた命を攫っていったに過ぎない』

 

『確かに赤子だったリリィを魔物の蠢く村だったものからすくい上げはしたが、それはリリィが自ら呼んだ運であって、私が聖人君子であるという事は決してない』

 

『私は君だけを拾ったんだ、その時にはまだ、死に損ないでも生きている大人が他にいたのに』

 

 

 

 ──だから、望むなら君を人間の世界へ返す。と

 

 

 私はその言葉を聞いて、後にも先にも初めてナイオン様の頬を引っぱたきました。

 その時のナイオン様の驚きようは忘れもしません。

 

 手を上げたのは、ナイオン様が魔族だったからでも、それを隠していたからでもありません。まして他の人を見捨てたからでもない。

 

 ナイオン様が自分を責めていたからです。

 

 

 ……夢だからですかね、昔の記憶が出てきやすいというか、きっと久しぶりにナイオン様に甘えてるから、甘えてた頃の記憶が出てきてるんでしょうね。

 

 

 あの時のナイオン様は自分を魔族(化け物)だといってまで、あからさまに私を遠ざけようとしていました。偽物なのに母親扱いされ続ける罪悪感に堪えられなくなっていたんだと思います。

 

 

 でも、断言します。

 私のお母さんは、ママは、ナイオン様だけです。

 

 

 産みの親がなんですか、顔も知らない人なんです。せいぜいが死の間際に私を守って、"命を産んだ責任を果たしてくれた人"くらいにしか思ってあげられませんよ、だって知らないんですもの。

 悪い感情が湧くことは全くないですけど、良い感情だって持ちようがないんです、ごめんなさい。

 

 だから私のママは、母親は、ナイオン様です。

 ナイオン様は魔族がどういうものであるかを教えてくれました。魔族の吐く言葉に真実はなく、信用は成らず、本物の情を持ちえない魔物だと。

 

 

 それがなんですか。

 私はちゃんと愛情を受け取ったんです。

 ナイオン様はそれを他人の模倣だとかどーとか言ってましたが、知りません。

 赤子を魔物から守って育てて、お乳をあげて家に住まわせて知識を与えて、外で遊ぶ時はいつも一緒で、嫌な顔ひとつせず色んな事をさせて、おねしょにも怒らないし子守唄も歌ってくれる……長いこと乳離れが出来ない子供のぐずりに夜遅くまで付き合ってくれる。

 料理が致命的にクソな事を除けば、ナイオン様は立派な母親です。

 

 

 ……ナイオン様の告白に返すようにこう言ったら、ナイオン様はしばらく固まっていましたっけ。

 

 それからナイオン様は母親の形を取らなくなりました、怖いだろうからと『初代様』でもなく、私と同じくらいの女の子になったんです。

 そして言いました。

 

 

『リリィは私の想像をはるかに超えて立派に成長した、母親はしばらく休業するよ。でも甘えたくなったら、いつでも昨日のように呼んでおくれ』

 

『──私は君の……リリィだけの母なのだから』

 

 

 ……なのでまぁ、しばらくナイオン様へのママ呼びが抜けませんでした。

 

 

 

 

 ……そっか、だからこの記憶なんですね。

 私だけのママのナイオン様が、ソリテールとかいう女にママ呼びされてムカついてたから、この記憶が出てきたんですね。

 

 ……それから、貴方も。

 

 

「お久しぶりですね、初代様」

 

 

 前も後ろもない、真っ暗な夢の中。

 夢を夢と認識できる時にだけ現れる『初代様』。

 相変わらず周りの暗さに同化しすぎですけど、この人が昔言った事によれば、こういう夢は夢としては浅いせいで、子供の健康には良くないのだとか。

 

 だから昔から、『初代様』がくると夢が終わって目が覚めるか、より深く眠るかのどちらかでした。

 今回もそうなるだけでしょう。

 

 

 ──でも、今回は、もう少しだけ

 私は貴方と話してみたいんです。

 

 

「……ふたつ、教えてください」

 

 

『初代様』は頷きを返してくれました。

 なら、と私は暗闇に一歩を踏み出します。ナイオン様の事をもっとよく知るために。

 だって旅に出るんですから、いつまでも子供や弟子のままではいたくありません。旅の仲間として、いつかナイオン様を助けるために、私はもっとナイオン様を知らなくちゃならないんです。

 

 

「教えてください初代様、ナイオン様は自分を分ける魔法をお持ちです。宝具と呼んでいましたが、私も今まで軽く聞いた事と"ジュワン"さんを見たきりしかなくて、ようやく今日ちゃんとそれを目にしました。私だって魔法使いの端くれですから、ナイオン様が特別に宝具と呼ぶあの魔法がとんでもない事くらいは分かります、だからこそ──」

 

「ナイオン様は、今幾つに分かれているんですか?『初代様』もナイオン様なんですか?……私の知るナイオン様は、何人目なんですか?」

 

 

 私の問いに『初代様』は暫く沈黙して、ふいに首を少し傾けて、ナイオン様と同じ声で答えました。

 数え切れないほどに聞いたものと同じ声のはずなのに、全く別人のように冷たい声で。

 ナイオン様も割と口調や一人称が頻繁にブレる人ではありましたが、それはどれとも異なるものでした。

 

 一番近かったのはナイオン様が宝具を使う時の声、聞く人が怖いと思っているものを無理矢理引きずり出されるような、魔族(理外の怪物)よりも怖い声。

 

 

『……それでは3つだよ、リリィ』

「…あっ」

 

 

 ……でも、気のせいかもしれないけれど、どこか微笑んでいるようにも聞こえました。

 もうそれだけで、私の質問のうちひとつは答えが貰えたようなものだったのです。

 この人は、私の知らないナイオン様だったんです。

 

『その通り、私もナイオンだ。間違っても『初代様(山の翁)』ではない、生まれた時の形が似ていて、人に聞かれて咄嗟に答えた名前だ。でも君の知るナイオンではない』

「……そんなに私って顔に出てますかね」

 

 あたり前みたいに考えてる事に答えられてしまいました。てっきりナイオン様が特別付き合いが長いから出来ることだと思っていたのに、違ったみたいです。

 あ、『初代様』が笑ってる、ちょっとかわいい。

 

『安心しなさいリリィ、私が特別人の心を読むのに長けているだけだよ……最後のにはノーコメントだ』

「ぶー……」

『そう不貞腐れるものじゃない。そら、君が目覚めるまで時間もないから、手短に答えてあげよう』

 

 ……そういうなら仕方ありません。

 はい、座を整えて聞きます。

 

『……上も下もないのに、器用だね』

「ナイオン様の特訓の成果です」

 

 たしかに、この夢の空間は上も下も右も左もない真っ暗闇。かろうじて前に『初代様』がうっすら見える程度です、明かりなんてない。

 でもナイオン様の地獄みたいな特訓のおかげで、空間把握は常人より長けているつもりですから。

 座るくらいなんて事もありません。

 防御魔法だって3枚は操れるんですから。

 

 

『……そうか、よく頑張ったね』

 

 

『初代様』の手が、ゆっくりと私の頭のてっぺんへ伸びてきました。きっと撫でてくれるのかな、と思ったのですが、途中で止まってしまいました。

 

 

『……すまない、これはナイオンの役割だ』

 

 

 ……別に、同じナイオン様なら気にしませんけど。

 

 

『私が気にするんだ、例え源流を同じくするものでも分かたれた以上は異なる役割をもち、その個体が終わるまで交わる事はないんだよ』

「…よく分かりません」

『それでいい、話をはじめようか……まぁ、すぐに終わるけどね』

 

 

 

 

 

『──改めて、私はナイオンでありナイオンではない。君達がナイオンと呼ぶ魔族は10年前まで名前を持たず、ハサンや山の翁などと、名前とは呼べない呼び名しか持っていなかった、それも偽名だ。咄嗟に名乗る度に罪悪感しか持てなかった』

 

『それが()()()自らを分けたのは今から10年前のこと、ある赤子を拾った時のことだ』

 

『それまでの私は、何せ数千年以上生きていたせいで生物らしい感情どころか思考さえ忘れてしまっていてね、ただただ放浪しては偶に不快な物*1を斬るの繰り返しだった、首を断つのは晩鐘が指し示した者のみと決めていたから、あまり殺しはなかったけれど』

 

『かつては適当な王家の困り事を解決したりもしていた私だったが、その時には元の根無し草に戻っていてね。偶然だったんだ、赤子の泣き声を聞いたのは』

 

 

 ……10年前の、赤子。

 それって

 

 

『そうだよ。私が私となり、ナイオンがナイオンになったのは君を拾ったからだ。君のおかげで私は人間らしいものを思い出し、人らしい部分(ナイオン)とそれ以外を分けることが出来たんだ』

 

『だから、君には感謝している』

 

 

『ナイオンが何人目かと聞いたね?安心していい、ナイオンが1人目だ。もっとも源流(本体)は私の方なんだが……いつか夢以外でも会えるといいね』

 

 

 驚き……よりも、納得が強かった。

 そりゃあナイオン様が数千年以上も生きている事には驚きましたが、どちらかというとそんな長い間あのナイオン様が退屈せずにいられたのかと心配になったくらいで、むしろ数千年も1人だったくせに私生活が終わりすぎている事に困惑したというか。

 ずっと根無し草だったら、そりゃあ石をパンに水をワインにできる魔法をすごいと言うはずだなぁとか。

 

 ナイオン様が、魔族であるにも関わらず(人間)とさしたる衝突もなく生活出来ていたのは、そもそも最初から魔族らしい部分を削ぎ分けていたからだったんだと、納得できました。

 無理をさせていないかと、心配だったので。

 

 

 

『それから、今にナイオンが別れている数は全部で6つだ。ちなみにその分だけ本体の私は弱体化している』

 

 

 あ、ナイオン様の分身ってそういう仕組みなんですね……すごく強そうだけどデメリットはあるんだ……

 

 

『まぁね……その6つだけど半分君はもう知っている。まずは本体の私、ナイオン、そしてソリテールに放った呪腕。残る3つは適当な集落に置いてきた【少女】と【静謐(せいひつ)】、そして【アズライール】という』

 

『【少女】は普通に少女だ、戦闘力も能力も魔力もない。気まぐれで他の分身()と一緒に置いてきたんだが、そっちは壊されて独り残っているだけだ。これは気にしなくていい』

 

 

『【静謐】は北部高原のヴァイゼという都市にいる。あそこには人類の悪意や罪悪感から人を知ろうとしている物好きな魔族がいてね、だから人類からの愛に飢えた【静謐()】を置いてきた』

 

()の魔族は全く人類悪などではないが、人類に関わろうとする悪と愛、相反するものがあれば互いに得られる物があると議論した結果だ』

 

 

 

『そして【アズライール】。これは基本的に大陸の最北端、魂の眠る地(オレオール)に居るが…たまに南下する事がある。私の物理戦闘力のほぼ全てを持っていったからすごく強い、何千年と剣を振り続けた全て(信仰)が詰まっている。会わないことを祈った方がいい、それくらいしか出来ることがないからね』

 

 

 ……な、なんというか最後の人だけすごく物騒なんですけど。あとなんですか愛に飢えたナイオン様って、そんなのすっごく話してみたすぎます。

 

 

『死ぬからやめておきなよ、【静謐】も【アズライール】も割と話が通じないからね。見た目や在り方が偶然近くなっただけなのにまるで本人みたいなんだ、私のイメージが原因かもしれないけれど……名前も借り物なのにね』

 

 

 ……本人?

 

 

『こっちの話だ、忘れておくれ』

 

 

 

 あまり触れられたくない話題だったのか、初代様はそっぽを向いてしまいました。

 なんだか仕草がときおり子供っぽくて、確かにナイオン様なんだなぁって感じがします。

 

 でもそこで、私の体がふんわり持ち上げられる感覚がしました。

 ……どうやら起きる時間みたいです。

 

 

「……もうちょっと、お話したかったです」

『そう残念がる物じゃない、子供はゆっくり眠るべきだ。それに今後も会う事はあるだろう、願わくば起きている時に』

 

 ゆっくりと、初代様が小さくなっていきます。

 私の体は水底から浮かんでいくように上へ上がり続けて、抗いがたくて、陽の光が差し込む水面に触れる。

 

 

 ……でも、あとちょっと、ちょっとだけ!

 

 

「あの!初代様!」

『うわっ、水面押し掴んで耐えてる、すご。なんつー好奇心、やっぱり魔法使いの才能あるよ』

「なんでもいいです!あのっ、なんで初代様は私の夢に出てこれるんですか!?」

 

 

 これはずっと気になっていたこと。

 今までは初代様を、ナイオン様が初代様と呼ぶ姿とおなじ見た目が夢に出てくる程度の認識しかありませんでした。けど話してみて初代様もナイオン様だとわかった今、どうして初代様しか夢に出てこないのかと思ったんです。

 私は6人のナイオン様みんなとお茶がしたいんです!

 さぁ!答えてください初代様!

 この姿勢きついので!あまり耐えられないので!もう指先が出ちゃってるので!

 

 

『……すごいね君』

 

 

 今そういうのいいので!

 あぁもう無理に起きるのを耐えてるからか息苦しい!本物の水の中にいるみたい、苦しい!

 

 

『分かった分かった、これ聞いたら起きるんだよ?』

 

 

 起きます!起きますからはやく!

 

 

 

()()と君の魔力回路には縁が結ばれているんだ、だからお互い見失う事がない。もとは赤子の君を見守り育てるためのハーネスだったんだけど、霊廟にいる私はそれを利用して君に接触できるんだ。……あぁそう、ちなみにもし君に何かあれば、どこにいようと私達()()にそれが届くからね』

 

『私達が一番最初に分かれた理由である君に対して、全ての私達はナイオンと感情を共にしている。寝起きの土産に聞いていくといい』

 

 

『この世全ての私が、君の味方だ』

 

 

 

 

 

 

「……おはよう、リリィ」

 

 

 目が覚めると、久しく見られていなかったママの顔が私を覗き込んでいました。

 角やら鎧やら、本当にどうやって隠しているのか教えて欲しいです。というか前に見た時は結びもしていなかった鮮やかな果実色(ペイルブルー)の髪が、太めの一束になって左肩にのせられています。

 なんというか、アレですね。

 

「おはようございますナイオン様、未亡人みたいですね」

「どこで覚えたんだいそんな言葉」

 

 どこを切り取って見ても、悲哀な空気を纏っている婦人にしか見えません。そう例えるなら夫を失ったあと魔物に(ごう)か──

 

「待って?待って?」

「あぎゃっ」

 

 ナイオン様が言葉を遮って、私の頭を両手で鷲掴みにしてきました。なんだか頭の中がムズムズします。

 

 

「……あー、あの本を読んだのか。調味料の買い出しついでに遠方で適当に買った娯楽小説、あんまり面白くなかったから高い所に追いやっていたのに。魔法で取ったんだね?」

「はい。確かに面白くはなかったですね、でも役に立ちそうな知識もありました」

「そうだったかなぁ、数ページで読むのやめちゃったから覚えていないや」

「……少なくともお金払って買った本なんですよね?お金使いが荒いのも大概にしてくださいよ」

「そうかな?じゃあこれも怒られてしまうかも」

 

 

 私の頭からパッと手を離したナイオン様は、どこからともなくガラス製の器に盛り付けられたパフェを取り出してきました。

 それも赤青黄色…見ているだけで目が幸せなほどに果実たっぷりの宝石の塔。

 

 どこから……なんて考えるまでもありません。ナイオン様は影に色んなものを入れられるんですから、足元とは言わず体にできた小さな影も出入口なんでしょう。

 それは、ともかく、

 パフェ……!

 パフェ…………!!

 パフェ………………ッ!!!

 

 

「ヨダレおちるよ?」

「……ハッ!ジュル」

 

 ……いけません。

 森では全く見た事のない、それでいて絶対美味しい食べ物を前にして理性が飛んでいました。

 パフェ……本で存在は知っていましたが、いざ実物を目にするとこんなにも惹かれるものだったなんて。

 なによりナイオン様が、私のために。

 

「お金使いなんて荒くていいですね」

「さっきと言ってること変わってない?」

「知りません」

「食い気味……」

 

「……あの、食べさせてもらえませんか?」

 

 

 パフェという見るからに素晴らしいもの、冷たくて甘くて美味しいという食べ物。是が非でもこの火照った体に取り込みたい。

 ……そう、火照ったこの体に。

 

 ──ダメですね。気合いでいけるかと思いましたけど、ぜんぜん体が重いです。起き上がれそうにもありません。

 

 

「いいよ、起こしてあげるから」

「相変わらず私の考え、分かるんですね」

「今のは読んでいないよ。娘の不調くらい見てわかるさ、私は母親だからね」

「……ちょっと見直しました」

「ダメだとは思われてたんだね……」

 

 

 苦笑いをするナイオン様。

 それでもやっぱり、料理と自生活以外は完璧なお母さんなのです。

 

 ナイオン様の手を借りて体を起こすと、ようやく周りが分かるようになりました。

 自分が寝かされていたベッド、氷の溶けきった氷嚢と水桶、汗を拭き取るのに使ったであろう布、自分が看病されていた痕跡。

 左手には変わらずナイオン様がいて、髪の毛の1本が手の形になってパフェを保持しつつ、自分の両手で私を支えてくれている。その奥には部屋の扉が見えます。

 右手には小さな縦長の窓があって、直接陽の光が入ってくる事こそはないものの、外の明るさと人の往来の多さ、賑やかさが見て取れました、誰もがジョッキを握っています。

 

 私は、宿に寝かされていたのです。

 それも大きな街の。

 

「交易都市ヴァルムだよ、リリィ」

「……えっ」

 

 普通に耳を疑いました。

 地理に詳しい訳ではありませんが、ナイオン様と暮らしていた南の森はもちろん、この大陸の大雑把な所は知っているつもりです。大きな街が大陸のどの辺にあるかとか。

 交易都市ヴァルムは名前の通り流通の都市で、聖都からほど近く、大陸のそこら中から調度品やら調味料やらとにかく珍しい物が流れてくる夢のような場所で、何より南の森からは馬車でも1週間はかかる遠い場所……だったはずです。

 

 目が覚めたら、そんな場所に……

 私は一体、どれだけ長い間……!?

 

「いや2時間位しか経ってないよ」

「2時間!?に、2時間!?」

「空飛んで来たからね。ここ(ヴァルム)に来るまで30分、宿をとるのに30分、パフェを器ごと買い取れるよう交渉するのに1時間かな」

 

 パフェの方が時間かかってる……!?

 空を飛ぶだなんて、イメージもつきません。

 でも1時間も1人にしないでくださいよ。

 

「わぉ、頬っぺたがぷっくりしてる。髪を結んで行ったから大丈夫だよ」

「大雑把な……」

「髪で遠くから看病しつつパフェ買ってきたから」

「ちょっと気持ち悪いです」

「ひどいっ!?」

 

 ──というか、あの、その、はやくパフェが食べたいんですが……もう我慢できそうにないんですが。

 

 

「…ん、あぁ、そうだね、ほら」

「わっ、わっ、つめたい……!」

 

 

 ナイオン様から手渡されたパフェは、一片の濁りもない透き通ったガラスの器越しでも雪のように冷たくて……いいなぁ、いいなぁ。

 私の両手にパフェがあって、ナイオン様手ずから、スプーンにすくい上げられたクリーム色の山が私の口に……。

 

 

「はい、あーん」

「あー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りりぃ、いい加減戻ってきておくれよぉ……」

 

 

 …………え?

 ……ナイオン様?どうして今朝みたいな顔を?

 …あれ?ここにあったパフェは?

 は?

 

 ──はっ!?

 口の中に残る確かな甘み、何より全身に行き渡り満たされた幸福感、そして"食べ終わってしまった"という喪失感だけが残っている、この感覚ッ!

 私は……パフェの美味しさに魅了されていた……!?記憶を失い、その間ナイオン様にあーんをさせ続けるほどに!

 

 パフェ……恐ろしい子ッ!!!

 

 

「あの…ナイオン様……?ごめんなさい……」

「や"っ"と"帰"っ"て"き"た"ぁ"ぁ"ぁ"、普通に怖かったよぉ、瞳孔ガン開きでひたすらおかわり要求してくるんだもんんんっ」

「…は、はははは」

 

 

 しばらく、甘味は控えようと思いました。

 

 

 鼻水ズビズビたらして嗚咽するナイオン様を直視する事ができず、何かないか何かないかとあたりを見渡していると、すっかり日が傾いているのが窓から見えました。

 ……もう何も言いません。

 

 でも、それにしてはずっと外が賑やかです。

 いくら交易都市とはいえ、そう何時間も聞き耳を立てるまでもないほどの賑やかさがあり続けるものなんでしょうか……?

 そういえば外にいる人みんな、昼からお酒を飲んでいたような……交易都市って酒カスの街だったんですか……!?

 

「彼らの名誉の為に言っておくと違うよ」

 

 あ、ナイオン様が直った。

 

「少し前に魔王が勇者に倒されたらしいからね、いまやどこでもどんちゃん騒ぎだよ」

「へぇー…」

 

 なるほど魔王が……。

 そりゃあ、この先平和になると分かれば浮かれる気持ちもわかります。交易都市ですから、交易を商いにしている人とかは搬送路で魔物に襲われる心配が減るとかで浮かれているんでしょうね、そうでない人もとにかく嬉しそうです。

 若い人もそうですが、年老いた人が何より嬉しそうに飛び跳ねているのが見えます。

 へー……

 

 

「反応うすくない?」

「まぁ……知らない人ですし……強いていえば、その勇者って人とナイオン様が会ったらまずいのかなぁってくらいです」

「それもそっか。勇者については魔王討伐の報せが早馬で届いたばかりらしいから、勇者が戻ってくるには1ヶ月ってところかな。リリィの体調が良くなったらこの街を離れるから、会うことはないよ……会いたい?」

「いや全く」

「勇者はイケメンらしいよ?」

「男を選ぶ時は金とモノ(gun)のデカさで決めろと本に書いてありましたから、いいです」

「やっぱあの本燃やしとくべきだったな」

 

 

 ……まぁ、それはさておき。

 私は窓のカーテンを閉めて、ナイオン様の袖をつかみます。……面と向かってするのは、もう、その、恥ずかしい歳だと分かってはいるのですが。

 

 

 

「もうちょっとだけ、甘えていいですか?」

 

「……いいよ、今日はもう寝ようか。一緒に」

 

 

 

 柔らかいベッドに、美味しいパフェ。

 2人っきりの空間で、家ではない特別感で、夜でもないのにごろごろして。

 何よりママに包まれて、眠る。

 

 旅というには、あまりに甘くて優しいスタートをするのでした。

 

*1
例:ソリテール





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