「私は何度でも繰り返す」
彼女は再び時を巻き戻す。
そして、いつも通り、今までそうだったように病院のベッドの上で目を覚ます……はずだった。
『やあ、はじめまして』
聞こえるはずのない声が聞こえた。いつの間にそうなっていたのか、見渡せば真っ白な、真っ白なだけの景色が広がっていた。
先ほどの声はどこから聞こえたのだろうか?今見えないということは後ろか?
そう思って彼女は振り返って見るものの、やはりそこには白い景色が広がるだけで声の主は見当たらない。一体どこに隠れているのだろうか?
『おや?』
戸惑った様な声がどこからともなく聞こえてくる。
『ああ、そうか』
続いて、何かに納得したような声が彼女の耳に届く。
『あの少年が規格外だということをすっかり忘れていた。悪く思わないでくれ、何せ僕が此処に招いて関わった者が一人しかいなくてね、比較する対象が居なかったのさ』
わけのわからないことを喋りだした。声が聞こえてくる間にも、彼女は周りを見回してみるが、やはり声主の姿は見つからなかった。
『見ようとしたって見つけられないよ。逆に言えば、たとえ目が見えない人間でも僕を「視る」ことはできる。ほら、感覚を研ぎ澄まして気配を探ってごらん?』
言われた通り、彼女は見回すのをやめ、目を閉じてから気配を探ってみる。
「!?」
思わず彼女は目を見開く。
「ソレ」は隠れてなどいなかった。自分と5,6メートルほどの距離を置き、目線より少し上に浮かんでいた。必然。彼女はその声の主を見上げるような形になっているのだろう。
だろう、というのは、立っている地面も、見上げている空も、そして目の前の声の主も、そのすべてが真っ白だからであり、天地すらはっきりしないからだ。
彼女には知る由もないが、一番最初にここに招かれた或る人外は、当然のように目の前の存在を捉え、そして「白いのか黒いのか、人なのか人でないのか分からない存在」とソレを表現している。
しかし、彼女はその人外のように視覚でその存在を認識することは出来ない。声の主を見上げてはいるものの、実際に目で見ているのではなく、ソレが放つ圧倒的な存在感を認識しているに過ぎない。
彼女の認識では、ソレは背中に表現のしようの無い白い何かを背負った、目も口もない真っ白なだけの人間のように映った。
「あなたは………「誰」なの?」
彼女は声の主に質問する。
『うんうん。普通そうだよね、それが通常の反応だよね』
なぜか、ソレは満足げな声を出してしきりに頷いている。
『いや、あの少年は最初の質問が「どこだ?ここは?」だったし、しかも僕の名前なんてどうでもいいとか言いやがったからね。うん普通の反応に僕感動!』
聞いてもいないことをソレは喋りだした。少なくとも自分よりも前にここに来た人物がいるようだ。
『あ、話が脱線したね、ごめんね』
そいつが真っすぐにこちらを見た気がした。気がしたというのは、当然目で見えているわけではないからだ。
『僕の名前は「アドレナク」。はじめまして、暁美ほむら』
「………何故、私の名前を?」
『そうだね、胡散臭いかもしれないが……僕は一応これでも「完全な存在」だからね』
当然のようにソレは言う。自分が「神」だと宣言したのだ。
だが、暁美ほむらはなぜかそれを疑わなかった。いや、逆に納得できるほどである。
「ここは……どこなの?」
何の目的でアドレナクが自分をここに引き入れたか分からないため、声には警戒の意が込められていた。
『死後の世界……と言いたいところだけど、正確にはここは僕が統括する「世界」だよ。もっとも、僕はここに命ある者が存在することを本来は許さないけどね?』
君は特例さ。とアドレナクは付け加えた。
特例……即ち、当然のことだがアドレナクは自分に用があってここに呼んだのだと暁美ほむらは理解した。だからこそそれを素直に問う。
「何故…私をここに?」
『こちらにも事情があってね。君には本来の目的、鹿目まどかを魔法少女にしないという目標を果たしてほしい』
言われなくてもそのつもりだが、何故アドレナクがそんなことをいうのだろうか?
『その代わりと言ってはなんだが……「ワルプルギスの夜」を倒すのを手伝ってあげよう』
「あなたがそれをして何になるというの?」
『うん?僕がやるわけじゃあないけどね。いずれそちらの世界に今までの「繰り返し」では現れなかったイレギュラーが出現するはずだ。それに任せておけば少なくとも「ワルプルギスの夜」程度はどうにでもなるよ』
違和感を感じた。初めから、アドレナクは自分の目的を話す気などないようだ。
『残念だけどね、教えてあげたくても出来ないんだよ。それを教えるのは今回の「繰り返し」の結果を教えるのと同じことになってしまうからね?』
「…………」
納得はできないが言っていることは理解できた。今回の結果を自分が知ってしまうことには問題があるらしいと暁美ほむらは理解する。
「わかりました……まどかが魔法少女になるのは必ず止めます」
どうやら自分は今まで通りに行動すればいいようだ。アドレナクの言っていることは、これからの「繰り返し」に本来は居ないはずの奴がいるからそのつもりでいろということなのだろう。
『うん、それじゃあ…もう行くといい』
その言葉が終わった次の瞬間には、暁美ほむらはこれまで通り、ベッドの上で目覚めていた。