「成程…あんたが噂のイレギュラーって奴か…」
油断なくほむらに対し槍を構える杏子、その背後に、何の前触れもなく討也が降り立ったのを、杏子以外の全員が気づいていた。
「ちなみに俺がそこの小動物が言うところの厄介な奴だ」
「!?」
いきなり後ろから声が掛かったことに驚いて杏子は慌てて振り向く。
そこに立っていたのは黒いコートを羽織った、赤い眼の、幼女を肩車した少年だった。
「いや、色々とおかしいだろ」
思わず突っ込む。討也の少し後方にさらに巴マミが着地したのを杏子は見ていたが、それどころではなかった。
ちらりと、マミが下りてきたのを確認した討也は、首をかしげつつ。
「いや、おかしいのは幼女を肩車して登場したって事だけだと思うけど?」
本人も自覚はあるらしい。
と言うかそれだけでもう突っ込む要素としては十分である。
「何をしに来たのよ貴方?」
このままでは話が進まなくなりそうなのでほむらが嫌々オーラ全開で討也に話しかけることにした。
「あー、キュウべえを探しに来た」
そう言って討也はまどかの方に向き直る。正確にはまどかの肩に乗ったキュウべえに。
『僕の名前覚えてくれたんだね!!』
「は?なんで嬉しそうなの?ハチべえ君、自分が前回名乗っていない事すら忘れちまったのかよ?」
めんどくさそうな表情で討也がキュウべえの言葉に返す。自分から探しに来たと言ったにもかかわらずひどい態度だ。
『!?そういえば……そうだね、成程、僕に気付かれず僕らの詳細を把握するってアレはハッタリじゃなかったのか。ねぇ、ところでなんでボクの名前ハチべえになってんの?』
「いちいち細かいことを気にするなよ、シチべえくん」
『数字が一個づつ減ってることには何の意味があるの!?』
「お前と会話できる回数だ。ゼロになるとお前達は死ぬ。おk?ロクべえ?」
『カウントダウンやめてよ!とりあえず僕を探してたんだよね?用件を教えてよ!殺されるのは御免だ』
本来、一個の個体が殺される程度ならキュウべえ達にとってはどうと言うことは無い。しかしながら、討也はちゃっかり「お前達」と言っているのでもしかしたらインキュベーターを全滅させかねない。できるのかどうかはキュウべえには分からないが、出来たとしても不思議ではないとキュウべえは判断した。
まあ、半分以上冗談だと信じているが。
「ちょっと待てよ!いきなり割り込んできておいてなんなんだよお前!」
このままだと有耶無耶にされそうになったので、杏子は慌てて一人と一匹の会話に割って入る。
ちらりとこちらを見た討也は、盛大に溜息をついてやれやれと首を振りつつ言った。
「少し話が終わるのを待ってくれよあんこちゃん?そんなこともできないのかい?これだから最近の若者ってのは…」
「だれがあんこだ、きょうこだ!」
「そんなことどうでも良いだろ?」
「人の名前をどうでもいいだと!?」
正論である。
「分かったよ、この小動物との会話が終わったらお兄さんが相手してあげるからそれまで飴ちゃんでも舐めて待ってなさい」
そう言ってポケットから飴を出して投げてくる討也。
「いいなあ」と肩車されているなぎさが呟いた。討也の影響を受けているのか、この発言相当空気を読めていない。
さやかなら、「いらんわ!」とか言いながら地面に叩きつけていそうだが杏子は受け取ったまましっかりとキープすると。
「お前あたしの事をナメてやがるのか?」
ギロリと、鋭い視線で討也を睨む杏子。ビクッとまどかが身を竦ませたが、討也は何事もなかったかのようにキュウべえを見ると、なぎさを指しながら言った。
「お前、この子の事は当然知ってるよね?」
キュウべえの首が少しだけ上がる。
何やらいきなり真面目な話題になったためか、その場にいた少女は、全員黙って会話を聞くことにした。
『ああ、知っているよ。でもおかしいな、どうして人間になっているんだい?』
キュウべえの声も少し険しいものになる。
「別に、大したことじゃあ無い。単純に巻き戻した、それだけだよ」
まあ、記憶の方は巻き戻してないけどね、と付け加えておく。
『……………』
成程、とキュウべえは黙り込む。理屈は分からないが、どうやら魔女を魔法少女のさらに前、人間としての状態に巻き戻すことが目の前の少年にはできるらしい。
だが、重要なのはそこではない。いや、ソコも重要なのだが、問題はこの巻き戻しがどの程度の範囲にまで影響を及ぼせるかだ。もし世界全体なんてことになったら、この少年は一瞬でこの世界から魔女と言うものを消し去ることができる事になる。
ふと、ファミレスの中での会話を思い出して、世界を滅ぼすのと、世界全体の魔女を全て人間に戻すのはどちらが大変だろうとキュウべえは考えた。
「うん、どんな反応するかと思ったけど別に面白くもなかったな」
なぎさを下ろしつつ、討也はつまらなそうな顔をした。
「ああ、そうだ、ひとつ教えておいてあげよう。使い魔から魔女になったタイプの魔女はグリーフシードは落とさないよ、覚えておくといい」
ゆらりと、振り返り杏子を見る討也。
「は?」
「君に言ってるんだよ、グリーフシードを落とすのは、君たちも知ってるとある者たちから成ったタイプの魔女の方さ」
さて、と討也は訳が分からないという顔をする全員を放っておいて、一歩前に出る。
「まあ、答えは気が向いたら教えてあげるよ。で?俺は君になんて用は無いけど、もう帰っていい?」
「ふざけんな、その意味ありげな発言の答えを教えてもらうまで帰せねーな!」
ふざけた態度の討也に、杏子は槍を向ける。
討也はつまらなそうな顔をした後に、楽しげな笑みを浮かべ。
「まあ、いいか。うん良いだろう。よし、君もその気みたいだし、知りたければ力ずくで教えを乞いに来い、くははははッ」
油断なく、槍を向ける杏子に対し、黒い少年は楽しげに、無防備に、嗤った。