一歩、踏み込む。
それと同時に手にした槍を高速で、必殺で突き出す。
躱せるはずもないし、そもそも目の前の少年は躱す動作にすら入れなかった。
―――勝った!
勝利を確信する杏子。しかしながら彼女は知らない。
目の前の少年は、少年の姿をした人外は、そもそもそれを躱す必要すらないのだという事を。
ガチリ。
人間の身体に当たったのならば、本来するはずのない音が鈍く響いた。
「!?」
そして、人間を刺したものとは異なる手ごたえ。
ピシリと、音を立てて杏子の槍の刃にヒビが入る。
その様子に、杏子だけでなくその場にいた少女が全員息をのむ。
キュウべえですら無表情のまま口をボーっと開けている。
その顔怖いよ。
「ほらほら、驚いでる暇はないぜ?」
その声に槍から視線を上げた杏子は、討也が拳を振りかぶったのを見て取った。
慌てて後ろに飛んで下がる。
拳を振りかぶっただけならば、攻撃の射程外に逃れてしまえば問題は無い。わざわざ当たりもしない拳を突き出したりするバカは居ない。
常識的に考えればそれは当たり前のはずであり、後ろに飛んでやり過ごそうとした杏子の判断は的確である。
もっともそれは常識的に考えたらの話だ。
杏子の最大のミスは、討也がその常識の範囲内だと判断したことである。
討也にはそもそも常識なんて通用しない。存在からしてギャグみたいなものである。
故に討也はそのまま拳を突き出した。
杏子たちからしてみれば、振りかぶった状態の討也が、次の瞬間にはなぜか拳を突き出した状態に変わったように見えた。
単純に討也が目にもとまらぬ速さで空中を殴りつけただけなのだが、知らなければさぞかし不思議に見えるだろう。
それだけ高速で打ち出された拳からは強烈な衝撃波が生まれた。
拳が空中を叩いた音があとから響き、後ろに躱した杏子の身体をさらに後ろへ吹き飛ばす。
単純に吹っ飛ばされただけでなく、衝撃をもろに浴びたためか地面に転がり呻く杏子が立ち上がる様子はない。
「これでも手加減結構してるんだけどねぇ…」
その様子を欠伸をしながら眺めた討也は、もう終わりかとばかりにつまらなそうな顔をすると、完全に興味をなくした様子でそばに居たなぎさを抱え上げる。
どうやら帰ろうとしているらしい。
「待ちなさい……!?」
「遅すぎ、話にならん」
マスケット銃の狙いを討也ではなくなぎさに向け、強引に引き留めようとしたマミだったが、構えた瞬間には討也が鬱陶しい蠅を払うようなしぐさで投げつけたナイフにマスケット銃はあっさり両断されていた。
次の銃をスカートから取り出そうとするマミ、しかしながら討也にとってはそれだけの時間があれば簡単に相手を倒すこともできる。逃げることなどそれよりも容易い。
つま先だけで地面をトン、と叩く動作と同時にビルの頂上まで跳んだ討也は、少女たちが自分が視界から消えたことに気付くよりも早く次のビルの屋上へと飛び移っていた。
「さて、今日の夕飯は何が食べたい?」
「ハンバーグ!中にチーズ入ってるやつが良いのです!」
確実に討也から悪い影響を受けているなぎさだった。