「ねぇ、ツブテ。君は今、幸せ?」
「また、唐突だな」
馬車の後を追いかけるようにポップする狼の群れと対峙している最中、サチがこちらも見ずに話しかけてくる。
確か、28層にある狼ヶ原というエリアで見かけたことのある狼たちだった。
馬車の荷台から飛び降りると、馬車は道を行く速度を落としてくれるので、狼を追い払っては馬車に戻るという戦闘の繰り返しだった。
手にしたショートスピアで、飛びかかってきた狼の一匹にカウンターを叩き込む。
首から上を吹き飛ばさんとする勢いで突き刺さり、絶命の声を上げることもなく狼は無数のポリゴン片へと姿を変えた。
見れば、サチも盾で狼の攻撃を軽々と弾きつつ、隙をついてソードスキルを叩き込んでいた。
「少なくとも、この状況に幸せは感じない、かな!」
複数匹で攻撃されるのは、流石に対応が辛い。
薙ぎ払うようにして槍を振るうが、範囲攻撃を生かすだけのリーチを削ったオーダーメイドの武器のため、狼たちは深入りしようとせず、槍の間合いの向こう側でこちらを窺うようにしていた。
このまま放っておいて、≪遠吠え≫で仲間を呼ばれたら、さらに事態が悪くなる。
何とか一網打尽にする方法がないかと悩んでいると、俺を囲うようにしてゆっくりと歩み寄っていた狼の群れが、赤い閃光に飲まれて消えた。
それが、サチの放ったソードスキルだと理解するのに、たっぷり10秒は要したかもしれない。
片手剣で、あんなにも突進性能の高い大技を見たのは、初めてだった。
「えへへ、ツブテがうまく狼をまとめてくれたから、助かったよ。おかげで一気に片づけられちゃった」
ソードスキル後の硬直が解け、ふぅと一息ついたサチは、剣を腰に戻しながら、俺を見て言った。
部屋の掃除か何かでもしたかのような無邪気な物言いに、軽口を叩いて返すこともできなかった。
残った狼も三々五々に散っていき、少し距離の離れてしまった馬車を、二人でまた追いかけ始めた。
ほんの少しサチより速く走って、その勢いを殺さずに馬車へと飛び乗る。
荷台が音を立てて揺れるのも気にせず、振り返ってサチへと手を伸ばした。
「さっきの話だけどさ。こうやって、女の子に手を貸すときなんかは、幸せだって思うぞ」
「わ、キザな台詞。でも照れながら言ったら効果半減だね」
「それを言うなよ」
さらっと言ったつもりが、顔にはしっかり出ていたらしい。
「私もね、こうやって誰かと手を取り合っているときは、幸せだなぁって思うよ。でもね、本当に手を取り合いたい人とは、もうできないんだ」
隣に腰を下ろした彼女が呟く。
その横顔は、どこか寂しそうだった。
本当に手を取り合いたい人────友達だろうか、恋人だろうか、家族かもしれない。
「そう、悲観するなよ。今はこのアインクラッドも、三分の二以上が攻略されているんだ。この調子なら、いつかきっと現実世界に────…………ぁ」
過ぎ行く街道に目を細めていた彼女が、不意にこちらを向いた。
あぁ、そうか、彼女の語るその人は、現実世界に生きている人ではなくて。
この、デスゲームと化した浮遊城で、出会った人のことなのだろう。
そして、恐らく。
「────ごめんね、つまらない話をして。そうだ、得意武器のこととか話そうよ。そうすれば、連携もしやすくなるものね」
「ん、あぁ。そうだな、俺はさっきも使ってた槍を最近メインにしてて……」
さっきまでの表情を隠すように、柔らかくサチが微笑む。
話の続きを聞いてみたい気持ちもあるが、流石に出会って数十分の俺に、そこまで立ち入ることはできない。
振られた話題に、思案するような表情をつくるよう努めながら、俺は自分の戦闘スタイルについて説明を始めた。
馬車が、月夜の街道を行く。
「あ、見て。何だろう、あれ」
不意に、サチが声を上げた。
彼女の指差す方を眺めると、街道に植えられた木々の隙間から、何か白く大きな建物が見えた。
月明かりに照らされ、幻想的な姿を見せるもの。
「教会、かな?」
「うん、そうみた……わぁ………!!」
急に、視界が開けた。
並木道が終わったらしく、遠くに見えていた教会の姿が露わになる。
白を基調としたその教会は、ステンドグラスらしき大きな窓をいくつも備え、まるで大聖堂とでも呼べばいいような荘厳とした佇まいだった。
サチのような歓声こそ出なかったものの、夜闇に紛れず輝く教会に、息を呑まずにはいられなかった。
「────すごく、綺麗」
サチが、恍惚とした表情を浮かべる。
緩やかに後ろへと流れていく景色に、記録結晶の一つでも準備しておけば良かったと思ったが、今更言っても仕方がないことだ。
ならばせめて記憶に焼きつけようと教会を眺めているうちに、車輪の転がる音とは別の音が聞こえてきた。
聞いたことのあるメロディが、鼻歌交じりで微かに響く。
たしか、アメイジング・グレイス。
隣で同じように教会を眺めていたサチが、俺の視線に気づいたのか、雰囲気出るでしょ? と微笑んで、それからそのまま、歌い続けた。
再び木立に隠れ、目に見えなくなるまで、ずっと。
「ん、止まった?」
「みたいだね……どうしたのかな」
馬車が徐々に速度を落とし、ついには止まってしまった。
となると、ここからは歩いて行かなければならないのだろうか。
サチと連れ立って、荷台から下りる。
すると、視界の隅に、何かのカウントダウンらしいタイマー表示が現れた。
「何だろう、このカウントダウン」
「サチのところにも出てるのか」
「うん。二十分って出てるよ。この時間でダンジョンをクリアしろってこと?」
「いや、それは流石に厳しいだろう。あと考えられるのは……馬車が止まってる時間、とか?」
「あ、さえてるね、ツブテ。合ってるみたいだよ。ほら、ログ領域に」
タイマー表示が現れた右上とは対角に位置する左下のログ領域に、馬車二十分停車というメッセージが流れていた。
やや長めの休憩に、馬車を待たず先に進んだ方が早いのではないかという思いもあったが、それは俺個人で決定して良い問題ではない。
「どうする? このまま進むか?」
「んー、それも良いけど、せっかくだからこの辺を見て回りたいな。さっきの教会みたいに綺麗な景色が見られるかもしれないし…………だめ?」
「駄目だなんてとんでもない。お供仕りましょう、お嬢様」
「ふふ、だから、照れながら言っても効かないんだってば」
恭しく一礼してみるも、どうやらまたも顔に出ていたらしい。
頭を掻きながら、街道から伸びた小道の一本へと足を運
ぶ。
緩やかに下っていくその道の向こうに、何か湖のようなものが見えていた。
小道に沿って流れる川は、その湖から流れ出しているようだった。
隣を歩くサチが屈み、その川の水を一掬いする。
「冷たい。やっぱり、秋の水だね」
「わかるのか?」
「何となくだよ。えいっ」
「うおっ、ぷっ、冷たっ!」
「あはははっ」
サチに倣って屈んだところで、彼女は遠慮を微塵も感じさせない勢いで掬った水を俺の顔にかけてきた。
夜の外気のせいか、予想以上に冷たかった川の水に、堪らず驚きの声を上げてしまう。
サチはというと、そんな俺の姿を見て楽しそうに笑っていた。
むう、これは負けていられない。
「はっ、水のかけ合いで俺に勝負を挑むとはな。いいだろう、受けて立ってやっ…………サチさんや、格好つけてるときは最後まで格好つけさせてくれ」
両腕を組んで出来る限り凛々しい表情をつくったというのに、サチは第二撃を見舞ってきた。
見てろよ、笑っていられるのも今のうちだ。
アイテムストレージから≪ゴム風船≫を取り出して、小川のせせらぎを汲み集める。
本来はモンスターのマーキング用ペイント素材や、何か状態異常を引き起こす液体毒を入れて使うのだが、水を入れて使うことだって可能だ。
「……えっと、ツブテ? それってもしかして」
「サチの想像している通りだよ。水風船」
風船の口を縛って、軽く投げる。
手にしたときに震える水の音に、思わず口元がにやけてしまう。
「ど、道具を使うのは卑怯よぉっ」
なおも笑顔で、そんな捨て台詞を吐きながら、サチは小道を湖に向けて走って行った。
残念だがサチ、射程圏だ。
サチの頭に狙いを定めて、≪投剣≫ソードスキルの≪シングルシュート≫を放つ。
痛みがないよう、控えめに放ったその水風船は、吸い込まれるようにサチの後頭部へと着弾し、音を立てて水をまき散らした。
「うぅー! 濡れちゃったー!」
「はっはっは、これでおあいこだばっ!?」
ここまで届いてきたサチの悲鳴に、思わず高笑いしてしまう。
直後、腹部に鈍痛が走った。
足元に転がる、真っ赤なリンゴ。
「お返しだよっ」
どうやら彼女もアイテムを取り出し、俺に投げて寄越したらしい。
髪から水を滴らせながら、サチが嬉しそうに叫ぶ。
「おーけー、デュエルだな。へっ、受けてやるよ!」
川の水面が、大きな月を揺れ動かす。
鬼ごっこ日和の、良い夜だった。