SAOで読む銀河鉄道の夜   作:kujiratowa

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SAOで読む銀河鉄道の夜/第四夜

真っ直ぐに伸びた街道を緩やかに登っている最中、前方の景色を確認すると、道の先のやや小高いところに建物らしきものが見えてきた。

主街区で眺める転移門によく似た建物だった。

馬車の動きに合わせて、足元を確認しつつ飛び降りる。

慣性にバランスを崩しそうになるも、尻餅などつかずに両足でしっかりと地面を踏みしめ、先を行く馬車の横を送れずについていく。

王冠のデザインをそのまま大きくしたようなその建物には、プレイヤーとは別のNPCキャラクターが佇んでいるようだった。

目当ての商人NPCかと思い、期待に胸を膨らませながら馬車を置いて駆けだすも、段々とはっきりしてきたシルエットは、商人NPCとは全く違う、兵装姿の男のものだった。

どうやら、今回のインスタントダンジョン挑戦でも、商人NPCには会えないようだ。

軽やかだった足取りも途端に重くなり、すぐに後から変わらない速度でやってきた馬車たちに追いつかれた。

 

「どうしたんだい、ツブテ。そんなに慌てて」

「落ち込んでるね?」

 

馬車と馬とで挟むようにして声をかけてきた二人に、何でもないと首を振りながら、ややゆっくりと歩く。

普段、他人と一緒になることなどないこの場所で、別のプレイヤーと一緒になったことに、運を使ってしまったらしい。

だからといって二人を責めるなんて子どものような真似はしたくなかったが、結果として憮然とした態度を取ってしまったのも、また事実だ。

何か気の利いた冗談の一つでも飛ばして、仕切り直そう────そう思って、しっかりと前を向く。

進む二人を追いかける足に、少しだけ力を入れた。

二人は、NPCキャラクターと、何か会話を始めているようだった。

 

「ようこそ、≪ビークスター・バリステーション≫へ。通行証を拝見します」

「通行証……」

 

俺に気づいたらしいそのNPCはにこりともせず、用意された文面を聞き取りやすい速さで話してきた。

通行証の提示なんて、今まで求められたことなかったぞ。

目の前では、サチもディアベルも、何か紙面らしきものを手に取っていた。

彼らとは道中を共にしてきたのだ、彼らが持っているのであれば、俺が持っていないはずがない。

祈るような気持ちでアイテムストレージを呼び出し、ソートをかける。

確認する中に、見覚えのないアイテムが一つ。

手早く実体化すると、それが手のひらサイズの紙切れだったことに安堵しつつ、中身もじっくり確認しないまま、NPCに向かって広げる。

まじまじと眺めたNPCは、表情を変えずに質問を返してきた。

 

「これは、外の世界からお持ちになったのでしょうか」

「えぇと…………」

 

NPCは口元に笑みを湛え、今まで遮っていた道の先を左手で示した。

 

「結構でございます。どうぞ、お通りください。次のバリステーションは、≪サザンクロス≫です」

 

恭しく一礼をするNPCにつられて、同じように頭を下げる。

すでに先へと進み始めていた二人を追いかけて、馬車へと駆け寄る。

苦なく荷台に飛び乗って、手の中に掴んだままだった通行証らしきものを広げてみる。

平仮名や漢字、アルファベットとも違う何か象形文字のような指示文字のような、そんな記号がいくつか印刷された紙切れだった。

記号の一つに触れてみるも、何の反応もない。

しばらく弄ぶようにしていると、乗馬していたディアベルが、体ごとこちらに近づけて、この通行証を覗き込んできた。

 

「それは、まさか────そうか、君が持っていたのか。素晴らしい、ツブテ。君はきっと、どこへでも行ける。このインスタンスダンジョンなんて目じゃない、アインクラッドのどこへだって行ける。大したものだよ、君は」

 

あやかりたいものだ、と呟くディアベルに、俺にはよくわからないよと返事をして、元通りにアイテムストレージへと放り込む。

隣でじっとこちらを見つめていたらしいサチは、俺が彼女の方を向くのとほとんど同時に、虚空へと目を泳がせた。

余計な追及をしたいとも思わず、彼女と同じようにがたがたと揺れる夜闇の景色に視線を定めた。

ディアベルがときどき、こちらを気にかけているような気がした。

 

「…………誰か、いるみたいだね」

 

荷台に膝立ちになったサチが、振り返って馬車の行く先を見据えていた。

人がいるのかはわからないが、確かに馬車らしきものがずっと先をゆっくりと進んでいるようだった。

そんな、サチの新しい発見にも、俺は気の利いた返事をすることができなかった。

気になってしまったのだ、ディアベルのことが。

気さくな笑顔で話しかけてくれたり、急にコボルドの群れに突っ込んで大暴れをしたり、その稼ぎのことを嬉しそうに語ったり、俺の持つ通行証に並々ならぬ関心を寄せたり────そういった一つひとつが、何故か頭の中で繰り返しくりかえし、再生されていた。

 

君は今、幸せ?

 

切れることのない映像に、サチの声が混じる。

あぁ、そうだ、ディアベルはどうなのだろう、幸せなのだろうか。

アインクラッドに閉じ込められてからの日々を、彼はどう感じているのか。

────ディアベルの名前に、心当たりはない。

現攻略組でもない才気ある刀使いを、俺はずっと昔から知っているような気がした。

この鋼鉄の城のどこかで、彼の足跡に触れたことが、確かにあった──だからだろうか。

ここで会ったのも何かの縁だ、彼が望むのであれば俺の持つ通行証をやってもいいし、コボルド狩りを手伝ってやってもいい。

ナイト然とした面構えの彼の、本当の幸いのためであれば、いくらでも手を貸してやりたいとさえ思った。

次々に溢れ出してしまいそうな思いに言葉を乗せるべく、荷台の上に立ち上がる。

ディアベル、君が本当に欲しいものは────言いかけながら、並走していたディアベルの方を見やる。

そこにはもう、青髪の騎士の姿が見当たらなかった。

世界から切り取られたかのように、不意にいなくなってしまった。

またコボルドでも狩っているのか周りを見渡しても、彼の目立つ青髪は、どこにも見えなかった。

 

「ディアベルさん、どこに行ったのかな」

 

隣に座るサチの声は、少しも声色に変わりはなかった。

 

「…………俺にもわからない。けど、どこかで会えるだろう、きっと。まだ言いたいことが、いくつもある」

「ふふ、それって告白?」

「な、ば…………っ、茶化すなよ、そんなのじゃない」

 

最初こそソロで活動していたこともあったが、色々な人とパーティーを組んできたし、その過程で辛い別れを経験したこともあった。

この世界での生き方に、慣れたつもりだった。

────でも、何のシステムのアナウンスもなくパーティーメンバーから消えたディアベルのことが、強くつよく心に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やや速度の上がった馬車が、前を走る馬車に追いついた。

俺たちの乗っている馬車と同じ形状のもので、やはり荷台には人が乗っていた。

NPCではない、一般のプレイヤー。

ダンジョン内でこんなにも人に出会ってしまうと、何か新しいイベントクエストか何かが発生しているのではないかと勘繰ってしまう。

やや細目の少年プレイヤーは、近づきつつあった俺たちに柔らかく微笑んだ。

 

「やぁ、良い月夜だね。こんばんは」

「あぁ、こんばんは。えぇと」

「≪コペル≫。僕の名前だ。よろしく」

 

何かのジェスチャーなのか、眼の近くで右手の人差し指を動かした彼は、恥ずかしそうにその手を下げる。

あぁ、ひょっとしたら、彼は現実世界で眼鏡でもかけているのだろうか。

そう考えると先ほどの指の動きにも説明がつきそうだった。

 

「よろしくね、コペル。私はサチ、こっちはツブテ」

「よろしく、コペル。由来はコペルニクスか何か?」

「うん。僕の遠い先祖なんだ」

「…………は?」

「ははは、冗談だよ。そんなに驚かれるとは思わなかった」

 

いっそう眼を細めて、彼は朗らかに笑う。

 

「あなたも、このインスタンスダンジョンに?」

「うん、そんなところだよ。君たちも?」

「あぁ。どうだ、コペル。良かったら一緒に行かないか、ダンジョンの終わりまでまだありそうだし」

 

サチを真似て、努めて明るくコペルにパーティー申請を送る。

すると彼の顔からは先ほどまでの笑顔が消え、何か苦虫でも潰したような沈痛な面持ちへと変わった。

やや俯きがちに、彼は手元のウィンドウの操作を始める。

やがて、システムログにパーティー申請が却下された旨のメッセージが流れた。

 

「ごめん…………基本はソロなんだ。だから、その……」

「あ、いや、こっちこそ。不躾で悪かった」

 

深々と頭を下げる彼に倣って、同じように頭を下げる。

確かにこんな≪インスタンス・ダンジョン≫にやって来るのは普段ソロに近いような活動をしている奴だろう。

ソロならではの効率というものもあるし、相手が拒否をする以上、無理に誘おうとは思わなかった。

やがて、遠慮がちに、コペルが口を開く。

 

「…………パーティーでなくても、一緒に行くのはダメかな? 僕も、久しぶりに他の人と喋りたかったんだ」

「そ、それはもちろん! なぁ、サチ」

「うん。旅は道連れっていうものね」

 

再び、コペルの表情が和らいでいく。

俺も、サチも、同じように笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話題は、途切れることがなかった。

スキルの振り方のこと、どこの街のどんな食事が美味しいかということ、今まで見てきた景色で綺麗だったところ、戦闘自慢、これまでにあった面白いこと…………等々、“そういえば”とか“ところで”なんて接続詞に任せて、終わることなく会話が続いた。

今もまた、サチが思案顔で“そういえば”と呟く。

 

「コペル、君は幸せ?」

 

名指しで問いかけられたことに、少し眉を顰めるような表情を作ったコペルは、それから暫く目を閉じて、やがて意を決したように開いた。

 

「幸せかどうか、僕には、答えられない。だから代わりに、別の話をするよ────さぁ、二人とも、準備して」

 

そう言って、コペルは荷台から飛び降りる。

目の前でやや大きめのポリゴン片が複雑にポップし、それが徐々に形を成していく。

その大きさは数刻前に相手をした≪プリオシン・ロックス≫よりもさらに大きく、高さだけでいえば三メートルほどありそうなモンスターだった。

二足で立ち上がったそいつは、両腕に大きなハサミを持ったカニのような姿をしていた。

いや、違う、カニにはない、あの太く湾曲した尻尾。

先端に光る針らしきものから察するに、どうやらサソリか何かを模した甲殻系のモンスターのようだ。

砂漠エリアでポピュラーなサソリモンスターを相手にしたことはあったが、ここまで大きく、かつ二足で立ち上がるものを相手にしたことは、一度もない。

コペルを追って荷台を飛び降りながら、≪投剣≫ソードスキルを発動させる。

振り抜いた投げナイフは、≪シングルシュート≫によって得たシステムアシストを受けて真っ直ぐに飛び、サソリの左腕に衝突した。

甲高い音が鳴り響き、ナイフが宙を舞った。

 

「────堅い」

「の、ようだね」

 

意に介した様子もなく、サソリはこちらへと顔を向ける。

四つ並んだ赤い瞳は、青茶けた全身との対比から余計に鋭く感じた。

コペルは片手剣と丸みを帯びた盾を手に、注意深くサソリの動きを観察しているようだった。

軽量なプレートメイルを装備しているようだが、防御の方に自信があるらしく、剣よりも盾を引き気味に構えている。

サチも俺の隣へと並び立ち、背中から片手剣を引き抜いていた。

 

「昔々、あるところに一匹のサソリがいました」

 

サソリの振り下ろした右腕を余裕をもってかわしながら、コペルが口を開く。

叫んでいるわけでもないのに、戦闘のサウンドエフェクトにも消えない、はっきりとした声だ。

コペルは地面へと突き刺さった右のハサミに、四連撃のソードスキルを叩き込む。

 

「小さな獲物を捕まえては食べ、生き続けていたサソリでした。しかし、そんなサソリも、ある日イタチに見つかって、食べられそうになってしまいます…………っ!」

「コペル!!」

 

連撃によるダメージ蓄積は確かなものだったようで、サソリは大きく呻き、次いで左腕をコペルに向かって薙ぎ払う。

また一つ、語りを入れたコペルは、その左腕を避けきれず、道沿いの茂みに弾き飛ばされた。

追撃をさせまいと、必死でタゲを取り直す。

投げつけた貫通性能の高いピックが、サソリの眼の一つを穿った。

サソリから目を離さず、体を動かしてコペルが飛んだ茂みを視界に入れる。

しかし、そこにコペルの姿は見えなかった。

 

必死で逃げたサソリは、逃げる最中に目の前の井戸に落ちてしまい、そこで溺れ始めてしまいます。

そのときサソリは、こう言ってお祈りを始めました。

 

相変わらず姿は見えない、しかし彼の言葉は続いている。

 

「ああ、僕は今までいくつもの命を取ったかわからない!」

 

突如、サソリの左腕が弾けた。

 

「この僕が、ペネントに殺されそうになったときは、必死で生き延びようとした! そして、あんなことになった!! ああ、何にも当てにならない!!」

 

止まぬ連撃により、サソリの左ハサミは見る見るうちに変形していき、ついにはハサミの片刃が根元からへし折れた。

 

「どうして僕は、僕の体を、黙ってペネントに差し出さなかったのだろう!! そうすれば、ベータテスターとしての矜持を守って死ねたというのに!!」

 

サソリの尾が弓を引くかの如くしなり、何も見えない空間を叩きつける。

衝突音が響き、土煙が上がる。

盾を構えたコペルが、そこにいた。

 

「あぁ、神様」

「コペル! 上!!」

「わたしが!!」

 

僕の心を、ご覧ください。

 

コペルの語りが終わるのを待っていたかのように、サソリが再び右のハサミを振り上げて、コペルへと突き刺した。

割って入ったサチのソードスキルにより、最悪の事態は避けられたものの、コペルはサソリの容赦ない一撃に、再び体を空へと投げ出した。

 

「…………わかるよ、──ト。今なら、僕にもわかる」

 

宙を舞いながらも、彼の持つ剣がライトエフェクトを帯びていく。

蜻蛉を切るように身を捻り、サソリの顔面へと剣を構えた彼の口元に、小さな笑みが見えた。

水色に輝く刃が、上下に何度も振り下ろされる。

確か、片手剣のソードスキル≪バーチカル・スクエア≫──。

四連撃の全てがクリティカルだったのではないかと思わせるようなライトエフェクトと派手なサウンドを響かせ、サソリが大きく仰け反り、そのまま後ろに倒れた。

 

「転倒チャンス────!!」

 

思わず声に出してしまう。

ここぞとばかりに飛び出していったサチは、これまでも数々の必殺を見せてきたあのソードスキルを発動させ、サソリへと見舞う。

鮮やかな剣閃の先で、サソリの尾が半ばから千切れて飛んだ。

視界の隅にそれを確認しつつ、俺もサソリへと駆け寄る。

手にしているのは、幅広の投げナイフ。

それを逆手に持ち替え、走る勢いを殺さずにソードスキルを発動させる。

≪投剣≫零距離ソードスキル──≪ビシージュ・キャッスル≫によって、突き立てた右ハサミを粉々に砕いた。

繰り出しに距離や時間のかかるソロには向かないソードスキルだが、その一撃は破城の名に相応しい。

これで、サソリの武器らしい武器は、全て破壊した。

 

「虚しく命を投げ出さず、どうかこの次は、平和なアインクラッドに、本当のみんなの幸せのために」

 

ソードスキルの硬直が解けたらしいコペルが、真っ直ぐに剣を振りかざす。

 

「────僕の心を、使ってください」

 

単発垂直斬り──≪バーチカル≫は、残った僅かなサソリのHPゲージを、静かに削り取っていった。

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