SAOで読む銀河鉄道の夜   作:kujiratowa

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SAOで読む銀河鉄道の夜/第五夜

「ごらん、あれがきっと、≪サザンクロス≫だ。南十字の名に相応しい装いじゃないか」

 

コペルの指差した先には、遠くからでもわかるような大きな十字架が様々なライトエフェクトを瞬かせながら、まるで一本の大木のように立っていた。

しかし、よく見れば大きな十字架が一つあるわけではなさそうだ。

いくつもの小さな十字架が、宙を漂うにして、あの十字架を作り出しているらしい。

様々に発光しながら、しかしその色が混ざって暗色になることなく、荘厳な真白い十字架を演出しているのは、プログラムによる制御の賜物なのだろう。

近づくにつれ、その全貌が明らかになり、十字架の上空には何やら輪のようになった雲がたゆたっているのも見えた。

その青白い雲も薄ぼんやりと輝き、まるで後光のようにその十字架を引き立てていた。

やがて、馬車が止まる。

十字架の袂には、以前のようにNPCキャラクターの姿はなく、通行証なんて必要なさそうだった。

コペルが降り立った足元は、白大理石であつらえたかのように美しく整えられていた。

この場所に特有の環境音なのだろうか、ときどき“ハレルヤ”というボイスサウンドが小さく聞こえてくる。

 

「もう、ここで降りなきゃ。僕はこの先に行かないといけない」

 

コペルは俺たちにそう告げて、ゆっくりと光差す十字架に向かって歩き始める。

眼にはいたくない、白い眩しさの彼方に、何があるというのだろう。

 

「コペル!」

 

馬車を飛び降りようとした俺の袖口を、隣に座るサチが引っ張った。

強く、きつく。

 

「それじゃあ。さようなら」

 

身なりを正したコペルが、一度こちらを振り返って別れの言葉を唱える。

 

「…………じゃあな」

 

不愛想な挨拶に、コペルは微笑んで返す。

そしてそのまま、一度も振り返ることなく、真っ直ぐに白い光の向こうへと歩いていった。

────馬車が、動き出す。

それに合わせて、サチは掴んでいた俺の袖口を、静かに放した。

過ぎ行く十字架の、白く霞んでいた光の先が、やがて晴れてきた。

プレイヤーなのか、NPCなのか、何か神々しい人が、光の先から手を差し伸べているようだった。

もしかしたら、見間違いかもしれない。

もう一度目を凝らそうとしても、銀糸で織り上げたような深く輝いた霧が十字架を覆い、やがて晴れたあとには、もう十字架の姿も見えなくなっていた。

 

「あんなに小さくなっちゃったね。今なら、首から下げるアクセサリーにできそう」

 

まだ見えているのか、十字架のあった方を眺めながら、サチが口を開く。

街道に沿っていくつもの小さな石塔が立ち、その石塔の上では淡い燈色の炎が音も立てずに静かに明滅を繰り返していた。

まるで、挨拶か何かをしているようだった。

 

「コペルの話の続き。知ってる? ツブテ」

「え?」

「みんなの幸せを願ったサソリの体は、真っ赤な美しい火になって燃えたの。それから天に還って、そのあとは闇夜を明るく照らす役目を果たしているみたい」

「ちょうど、そこの石塔みたいにか」

 

俺たちの会話に反応したのか、石塔の上で燃える火の一つが微かに揺れた。

一つ、息をする。

 

「なぁ、サチ。俺もその、サソリと一緒だ。この浮遊城に囚われたみんなが幸せになれるなら、俺の体なんて百ぺん灼いてもかまわない。でも、自己犠牲じゃない。そういう強く気高い気持ちを、このデスゲームの終わりまで持ち続けたい」

「うん。私も、同じ気持ち」

 

サチの眼に、何か光るものが見えた。

おそらく、涙。

すごく、綺麗だった。

 

「…………でも、本当の幸せって、何だろうな」

「そうだね────でも、私には」

 

サチが、消え入りそうな声で呟いた。

 

「────しっかりやろうぜ、また二人っきりになったけど、俺たちはパーティーだ」

 

サチを、そして自分を鼓舞するように、やや明るく声を張った。

 

「ねぇ、見て、ツブテ。あそこだけ、星空が欠けてるよ。コールサックかな」

「コール……?」

「石炭袋、なんて呼ばれてる暗黒星雲のことだよ。そう、空の穴」

 

サチと同じように星空を見上げる。

寝転がらず、両手を後ろに体を支えながら。

そして見つけた、サチのいう石炭袋。

星を呑んだような、まわりよりも仄暗い夜空が、そこにあった。

大きな穴の向こうには、何があるのか、どこまで深く続いているのか、目を擦って見ても何も見えず、ただただ、目が痛かった。

 

「俺、あんな闇の中でもきっと物怖じしない。この剣の世界で、本当の幸せを探していきたい。どこまでも、ずっと」

「うん、どこまでも…………────見て、ツブテ。あそこの野原。すごく綺麗、みんなも集まってるよ。あそこがきっと、このインスタンスダンジョンのゴールだよ。ほら、≪月夜の黒猫団≫のみんなも────」

 

空の穴から視線をゆっくりと下ろしたサチが、遠くに見える輝いた野原を見つめて微笑む。

しかし、俺がそちらの方を眺めても、どんなに目を凝らしても、その野原はただただ輝くばかりで、サチの言ったようには思えなかった。

サチの言葉に何も返事をできず、少し淋しさを覚えながら、ぼんやりとそちらを見つめる。

柔らかな夜風が、頬を撫でた。

 

「一緒に行こう、サチ────できるなら、アインクラッドの」

 

百層まで────そう言いながら、隣に座る彼女を見ると、その今まで座っていた席にサチの姿は無く、ただ、一本の槍が、そこに残されているだけだった。

その、考えたくもない現実に、俺は勢い良く馬車の荷台に立ち上がり、辺りを隈なく見回した。

槍を手に、あらんばかりの≪威嚇≫スキルをもって大声を上げる。

遠く、あの十字架や大聖堂に届くくらい、サチの名前を叫ぶ。

視界の端に見えていた≪Sachi≫という名前表示の消失を、紛らすように。

 

胸を打って、強く叫んだ。

それから、我慢せずに、思い切り泣いた。

滲む視界の中央で≪インスタンス・ダンジョン≫攻略完了を知らせるメッセージが表示される。

やがて、目の前は暗転していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、ツブテ? 大丈夫か?」

 

体ごと揺さぶられるような感覚に、目を開く。

どうやら眠りこけていたらしく、≪インスタンス・ダンジョン≫入口の地下修道院に備えられた複数人が掛けられる木製の椅子に横たわっていた。

俺が目を覚ましたことがわかったのか、肩口に触れられた手の先で、フレンドでもあるキリ坊こと≪キリト≫が安堵の表情を浮かべていた。

 

「…………キリ坊」

「ちょっと頼みたいことがあってメッセージ入れたんだけど返事がなかったからさ。良かったよ、主街区じゃなかったら多分出向くこともなかった」

「はは、フレンドのためなら≪転移結晶≫でも≪回廊結晶≫でも湯水の如く使ってほしいもんだ」

 

冗談を交えながら、体を起こす。

改めて辺りを見回すが、星空や街道なんてどこにもない、いつもの修道院の風景だった。

 

「またインスタンスダンジョンか? クリアしてすぐ寝るくらいなら体調整えてからの方が効率も良いと思うぞ」

「ん。まぁ、それはほら、キリ坊たち攻略組にも言えることでさ。今回は、何ていうか…………その、色々あったんだ」

 

アイテムストレージを開き、別れの間際に入手した槍を実体化する。

別段、不思議なところはない、強化もしていない店売りの槍だ。

ここよりもう少し浅い、低層で見かけたことがあったかもしれない。

 

「それは…………」

「これ? 今回のクリア報酬かな」

 

色々と割に合わないかもしれない、という一言は取っておく。

敢えて軽口を叩いたというのに、キリトはただ俺の持つ槍を凝視するだけだった。

心なしか、表情が硬い。

 

「キリ坊?」

「…………あ、いや、何でもない。昔の知り合いが使ってた槍に似てたから、つい」

 

キリ坊はぎこちなく笑い、それから俺の隣に座った。

俯きがちな彼に何と話しかければ良いか迷い、そのまま槍を軽く弄ぶ。

重さを確かめ、何度か軽く上に放ったあと、再びアイテムストレージへと戻した。

未だ、キリ坊の立ち上がる気配はない。

 

「起こしてくれてありがとな、俺はそろそろ行くけどキリ坊はどうする?」

「────悪い。もう少しここにいる。暇なときにでも、メッセージ見ておいてくれ」

「あぁ。それじゃあ」

 

螺旋状になった上り階段を、一段ずつしっかりと踏みしめていく。

地下の様子が見えなくなるそのとき、キリ坊が恭しく頭を垂れて、両手を組み何かを祈っているような姿が見えた。

あの行動に、どんな意味があるのか、俺にはわからない。

けれど、それがキリ坊の幸せに繋がるのであれば、その祈りが通じることを、願うばかりである。

上へと向かうにつれ、階段に差し込む光が眩しいものへと変わっていく。

外ではもう、夜が明けたらしい。

 

「────≪アルゴ≫に聞いたら、教えてくれるだろうか」

 

みんなの、本当の幸せが、一体何なのか。

…………やめよう、莫大なコルを請求されそうだ。

 

階段を上りきり、建物の外へと続くスイングドアを、ゆっくりと押し開ける。

アインクラッドで過ごす一日が、今日も始まる。

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