TS少女と邪悪な錬金術師、そして悪辣なる秘密道具の数々について 作:とーちごーれむ
そのうち本連載するかもしれません。その時はよろしく。
TS転生したらSFだった。
まあ、私の経歴はそんな所である。
冴えない本好きからまさかの転生を果たしたものの、生まれ変わった先は現代より遥かに技術の進んだ未来世界。倫理や理屈はちょっと怪しい所があるけど普通にスペースコロニーとか作ってるような世界で技術チートも何もないし、言語も何もかも違うので最初は私もちょっと落ち込んだ。
このままではちょっと早熟なだけの子供でしかない。転生の利点を生かせず焦った私だったけど、ネットサーフィンをしていてある事に気が付いたのは行幸だった。
この世界、ネット小説の文化が発達していない。
そこに気が付いてからは話は早かった。
親を説得して個人サイトを設立し、私は前世の記憶を元に作品を書いて書いて書きまくった。名作を恥じる事なく丸パクリしても、記憶の薄れや私自身の文才で劣化は免れられなかったが、それでも数百万人、否、数千万人を虜にした前世の名作の力はやはりすごかった。
瞬く間に私のサイトのアクセス数は鰻登り。出版社からの問い合わせも絶えず、印税ががっぽがっぽ。貧乏生活していた両親にもいい暮らしをさせてあげられて、私は親孝行できてうっはうは。
この先もバラ色の人生が待っているのだと、この時の私は希望に満ち溢れていた。
そして。
そんな希望に満ちた展望とは裏腹に、今、私はアパートのベランダに追いつめられていた。
「…………」
眼前には黒尽くめの戦闘員。ガスマスクみたいなので顔を覆い、表情は見えないが……その下の素顔が苦渋に歪んでいるとかは絶対にないだろう。私をベランダに追いやった銃口が、微塵も震えていない事からもそれは明らかだ。
彼らの足の間から、我が家の様子が垣間見える。最近、引っ越ししてきたばかりのハイヴの上層アパート。警備もセキュリティも万全なはずの我が家は土足で踏み荒らされ、綺麗な絨毯も足跡だらけ。食器も落ちて割れていて……その中に、大人二人が倒れている。
彼らはぴくりとも動かない。
この世界のパパとママ。優しくて謙虚で、戒めるという事を知っている人達だった。娘がよくわからない事で大金を得ても調子に乗らず、年長者として戒めて堅実に立ち回りつつも、私の事をよく愛してくれた。お金を稼いできたからではなく、娘が幸せになれる才能がある事を喜んでくれた素敵な人達。
彼らはもう、私の頭を撫でてくれる事も、抱きしめてくれる事もない。
「……どうして?」
問いかけに応えはない。
私は、何も不味い事はしていないはずだ。変な処にお金を借りたりしなかったし、怪しい所との取引は断った。裏がありそうな話は山ほど来たけど、私は勿論、両親だって誘惑には屈さずつっぱねたはずだ。あくまで真っ当に成功して成りあがって、成金みたいな事はせず、せいぜいアパートを買ったぐらい。
こんな、恨みを買うような事は、何もしていないはずなのに。
「……なんで?」
『……依頼主から許可が出た。冥土の土産に聞いていけ』
重ねてもう一度の問いかけに、ガスマスクの向こうからくぐもった声が響く。想像通り、感情の無い冷たい言葉だった。
『裏取引に応じなかった事への報復、だそうだ』
「そんな……!」
つまりは、逆恨み。
そんな、しょうもない、くだらない理由で、パパとママは殺されたの?
「ばっかじゃないの、そんな、くだらない理由で……真っ当に生きてる、私達が、どうして……っ」
『……清く正しいだけが人生じゃないって訳だ。来世では上手くやれよ、お嬢ちゃん』
男達が引き金に指をかける。私はとっさに銃口から逃れようと身を捻った。
ぱん、という軽い音と、それに相反する強い衝撃が肩を襲った。痛みより早く、すれ違った車にひっかけられたみたいなものすごい力が肩を押す。
ふわり、とした浮遊感。
気が付けば私はベランダから放り出されていた。
眼下に広がるのは、白く霞んだハイヴの下層都市。上空数百メートルからのフリーフォール。おかしいな、ベランダには落下防止の装置があるって話だったのに。
「あ……」
落ちていく。
真っ逆さまに落ちていく。
そっか。人生なんて、普通たった一度きり。その一度きりをちゃんと生きられなかった人間が、二度目をうまくやろうだなんて、そんな都合のいい話なんてなかったんだ。
私はどこか穏やかな気持ちで目を閉じる。
ごめんね、ママ、パパ。
あの世で会ったら、ちゃんと謝らせてね。
◆◆
『うふふふ……。上層ハイヴからの自殺者の亡骸、深い絶望に身をやつした肉塊……有る時は唸るほどあるのに、一度切らすとなかなか手に入らないもんですねえ……。これでやっと研究が……おや? これは……自殺者……じゃ、ないですねぇ……?』
◆◆
目覚めはいつも快適なものだが。
目覚めるはずがないのに目覚めるというのは、実に奇妙なものだった。
「……ふぇ?」
ぱちり、と自分の目が開いた事に深い違和感を覚える。続けて意識が追いついてきて、私は混乱と困惑に満たされた。
「え、何? 夢落ち?」
口では呟きつつ、そんな筈がない、という確信がある。
私は確かに死んだ。高空から落下しつつ、その恐怖と加速度に耐えかねて意識を失った事をはっきり覚えている。覚えている、という事が、すでに壮絶な矛盾だ。
全ての事象は記憶であり、過去である。今こうして考えているという事が、既に過去の記憶を現在進行形で思い返しているだけに過ぎないのだ。全ての記憶と思考は思い返されるものであり、それは死を持って停止する。それはすなわち、いつか死ぬ以上は私の思考活動全ては無になるという事で、それを考えると今こうして考えているという事そのものが何かの勘違いであり……。
「い、いやいや。そんな事を考えてる場合では……あれ? 一体、何が?」
深呼吸して思考を落ち着かせると、視覚情報を処理する余裕が戻ってくる。
知らない天井。薄汚れた灰色の、ところどころ茶色い汚れの染み付いたそれには覚えがない。今は光っていないが、私を覗き込むようにぶら下がっているあれは無影照明という奴だろうか。
つまりここは手術室? それにしてはなんか、こう、汚らしくないだろうか。
ゆっくりと身を起こす。身体は酷く軽く、なんだか前より調子がいい。
見下ろす体の体格には変化はない。ただ、お気に入りの部屋着ではなく、真っ白な手術衣のようなものに着替えさせられていて、さらに手足はなんだかやたらと青白かった。
「え、あれ……。あ、そうだ、肩……」
撃たれた右肩にそーっと目をむける。恐る恐る確認した肩は、想像していたようなぐちゃぐちゃの銃創……ではなかった。
ボタンで留めているだけの術衣からはみ出している小さな肩。年齢に釣り合った、つるつるてんの綺麗な肌が目に入って、私は目をしばたたかせた。
「? ??」
ぺたぺたと手触りを確認する。
間違いない、撃たれた痕みたいなのは存在しない。あ、でもよく見ると周りに縫い後みたいなのが……誰かが手当してくれた? 手術室に転がされているのはそのせい?
「も、もしかして親切なお医者様に拾われたのかな。あ、でも、あの高さから落ちたらバラバラの肉片になってないとおかしいよね……?」
首を傾げながら、自分の体を再度確認。
そこで私はようやく気が付いた。
「……な、なにこれ」
私の両手。前世の最後の記憶と違い、楓の葉のように小さく可愛らしく、つるつるお肌の真っ赤な手。しかしそれは今や死蝋のように真っ白で、かつ、いくつもの縫い目で繋がれたつぎはぎになっていた。
手だけじゃない。術衣の隙間から覗く足も、腹も、あちこちがパッチワークのように縫い目だらけ。
震える手で頭を弄る。ばさり、と前に垂れてきた髪の毛は、ママによく似た真っ黒なそれではなく、老婆のように真っ白なそれに変色していた。
「え、あ、え……」
なんだこれは。
なんだこれは。
これじゃ、まるで、私。
フランケンシュタインの……。
混乱と驚愕と恐怖に、心が軋む。私の感情が堤防を越えそうになる、その瞬間。
がちゃり、とドアの開く音がした。
はっとして、ベッドの上で後ずさって膝を抱える。
疑惑と恐怖の視線を向ける先で、手術室の出入口が普通の押戸のように開かれ、その向こうから人影が現れた。
「おやまあ、もう目が覚めましたか。これはなかなか、たいしたもの」
現れたのは一言でいうと怪人と呼ぶべき人物だった。
ボロボロで茶色く汚れた不衛生な白衣。顔には真っ黒な能面のような仮面を取りつけ、除く素肌は青紫色に変じている。不自然なほど痩せこけていて、それでいて爪も髪も伸び放題。
そして……その背中から伸びるのはいくつものロボットアーム。今もガチャガチャ音を立てて蠢くそれは、生産工場の製造ロボットというより、ひっくり返って痙攣している虫の足を思わせた。
絵にかいたようなマッドサイエンティストである。
しかし逆に、その分かりやすすぎる風貌に私の心は急速に落ち着きを取り戻した。
納得こそが重要。怪人物の風貌は、私の状況に説得力を与えるに余りあるものと言える。
「……状況を理解しました。つまり私は、貴方に改造されてこうして再起動した、という事ですね」
「おやあ理解が爆速だ! しかも意識が明瞭と来たもんだ。なんだい君、何者だい?」
「ただの健康優良女児ですよ。ついでに作家でした。ついさっきまで、と但し書きが付きますが」
マッドサイエンティストが仮面の下で目を丸くしている様子がありありと感じられる。どうやら、思ったより話が通じるお相手のようだ。
よいしょ、と私はベッドから飛び降り、ぺこり、と頭を下げた。
「お礼と自己紹介がまだでした。私は、アリス・バニシング。アリスとお呼びください、ご主人様。この度は、私の命……があるかは置いておいて、自意識の連続性を救って頂きありがとうございました。時にご主人様は所謂マッドサイテンティストという事で相違ないでしょうか?」
「おやおやまあこれはご丁寧に。僕はアモン、アルケミストだが……そのマッドサイエンティストという響きもなかなかいいね! 今度はマッドアルケミストと名乗る事にするよ、しかしすんばらしい! 僕の方がドン引きするぐらい状況理解が早い! ただものじゃーないね、君!」
大げさに両手を掲げて、感動した! と言わんばかりにリアクションを返してくるアモンさん。彼の背中の器具も、ガチャガチャ蠢いて感情を示しているように見える。
「いやあこれは素晴らしい拾い物をしたかもしれんね! あ、ほら、こっちこっち。状況を説明するから、あっちでお茶でも。ここは危ない物が多いからね」
「……そのようですね」
言われて気が付いたが、見れば壁際に色んな手術器具やら臓器の瓶詰やらが並んでいる。見渡せばなんで気が付かなかったのか不思議なぐらいヤバイ部屋である、それだけ余裕がなかったという事だ。
アモンさんが手招きする手術室の外は暗黒に満たされていて、正直殺人鬼の潜むログハウスに入るのと同じような不吉さがあったが、今更の話だ。私は割り切って自分を納得させると、先導するアモンさんの後につづいてペタペタと裸足で後を追う。
こうして、私の第二の人生は、再び再開したのであった。
◆◆