TS少女と邪悪な錬金術師、そして悪辣なる秘密道具の数々について 作:とーちごーれむ
「さて、どこから説明したらいいもんかな?」
アモンさんに案内された先は、所謂応接間っぽい部屋だった。
皮張りのソファーに、木製のテーブル。壁には棚と美術品。
要素だけ抜き出せば、うん、まあまあの金持ちの応接間といった所。問題はソファの革があきらかに牛とか馬じゃなくて得体のしれない何かであったり、テーブルが歪に歪んでたり、壁に飾ってある美術品も得体のしれない生物の剥製であったり、棚には酒ではなくホルマリン漬けの標本がしまってあるというあたりだろうか。
いや全然、歓待してる感じはないね。
むしろ来客をビビらせに来ているような気がする。
私はというと、今更その程度で腰が引けたりはしないが。こちとら既にフランケンシュタインに改造済みだぞこら。
「それでは、僭越ながら私から質問させていただく、という形でよろしいでしょうか」
「ああ、それは助かるねー」
「……では。私の認識では、自室のベランダで銃撃を受けて、上層ハイヴから突き落とされて落下死した、という事になっています。そこを、ご主人様に助けられた、という解釈でいいのでしょうか」
私の言葉に、アモンさんは表情の伺えない仮面を傾けて、うーんと言葉を選んだ。
「うーん。助けたというと語弊があるね。僕はもともと、上層ハイヴからの自殺者を確保する為に網を張っていたんだよぉ」
「自殺者」
「そう。この世で上から数えた方が早いぐらい満たされてるのに、その環境にすら不満を抱いて命を粗末にする、自分がこの世で一番不幸だーって思ってる思い上がりの考えたらずの人間擬き。それでも本人にとってはその絶望は本物だからね。その死体は歪んだ魂魄の染み込んだよい素材になるのさー。別に珍しいもんじゃないが、うっかり在庫管理を失敗してねえ。足りなくなったので、下で網を張っていたんだけど……そこに降ってきたのが、君ぃ」
伸び放題の指で私を指さしつつ、アモンさんが笑う。
おぉう。思ったよりもスピリチュアルで邪悪な存在っぽいね、この人。
「いやあ吃驚したのなんの。別に銃殺死体なんて珍しくないが、小さな子供はねえ、流石に。それに、落下中に死んだみたいだけど、とんでもなく強い思念がこびりついてると来た。よっぽどの未練があったのかい? まあとにかく、僕からしたら面白い素材だったからね、ちょうど思いついた実験を試してみたのさ」
「はぁ……」
自分の最後を思い返すが、そんな強い未練を抱いていただろうか? 割とさっぱり諦めていたような気がするのだが。
あるいは一度死んだ事で忘れてしまったのか。とにかく、今の私はリビングデッドで間違いないらしい、ますますフランケンシュタインの怪物という言葉が頭に浮かぶ。
「まあだから、助けた訳じゃないよ。君の意識に連続性があるのもこれまた吃驚だもの」
「なるほど。じゃあ、この全身の縫い目は、他の死体をつぎはぎにしたとかなんですか? 落下死となればバラバラになってただろうし」
「いんや、こっちでクッション用意してたから死体は綺麗なもんだったよ。縫い目はホラ、色々埋め込んだから。いくつか臓器も失敬したし、代わりにほら、これとかね」
そういって、アモンさんは棚から内臓詰めの瓶をもってくる。……ホルマリン漬けかと思ってたけど、よく見たら動いてるじゃん。何の臓器だろ。
そして思った以上に邪悪な所業だった。思わず自分の腹を腕で押さえる。
「……なるほど、状況はよく理解しました。ご説明ありがとうございます。感謝の気持ちは依然としてありますが、同時にくたばれマッドサイエンティストが、という気持ちも沸いてきました」
「あはははは照れちゃうなあ」
照れるところかなそこ。
半眼でじっと見つめていると、とんとん、とドアをノックする音。
おや、私以外にも人がいるのかな。
「おっと、やっと来たか。入っておいで」
許可を受けてがちゃりとドアが開く。そこから現れた人影に、私は肩眉を潜めた。
「…………」
入ってきたのは、アモンさんと似たような仮面をつけた半裸の男だった。上半身裸でだぼだぼとした作業用ズボンを吐き、その上からエプロンをつけている。もとは白かったであろうエプロンは今や茶色い何かでべったりと汚れて薄汚い。露出している肌は死体のように白く干乾びており、さらに背中にはいくつものシリンダーやらチューブやら。不自然に隆起した体の瘤からは、肉体改造の痕跡も伺える。
多分私の同類。見た目は完全にどこぞのシリアルキラーだけど。
「紹介するよ、彼はジョール君。色々と僕を手伝ってくれてる、助手みたいなものだよ。君と違って死体からじゃなくて、自分から改造を嘆願してきた面白い子なんだよー」
「…………」
ぺこり、と頭を下げてくるジョールさんに、私も慌てて頭を下げる。
「は、初めましてジョールさん。私はアリス、と申します。以後お見知りおきを」
「…………」
喋れないのか、コクリ、と頷くジョールさん。彼は手にしたお盆からコップとボトルを私の前に置くと、そのまましずしずと部屋から出ていった。
「礼儀正しい人ですね」
「でしょー? なんか、上層ハイヴの資産家だったらしいけど、色々あったみたいでねえ……。今の自分から生まれ変わりたい、できるだけ醜い方がいい、っていうんで、僕も気合入れて改造してあげたの。気が回るし仕事は丁寧だし、僕も助かってる」
「物好きもいるなあ、といったら、彼に悪いですね」
私にはその気持ちは多分一生分からないが、本人にとってはとても大事な事だったのだろう。
渡されたコップの中身を覗き込み、私は表情に出さずにうげ、と呻いた。
コップの中に満たされていたのは、しゅわしゅわする緑色の液体。今もごぽごぽ泡が立っている。
メロンソーダ……なんて残念ながらこの世界では見た事がない。そもそもマッドサイエンティストの家で出てくるような物だ、普通に溶解液だって事もありえる。
まあ、いいか。どの道死んだ身だ、頓着する事はない。
だいたい、前世のエナジードリンクとか、これよりもっとエゲツナイ色してたしね。
覚悟を決めて、ぐいっと飲み干す。
「おぉ。躊躇わず飲み干すとは……やっぱり面白いね君ぃ」
「……普通に甘くておいしい……」
「そりゃあそうだとも。ヒューマノイドの味覚に、もっとも美味しい割合で水と糖分を不純物無しでブレンドした上でソーダにしたのさ。趣味でちょっと色をつけたけどね、味蕾の性能確認や単純な糖分補給に欠かせないのさ。ほらほら、次」
やったら嬉しそうな声で、アモンさんが次を進めてくる。注がれるがままに、ボトルの中身をコップで受けて、私はそれを口元に……って。
「ご主人様。今度は普通に硫酸でしょこれ」
「あ、わかる?」
「匂いがね……」
私がカップを机に置くと、それは内側から蝕まれて溶けていく。ぐずぐずに崩れたコップの中から染み出した液体が、机の上に広がって黒い焼け跡をつくった。
「うーん、いいね、君。信頼はしないけど信用はするクチか。……どうだい? 君が望むなら、上に戻してあげても……」
「戻していただいた所でこのつぎはぎボディじゃ外をうろつけないし、どうせ定期的に維持しないと機能停止するとかそんなオチでしょう? ここで大人しく小間使いにでもしてもらった方が助かります」
「あはははは! ほんとに君、しっかりしてるねえ! これは本当に、良い拾いものをした! いいね、君、今日から僕の助手をやってもらうよ。あとでジョール君に色々教えてもらいたまえ」
楽しそうに手を打ち鳴らし、アモンさんは仰け反るように呵々大笑する。
私はそんな彼の様子を見て小さく肩を竦めた。油断ならないし底意地が悪いが、邪悪なだけの人間でもなさそうだ。
ま。オマケの人生、退屈はしなさそうである。
「それでは、以後よろしくお願いします、ご主人様」
「ふふ、ではよろしく頼むよ、奇妙な白兎君」
そうして、私達は奇妙な侍従関係を結んだのであった。ま、私は彼の作品だし、拒否権はもともとあったか怪しい所だけどね。
「ところでぇ、アリスくぅん。その、ご主人様ってのはやめてくれないかな……僕がその手の趣味の人間に見られるというか……」
「違うんですか?」
「違うよぉ!?」
そして、初めて知ったがマッドサイエンティストでも醜聞は気にするらしい。
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