TS少女と邪悪な錬金術師、そして悪辣なる秘密道具の数々について 作:とーちごーれむ
狂気の科学者アモンさんの従僕となった私だが、意外とその生活は穏やかなものだ。
基本、アモンさんは研究室に戻って生体サンプルを弄繰り回している。栄養補給とかもアンプルとかで済ませているようで、料理を作る必要もなければ食器を洗う必要もない。
なので私達の御仕事はもっぱら、蠢く臓器や得体のしれない機械の管理と館の掃除である。しばしば、我らがご主人様はさっきまで熱心に弄繰り回していたサンプルをほっぽりだして倉庫をひっかきまわしたり、何か閃いたのか血塗れ臓物塗れのまま廊下に飛び出して走って行ったりするので、毎日掃除が大変である。
ジョールさんがあんなに汚れている訳である。
ついでに言うと、いつまでも汚い装束では自分達自身が汚れの原因になりかねないので、まずは身だしなみの整理清潔からである。
「…………」
「ああ、それはベランダから干しておいてください。助かります」
今日も今日とて、風呂場だか水槽だかわからないタイル張りの部屋で広げた白衣をデッキブラシで擦っていると、もそもそ、とジョールさんがやってくる。
彼に、篭一杯の選択済みの衣類を干すよう頼むと、こくり、と頷いて彼は篭を抱えて去っていった。それを見送り、私はバケツの水をばしゃあ、と広げた布にぶちまけた。
長年血と肉と臓物を浴びた衣類の汚れがそう簡単に落ちる筈はないのだが、都合がいいことにそういうのがよく落ちる石鹸があって助かった。まあ、ここの仕事を考えると無いはずもないのだが、だったら普段からもう少しこう、綺麗にしておいて欲しい。
真っ白とまではいかないものの、薄汚れた雑巾ぐらいには綺麗になった白衣をぎゅうー、と絞り、空の篭に放り込んでいく。
この肉体の数多ある利点は、見た目によらず怪力であるという事だ。最初は加減が分からず衣類を捩じ切ってしまったが、今では慣れたものである。
「これでよし、と」
今日予定していたノルマを終えて、私はデッキブラシを片付ける。床一杯の泡を、ホースの口を絞って洗い流していると、壁際にかけられた鏡が目に映った。
水垢でくすんだ鏡の中には、侍女服姿かつ、仏頂面で白髪赤目の幼女の姿がうつりこんでいる。
言うまでもなく私だ。……ロリロリしいのは、そう、幼少期に極貧で栄養が不足していたからであって、何事もなければちゃんと伸びていたはずである。
鏡の中の私は、愛嬌の欠片もない仏頂面。幸いなことに、顔に縫い目はなかったものの表情筋が機能不全を起こしているらしく、よく笑う、と家族や知り合い一同に公表だった私は今や鉄の女である。まあ、アモンさんと付き合う上で感情が表情に出ないのは利点だと思うので、これはこれで助かるが。
むにぃー、と人差し指でほっぺを押し上げて、無理やり笑顔を作ってみる。
ふむ。
背後でごとん、と音がした。
はっと振り返ると、そこには空になった篭を床に戻すジョールさんの姿。仕事が早いというか、思ったよりも考えに耽っていたらしい。
死人と変わらぬ白い肌にかあっと血が昇るような気がした。
「……み、みました?」
「…………」
私の確認に、ぷい、とジョールさんは鉄仮面を背けて歩き去っていく。気持ち早足のその足音が、事実をありありと物語っていた。
私は羞恥のあまり、顔を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
「えぅ……」
まあ。時折こういうトラブルもあるが、私はおおむね、アモンさんの研究所に馴染んできたと言える。
「ちょっと素材回収に出かけるよう!」
アモンさんが突如そんな事を言い出したのはその日の御昼過ぎの事。
ちょうどその時、私とジョールさんは揃って、体組織維持用の栄養ドリンクを口にしている所であった。
私はストローから口を離すと、乱暴にドアを開け放ったアモンさんにまずは苦言を呈した。
「今ので蝶番が取れました。修理手伝ってくださいね」
「あ、その。ごめん」
出鼻をくじかれた、といった様子で、アモンさんがドアから手を離す。途端、ガタン、と傾く扉。
これ以上壊れないように、私も手伝って扉をゆっくりと閉ざす。
「部品、まだあったかな……」
「いやごめんねほんと。……をほん! それよりもだ、ちょうど情報が入った。近場でギャングの抗争があるらしい。新鮮な実験素材を仕入れにいくぞ! 準備しなさい!」
「わかりました。どうかお気をつけていってきてくださいませ」
私はペコリと頭を下げる。
が、アモンさんはきょとん、と訝しむように鉄仮面を傾けた。
「はははは、ナイスジョーク。君も来るんだぞ?」
「何の役にも立ちませんが?」
「手伝いをするなら慣れてもらわないとね! 武器がないというなら、ちょうど誂えたのがある。テストだと思って付き合いたまえ」
うぃーん、とロボットアームが伸びてきて、あっと思った時にはもう遅い。
私は侍女伏の襟元を掴まれて、猫のようにぶら下げられていた。
こうなってはもう抵抗も敵わない。まな板の上の鯉ならぬ、吊るされた鮟鱇(アンコウ)である。
「ふははは、試験運用と実戦テストを同時にこなすとしよう! 効率的!!」
「二兎を追う者は一兎をも得ずって言葉を知っていますか?」
「何だいそりゃ、どこの言葉だい? アリス君は博識だなあ」
ちっ、この世界ではこの諺は通じないか。
「十徳ナイフは実際には十通りも使う事はないですよね」
「そうだなあ。僕なら20通り以上は使い道が思いつくね」
ああ畜生皮肉も通じねえ!
ちょっとジョールさん、そんな「気を付けていってきてね」みたいに座ったまま手を振るんじゃありません! 同僚がピンチです、助けてください!
「あ、装着時にちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね!」
「まってください何を取り付けるつもりなんですか!?」
この痛覚が鈍った体で痛いとかそれってつまり常人ならショック死するって事ですよね!?
一体何を……あああああああああ!?
そんなこんなで。
やってきました、下層ハイヴの外れのスラム地帯。見上げる空は有害物質で黒く染まり、地面は酸性雨の水溜まりが広がっている。雨風を凌ぐためのバラック小屋が立ち並び、普段であれば下層貧民が犇めいている筈が、物騒な雰囲気を感じ取ったのか今や人っ子一人見当たらない。
「ふぅん。草の根ネットワークも馬鹿にならないもんだね」
そういって辺りを伺うアモンさんは、いつもと変わらぬ汚れた白衣に、今は自律型の冷凍ボックスに腰かけている。棺桶みたいな形状と色をしたそれは反重力でふよふよと浮かび、採取した実験素材を研究室まで保管する機能がある。他にもいざという時はアモンさんを守る盾になり、防御フィールド発生装置も搭載されている。
付き添いの私は服装こそ侍女服のままだが、顔にアモンさんやジョールさんと同じ鉄仮面を、両腕に銀色のごつい籠手を装着している。
大人の男の人でもぶかぶかになるであろうオーバーサイズの籠手は、当然ながら私の手には有り余る。なので当然、私の指が入っているのは手首のあたりまで。中には無数の神経接続用の棘が生えていて、それがぶすぶす刺さって制御する仕組みである。
死ぬほど痛かった。
その分、確かに動きは繊細なのだが……。私は両腕をワキワキさせて具合を確かめると、アモンさんに念を押した。
「……これ、外した後大丈夫なんですよね? 指が穴だらけになってないですよね?」
「心配性だなあー、大丈夫だって。神経にしっかりひっかかるように作ってるから痛かっただけで、針そのものは穴が空く程太くはないよ。注射だって、あの太さでも差して抜いたらふさがるでしょ?」
かんらからから、とアモンさんは笑いながら軽ーく言うが、本当だろうね?
まあ、今の私は彼の所有物兼実験素材なので、あんまり強くは言えないが……。
「しかし、抗争と聞いていた割りには静かですね」
「そうだねえ。もうちょっと、奥まで様子を見に行こうか」
「了解しました」
ふよふよ浮かぶ棺桶に私も後に続く。
ちなみに、集めに来た素材というのは抗争で死んだ人間の亡骸である。別に死体なんぞ下層ではそこら中に転がっているが、死に方だったり、どんな人間であるかで、素材の価値が変わるのだそうだ。まあ、ギャングなんて下層の中ではヒエラルキー上の方だから、必然的に転がってる死体の数も少ない訳だから、新鮮なのが欲しいなら鉄火場に顔出すのが一番効率がいい、という理屈はわからないでもないが。
「ふふふ、新鮮な死体があるといいなあ。息のいい肝臓とか心臓とか……理想を言うと苦悶の内に悶絶死した悪党の真っ黒な腸とか、心臓とか、欲しいねー。まだ息がある悪党がいたら、生け捕りにするから生命維持管理はよろしくね、アリス君」
「……了解しました」
やっぱかなりの邪悪な気がするよ、このご主人様。
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