TS少女と邪悪な錬金術師、そして悪辣なる秘密道具の数々について 作:とーちごーれむ
「ふーん、ふふーん、状態の良い死体はないかなー?」
「うへえ……」
鼻歌なんかを歌うアモンさんと共に、地下構造体に侵入する。頂点は成層圏まで届くという超高層ハイヴだが、やはりそれは基礎構造あっての事だ。遥か昔に作られたインフラ設備は今も健在だが、自己修復・自己管理によって歪に変化を続けたその内部は、もはや迷路と化している。
それでも普段から出入りしているアンダーグラウンドの住人にとっては、表層近くに限ってはさほど危険でもないのだろう。内部に無数の人間が出入りした痕跡と、床に点々と続く血の跡を追い、私達は薄暗い内部を進む。
「あ、犠牲者第一号を確認」
「お、いいねー」
真っ赤に染まった壁の下、横倒しになっている死体を見つけたアモンさんが飛び出していく。私は一応護衛なので、その周囲を警戒。
……見た所、他に人間の姿はない様子。
なおも警戒を実施していると、背後でちっ、と舌打ちする声が聞こえた。
「死体の損壊が酷い、これじゃあ大した素材にはならないな。心臓か肝臓が残ってればよかったんだけど、どっちもぐちゃぐちゃだ」
「脳髄なんかには用事はないんですか?」
「こんなスカスカで皺が足りない脳みそ、掃除機の制御基板にもなりゃしないよ。神経回路は品質にばらつきがあるから、できるだけ拘りたいね」
さいですか。どうやらご不満の様子である。
「ほら、見てよ。こいつの体、低品質なインプラントまみれだ。ナチュラルで手付かずなら、手足の一本ぐらいは持って行ったのに、ちっ。身体を大事にしない奴は嫌いだね」
「意味合いは違いますが、最後の言葉にだけは同感ですね」
全く。親からもらった大切な躰をなんだと思っているんだ。
とはいえ、私の前世とはこの世界、倫理観や技術レベルが大分違うというのも事実。裏社会に関わらずに生きていても、ピアス穴を開けるぐらいの感覚でインプラントを進められた事は何度もある。実際、お仕事で関わった編集者の中には、情報処理の為に片目をカメラにかえていたり、脳に外付けのバックアップを取り付けている人もたくさんいた。
テクノロジーが進んだ事で、肉体と機械の境界線があいまいになっている。人によっては、脆く不安定な生身の肉体より、機械の体の方が従順で高性能だ、なんていう意見もある。
要は何に重点を置くか、という話ではある。
ただ、ちなみになんだかんだで、病歴の無い健康な内蔵は高値で取引されているというのは噂話でも聞くような話だ。
なんだかなあ。悪い人が高笑いしているのが聞こえるような気がする。
そして私は今現在、その悪い人筆頭の手伝いをしている訳である。
人生、転落する時は一瞬だね。
「うーん。ま、他にも死体は転がってるだろうし、これは置いておこう」
「了解しました」
通路の奥に、血の跡はずっと続いている。この様子だと、斃れたマフィアは一人や二人ではないだろう。
「これはどうするんです? 燃やします?」
「そんな事したらここらのスカベンジャーに恨まれちゃうよ。僕にとって価値がないだけで、腐肉漁りには宝の山さ。安いインプラントでも裏市場に流せば小遣いにはなるし、検体価値の無い肉でも食い物にはなる」
「…………そうですか」
人間が人肉食ったら病気になるんじゃなかったっけ。まあそれでも今日飢え死にするよりは数年後に病死した方がいいのか? いや、でもまっさきに脳がやられるからそういう事も考えられなくなるのかな。
というか、私も本来、そうやって下層民のお腹に納まる運命だったんだろうな、本当は。高所からのぐちゃぐちゃ落下死体なんて焼肉にしかならないし。おー、怖。
私は自分の肩を抱きながら、るんるんステップで奥に向かうアモンさんの後を追った。
どんどん、地下通路の奥へと進んでいく。
他にも死体がある、という見立ては正しかったようで、道中何人もの死体が転がっていた。しかしそのどれもがアモンさんのお眼鏡には敵わなかったようで、目に見えて彼の機嫌が下降していくのが付き合いの短い私にもありありと分かった。
「…………むぅ」
今も、床に横たわる薄汚れたギャングの死体を足先で小突き、アモンさんが悩まし気な溜息をついた。
倒れているギャングはいかにも、といった感じで頬がやせこけ、死体である事を差し引いても顔色が悪い。薬物中毒者の内臓なんて腐肉漁りでも食べないのではないだろうか。
しかし。なんだろうな。
さっきからギャングの死体を見ていて、ちょっとした違和感がある。
「アモンさん。少しいいですか」
「んぅ? 何かな、面白い話でも?」
「面白いかどうかは置いておいて、少し気になる事が」
私は死体を弄って、その傷跡から銃弾を摘まみだした。
鋭い円錐形状の弾丸。ギャングの簡素なアーマーを貫いて肉体を破壊したその銃弾は、拾い集めて薬莢に嵌めればまだ使えそうだった。
「先ほどから、斃れている死体に残されている銃弾ですが。全て、同一の仕様のものです。一方、斃れているギャングの装備はまちまちです。拳銃だったり、レーザーガンだったり、ショットガンだったり。おかしいとは思いませんか?」
「ん?? それが、つまりどういう事なんだい?」
「つまりですね。ギャングの抗争といいながら、これは片方が片方に一方的に殺戮されているのではないか、という事です。装備を統一した一方が、軍隊のように愚連隊を蹴散らしたのではないかと」
そして、実弾はお高い。ましてや闇市で出回っている適当に鋳込んだ鉛玉ではなく、このような統一規格によって製造された高精度ライフル弾なんて、特に。
下層のギャングの装備ではない。
私の指摘を受けて、んー、とアモンさんは首を捻った
「あー。なるほど、そういう事か。そういや、最近他所からの支援を受けて急速に勢力を増している新手のマフィアの話を聞いた事があるなあ。そいつらの縄張り拡張か、これ」
「なるほど、そういう話があるのですね。愚かな話です」
「そうかい? 別に強いものに巻かれるのは普通の事だと思うけどぉ?」
首を傾げるアモンさん。裏社会に生きてはいるが、陰謀とは縁遠いのは見た目通りらしい。あくまで彼は自分の技術を高める事にしか興味がない、というのがありありと透けて見える。
「そんなもん、最後には切って捨てられるだけです。チンピラだのマフィアだの、いくらでも替えの効く手駒、ううん、使い捨ての紙コップみたいなもんですよ。装備だけ提供して裏仕事をやらせて、要が済んだら消し去ってお終い。タダより高いものはないっていう話の典型ですよ、馬鹿馬鹿しい。所詮は学も展望もないチンピラのやる事です」
「おぉう、辛辣。とはいえ、それならちょっと面白くなってきたかな」
「面白い?」
おや以外。てっきり時間の無駄と判断して引き返すかと思ったのだけど。
「うん。まだマフィア達が撤収した気配はないから、この奥にいたらその装備が充実した連中がまだ残ってるかもしれないだろ? そういう奴らは安い肉体改造してないだろうし、サンプルにはもってこいだ。襲撃して持ち帰る」
「死体拾うんじゃなくて死体を作る気ですか」
「当然じゃないかー。ここをどこだと思ってるんだい?」
うへえ。倫理も何もあったもんじゃない。まあ、このマッドサイエンティストに目をつけられたのは同情するけど、まあマフィアだしね。普段から弱い者を食い物にするような事を生業にした事を後悔するんだな。
一転してノリ気になったアモンさんと共に奥へ進む。と、何やら新鮮な血の匂いに、ざわざわとした気配。
お探しの者が見つかったようだ。私はアモンさんの足元から、ひょい、と顔を出して先の様子を確認する。
「うげえ」
ちょうどそこでは、これから屠殺が行われる所だった。
もとは貯水プールか何かだっただろう、薄汚れたホールの只中に、膝をついて並べられている大人が数人。それを取り囲むようにしているのは、お揃いのモスグリーンのジャケットに袖を通し、ガスマスクで素顔を隠したいかにもな兵士の集団。マフィアじゃなくてこれじゃあ特殊部隊じゃないか。
そのうちの一人が、並べられたマフィアの後ろでハンドガンを抜いた。
ぱあん、という軽い音と共に、一人が頭を打ちぬかれてその場に倒れ伏す。その様子を見て、周囲の兵士が品なくゲラゲラと笑っている。
「うーん、いかにも分不相応な装備だこと。先行投資といっても度が過ぎてる、最初から尖兵として使い潰すつもりだなあ、裏に居る連中は。マフィアじゃないな、どこの差し金だ?」
「…………あいつら」
アモンさんがぶつぶつ品定めをしているが、私の耳にはその内容は殆どは言っていなかった。
ギリ、と握りしめた籠手が軋む音を立てる。
知っている。
あいつらを、私は知っている。
『……清く正しいだけが人生じゃないって訳だ。来世では上手くやれよ、お嬢ちゃん』
同じだ。
私の幸せを奪っていった連中と、あの兵士達は同じ装備をしている。
関係者か? もしかすると当人もあの中に混じっているかもしれない。
まさかこんなに早く手掛かりが見つかるなんて……!
「まあいいか、アリス君。タイミングを合わせてしかけてくれたまえ」
「了解いたしました」
「おや乗り気。ちょっと意外だねえ」
ぱぁん、と二発目の銃声が響くのを横目に、アモンさんは懐から一挺のハンドガンを取り出した。見た事のない形状だ。銃というよりは、無針注射器とかスプレーガンに似た形状のそれには、ピンク色のシリンダーが装填されている。
「靄には触れないようにだけ注意してね?」
言うなり、彼はハンドガンを広場にたむろっている集団目がけて発砲した。
圧縮空気と共に撃ちだされるのは、弾丸ではなくキラキラ輝く何かの結晶。それらが、兵士やマフィアの周囲に着弾してパリンと弾ける。忽ちピンク色の靄が、彼らの周囲に立ち込めた。
「なんだ?!」
「まだ生き残りが……ぎあああ!?」
「うげええああっ!?」
色めき立つ兵士達の怒号が、たちまち悶絶する悲鳴に代わる。
ピンク色の靄に触れた兵士達が、喉元をかきむしるようにしてその場にばたばた倒れていく。ガスマスクしていようがしまいが関係ない。服の一部がピンクに染まってしまえば、忽ち痙攣しながらその場に倒れる。
毒ガス銃かよ?! いや、見た感じもっとおっかない代物のように見える。
「なんですそれ」
「こいつは、毒腺銃スピリタス。極めて毒性の高い麻痺毒を持った、極小の寄生虫の卵を封じ込めたクリスタルを撃ちだすんだ。砕けた際に飛び散った破片が刺されば、そこから体内に侵入した寄生虫が急速成長して神経系を停止させる。ABC防御服も形無し、便利だろう?」
うわあ。そんなものを懐に入れてたのこの人。別の意味で頭おかしいんじゃない?
「それよりほら、生き残りが逃げるよ。ちゃっちゃと押さえて」
「了解しました」
見れば、運よくスピリタスの効果範囲に入らなかった兵士がこの場を逃げ出そうとしている。
荒事は嫌いだが、連中には聞きたい事もある。
私はその後を追うべく、ぐっ、と籠手に力を入れて、床を叩いた。