瞬撃のクールストライカー(表向き)   作:K19

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やっぱり楽しい

 一戦戦い終え、次の戦いをしようとして一ノ瀬翠君から待ったをかけられた。呆然とした表情のままバイザーを動かしてさっきの戦いの映像を見ている。何か気になるところでもあったのかな? 

 ……はっ! 僕は……僕は一体何をしているんだ! 間が出来たことで冷静になれた。お、恐ろしい……いくら久しぶりのガジェット・バトルだからといって初心者をボコボコにして気持ち良くなっているなんて……我ながら悍ましいことをしている……。

 そりゃあさあ、最初は先輩風を吹かせてアドバイスをする気はあったよ? でも、一ノ瀬翠君がバトルだからって言うから……ついスイッチが入って……。

 くっ……ガジェット・バトルを広めようとする布教者としてあるまじき行為! ガジェット・バトルを愉しませる前に不快にさせてどうする! これで一ノ瀬翠君のガジェット・バトルへの熱が冷めてしまったら極刑ものの失態だ! 

 ビクビクしながら一ノ瀬翠君の様子を窺う。取り敢えず怒っているようには見えない。でも、無表情なせいで何を考えているのか分からない。

 あ、何か小声で呟いた! でも、声が小っちゃ過ぎて聞こえない! 僕への恨み言じゃないよね? 

 そんなネガティブなことを考えていると、録画を見終えた一ノ瀬翠君がこっちを見ている。おや? 心なしか目がキラキラしているように見える。

 

「あのさ……」

 

 何かを言いたそうにしている。……何を言おうとしているのだろう。罵倒以外だったら嬉しい。罵倒だったとしても多少なら耐えられる。

 

「凄く強いのはもう分かったから……戦い方、教えて」

 

 予想していた言葉とは違っていた。違っていたが、嬉しい言葉だ。一人だけ熱くなって自分だけ楽しい思いをしていたにも関わらず、この子はガジェット・バトルにもっと興味を持ってくれた! 良い子だなぁ、君は! 失敗したと思っていたけど、この子が良い子だったからリカバリー出来た! 本当良かったな、僕! ガジェット・バトルの人口を一人減らさずに済んで! 

 この子の善性に感謝しつつ、言われた通りにバトルの基礎的な部分を教えることにした。

 一ノ瀬翠君は初めて会った時に外でガジェットを動かしていたから、基本的な動作は出来る筈。そうなるとバトルで必要な技術や知識はどれだけ知っているのか。

 それを確認する為に一ノ瀬翠君に先ずはパンチを打つように指示する。こういうものは最初に見せることが重要だ。

 指示に従い、フォーミュラー・エアロのパンチが僕のガジェットの顔目掛けて突き出された。タイミングを合わせてコントローラーを押すとそのパンチを腕で防ぐ。

 ガジェット・バトルの基本的な動作であるガードだ。これがちゃんと出来るかどうかで戦績も変わってくる。

 ガジェット・バトルをやり始めた子って結構ゴリ押しで戦う子が多いんだよね。最初のうちはそれである程度戦えるけど、段々と勝てなくなっていく。ここでガードの重要性に気付くがどうかが分かれ道になると言っても過言ではない──と思う。正直、最初の頃から普通にガードとかを使っていたから、使わずに行った人たちがどうなったのかあんまり知らない。会ったことがないから、多分会う前に止めちゃったと思うけど。

 そうならない為にも早い段階からガードに慣れさせておこう思い、実演をしてみせたけど……あんまり反応は芳しくない。「思っていたのと違う……」と顔に書いてある。

 まあ、それは仕方がないことかも……派手な必殺技とか動きとかテクニックとかじゃなくて地味にしか見えないガードだからね。

 乗り気にならない一ノ瀬翠君に如何にガードが大事なのか重要性を説いてみた。ピンとは来ていない様子。はぁ……僕の言語能力と説明能力じゃ子供心を動かすことは難しいみたいだ。

 なら、引き続き実演するしかない。ガードだってやりようによっては地味じゃないことを見せるしかない! 口よりガジェットを動かせ! 

 一ノ瀬翠君に好きなタイミングで好きな箇所を狙って攻撃するよう頼む。

 数々の戦いの中で磨き上げられた僕のディフェンス力を見せてあげよう! 

 フォーミュラー・エアロは構えたがすぐには攻撃して来ない。やはりというか、攻撃のタイミングを悟られないように色々とずらして来る。

 相手からすればクリーンヒットさせればいいだけなので比較的難易度は低い。対する僕の方は手本という手前、クリーンヒットを許してはいけない。尚且つガードの重要性が分かるように魅せる必要もある。……改めて考えると自分でハードルを上げ過ぎていないか、僕? 

 そんなことを考えている間も一ノ瀬翠君は攻撃して来ない。かなり慎重に攻撃のタイミングを伺っているなー……あれ? 何か視線を一点集中させているけど、何も見えていない感じがする。もしかして、あれこれ攻め方考え過ぎて訳分からなくなっている? 

 しまった……初心者らしく勢いのまま来るかと思っていたけど、さっきのバトルで変な慎重さを与えてしまったかもしれない。性格もあるかもしれないけど、少ない手札で色々とやろうとして頭がオーバーヒート気味になっている。顔がどんどん怖くなっているよ、自覚無いかもしれないけど。

 しょうがないからさり気なく隙を作ってみよう。ここを狙ってくれ、という感じでガードを下げて防御の薄いポイントを作る。上手く意識をこのポイントへ誘導すれば──あ、来た。

 こっちの誘いに乗ってハイキックが飛んでくる。このまま受け止めてもいいけど、僕が操作しているガジェットはパーツ無しで防御力ゼロだからガードしてもかなりダメージが発生してしまう。

 ここは少し応用になってしまうけど、攻撃的なガードということでキックの進路上に水平にした肘を突き出す。

 ガン、という音が鳴ってキックが弾かれた。狙い通りなのだが、それでも結構なダメージが発生してしまった。

 ガジェット・バトルでのダメージは、ガジェットが受けた衝撃を数値化し、それをダメージとして計算する。装甲などのパーツを付けることで発生する衝撃を軽減させることでダメージを抑えられるのだが、裸だと衝撃がそのまま通るので何回もガード出来ない。

 一ノ瀬翠君はキックが弾かれたことを驚いている。ディフェンスの技術を伸ばすとこういうことも出来るよ、と教えてあげた。

 今ので少し興味を持ったのか、もう一度見せて欲しいと頼んでくる。良い流れなのでリクエストに応えてもう一度同じことをやってあげた。

 今度はキックじゃなくてパンチ。しかも、咄嗟には防御し難い体の中心を狙ってくる。偶然なのか意識してかは分からないが、後者ならガジェット・バトルの素質を感じさせてくれる。

 僕の指は攻撃を見た瞬間には動いていた。指の動きを意識したことは殆どない。体に染み付いた動きが、相手に反応して半自動的に行われる。

 薙ぐような肘打ちがパンチを弾き返した。攻撃を弾かれたフォーミュラー・エアロの腕は、後方へ飛んで行きそれに引っ張られるように本体も体勢を崩す。

 大きな隙が生じた。攻めるならばここ──って危なっ! 

 思わず動きそうになる指を止める。見本を見せる筈だったのについ戦いのテンションになってしまった……もし止めなかったらさっきの二の舞になるところだった……。

 ガジェット・バトルの楽しさが僕を戦闘大好きなバーサーカーにしてしまう。ガジェット・バトルを断っていた期間があったせいでバトルに飢えてしまっている……これじゃあ人に教えられないよ。

 今回はギリギリセーフだったけど、そのうち箍が外れてしまうかもしれない。……大丈夫だよね? 僕の理性? 

 でも、ああ……久しぶりにやると実感してしまう……。

 ガジェット・バトルは楽しい。

 

 

 ◇

 

 

 楽しい。翠の頭の中はその言葉で埋め尽くされていた。

 相手は遙か格上。こちらの攻撃は尽く防がれてしまう。どう攻撃すればいいのか、何処を狙えばいいのか、色々と考えながら攻撃しているのに翠の攻撃は吸い込まれるように氷真が防御している箇所を狙ってしまっていた。

 頭の中を読んでいるのか、と本気で疑ってしまう。バトル経験の浅い翠は、全ての攻撃が氷真によって誘導されていることにまだ気付いていない。

 氷真がさり気なく防御を甘くしている箇所を翠は素直に攻撃してしまっていた。しかし、上手く誘導されているからといって翠にセンスが無いわけではない。

 そもそも完全に素人、若しくはセンスが無ければ防御の甘い箇所すら分からずがむしゃらに攻撃をしている。皮肉にも才能がある故に氷真の掌の上で上手く転がされていた。

 だが、翠はそんなこと気にしていない。攻撃を肘で弾かれる度に悔しさと楽しさを同時に味わい、次はもっと上手くやると燃える。

 氷真は防御の重要さを教える為に敢えて攻撃を続けさせていたが、それが翠の攻撃センスを驚異的な速度で磨き上げていく。いつの間にか実演目的から実戦さながらの攻撃練習へ移行してしまっていた。

 翠の才能が開花する速度が加速していく。一度楽しさを知ってしまうと、それを求めて脇目も振らず追求する。氷真の動きを見て模倣し、自分なりに嚙み砕いて再現する。氷真という最上の手本を参考にすることで、成長の階段を何段も抜かして駆け上る。

 翠のセンスが眩く光る一方で、全くクリーンヒットさせない氷真の遥か上の技量がまざまざと見せつけられる。ガジェットの性能は翠の方が圧倒的だというのに、その性能差をテクニックだけで簡単に覆してしまう。

 翠以上の才能の持ち主が、数多く実戦で磨き抜いたことによる天才という言葉すら及ばない領域。

 傍から見れば理解不能な域に達しており、如何なる相手も寄せ付けないその差に氷真と戦った殆どのバトラーたちは、彼を『怪物』と呼んで畏怖した。

 氷真という超えることすら想像も出来ない『怪物』を前に、その差に絶望することなく、ただひたすらに強さを探求する翠も逸脱者の片鱗を見せている。

 最初は操作も覚束なかった翠だが、今では指がコントローラーの上を踊っている。

 速く、鋭く、強く。無駄を可能な限り削り、攻撃をより磨き上げる。偶然にも翠の戦い方のスタンスはフォーミュラー・エアロの特性と噛み合っており、彼らはベストパートナーとなりつつあった。

 フォーミュラー・エアロの動きが際限無く加速していく。何処までも自由にやれることが、全てを受け止めてくれる存在がその背を押してくれるが故に。

 足を刈るような下段蹴り。氷真のガジェットは片足を上げて下段蹴りを素通りさせる。

 

(避けた……!)

 

 この戦いの中で氷真は初めて防御以外のアクションを見せた。防いだら不味い、或いはこれ以上ダメージ蓄積は危ういと判断しての行動だと翠は誰かに教えて貰った訳ではないのに察する。

 翠の推測は正しく、蹴りを空振りさせて以降氷真のガジェットは防御から回避に専念するようになった。

 元から装甲の無いスケルトン状態。どんなに完璧な防御してもダメージは発生する。

 

(一発でもヒットしたら……!)

 

 凄いと思っている相手を倒せるかもしれない。それだけで翠のテンションは上がり、より攻撃の激しさが増す。ハンデを与えられている状態だがそれでも勝利は勝利。戦いの中でリスペクトした相手だからこそその懐にある勝ちを奪いたくなる。

 戦意が高まり、勝ちたいという欲が出てくる。それが翠の目を曇らせているとも知らずに。

 翠はコントローラーの上で指を滑らす。指示された動きに従い、フォーミュラー・エアロは氷真のガジェットに背を向ける。

 今放てる最高の一撃の為の前準備。実際の戦いだったら隙だらけで攻撃してくれと言わんばかりだが、氷真は何もしない。どんなに激しい戦いであろうとこれは練習の延長。翠が思い描いたことを好きなようにやらせる。

 背を向けた状態で溜めを作り、そこから回転すると同時に繰り出される最速の回し蹴り。

 ストリームシリーズに相応しい裂くような切れ味ある蹴りに対し、氷真のガジェットは蹴りの軌跡を完璧に見切り、半歩下がることで最小限の動きでそれを躱す。

 しかし、避けられることは翠にとって想定内。回し蹴りは空振りするが、その勢いに乗じて加速した裏拳が回避直後の氷真を狙う。

 

「行けぇぇぇ!」

 

 翠渾身の二段攻撃。フォーミュラー・エアロの裏拳が氷真のガジェットの頭部を打ち抜く──かと思われたが急にバイザーの表示が消え、フォーミュラー・エアロは糸が切れた人形のように崩れ落ちてしまった。

 

「……え?」

 

 予想外の展開に翠は間の抜けた声を出してしまう。

 

「な、何で? ここで故障!?」

 

 バイザーを再起動させようとするが反応しない。

 

「バッテリー切れだね」

「バッテリー切れ!? そんな充電は十分──」

 

 ふと、窓の外が目に入る。空は夕陽で茜色になっていた。

 

「もうこんな時間……」

 

 夢中になり過ぎて時間の感覚がなくなっていた。

 

「ここまでにしよう。君の親御さんが心配する」

「──ッ……うん」

 

 実の父親なら心配しないと反論しそうになったが、祖父母は心配する。折角、楽しかったがここで終わりにするしかない。

 

「あ、あの……」

「何だい?」

 

 ある一言を言おうとするが、それにはとても勇気が必要だった。もしものことを考えると全身が震えそうになる。

 しかし、言わなければならない。楽しかった今日が明日にも続く為に。

 

「また明日!」

 

 勇気を振り絞り、また明日もガジェット・バトルを教えてもらう為の言葉。

 

「ああ。また明日」

 

 氷真は当たり前のように答えてくれた。これで明日もまた氷真にガジェット・バトルを教えて貰える。

 

「……うん! うん! また明日! バイバイ!」

 

 気分が高揚し、自然と声が大きくなる。

 別れの挨拶をして氷真の家から去る。

 帰り道、翠は湧き上がる嬉しさで駆け出していた。

 長いと思えた時間が短く感じた。

 退屈で色褪せた夏休みが鮮やかで楽しいものに変わった。

 停滞していた翠の日々が遅れを取り戻すように加速していく。

 

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