瞬撃のクールストライカー(表向き) 作:K19
ガジェット・バトルを教えてくれ、と言われたその日から一ノ瀬翠君は毎日僕の家に来るようになった。朝食が済んでひと段落した頃にやって来て、夕暮れ時には帰っていく。その間はガジェット・バトル漬けである。
僕個人としては歓迎するが、同時に高校生と小学生が一緒に遊ぶのはどうなのか、と客観視する自分が問い掛けてくる。
一度、一ノ瀬翠君に遠回しな言い方でガジェット・バトル以外で遊ぶ友達はいないのか、と尋ねてみたが暗い表情をされた。もう二度とこの話題を出すのは止めよう。
下手に突いてそういう自分はどうなのか? と質問を返されたら僕も何も答えられない。一ノ瀬翠君はガジェット・バトルが楽しい! 僕もガジェット・バトルがやれて楽しい! それでいいじゃない!
この子、教えたらすぐに覚えて吸収するから教える方も楽。楽過ぎてこれでいいのか、と思えてしまう。以前にもガジェット・バトルを教えていた子がいたけど、その子と比べると失礼だが学習スピードが一回り違う。尤も、その子は誰にも負けない熱意があったから人の何倍も努力して強くなっていったけどね。ああ、あれも良い思い出だ。今頃、何しているんだろ?
──と考えが脱線してしまったが、一ノ瀬翠君には基礎的な技術をしっかりと教え、それが身についているのか実戦形式での練習をしていた。どうもこの子はバトルの方が大好きみたいだ。教えられている時と比べ、バトルしている時は生き生きとしている。目がこれでもかとキラキラしていて怖いぐらいだ。ガジェット・バトルをしていると偶にこんな目をしている人たちと会うことを思い出した。そういう人たちは例外無く強かったので、この子もそのレベルに達する見込みがある。
今日も今日とて一ノ瀬翠君にガジェット・バトルを教えている僕。ただ、いつもと違って今回は一ノ瀬翠君がガジェットの武器を持って来ていた。
素手の戦いも良いけど武器の扱い方も教えて欲しいとのこと。これは正直困った……主義主張がある訳ではないが僕は基本的に徒手空拳スタイルで戦うので武器を使っての戦い方に慣れていないし、教えられる程の知識も技量も無いと思っている。
試しに持って来た武器の一つの剣を装備させて振ってみる。剣はガジェット・バトルの中でもポピュラーな武器で初心者でも扱い易く、また見た目も良い。片手で使用する片手剣や刺突剣、短剣、刀に両手で扱う大剣、長剣、太刀と種類が多い。
僕は装備させた片手剣を軽く振ってみさせる。うーん……違和感しかない。剣が得意で色んな種類の剣を相手によって使い分けるバトラーを知っているし、戦ったこともあるがそれに比べると僕の剣さばきはチャンバラだ。
やはり武器系は肌に合わないと思い、持っていた剣を離す。すると、一ノ瀬翠君が驚いた顔をした。「何で?」とのこと。
僕は武器を使わないスタイルだと教えると「勿体無い!」と少し怒られた。……そう? そんなこと言われると少し本気に──と思ったがやっぱり止めた。何だかんだで自分が積み上げて来たスタイルにプライドがあるみたいで、そう簡単には乗り換えられない。まあ、この場合プライドや拘りというかただの我儘みたいなものだけど。
僕が改めて今のやり方でやると告げると不満そうながらも納得してくれた。
「──ならボクもそれでやる」
武器使用をあっさり止め、僕のスタイルを真似すると宣言された。いやー、僕の真似するよりも武器を使って戦った方が色々面白いよ? 最初から選択を狭めるのはあんまりよくないよ、と遠回しに説得してみる。
「ボクはそれがいい!」
顔を真っ赤した一ノ瀬翠君に怒られた。余談だけどこの子の一人称が「ボク」なのを最近知った。これはやはり男の子なのだろう? それにより僕の中で男の子寄りになったが、怒った一ノ瀬翠君の声は完全に女の子に聞こえたせいでそれも揺らぐ。つくづく分かりづらい子だよ、君は。
未だに解けない謎は置いておいて、本人が素手のスタイルでやりたいというのならやらせてみよう。模倣から始まって自分のスタイルを確立させる場合もあるし。
という訳で今日からは僕の戦い方をこの子に伝授していこう。覚えも早いし、すぐに覚えることもなくなると思うけど、そうなったら今度こそ武器方面に手を伸ばせばいい。
そのことを踏まえた上で早速ガジェット・バトルをスタート。すると、開始直後に一ノ瀬翠君のフォーミュラー・エアロが飛び掛かってきた。
速いなー、でもちょっと予備動作が大き過ぎる。攻撃される前に飛び掛かって来ると分かれば、攻撃の軌跡から離れるのは簡単だ。
フォーミュラー・エアロが到達する前に側面に移動。相手が着地する前に顔を打ち抜く。
空中で攻撃をされるとバランスを崩すので、オートバランサーの調整が間に合わなくなり、着地が上手く出来ずに転倒してしまう。
転倒したガジェットは、ガジェット共通の機能で自動的に立ち上がろうとするが、この間は立ち上がる指令が最優先されるのでバトラー側からのコントロールが一時的に受け付けなくなる。まあ、コンマ数秒間だけだけどね。でも、これを知っているか知っていないかで結構変わってくる。知っている人は転倒している際に手足を動かしてなるべく距離を空けようとする。
無防備なガジェットに追撃しても良かったけど、流石にそれは意地悪が過ぎる。なので立つまで待つ。
間もなくしてフォーミュラー・エアロは立ったが、何故か構えようとしない。一ノ瀬翠君の方を見ると不満そうな表情をしていた。
「今、手を抜いた」
どうやら僕が追撃して来なかったことがプライドに障ったみたい。えーでもなー、ダウン中の攻撃って結構賛否あるんだよ? ガジェット・バトルは基本的に何でもありだからルールとしては禁止されていないけど、見栄えが悪いので批難されたりすることもあるし。まあ、僕はやれるならやるけど。
「本気でやって」
あらまあ生意気。でも、バトラーとしての自覚やプライドが強くなっていくのは悪くない。どうしようかなぁ、あんまりやり過ぎて折角伸びているプライドを傷付けたり、下手したら折ったりするかもしれない。個人的にはガジェット・バトルは楽しんでやるものだと思っているから、あんまり喜怒哀楽の怒と哀は見たくないんだよね僕。
勝った負けたのある勝負だけど最後はお互いを讃え合って爽やかに終わりたい──けど、現実というのは厳しいもので中々僕の理想の終わり方はしない。大半は恨みがましい目で見られてしまう。理想が実現した戦いは片手で数えられるぐらいだ。
「本気でやって!」
さっきよりも強い語気で念を押された。はぁ……そこまで言うのなら少し本気でやろう。あくまで少し本気で。全力を出せとは言われていないからね。詭弁と言われても受け付けません。
でも、少し本気を出す前に一言だけ言っておこう。
◇
「泣かないでくれよ?」
氷真のその一言にカッとなりそうになる。自分が教えられている立場なのは理解しているが、それでも格下扱いされるのは良い気分ではなかった。
(絶対一発入れる!)
最初にやった時よりも操作技術は上がっていると自覚している。どんな形でもいいから一撃入れることを目標にした。
すると、氷真のガジェットがスタスタと構えずに前進をしてきた。まるで歩行テストでもするかのような至って普通の前進である。
(え? 何? 何?)
ただ歩いて来ているだけなのに翠にはそれが異様に映った。普通過ぎてどう対処すればいいのか逆に分からなくなる。
翠が迷っている間にも氷真のガジェットは距離を詰めてくる。
心臓の鼓動が早まる。知らず知らずのうちに額や掌に汗が滲む。歩くという普通の動作なのに尋常ではない重圧が翠を襲う。
(何かしなきゃ──やられる!)
やられる前にやる。攻撃される前に先手を仕掛ける翠──それが誘導されているとも
理解出来ずに。
氷真のガジェットに距離を詰められる前にフォーミュラー・エアロは前蹴りを繰り出そうとする。槍を思わせる鋭い蹴りが一直線に伸びていく──少なくとも翠の脳内にはそのような光景が浮かんでいた。
しかし、現実は翠の思い描いていたものと違っていた。
フォーミュラー・エアロの蹴りが放たれる寸前に歩いていた氷真のガジェットが前方にダッシュ。その際にやや横へ移動する。
フォーミュラー・エアロの前蹴りが放たれた時には氷真のガジェットは間合いの中に入っており、伸び切ったフォーミュラー・エアロの足を下から掬い上げる。
体勢を崩されたフォーミュラー・エアロは背中から地面に落下。立ち上がろうとしたが、氷真は掬い上げた足を今度は脇で挟み片足を奪って立てなくする。フォーミュラー・エアロは足掻くように上半身を起こす。そこへすかさず踏み付けが入り、起こした分勢いをつけて後頭部を地面に叩き付けられた。
そのまま抵抗出来ないまま数度踏み付けられると翠のバイザーは『LOSE』と表示する。
「……」
翠は氷真の情け容赦ない攻撃に啞然としてしまう。
言葉を失くしたまま氷真の方を見る。あれだけ容赦の無い攻撃をした彼は涼しい表情をしていた。
「因みに公式大会で今のような攻撃をしたら反則を取られる。だから、真似をしない方がいい」
それどころか説明までしてくる。
「……っ」
鼻の奥が痛み、涙が自然と滲む。実力差をこれでもかと見せつけられた上に歯牙にもかけられていないことが悔しい。また、最初の特訓の際にバッテリー切れを起こした際、バッテリーが切れていなかったら一撃入れられていた、と今まで思っていたが、とんだ自惚れであった。きっとバッテリーが切れていなくとも氷真は避けるか反撃するかしていた。
自惚れに気付いた途端にそれが羞恥に変わる。氷真に生意気なことを言っていたのが恥ずかしくなる。
顔を背けた翠に氷真は──
「泣いているのか?」
──心配しているのか挑発しているのか分からない、兎に角デリカシーの無いことを言ってくる。
その一言の破壊力は凄まじく一瞬で羞恥心を吹き飛ばしてくれた上に怒りまで沸き立たせてくれた。
「な゛い゛でな゛い゛!」
本当は泣きたい気分だったが、意地でも泣かない。
「……そうか」
翠の半泣き顔を見て、氷真は特に何も言わずずらしていたバイザーを戻す。
「ならもう一戦やろうか?」
「や゛る゛!」
この後翠は氷真に負け続け、十回以上泣きそうになった。
◇
泣きそうになったり、怒ったり、感心したり。氷真と出会ってガジェット・バトルを教えてもらっている翠の感情は日々ジェットコースターのように激しく上下していた。生まれてから今日に至るまで、ここまで目まぐるしく感情を揺さぶられた事がない。
悔しいし、腹が立つことも多々あっても氷真の許へ行かないという選択肢は無かった。ガジェット・バトルの腕前が上がったと実感することは楽しいし、上手になったと氷真に褒められることも素直に嬉しかった。
楽しい、楽しいがその楽しい日々はあっという間に過ぎていくものだと翠は自宅に吊るされてあるカレンダーを見て実感する。
氷真と出会ったのは夏休みの最初。気付けば夏休みの終わりまで一週間を切っていた。
「はぁ……」
夏休みがあと一か月は続いて欲しい、と無茶なことを願ってしまう。夏休みが終わったら別に会えなくなる訳ではないが、これまでのような密度でガジェット・バトルで遊べないことは間違いなかった。
このまま残りの一週間氷真とガジェット・バトルで遊んで終わらすのもいい。しかし、このまま終わらせるのも癪な気がした。いつもクールな氷真を驚かせるような、もっと褒めてくれるようなイベントが欲しい。
「……大会」
ポツリと零したがすぐに首を横に振った。こんな何もない田舎でガジェット・バトルの大会なんてある筈がない。
ある筈がないが、町の方ならもしかしたら何かあるかもしれない。人口密度が違うし、ここにはないG―ベースもある。
パソコンを使ってダメ元で検索してみる。町の名前、大会、ガジェット・バトルと検索した結果──
「あった!」
──立ち上がり、声を出してしまうぐらいに驚いた。
町の方で行われる小規模な大会。優勝者には最新のガジェット・バトルのパーツが贈られる。案内文で何よりも気になったのは──
『全国大会出場バトラーも来ます!』
──思いもよらず全国大会クラスのバトラーと戦えるかもしれない。そうなれば自分が今どれだけの実力なのか測れる。
「参加者締切は……今日まで!? しかも後三十分しかない!?」
締切時間までギリギリなのに気付き、翠は生涯で最も忙しい三十分を過ごすのであった。