瞬撃のクールストライカー(表向き) 作:K19
何故か分からないが急に一ノ瀬翠君の集中を欠くようになった。朝から夕方まで何十回もガジェット・バトルをしても最後までやり切れる子だったのだが、バトルの最中に僕の簡単なフェイントに引っ掛かって負け、次の戦いでも同じフェイントに引っ掛かって負けた。
集中力が落ちているというよりも浮足立っているようにも見え、ガジェット・バトルをやっている中で別の事を考えているように見えた。
ガジェット・バトルに飽きた──という感じはしない。飽きたのだとしたら、バトルはもっと雑になる。一ノ瀬翠君の場合は考え過ぎでバトルしている風に見えた。
教えて貰ったことを実戦しよう。あれをしたらこれをしよう。相手の動きを良く見よう。一つ一つは重要かもしれないが、それを同時にやろうとして最初から動けていない。何も考えずに戦うのも問題だが、やはり動かなければ相手よりも一手、二手遅れてしまう。
何か悩みでもあるのか、と訊いてみた。訊かれた一ノ瀬翠君はギョッとした表情をした後に何も悩んでいないと答えた。質問を変えて何か隠していないか、と訊いてみる。一ノ瀬翠君は視線を一瞬左右に動かした後に隠していない、と動揺で声を震わせながら答えてくれた。
僕に何か隠している様子。あー、こういうのってどうしよう。明らかに僕に隠したいという態度だから深くは聞けない。でも、隠し事をしているがネガティブな感じはしない。何だろうか……サプライズを仕掛けているような雰囲気を感じた。
何を考えているのか僕には分からないけど、本人が隠したいのならそのままにしておこう。追究しても鬱陶しいだけだし、好感度を下げるだけだからね。
このことはもう忘れてバトル、バトル! 一ノ瀬翠君にも別の事を考えていると動きが疎かになる、と注意しておく。
図星を突かれて挙動不審になってしまったが、構わずいつも通り丁寧に教えることを心掛けながらボッコボコにした。
一方的にやられることに慣れてきたのか、半泣き顔になる回数は減った気がする。その分、親の仇でも見るような目を向けられる回数は増えたけど。バトラーとしてタフになってきた証だね。
翌日、一ノ瀬翠君がこの世の終わりのような顔で家に来た。明らかに落ち込んでいる。体調が悪いのか、と訊いてみたら首を横に振った。何か嫌なことがあったのか、と訊いたら若干の間の後に首を横に振った。どうやら、この子にとって嫌なことがあったらしい。
気が乗らないなら今日の特訓は無しでいい、と告げると強く拒否された。本人がそう言うのなら仕方がないのでやる。
結論から言うと、今日の一ノ瀬翠君のバトルはとても酷かった。
身が入らないというのはこういうことを指すのだろう。昨日よりも集中力が欠けており、初歩的なミスを繰り返すばかり。教える側故にあまりカッカしてはいけないことは分かっているが、回数を重ねれば頭の中へ昇る血もちょっとだけ増える。
こんなことをやっていても時間を無駄に消耗するだけ。そろそろ夏休みも終わる。学校が始まれば僕も今のような密度でガジェット・バトルを教えられない。残された貴重な時間をこんな風に使いたくない。
なので思い切って踏み込んでみることにした。
一ノ瀬翠君に何があったのか、と訊ねる。当然ながら向こうは誤魔化そうとしてくるが、こんな散々なバトルを見せられて何もなかったなんてあり得ない。最初に会った時よりも下手になっているってどういうこと?
同じ質問をする。今度は正直に言うように念を押して。一ノ瀬翠君は顔色を変え、オドオドした様子で僕の方を見ようともしない。
僕は黙ったまま答えが返ってくるのを待つ。意図的に沈黙を作り出した。ほらほら、気まずいでしょう? 空気が重いでしょう? 黙ったままだとつらいでしょう?
場の空気で小学生を追い詰める構図は傍から見れば最低だが、正直に話させるにはこうするしかない。こっちだっていじめているみたいで気分が悪いんだよ!
暫く沈黙が続いた後、観念したのか話し始める。
「実は──」
一ノ瀬翠君、どうやら僕に内緒で町のG―ベースで開かれる大会に出るつもりだったらしい。内緒にしていた理由は、僕に優勝の事後報告をして驚かせたかったとのこと。まあ、可愛いらしい。正直、そんなサプライズされたら嬉しくて泣いちゃうかも。
開催場所が町なので当然ながら一人で行くことは許可されず、また大会は未成年参加者は保護者同伴が絶対であり、その為祖父母のどちらかが付いて来てくれる予定だった。
しかし、運悪く開催日に祖父母に大事な用事が入ってしまい、付いて行くことが出来なくなってしまった。
一ノ瀬翠君が最近ソワソワしていたのは大会が理由か。そして、今日落ち込んでいたのはそれがダメになったからか……まあ、僕に中々相談出来なかったのは仕方がないね。僕を驚かせようとしたのが理由なんだから。
とはいえ僕もこの子がどれだけ成長したのか見てみたい。それに今までずっと試合形式での練習だったけど、ちゃんとした本番のバトルも経験しておかないとね。大会でのバトルは練習では得られない経験があるし。
そうなると……僕が取るべき選択は一つしかない。
「代わりに付いていこう」
◇
「えっ?」
氷真から提案された時、一瞬嬉しかったがすぐにある不安がやって来た。
(嬉しいけど……負けたらどうしよう……)
戦う前から負けることなど考えるべきではないと分かっているが、人間誰しも想像力を持っているので自然とそういった『もしも』を思い描いてしまう。特に翠の場合は氷真を驚かせる為に大会に参加しようとしていた。翠自身は無意識だったかもしれないが、氷真に黙って参加しようとしたのは、負けたとしても隠しておくことが出来るからだ。
だが、氷真は見ている以上隠しておくことは出来ない。途端に大会へのプレッシャーを感じ始める。
「先ずは君のお爺さんとお婆さんに挨拶をしておかないと……」
保護者代理を務める為に翠の祖父母に会って許可を得ないといけない。大事な孫を預けるに足りるか信頼を得る必要もある。
氷真は既に先の事を考え出していたが、翠の方はプレッシャーを感じた途端に消極的になってしまう。
「別に……そこまで無理しなくてもいいよ……」
翠の消極的な態度を氷真は訝しむ。
「大会に出たくないのか?」
「絶対出たいって訳じゃないし……」
口をまごまごさせてハッキリとしない翠を見て──
「……負けるのが怖いのか?」
──氷真がいきなり核心を突いてくる。
「そ、そんなの……!」
否定するかと思いきや、後に続く台詞は出て来ない。
「ちょっとだけだよ、ちょっとだけ怖い……本当にちょっとだけだよ」
氷真に対し少しだけ本心を話す。出会った一か月も経っていないのに大分心を開いている。逆に言えば翠の人間関係がそれだけ乏しかったことを意味していた。
「そう思うのは恥でもないしおかしいことじゃない。大会の大きい小さい関係無く人前で負けるのは怖さを感じる」
例え喋ったこともない初対面の人たちだろうと衆目の前で敗北を晒すのは恥辱しかない。翠の場合、知人であり先生でもある氷真が見ている。もしも、敗北してこれまでの積み重ねが無駄だと思われ、失望されるのが怖い。
「……負けたらやっぱり悔しい?」
先人からのアドバイスを貰い、自分の糧にしようと普通の質問をする。すると、どういう訳か氷真は途端に険しい表情となり、悩むような仕草をする。
「悔しいとは思う……多分、きっと」
「多分? きっと?」
歯切れが悪い曖昧な答えを返され、今度は翠の方が訝しむ。
「何でそんなに曖昧感じなの?」
つい聞いてしまうと思わぬ答えが返ってきた。
「負けたことがないから」
「……え?」
最初に「何を言っているんだこの人は?」と思った。しかし、誤魔化す為に噓を言っているようにも見えないし、冗談を言っている雰囲気でもない。
「……本当に?」
「誰かと戦って負けた記憶はないな」
「……」
氷真のバトラーとしての実力は翠も嫌という程知っている。無敗という言葉に説得力が無い訳ではない。
「……いつからガジェット・バトルを始めたの?」
「小学生の頃からだ」
数年間無敗ということになる。片手で数えるぐらいしか戦ったことがないのなら可能かもしれないが、少なくとも氷真のテクニックは一朝一夕で覚えられるようには見えなかった。
「言っておくが全部余裕だった訳じゃない。何度も危ない場面もあったし、負けるかもしれないと思ったこともあった」
「思った、ね……」
思っただけで実際には負けていないのだとしたら嫌味に感じてしまう。
よくよく考えたら翠は氷真はガジェット・バトルが上手な人程度の認識でしかない。もしかしたら、自分が想像しているよりも遥か高みにいるのかもしれない。そんな人物が自分に構ってくれるのは暇潰しかただの気まぐれか、真意が何であったとしても日々に張り合いが出たので不満を言うつもりはなかった。
「……もうこの話はいいや。噓か本当か分からないし」
真実を知る術は翠には無いのでこれ以上追求するのは止めた。「噓は言っていないんだがな……」という氷真の呟きは聞かなかったことにする。
「それでどうするんだ? 出るのか? 出ないのか?」
話が脱線していたが、翠はまだ氷真に答えていない。
「……出る」
翠は迷ったがそれでも出ると決めた。驚かせることは出来なくなってしまったが、それとは別に今の自分の実力を知りたいという気持ちもちゃんとある。
「お兄さんに教わったガジェット・バトルが、どれだけ通用するのか試したい」
今はまだ教わってばかりだが、いつかは氷真ともちゃんとバトルがしたい。その為にも色々な人たちとバトルして経験を積みたかった。
「バトラーらしい良い言葉だ」
氷真は翠の答えを聞き、嬉しそうに口角を上げた。
「良し。そうと決まれば大会に向けて練習再開だ。因みに大会はいつだ?」
「明日」
「……予定変更だ。まずは君の家に行って許可を貰いに行こう。ダメだと言われないことを祈ろう」
全く猶予が無いことを今知り、保護者代理の許可を得る為に翠の家へ向かう準備から始めることとなった。
◇
大会は明日と言われ、急いで一ノ瀬翠君の家に向かいました。礼儀正しくきちんと面通しをしておけば大丈夫……な筈。
正直な所、僕はここの人たちとの交流はあまりない。会えば挨拶をする程度であり世間話などしたこともない。どうにも僕の容姿は人を威圧してしまうらしく避けられている気がする。
余所者だという負い目があるので、いきなり赴いて「お孫さんの保護者代理にしてください」と頼んだら向こうだって警戒するだろう。上手く説得出来るのか心配になってくる。
どうやって説明しよう、と頭の中で考えつつ一ノ瀬翠君の案内の下、一ノ瀬翠君の家に到着する。そこそこな距離歩いたけど結局考えがまとまらなかった。
一ノ瀬翠君の家はよくある一軒家で中々年季が入っている。表札を見ると『二宮』という苗字。事前に聞いているが一ノ瀬翠君は母方の祖父母と共に暮らしているとのこと。
「おじいちゃん、おばあちゃん」
玄関の扉を開けると同時に祖父母に呼び掛ける。間もなくして祖母らしき人物が玄関にやって来た。
「おや? 翠ちゃん、今日は帰るのが早いね」
髪が完全に真っ白な高齢ではあるが真っ直ぐ伸びた背筋。品の良い雰囲気のある女性であった。
「ちょっと話があるから早く帰って来た」
「そうなの──うん?」
僕の方を見て怪訝そうな表情をするおばあさん。初対面故に第一印象が大事! 丁寧に挨拶をしよう!
「初めまして」
取り敢えず頭を軽く下げる。後は──
「この人、ボクにこれを教えてくれる先生みたいな人」
──僕が自分で自己紹介する前に一ノ瀬翠君が先に言ってくれた。
「あらあら、この子が」
「帝氷真です」
「帝……ああ、もしかして帝さんのお子さん?」
どうやら父の事を知っているらしい。顔が広いな、父さん。声のからして悪い印象も持っていないようだし流石だ。
「そうです。父とお知り合いですか?」
「帝さんは引っ越してきたばかりの頃、一軒一軒挨拶回りをしていたね。今でも顔を合わせることもあるし」
田舎の再開発の為に派遣されたので、地域の人々との交流は欠かせないのだろう。朝から晩まで働く父さんに頭が下がる。
「帝さんったらこんな大きなお子さんがいたのねー。どうぞ上がって。お茶を出しますから」
お言葉に甘えて家に上がらせてもらう。玄関から入ってすぐの居間に着くと、そこには良く焼けた肌に厚みのある体付きの老人が座っている。
「あなた。こちら帝さんの息子さんよ」
「ああ。聞こえていたよ」
年を重ねた者が発する威圧感がある。硬い表情でこっちを睨むようにも見てくる。正直、顔が怖い。
おばあさんに促されて座卓を挟んでおじいさんの向かい側に座る。雰囲気に呑み込まれて嚙まないように自己紹介。
「帝氷真です」
何故ここに来たのか。その理由を話し、おじいさんとおばあさんに一ノ瀬翠君がガジェット・バトルの大会に出られるようお願いする。
初対面の相手が大事な孫の付き添いになるなど不信感しかないが、粘り強く交渉するつもりであった。
話を聞き終えたおじいさんは一言──
「いいよー」
……おじいさん見た目に反して軽いなー。
◇
そして大会当日。電車に乗って町まで来た。町は流石に人口密度が違う。視界の範囲内に数え切れない程の人たちがいる。
事前に調べておいたので迷子にならずにGーベースへ着いた。この町のGーベースは比較的に新しい。結構な子供たちが集まっており、大分賑やかだ。
一ノ瀬翠君はまだバトルも始まっていないのに大分興奮して鼻息が荒い。昂ぶっているせいでソワソワしており落ち着きがない。
まずは受付を済ませるよう言う。
「う、うう、うん!」
ぎこちない動きで受付に向かっていく。頑張れー。
僕はなるべくG―ベースの隅に移動。邪魔にならないようにしておこう。スタッフさんたちも慌ただしく動いているし。
時間潰しを兼ねて周囲を観察する。その中で気になる人物を見つけた。成人スタッフの中に混じる私服の男性。年齢は僕に近い。あれが全国大会出場者のゲストらしい。
スタッフと話しながら愛想の良い笑みを浮かべている。偉いなー、僕はバトルぐらいしか能ないから、こういう大会の手伝いってしたことがないんだよね。
にしてもあの人、顔に見覚えがあるなー。