瞬撃のクールストライカー(表向き)   作:K19

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……羨ましいな

 衆目の前での初めてのガジェット・バトルを終えた翠はフラフラと力の無い歩みでバトルフィールドから離れていく。その手に相棒のフォーミュラー・エアロを握っているのだが、指に引っ掛かっているだけのような力無い持ち方なので見る人がいれば今にも落としそうで冷や冷やする。

 バトルが終わったというのに翠は勝った実感が湧かない。緊張し過ぎてバトル開始と同時に頭が真っ白になっていた。

 

「……あっ」

 

 緊張が解け、先程やったバトルの内容が蘇ってくる。本当に自分が動かしたのかと疑うような滑らかな動き。練習の時にやった動き、氷真を真似した動きが無意識に出ていた。

 我に返った翠は気付く。周りのバトラーや観客が自分の方を見ていることに。あれだけ鮮やかな瞬殺劇を見せたのなら注目を集めても仕方がない。

 一人でいることに慣れてしまっている翠は、それらの視線に羞恥から耐え切れなくなり、逃げるように手洗い場の方へ向かう。幸い、それを追い掛けるような無作法な人たちはいなかった。

 心臓を高鳴らせたままGーベースの角を曲がり、皆の視線から隠れる。

 

「おめでとう」

 

 翠の行動を読んでいたのか、そこに立っている氷真。思わず悲鳴を上げそうなぐらいに翠は驚き、氷真からの称賛の言葉を聞き逃してしまう。

 

「ど、どどどっ!」

 

 不意打ちで驚き過ぎて舌が回らず同じ言葉を繰り返してしまう。

 

「落ち着け」

 

 氷真は呂律が回っていない翠を落ち着かせようとする。翠は数回深く呼吸をし、冷静になってから改めて言う。

 

「──どうだった?」

 

 先程の戦いのアドバイスを求めて来る。

 

「……褒めたらいいか? それとも厳しめがいいか?」

 

 翠の意図を察してどんな風なアドバイスがいいか確認する。

 

「……半々で」

 

 厳しい言葉の方が成長出来るかもしれないが、まだそれを受け止める程の器が無いことを自覚しているので間を取ったマイルドなアドバイスを求めた。

 

「初めてのバトルなのは分かるが緊張し過ぎだ。バトル開始の合図が聞こえていなかっただろ?」

「……」

 

 翠は目を逸らす。図星であった。相手のガジェットが目の前に来るまで頭の中が真っ白で何も考えられない状態であった。

 

「だけど、初めてのバトルとしては上出来だ。上手くカウンターも決められたし、フィニッシュまでの動きもスムーズだった」

 

 褒める点は褒める。相手の動きを見切っての肘のカウンターは実際良かった。ただ、直前まで緊張して動けなかったせいでギリギリまで引き付けることとなったが。結果としてそれが絶好のタイミングでのカウンターになったので及第点とする。出来ることなら次からは偶然ではなく意図してやって欲しいと氷真は思っていた。

 氷真の言葉を真剣に聞き、頭の中でそれをイメージする。翠の脳裏ではフォーミュラー・エアロの性能を十二分に引き出し、裂くようにバトルフィールドを駆け抜ける姿が描かれていた。

 理想はしっかりとイメージ出来た。後はそれにどれくらい近付けるか。フォーミュラー・エアロが良いガジェットなのはバトラー本人である翠が一番知っている。フォーミュラー・エアロが負けたらそれは性能のせいではなくバトラー自身の問題である。

 自らを追い込むようなことを考えながら、翠は真っ直ぐ氷真を見た。もう目に緊張や動揺の色はない。

 

「次はちゃんと勝ってくる」

「楽しみにしているよ」

 

 

 

 

 全ての一回戦が終わり、小休憩となる。バトラーたちは今の時間の間に自分の相棒をメンテナンスする。

 そして、彼もまた例外ではなかった。

 

「あれ? 佐野君は?」

 

 男性スタッフが居なくなったサノケンを探す。

 

「あそこですよ」

 

 別のスタッフが指差した方にサノケンがいた。サノケンは自分のガジェットのメンテナンスを行っている。

 

「今から調整しているなんて気合が入ってるなー」

「流石は全国大会経験者ということですかね?」

 

 一回しか戦わない予定なのに念入りにガジェットを整備するサノケンに意識の高さを感じ、感心するスタッフたち。

 スタッフたちの感心する声はサノケンには届いていなかった。目の前の相棒のメンテナンスに意識が集中しており、雑音としてカットしている。

 

(……こうやってお前と向き合うのも久しぶりだな、ヴァリアント)

 

 サノケンは相棒のガジェットの名を心の中で呼び掛ける。

 ヴァリアント・ワン。この大会でもよく見かけるジェネラルという量産型シリーズで広いシェアを誇るG-WORKSから発売されたガジェット。迷彩柄に丸みを帯びたボディーアーマーのような装甲。完全武装した特殊部隊のような見た目をしており如何なる地形でも適応し、バトラーの操作を忠実に反応する、というコンセプトで発売されたガジェットである。

 そして、ヴァリアント・ワンの評価はというと──正直なところ微妙であった。どんな地形にも適応するという前評判だが、せいぜい五十点くらいの可もなく不可もない安定感に留まっている。初心者には中々良いが、上級者だと物足りなく、つまらないと評価されている。

 そんな賛否のあるガジェットだが、サノケンずっとヴァリアント・ワン及びその派生型のガジェットしか使っていない。

理由は単純に見た目が好きだからだ。切っ掛けなんてそれで充分。ただそれをそのまま言うと幼稚と思われるかもしれないので適当な理由をでっち上げて周りに言っている。

 ヴァリアント・ワンの整備を終えると次は武器を選ぶ。サノケンが愛用していたのは片手剣ともう一つガードアームという武器。両手に装着する盾と一体化した籠手のような打撃武器である。攻撃と防御両方に使えるが、どっちつかずの武器且つ複合武器なので重く扱いは難しい。ガードアームとは真逆のコンセプトとアサルトアームという武器も存在するが、こっちはより重量のある武器なのでガードアームよりも扱い難い。ガジェット・バトルで使いこなしているのはサノケンが知る限り四強の一人ぐらいである。

 サノケンが選んだのはガードアームの方であった。片手剣の方が汎用性があり、間合いもガードアームより広く、振りも速い。翠のフォーミュラー・エアロと戦うなら片手剣の方が有利。

 しかし、サノケンは敢えてガードアームの方を選んだ。相手の得意とするレンジで戦うつもりであった。

この時点で翠が優勝することを微塵も疑っていない。それ程までに翠の初戦は鮮烈であった。眠っていたサノケンのバトラーとしての矜持が刺激され、熱を呼び覚ますぐらいに。

 観客の誰もが期待を寄せ、魅せるルーキー。強過ぎるせいで実は経験者なのではと疑ってしまったが、バトル開始前のガチガチに緊張している様子を思い出し、やはりガジェット・バトルの経験は浅いと思い直す。もし、あれが演技だとしたらガジェット・バトルよりもそっちの道で有名になれる。

 

(期待のルーキー……いいね。倒し甲斐がある)

 

 闘志が湧いてくるが、そこには無意識の敵意もあった。

サノケンは自覚は無いが、特別な存在に対して尊敬と嫉妬を抱えている。

全ての切っ掛けは全国大会初戦。四強の一人と戦い、手も足も出ずにボロ負けをしたこと。負けたことは仕方がない。相手が圧倒的に強かったからだ。この時点では対戦相手を素直にリスペクトしていた。

 問題はバトルが終わった後のこと。サノケンは勝者に「負けました」「頑張ってください」と言うつもりであった。

それに対して相手の反応は、完全無視。眼中になく、歯牙にもかけない。最初から最後までサノケンのことを見ておらず、何一つ言葉を掛けることはなかった。

 特別な存在から見下される以下の扱いを受けた。サノケンにとってトラウマとなり、それと同時に暗く、黒い怒りが彼の心の奥底で無自覚に燻り続ける。サノケンの性格が常人且つ善良寄り故にその感情から目を背けていた。

 相棒の整備をしている背中に二回戦が始まるアナウンスが聞こえる。サノケンは見向きもせずに手入れを続けている。関心がないのとヴァリアント・ワンの整備に忙しいので意識がそちらに全く向かなかった。

 整備している間に次の戦いが始まる。

 

「一ノ瀬翠選手!」

 

進行役のスタッフがその名を呼んだ瞬間にサノケンは整備を止めてバトルフィールドの方へ向かう。実力者と認識している翠のバトルだけは例外であった。

 サノケンはバトル開始前の翠を見る。初戦の時の緊張感が程良く抜けた状態になっている。

 

(一回勝っただけで顔付きが変わったな)

 

 勝利が自信に繋がるのはサノケンも良く知っている。勝ちを経験した翠の顔は自信に満ちていた。しかし、だからといって驕っている感じはしない。自信を裏打ちする何かが翠の中にはあった。

 

(こっからが実力発揮か?)

 

 初戦は緊張し過ぎて無駄に力が入っていた。それが無くなった今、翠の本来の戦い方が見えるかもしれない。

 サノケンは翠の戦いを一瞬たりとも見逃さないよう瞬きもせずにバトルフィールドを凝視する。

 翠のフォーミュラー・エアロと戦うのはジェネラル。ただし、初心者のジェネラルではなくカスタムパーツが使用されている。腕部はパワー重視したものに変え、背部にはブースターパーツを背負っており、武器は身の丈程ある大剣。一目でブースターにより急接近し大剣で一刀両断するスタイルなのが分かる。

 一撃を重視するスタイルは経験の浅い相手なら有効だが、果たして翠のフォーミュラー・エアロはどう戦うのか。

 

「二回戦! バトルスタート!」

 

 開始の合図と同時に相手のカスタムジェネラルはブースターで急加速しながら大剣を振り上げる。相手のペースを崩すことを狙った急襲。一回戦も初撃で大剣による大ダメージを与えた後、そのまま何もさせずに勝った。

 しかし、相手のお株を奪うようにフォーミュラー・エアロもまた一気に前進。フォーミュラー・エアロの方からも間合いを詰める。

 互いに接近することで距離は一瞬で縮んだ。ただ、相手のカスタムジェネラルは大剣を振り上げた体勢なので攻撃に移るまでの間が出来てしまう。一撃狙いのスタイルは中級者相手だと途端に大振りの隙だらけな戦い方になってしまう。

 フォーミュラー・エアロが跳躍。弾丸のような速度で斜め上に跳び上がると、がら空きになっているカスタムジェネラルの顔に膝を叩き込んだ。

 カスタムジェネラルの頭が消し飛んだかと思えるような勢いのある膝蹴り。フォーミュラー・エアロのスピードもあってキレもある。

 フォーミュラー・エアロの派手なカウンターに初戦で心掴まれていた観客たちは歓声を上げる。

 

(やり難くなってきたぞー)

 

 翠の対戦相手にサノケンは同情する。場の空気というのは思いの外影響してくる。翠にとっては歓声でも対戦相手からすれば自分の負けを望む声に変換されているかもしれない。

出鼻を挫かれたこともあって対戦相手のカスタムジェネラルは大きく後退したまま動かない。対戦相手はコントローラーに指を置いたままどうすればいいのか混乱している。

 

(こういう時こそ適当でもいいから動くんだよ)

 

 サノケンは心の中でついアドバイスを送ってしまう。あれこれ考えている間も時間は流れて行くし、相手も動く。止まっているということは、それだけ相手の行動を許すということ。無様でもいいから逃げ回ればその分攻撃から逃れられる。

 フォーミュラー・エアロが正面から相手に突っ込む。真っ直ぐ向かって来ているフォーミュラー・エアロにカスタムジェネラルは大剣を払った。

 大剣は空振りする。斬る筈であったフォーミュラー・エアロは大剣の下を潜り抜け、そのままスライディングキックでカスタムジェネラルの両足を蹴る。

 カスタムジェネラルの両足が地面を離れ、そのままうつ伏せなって倒れた。スライディングキックの加速が止まったフォーミュラー・エアロはすかさず後方へ宙返りをし、相手の真上まで跳ぶと、両膝を突き出した体勢で落下。カスタムジェネラルの背中に着地する。

 全体重を掛けたダブルニードロップを受け、膝と地面に挟まれたカスタムジェネラルのエネルギーはゼロとなり勝者は翠となった。

 またもや鮮やかな瞬殺劇。観客は盛り上がり、次の対戦相手となるかもしれないバトラーは顔を蒼褪めさせる。

 

(分かっていたけど、もうあいつの空気だな)

 

 ここまでの見事な戦い方をした翠とフォーミュラー・エアロにGーベースの者たちはすっかり魅了されてしまっている。

 

(こういうのを華がある、って言うんだろうな)

 

 強者特有の場の空気を支配する力。本人たちは別に特別なことをしている訳ではないが、その一挙手一投足が、在り方が他人を魅せる。

 

(……羨ましいな)

 

 自分には無いものを持つ者をどうしても妬んでしまう。

 この仕事を引き受けた後悔は既にサノケンの中から消えていた。失せた情熱が再燃すると共に胸の奥で燻っていた黒い炎が燃え上がっていく。

 黙々とガジェットの調整をしているサノケンに、そろそろ戻るようスタッフが頼みに行く。

 

「あのーそろそろ──」

 

 サノケンの横顔を見てそこで息を呑む。何処か気の抜けた表情をしていたサノケンであったが、今は瞬きもせず口の端を吊り上げて悪鬼を思わせる表情でガジェットを弄っている。

 言葉を失うスタッフ。すると、サノケンもスタッフに気付いて表情を元に戻す。

 

「あー、すみません。すぐに行きます」

 

 見間違いかと思えるぐらいの表情の変わりようにスタッフは戸惑いながらもサノケンを連れてバトルフィールドの方へ戻る。

 

(俺って意外と嫌な奴かもな……)

 

 翠のガジェットを叩き潰すことを今からウキウキしている自分。頭の中では対フォーミュラー・エアロへの戦い方が組み立てられていた。

 

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