皆さん、花粉症の季節ですね。私にとってのこのページの更新は鼻をかむのと同義です。頭が詰まりますゆえ。
今回は伝奇小説もどきを書いてたら途中で空気が変わった変なのです。
まあ、読んでやってください。
まだ、尻が青い頃の話だ。
人と会うと、そいつの後ろに何かしらのイメージと動きが一瞬浮かぶ時期があった。
イメージが浮き出る共通項として、そいつらは人に埋もれない個性があった。
例えば、小林ってヤツが知り合いにいるが、そいつのイメージは何枚も舌がある下卑た笑みを浮かべるバイ菌だ。
タチが悪いことに、犬や猫すらイメージが浮かぶことがある。
通学中に会うポメラニアンのわたあめすら、肉を貪るオルトロスのようなイメージが現出する。
ただ、それだけなら良かった。
見た目を整えるために、鏡を見ることが往々にしてある。
その度に、後ろには無数の不定形な不揃いな目があちこちを見据えて様々に形を歪める像が見える。あっちの目は笑い、こっちの目は泣き、そっちの目は呆れる。瞬きの後、全ての目は真っ直ぐに鏡越しにこちらを一斉に凝視する。
見開かれたその目はこちらを逡巡することなく見つめる。
気色が悪いこと限りないはずなのに、その目は私を知っていて私もこの目たちを知っているような気がした。
親が向けるような、兄弟が向けるような、友人が向けるようなそんな視線に溢れていた。
当初は誰にも信じて貰えないだろうと思い抱え込んだ。それでも、人と同じようにこのイメージとの付き合うことが出来るのではと愚行した私が取ったのは現出したイメージとその人物の観察だった。
先述の某バイ菌は、舌の枚数こそ目を見張るが存在自体は矮小だった。
更に言うなら、犬のわたあめのオルトロスはそのバイ菌よりかは格段に大きく存在感がある。
判断するにも分析するにもサンプルが足りない。
どうするか悩んだ私は手近な親を観察することにした。
母は小さい餓鬼のようにも見えたが顔は般若だった。その癖、声が大きいので口は張り裂けていた。
父は家の中で威嚇を繰り返す蛇蝎に見えた。ただ、外向きの彼を見ると首根っこを掴まれた子猫の像も散見された。
サンプルが四件、いや五件。整理しようにも収集した四件が微細だ。残りの一件は鏡で見たあの目の集合体だ。漫画の見開きを使ったコマのように視界いっぱいに広がる異形、それをベースに比較をしてきた。
どうにもこの時分の自分には、外れ値の処理が出来ない傾向にあった。文字通り桁が違う数値の処理を同じ表に収めようとするきらいがあった。
学校の教師のビジョンを見ることにした。担任の栗本の像はのらりくらりと揺らめく白い狐に見えた。文字通りの女狐かと思った矢先、ビジョンが変わる。クラスの問題児が栗本から怒号を浴びた。白い狐は頭に真蛇の面が付いた、付けてしまった。大きさは、私の背後に蠢くモノに準ずる大きさだった。
推測としては、観察した人物のイメージとその人物が大物かどうかという仮説を建てた。
振り返って思う。あれは、思春期の多感さと自身の過剰適応による人間のトリアージ……もとい選別だった、と。
誰と関わり誰を避けるか、という大人になってみて染みる初頭効果とヘイロー効果を棄てた人間観察の発露だった。
お吸い物の素でパスタとかき玉汁を作るレシピを覚えた作者です。めんつゆか醤油使うかが今の悩みです。
やっぱり、今の求められている作風とここがミスマッチなのは自覚してます。
どこまで迫れるかの実験場みたいな側面はあります。
それでは近い内にお会いしましょう。