今回の話はそんな感じです。
くたびれた、疲れた、辛い、そんな愚痴を噛み潰して帰路につく。
既に閉店している店のショーケースに映る自分は何ともみすぼらしく惨めに感じる。
ふと、普段は目を向けない路地に薄暗く怪しげに灯るネオンが近視気味の網膜を揺らした。
英語で書いてあるがヒラリと手元にやってきた紙が『やり直し屋』だと説明する。
新しい飲み屋だろう、そんなことを思い私は店に入った。
疲れからか店主の説明はほとんど聞いていなかった。どうせ、意識高いメニューの能書きだろう……そんな風に思っていた。瞬きを数回すると、奇天烈なことが起こった。いや、意味が分からないというのが正直なところだ。
目の前にいるのは、幼児にも見える少年が点滴を受けていた。そして、苦しそうに痰混じりの咳をしていた。しつこく、粘っこい痰の感覚が胸の奥で騒ぎ始める。
何故だろう、憐憫と同時に郷愁が湧いてきた。理由はすぐ目の前にあった。
かつて親に買ってもらい、いつの間にか捨てられていたはずのマンボウのぬいぐるみを目の前の少年が抱き抱えていたからだ。
寸での理性が『それはない』と否定する。
が、状況証拠が他人の空似という詭弁を蹴飛ばしてくる。
ふと、目の前の少年がごちる。
「なんではりをさすの?」
その台詞に胸がざわついた。嗚呼……間違いないあの頃だ。
思い当たる節はあった、幼少の頃、親の傲慢で罹患した肺炎で入院する羽目になった。
その時の光景が今になってプレイバックされていると今確信した。
現に、咳を悪化させることを承知でアレルゲンまみれのぬいぐるみを大事に抱いているのがその証左だ。
「俺は…」
あの時の俺は何を求めていたのだろうか。
パターナリズムな医療か?マターナリズムな献身か?
親の謝罪か?産んだことへの贖罪か?
「違う」
そうだ、違う。
夢と私を隔てるガラスを取り去ると、私は仕事着の白衣と名札を胸につけて過去の自分と向き合った。
あの頃、どんな顔をしていたかもやがかかったようで思い出せない。それでも、
「ごめんね、おくすりが効いてるか分からないから血を取ってるんだ。」
「なんでとるの?」
「痛いよね、辛いよね。おくすりが効いてたらおうちに早く帰れるから、がんばろ?」
一個人として向き合う、そんな今の当たり前をあの頃の自分は求めていた。
しつこかったもやは消えていた。
ふと、目が覚める。
目の前には能書きを垂れていた店主。
「またのご来店をお待ちしております。」
慇懃無礼な講釈は鳴りを潜め、恭しく礼をする様は堂にいっていた。
今回は何かのプロトタイプになりそうな感じがしますが、特に気にしない方針で置いておきます。