『中古カード』専門店 作:新人28号
――『闇のカード』を手に入れて、テンションが爆上がりしていた俺。上機嫌すぎて、家族からは頭の調子を心配されてしまった。
年齢が二つほど離れた妹にいたっては、若干気持ち悪がられてしまう始末。お姉ちゃんは悲しくて、涙で枕を濡らす羽目にもなった。ぐすん。
という戯言を置いておくとして、一晩経つことで昨日あった出来事に整理をある程度つけることができた。
『闇のカード』の力を悪用して、可愛い女の子を『カード化』する。それは確定事項だ。昨日も思ったけど、せっかく『願望』を実現できる力を手に入れたのに、使わないのは勿体ない。
……しかし『闇のカード』を拾ってから、頭のネジというか、理性のブレーキの効きが悪くなってしまった気がする。フィクションとリアルを分ける程度の分別はあったはずだが。
そういう悪作用でもあるのだろうか。まあ、とっても心地良いので、むしろ今の状態の方が有難い。
それよりも、優先して考えなければならないことが一つある。それは、『カード化』した『コレクション』を飾る為の場所の確保だ。
犯行現場自体は『異空間の形成』で事足りるだろう。けれど、長期的な維持は制約的に無理そうなのが、理由になる。
他にも同種の力の持ち主達や、いるかも分からない『闇のカード』の製作者かバラまいた存在から身を隠す為の、安全な拠点も今後のことを考えれば必要になってくる。
流石に、家の自室に堂々と飾る訳にはいかないからな。これは、今世の家族を厄介事に巻き込まない為の配慮でもある。
例えば、前世のコンビニぐらいの規模で点在するカードショップ――その中で閑古鳥が鳴いている感じの。そういうお店を乗っ取ることができたら、隠れみのに最適なのだが。
さらに店長か店員に、美少女や美人がいたら文句なし。
……だが、そんな都合の良い場所なんて、ある訳が――あっ、見つけた。俺は学校からの寄り道で、うってつけの場所を。
俺は周りの人達に不審に思われないように、ニヤけそうになる口元を隠すのに必死だった。
■
私――篠宮
母親は私が物心がつく前に亡くなってしまい、父親は私を男一人で育ててくれた。そんな父親の仕事は、小さなカードショップの経営者。
このご時世、カードショップの数など星のほど……は言い過ぎにしても、数多く存在する。
それはつまり、それだけ競争が激しいことを意味する。
父親が経営していたお店は、いつも人が少なかった。……いや、見栄を張るのは止めよう。お客さんと呼べるような人は、片手で数えられる程度。その人達も、近くに別のカードショップが開いた途端に姿を見せなくなってしまった。
それでも父親は店を畳むことはしなかった。しかし、それでは最低限の生活費や私の学費を賄うことはできない。
開店時間を減らして、その分の時間を父親はアルバイトに費やした。そのお陰で、私は大学まで進むことができた。感謝しかない。
だから、私は幼い頃からお店の手伝いをしながら、父親に何度も言った。
「……ねえ、お父さん。私が大人になったら、お父さんのお店を継いで、もっと大きくしてあげる。他のお店に負けないぐらいに」
だが、その度に父親はこう言う。寂しそうな笑顔を浮かべながら。
「はははっ、それは嬉しい話だ。だけどな、千紗。私はお前には好きな仕事に、自分のやりたいことをやってほしいんだ。……こんな夢の残骸に、お前まで縛られる必要はないんだからな」
父親のそんな表情を変えてあげたくて。幼い頃の発言を嘘にしない為に、大学で勉学に励んだ。大学を卒業した後は、すぐにお手伝いとしてではなく、正式な店員になって父親を支えるつもりだった。
だけど、その時点で手遅れだった。
病院の人からの連絡を聞いた時の混乱。講義を途中で退席し、父親が運ばれた病院まで全速力で駆けた時の疲労感。冷たくなった父親の手を握りしめた時の喪失感。
今でも夢に見るほどに、あまり思い出したくない記憶だ。
そんな父親の死因は、大病や悲劇的な事故でも何でもない。今までの無理がたたってしまっただけ。要するに、ただの過労死だ。
まだ親孝行をしてあげる時間はある。そう無意識の内に信じ込んでいた。私が大人になるにつれて、父親も歳を重ねている当たり前の事実に気づかずに、滑稽だ。
幸いなことに卒業間近であったことが助かった。葬儀などのゴタゴタを私一人で粛々と終わらせて、お店を引き継ぐことができたのだから。
と言っても、お世辞にも経営は軌道に乗ったとは言えない。相変わらずお客さんは、偶に来る一見さんしかおらず、リピーターや常連さんなんて一人もいない。
そのせいで父親のように、開店時間を短くして他のアルバイトに時間を充てる。そんな悪循環だった。
「はあ……」
私一人だけの、決して広くはない店内のカウンター席に腰をかけたまま、私は深くため息を吐いた。暇潰しに読んでいた文庫本から、顔を持ち上げる。
店内を見渡しても、私以外の人影は全くない。いつも通りの光景だった。見慣れたものとはいえ、やはり気が滅入る。
(ダメダメ、こんな辛気くさい顔していたら、来る人も来なくなるわ)
ネガティブな方向に走りかけていた思考を切り替える。
(……気分転換にでも、店の前の掃除でもしましょうか)
カウンターの隅に文庫本を置き、裏のロッカーの中にある箒や塵取りを持って、店の外へ出ようとした瞬間。基本的に開かれるはずのない自動ドアが開く。まだ私が反応する位置に立っていないのに。
若干の混乱に陥る私に、控えめな感じで声がかけられる。
「……あのー、すいません。ここのお店って、今開いてますか?」
声の方に視線を向ける。大学を卒業し、成人を迎えている私よりも一回りほど低い背丈。高校生……いや、雰囲気的に中学生だろうか。
そんな感じの、セーラー服を着崩すことなくきっちりと着た黒髪の少女がいた。第一印象は、派手なことが苦手で引っ込み思案な性格に感じられた。
しかし、どことなく庇護欲が掻き立てられる。こういうタイプは、決して交友関係は広くはないが、一人ひとりの友情は深い。あくまでも、私の直感に過ぎないが。
そんなことを考えながらも、少女の質問に答える。
「ええ、開いているけど」
「はあー、良かった」
私の返事に、胸を片手で押さえて安堵のような息を吐く。その反応を疑問に思った私は、逆に問い返した。
「何かご用? 働いている私が言うのもなんだけど、欲しいカードがあるんだったら、別のカードショップの方が良いと思うけど」
言い終ったタイミングで、しまったと思った。ついさっきまで客が来ないと嘆いていた人間としては、言ってはいけない台詞だった。
最低でもお店のカードを見ていってもらおうと、今からでも引き留めようとした時。
「じゃあ、店内を見ても大丈夫ですね」
「も、もちろんよ」
先ほどの私の言葉を気にした様子もなく、入店した少女はそのまま近くのショーケースに近づいていく。飾られているカードを眺めながら、店内をゆっくりと巡り始めた。あのペースであれば、この広さでも小一時間ぐらいはかかるだろう。
(……流石にそんな長時間、お店を空ける訳にもいかないし、掃除は取り止めかな。元々別に無理にする必要もないし)
不審に思われない程度に、掃除道具を店の隅に置き、カウンター席に戻る。文庫本を手に取り、読む振りをしながら少女を横目で観察する。
単なる興味本位からの行動だ。
少女は様々なカードを見ながら、懐から取り出した財布の中身とにらめっこをしている。その年相応な様子に、微笑ましさを感じて、小さく笑う。
もちろん少女の邪魔にならないように、笑い声は押し殺している。
それから、三十分が経過した頃。お目当てのカードを見つけたのか、少女が一枚のカードを持ってカウンター席の方にやって来る。
「……お会計をお願いします」
「分かったわ。少し待っててね」
そう言って、そのカードが差し出される。会計を行う為に、どのカードであるかを見ようとした。
「ん? ……っ!?」
思わず、受け取ろうと伸ばしていた手を止めてしまう。接客態度としては落第点もいいところだろう。
しかし、本能的に『ソレ』の前では体が竦んで動けなくなってしまった。
『ソレ』は、一枚のカードであった。だが、漆黒に塗り潰された『ソレ』は、この店の売り物ではない。それどころか、『ソウル・バースト』のカードですらない!? ただの紙切れとは思えない程の威圧感や危険なオーラを放っていた。
見ることさえ御免被りたい代物。目を背けて視界に入ったのは、『ソレ』の推定持ち主らしき少女。彼女は首を傾けて、こちらを不思議そうな表情で見つめいた。
まさか、この少女には『ソレ』が普通のカードに見えているのか。それとも、わざと戯けているのか。
答えが出ずに混乱している間にも、状況はますます悪い方向に転がっていく。
『ソレ』から黒い泥のようなものが溢れていき、私や少女を呑み込もうとしてくる。呆けていた思考でも、瞬時に不味い状況であることは理解できた。
一瞬の躊躇を見せつつも、私は少女を助けるべく手を伸ばそうとし――闇の中へと沈んだ。少女の顔に浮かんでいた笑みが見間違いと信じて――。
■
――平衡感覚が戻ってきた。目を開けて、辺りを見渡す。一寸先は闇。それを文字通りに具現化したような異界。そうとした表現できない空間のど真ん中に、私は立っていた。おまけに、同行者はもう一人。あの少女だ。
明らかに異常な状況で、孤独でなかったことに安心しようとした時。ここに飛ばされる前の、少女の異様な表情を思い出し、心臓の鼓動が早くなる。無意識の内に、数歩後ずさっていた。
そんな私の様子を見て、少女はまた笑った――いや、嗤った。先ほどまでの、内気そうな態度を微塵も感じさせずに。
「――ねえ、お姉さん。『私』とバトルしてくれませんか? ……と言っても、拒否権はありませんよ。『私』に勝たないと、ここからは出られませんので」
少女の言葉の真偽は不明。だが、この少女が今の状況を招いたことは間違いない。より詳細な情報を聞き出す為にも、少女の提案に乗るしかないだろう。
「……ええ、良いけど、私が勝ったらちゃんと解放してくれるのよね?」
「それは当然です。私が勝たないと、そもそも『条件』が満たせないですし」
「……『条件』?」
「こっちの話です。了承も得られたので、早速始めましょう」
その言葉に応えるように、私と少女との間に色合い以外は見慣れたバトルフィールドが出現する。少女は徐にデッキを取り出して、所定の位置にセットしていた。
私もそれにならい、肌見放さずに持っていた自分のデッキを置く。まだまだ私が幼い頃に父親と一緒に組んだ、思い出のそれに勇気をもらいながら――。
「「ゲーム、スタート」」