シャインポスト Be your family 作:陽HARU
ひめちゃんが12歳になった頃。
小夢さんは相変わらず薬は飲んでないけど、
体調の波が完全に消えたわけじゃない。
イベント前になると「またあの頃みたいにステージに立てるかな」って不安が顔に出て、
夜中に「ひめちゃんに迷惑かけてないかな」ってぼそっと呟く日もあった。
そんなある日、俺は決断した。
今まで乗ってた普通のセダンじゃ、もう家族3人+荷物+小夢さんの衣装ケースがキツい。
ひめちゃんのピアノの発表会、
小夢さんの地方イベント、
学校の遠足の送迎、
週末の家族旅行…全部考えると、
もっと実用的な車が必要だった。
「新しい車を買う、ミニバンにしようと思う」
俺が夕飯の時に切り出すと、
小夢さんは少し驚いた顔をした。
「え、でも…高いよね?
私、昔みたいに毎月たくさん稼げてないのに…」
「アイドルの仕事も、ひめちゃんの習い事も、
これからもっと増えるだろ。
家族で動くなら、こっちのが絶対いい。
お前がステージから帰ってきてすぐ寝られるように、
後部座席フラットにできるやつ選んだ」
ひめちゃんが目をキラキラさせて
「ママの衣装いっぱい乗せられる!
私も友達乗せていい?」ってはしゃいだ。
結局、黒のトヨタ・アルファード(ファミリー向けのやつ)を買った。
ディーラーで納車の日、小夢さんが助手席に座って、
後ろの広いシートを見ながら
「…これ、ひめちゃんが赤ちゃんの頃だったら、
夜泣きしながら車で寝かせられたかもね」
って、ぽつりと言った。
その声に、ちょっと昔の暗い影が混じってて、
俺はハンドルを握る手が少し震えた。
でも小夢さんはすぐに笑って、
「今は、こうやって3人で乗れるだけで嬉しいよ」
って、俺の膝に手を置いてきた。
初めての家族ドライブは、
ひめちゃんのピアノコンクールの地方予選。
高速で小夢さんが後部座席を倒して仮眠して、
ひめちゃんが「ママ、昔の曲歌って!」ってリクエストして、
小夢さんが小さな声で「キラキラ☆」を歌い始めた。
声は昔より少し低くて、力強さが少し減ってるけど、
それでも「小夢の声」だった。
ひめちゃんが「ママの歌、好き」って言った瞬間、
小夢さんの目が少し潤んで、
「…ありがと。ママ、昔はもっと上手に歌えたんだけどね」
って自嘲気味に笑った。
俺はバックミラー越しに「今のが一番いいよ」って言った。
13歳になったひめちゃんは、
もう完全に「女の子」って感じで、
小夢さんに似てスタイルが良くなってきた。
でも時々、小夢さんが「私みたいにならなくていいよ」って、
過去の自分を重ねて不安げに言うことがある。
ある夜、ひめちゃんが学校でいじめられて帰ってきた。
軽いものだったけど、
小夢さんはそれを聞いて一瞬で顔色が変わった。
「私も昔…ステージで叩かれたことある」って、
急に昔のトラウマと重なって、
その夜は久しぶりに「消えたい」って言葉が漏れてきた。
俺は小夢さんを抱きしめて、
「今は違う。お前はもう一人じゃない。
ひめちゃんも、俺もいる」
って何度も繰り返した。
次の日、アルファードで3人で近所の海までドライブした。
ひめちゃんが波打ち際で走り回って、
小夢さんが「昔は海よりステージが好きだった」って笑いながら、
ひめちゃんの手を握って歩く。
帰り道、ひめちゃんが後部座席から
「ママが産後うつだったって聞いたよ。
先生に相談したら…ママが今笑ってるのって、すごいことなんだって」
小夢さんは前を向いたまま、少し間を置いて、
「…うん。ママ、ひめちゃんが生まれてから、
一度壊れかけた。でもパパが逃げなくて、
ひめちゃんが『ママ大好き』って言ってくれたから、
ここまで来れた」
ひめちゃんがシートベルトのまま前屈みになって、
「私、ママみたいにキラキラしたい。
でもママが今みたいに優しくて強いのも、かっこいいと思う」
俺はハンドルを握りながら、
あの産後3ヶ月目の暗闇を思い出した。
膝を抱えて泣いてた小夢さん、
「母親失格」って自分を責めてた声、
「触らないで」って震えてた体。
でも今、後部座席では、
ひめちゃんが小夢さんに寄りかかって寝てる。
小夢さんが俺の肩に頭を預けて、
「…アルファード買ってくれてありがとう。
これで、また新しいステージ始められるね」
って静かに言った。
俺は小さく頷いて、
「家族の形、ちゃんと守れたな」
って、もう一度あの言葉を呟いた。
小夢さんは目を閉じて、
「うん…約束、ずっと守れてる」
って、穏やかに微笑んだ。