勇者だと勘違いされているただのコスプレイヤーです   作:PPP

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第5話「勇者様のお手製」

 

 

 

 

 

 異世界生活も一週間が経った。

 

 誠一の日常は、驚くほど――暇だった。

 

 朝は好きな時間に起きる。食事は質素ながらも最高級の食材を使った料理が出てくる。たまに謁見をこなし、訓練場は相変わらず避け、夜は温泉に入って眠る。

 

 それだけだ。

 

 本当に、それだけ。

 

 

 

「……暇だ」

 

 

 

 誠一は、豪華な客室のベッドに大の字で寝転がりながら呟いた。

 

 天蓋の絹が、風もないのにかすかに揺れている。窓からは午後の日差しが差し込み、部屋を暖かく照らしている。どこまでも平和で、どこまでも退屈な光景だ。

 

 会社員時代は、忙しさに文句を言っていた。

 

 残業続きで、休日出勤もあって、有給なんて夢のまた夢。「暇になりたい」「何もしない一日を過ごしたい」と、何度願ったか分からない。

 

 しかし、いざ暇になってみると――

 

 

 

「これはこれで、辛いな……」

 

 

 

 人間とは勝手なものだ。

 

 忙しければ暇を望み、暇になれば何かをしたくなる。結局、適度な忙しさが一番なのだと、今さらながらに気づく。

 

 誠一は上体を起こし、部屋を見回した。

 

 何かやることはないか。何か、時間を潰せることは――

 

 ふと、部屋の隅に置かれたキャリーケースが目に入った。

 

 コスプレイベントの帰りに持っていたやつだ。召喚された時に一緒に転移してきたらしく、中身はそのまま残っている。

 

 誠一は立ち上がり、キャリーケースを開けた。

 

 中には、コスプレ製作用の道具一式が詰まっていた。

 

 カッターナイフ、デザインナイフ、接着剤、塗料、筆、やすり、型紙、スケッチブック――十年以上かけて集めた、大切な道具たち。

 

 

 

「……そうだ」

 

 

 

 誠一の目が、輝いた。

 

 作ろう。何か作ろう。

 

 コスプレ衣装の製作。それだけが、誠一の特技だ。

 

 戦えない。魔法も使えない。この世界で役に立つことなんて、何もない――そう思っていたけれど。

 

 ものを作ること。それだけは、できる。

 

 誠一は、久しぶりに心が躍るのを感じた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「材料が欲しいんですけど」

 

 

 

 翌日、誠一はメイドに頼んで城内を案内してもらった。

 

 この城には、様々な工房があった。

 

 鍛冶場では、鎧や剣が作られている。裁縫室では、ドレスや衣服が仕立てられている。革細工工房では、ベルトや鞄が加工されている。

 

 誠一が足を止めたのは、鍛冶場だった。

 

 炉の熱気が肌を焼き、金属を打つ音が響いている。働いているのは、背の低い屈強な男たち――ドワーフという種族らしい。

 

 

 

「何かお探しですか、勇者様」

 

 

 

 親方らしき男が、誠一に声をかけてきた。

 

 身長は誠一の胸ほどしかないが、横幅は倍近くある。腕は丸太のように太く、顔には煤と汗がこびりついている。

 

 

 

「あの、材料を分けてもらえませんか」

 

「材料?」

 

「はい。えーと……革と、布と、あと金属の薄い板があれば」

 

 

 

 親方が目を細めた。

 

 

 

「ほう、何をお作りに?」

 

「ちょっとした小物を」

 

 

 

 誠一は適当に誤魔化した。

 

 コスプレ衣装を作る、とは言わない。この世界にコスプレという概念はないから、言ったとしても伝わらない。

 

 

 

「小物、ですか」

 

 

 

 親方は顎髭を撫でながら、誠一をじっと見つめた。

 

 

 

「勇者様が何かをお作りになる……これは興味深い。材料は何でもお持ちください。代金はもちろんいりません」

 

「え、いいんですか」

 

「当然です。勇者様のお役に立てるなら、職人冥利に尽きますとも」

 

 

 

 親方は豪快に笑い、誠一を工房の奥へと案内した。

 

 そこには、様々な材料が保管されていた。

 

 なめした革、染色された布、薄く伸ばした金属板、装飾用の宝石――どれも品質が良く、誠一の目を楽しませた。

 

 

 

「この革、いい品ですね」

 

「おお、分かりますか。北方の魔獣の皮でしてな。丈夫で、しなやかで、加工もしやすい」

 

「この布は?」

 

「エルフの機織り職人が作った絹糸を使っておりますな。光の加減で色が変わるのが特徴で」

 

「すごい……」

 

 

 

 誠一は、思わず感嘆の声を漏らした。

 

 日本では手に入らないような素材ばかりだ。これを使えば、どんな作品が作れるだろう。

 

 

 

「勇者様、お好きなだけお持ちください」

 

「いいんですか? 高価なものばかりでしょう」

 

「何をおっしゃいます。勇者様のお作りになるものなら、どんな材料も惜しくはありません」

 

 

 

 親方は、誠一の手に革と布と金属板を押し付けた。

 

 

 

「完成しましたら、ぜひ見せてくださいませ。職人として、勇者様の技を拝見したく存じます」

 

「あ、はい……」

 

 

 

 誠一は材料を抱え、工房を後にした。

 

 背中に、親方の期待のこもった視線を感じながら。

 

 

 

(やばい……これ、変なもの作れなくなったな……)

 

 

 

 プレッシャーを感じつつも、誠一の心は高揚していた。

 

 久しぶりの製作だ。しかも、見たこともないような素材を使える。

 

 何を作ろうか。

 

 誠一の頭の中で、様々なデザインが浮かんでは消えた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 自室に戻った誠一は、さっそく作業を開始した。

 

 作るのは、籠手だ。

 

 ゲーム『クロニクル・オブ・セイクリッド』に登場する「聖騎士の籠手」。銀色の金属に見える外装、複雑な彫金風の装飾、関節部分の可動機構――再現難度の高い、やりがいのある造形物だ。

 

 誠一はスケッチブックを広げ、設計図を描き始めた。

 

 

 

「まずは型紙だな……」

 

 

 

 日本から持ってきたカッターナイフで革を裁断していく。この世界の革は、想像以上に扱いやすかった。刃の通りが良く、切断面も綺麗に仕上がる。

 

 次に、金属板の加工。

 

 火鉢で熱して柔らかくし、木槌で叩いて形を整える。本来なら専用の工具が必要な作業だが、誠一は長年の経験で代用品を使いこなす術を身につけていた。

 

 

 

「この金属、いいな……形状記憶合金みたいだ」

 

 

 

 叩けば叩くほど、思い通りの形になっていく。日本の素材では考えられないような加工性だ。

 

 布は裏地に使う。

 

 エルフの絹糸で織られた布は、肌触りが信じられないほど滑らかだった。これなら長時間装着しても、肌が荒れることはないだろう。

 

 接着剤で各パーツを組み合わせ、塗料で仕上げていく。

 

 誠一は没頭した。

 

 時間の感覚がなくなるほど、作業に集中した。食事の時間も、睡眠の時間も忘れて、ひたすら手を動かし続けた。

 

 これだ。

 

 この感覚だ。

 

 何かを作り上げていく喜び。自分の手で、自分のイメージを形にしていく快感。

 

 誠一が唯一、自分を誇れる瞬間。

 

 気づけば――三日が経っていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「……できた」

 

 

 

 誠一は、完成した籠手を手に取った。

 

 銀色に輝く、美しい籠手だった。

 

 表面には複雑な彫金風の装飾が施され、光の加減で微妙に色合いが変わる。指の関節部分は滑らかに可動し、握ったり開いたりする動作に違和感がない。

 

 素材は革と布と薄い金属板なのに、見た目は完全に精巧な金属製の籠手だ。

 

 

 

「うん、いい出来だ」

 

 

 

 誠一は満足げに頷いた。

 

 三日間、ほとんど眠らずに作り続けた甲斐があった。日本で作った作品と比べても、遜色ない――いや、素材の良さを考えれば、過去最高の出来かもしれない。

 

 コンコン。

 

 扉をノックする音が響いた。

 

 

 

「勇者様、お食事の時間でございますが……」

 

 

 

 メイドの声だ。そういえば、今日は何も食べていなかった気がする。

 

 

 

「あ、はい、今――」

 

 

 

 扉が開き、メイドが入ってきた。

 

 トレイを持った彼女は、誠一の手にある籠手を見て――固まった。

 

 

 

「……それは」

 

「あ、これ? 暇だったからちょっと作ってみたんだけど――」

 

「た、大変です!」

 

 

 

 メイドはトレイを放り出し、脱兎のごとく走り去った。

 

 

 

「リーナ様を呼んできます!!」

 

「え、ちょ、待っ――」

 

 

 

 制止する間もなく、足音は遠ざかっていく。

 

 誠一は、呆然と立ち尽くした。

 

 

 

(何がそんなに大変なんだ……?)

 

 

 

 答えは、数分後に分かることになる。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

「勇者様、これは――」

 

 

 

 ガルドが、震える手で籠手を受け取った。

 

 誠一の部屋には、いつの間にか大勢の人間が押し寄せていた。

 

 リーナ王女、ガルド、メルティ、鍛冶場の親方、その他にも見覚えのない顔がいくつも。全員が、誠一の作った籠手を食い入るように見つめている。

 

 

 

「伝説の聖具、『光輝の籠手』ではありませんか……!」

 

「え?」

 

「勇者ロードリックが、魔王との決戦で使用したとされる籠手です」

 

 

 

 ガルドの声が、震えていた。

 

 

 

「伝説にのみ記され、実物は三百年前に失われたとされていた……幻の防具」

 

「いや、これ俺が作った――」

 

「お作りになった!?」

 

 

 

 親方が、目を剥いた。

 

 短い足で駆け寄り、誠一の手から籠手を奪い取る。ひっくり返し、光にかざし、指で弾いて音を確かめる。

 

 

 

「この技術……この精密さ……」

 

 

 

 親方の声が、掠れていた。

 

 

 

「わしが五十年鍛冶をやっていて、見たことがない技法だ……! この装飾、どうやって施した? この可動機構、どういう仕組みだ? この塗装、何を使った?」

 

「えーと、装飾はプラ板を切り出して接着剤で貼って、可動機構は蝶番を応用して、塗装はアクリル塗料を――」

 

「プラバン? チョウツガイ? アクリルトリョウ?」

 

 

 

 親方の顔に、畏怖の色が浮かんだ。

 

 

 

「古代の技法の名前でしょうか……勇者様は、失われた技術をご存知なのですか……!」

 

「いや、普通のコスプレ製作技術なんですけど」

 

「コスプレ……!」

 

 

 

 その場にいた全員が、息を呑んだ。

 

 

 

「聖なる技法の名ですか……! コスプレ……『聖装創造術』とでも訳すのでしょうか……!」

 

「違う違う、全然そんな大層なものじゃ――」

 

「勇者様!」

 

 

 

 親方が、その場に跪いた。

 

 

 

「どうか我々にも、そのコスプレとやらをご教授いただけませんか! 職人一同、勇者様の技術を学びたく存じます!」

 

「え、えぇ……」

 

「素晴らしい……!」

 

 

 

 リーナ王女が、うっとりとした表情で籠手を眺めていた。

 

 

 

「勇者様は、戦いの力だけでなく、創造の力もお持ちだったのですね……! 三百年前、魔王を封印した勇者ロードリック様が、自らの武具を作り上げたという伝説は本当だったのですわ……!」

 

「ちょっと待って、話を――」

 

「メルティ」

 

 

 

 リーナ王女が振り向いた。

 

 

 

「この籠手を調べてください。何か分かるかもしれません」

 

「……分かりました」

 

 

 

 メルティが進み出た。

 

 相変わらず懐疑的な目で誠一を見ながら、籠手を手に取る。目を閉じ、集中し――籠手に魔力を通す。

 

 数秒の沈黙。

 

 そして、メルティの表情が変わった。

 

 

 

「これは……」

 

「何か分かったの?」

 

「微量ですが……魔力を帯びています」

 

「えっ」

 

 

 

 誠一は驚いた。

 

 魔力? そんなもの、使った覚えがない。というか、そもそも使い方を知らない。

 

 

 

「おそらく、製作者の魔力が、無意識のうちに込められたのでしょう」

 

 

 

 メルティが、複雑な表情で誠一を見た。

 

 

 

「製作に没頭するあまり、精神が研ぎ澄まされ、潜在的な魔力が解放された……そういうことは、稀にあります。熟練の職人が、知らず知らずのうちに魔力を込めた名品を作り上げることが」

 

「いや、でも、俺は魔法なんて――」

 

「認めざるを得ませんね」

 

 

 

 メルティの声に、諦めの色が混じった。

 

 

 

「あなたには、何らかの力がある。それが『勇者の力』かどうかは分かりませんが――少なくとも、凡人ではない」

 

「いや、本当にただの――」

 

「勇者様!」

 

 

 

 親方が、涙を流しながら誠一の手を握った。

 

 

 

「どうか、どうか我らの工房にお越しください! その技を、ほんの一端でも結構です、お見せいただきたい!」

 

「職人一同、心よりお願い申し上げます!」

 

 

 

 その場にいた職人たちが、一斉に頭を下げた。

 

 誠一は、もはや断ることができなかった。

 

 

 

「……分かりました。週に一度くらいなら」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 

 職人たちの歓声が、部屋中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 こうして誠一は、週に一度、工房で「講習会」を開くことになった。

 

 内容は、コスプレ衣装の作り方だ。

 

 型紙の作り方、革の裁断方法、金属板の加工技術、塗装のコツ――誠一が十年かけて身につけた技術を、惜しみなく披露する。

 

 本人としては、ただの趣味の技術を教えているだけのつもりだ。

 

 しかし職人たちは、それを「聖なる技法」として真剣に学んでいる。

 

 

 

「なるほど、型紙を先に作ることで、無駄な材料を減らせるのですな……!」

 

「この『マスキング』という技法、塗り分けが圧倒的に楽になります……!」

 

「接着剤の使い方一つで、強度がこれほど変わるとは……!」

 

 

 

 職人たちは、誠一の一言一言をメモし、実践し、議論した。

 

 そのたびに誠一は「いや、これ普通のことなんですけど」と言うのだが、もはや誰も聞いていなかった。

 

 

 

「勇者様の『普通』は、我々の『奇跡』です!」

 

 

 

 親方の言葉が、工房の合言葉になっていた。

 

 講習会の評判は、瞬く間に城中に広まった。

 

 貴族からは「我が家の職人にも教えてほしい」という依頼が殺到し、商人からは「その技術で作った商品を売らせてほしい」という申し出が相次いだ。

 

 誠一は、すべてを断った。

 

 

 

「えーと、今は城の職人さんたちだけで手一杯なので……」

 

「なんと謙虚な……!」

 

「独占しようとせず、広く技術を伝えようとされている……!」

 

「真の職人魂をお持ちだ……!」

 

 

 

 相変わらず、都合よく解釈されてしまう。

 

 しかし誠一は、もう慣れ始めていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 その夜。

 

 誠一は、温泉に浸かりながら考えていた。

 

 湯気の向こうに、岩肌の天井が見える。地下から湧き出る温泉は、今日も絶妙な温度で誠一の体を癒していた。

 

 

 

「魔力、か……」

 

 

 

 メルティの言葉を、思い出す。

 

 製作に没頭するあまり、無意識のうちに魔力が込められた――そう言っていた。

 

 本当なのだろうか。

 

 自分に、魔力なんてものがあるのだろうか。

 

 

 

「いや、気のせいだよな」

 

 

 

 誠一は頭を振った。

 

 俺はただのコスプレイヤーだ。それ以上でも、それ以下でもない。

 

 魔力が込められたと言われても、実感がない。メルティの勘違いか、あるいは――この世界の法則が、日本とは違うのか。

 

 どちらにせよ、誠一には関係のない話だ。

 

 ……でも。

 

 

 

「もし本当に、この世界で役に立てることがあるなら」

 

 

 

 呟きが、湯気に溶けていく。

 

 戦うことはできない。魔法も使えない。勇者として期待されていることの、何一つとしてできない。

 

 でも、ものを作ることはできる。

 

 職人たちに技術を教えることはできる。

 

 それで誰かが喜んでくれるなら――それは、悪くないのかもしれない。

 

 

 

「……まあ、いいか」

 

 

 

 誠一は、湯船に深く沈み込んだ。

 

 難しいことは、また明日考えよう。

 

 今は、この温泉を楽しもう。

 

 そして明日は、また工房で講習会だ。

 

 職人たちの真剣な目を思い出すと、少しだけ――本当に少しだけ――楽しみな気持ちが湧いてくる。

 

 誠一は、少しだけ前向きな気持ちで、湯船から上がった。

 

 異世界の夜は、今日も静かに更けていく。

 

 

 

 

 

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