これまでずっと二枚舌で生きていた。そしたら、いつの間にか全種族から目の敵にされてしまっていた。
オレは悪役の宿命すぎる展開に追い詰められたところ、勇者ちゃんにしか許されないイケメンムーヴをかまされた。
「アとナノか──」
大森林の一部を抉り飛ばすような光の大剣が放つ聖なる力に、一挙に消滅する魔物の大軍。人間の騎士たちは夜の静寂に硬直する。
火炎魔法が水溜まりに突っ込んだみたいにじゅわっと魔性だけを浄化するあの一撃は、いつ見てもヤベーやつである。
「……ステラ!」
衝動的な力の開放のせいか、勇者ちゃんは宙で意識を失った。ぐったりと、自由落下を始める。そして地面にぶつかる前に抱きかかえ──オレとカトレアは、サッサとその場から逃げ出したぜ。騎士たちは勇者ちゃんのパワーを前に茫然としてたね。
そして山小屋に引き返して、現在、オレは顔を真っ赤にしてカッカしていた。
「何が『リリムをいじめないで』だ! オレは人魔に恐れられる大悪魔だぞ! 馬鹿にしているのか!!」
「リリム様のガチ恋顔、すごく反吐が出ましたでありますよ」
「あの時そんな余裕なかったからね!?」
まったく、オレの配下は言葉の刃が過ぎるな。親からチクチク言葉というモノを習わなかったのだろうか。……あぁ、隔離されてたから習ってないわ。
……んん˝っ。閑話休題。勇者ちゃんの安全に少し不安が出てきた。
だから今すぐ王都へ行こう。クソジジイに会いに行こう。そして追手を蹴散らしてもらって、少しでも勇者ちゃんが平穏に療養できる毎日を手に入れよう。
「……王都は、行きたくない」
オレは回れ右で荷台を翻した。人魔の双方に襲われ、血の飛び交う戦場という荒治療によりかなりの人間性を取り戻した勇者ちゃんが無表情のまま零した一言は、絶対だった。
「……ごめんね。わたし、頑張らないといけないのにね」
故郷近くの山小屋で、静かな数日を過ごす。
時折、ベッドで膝を抱えた勇者ちゃんが、ポツリと呟く。もう頑張らなくていいから、ずっとゆっくりしててほしい。
勇者ちゃんの大好きな甘いものやらぬいぐるみさんやらを、王都と反復横跳びしながら献上する数日である。
「勇者様専用貢ぎマシーンとなっているのはいかがなものかと思いますが、全員で王都に帰らないという判断は正しかったかもしれません」
「なんで?」
カトレアの端正に整った真顔が、ロウソクの灯りに照らされた。
「
「まっさか~!」
急に怖いのやめてよね~。人間共に狙われているのはあくまで勇者ちゃんであって、オレを殺すとか二の次でしょ。
「確かに、彼らにとっての目的は勇者様です」
「じゃあやっぱステラが狙われてんだな」
「ですが、出発前に王都で私を殺したのは魔物でした。あの夜に私たちを襲ったのも魔物です」
「オレ達は自由だからなぁ」
魔王軍などというモノは存在するが、所詮は、クソジジイの強大な力で縛り付けられているだけの魔物集団である。
オレを含めてちょっとでも思考のできる上位存在は少なく、その主義思想は千差万別。
だからこそ、オレは四天王四位と三位をぶっ殺したし、四天王第一位は勇者との決戦をすっぽかしたのである。
なんでそんなので一位と二位やれてたんだろうね……?
つまりは魔物がオレを襲おうがなんだろうが、それは普遍的なことなのである。
「リリム様は、本当にそう思われているのですか?」
「むしろこれ以上に丸い形があると思うか?」
非常に不愉快だが、クソジジイが勇者を殺さなかった理由はなんとなくわかる。
アイツは絶望が大好きだからな。このまま勇者ちゃんには死ぬまで、人間がこき使われる世界を見せつけてやるぞよ(笑)とか思ったのだろう。オレはその飼い主に選ばれたのだ。
「優秀な王であれば、リリム様のような謀反者に大役を任せるはずがありません。やはり魔王はリリム様のことを、」
「そうされるだけの理由がない」
「一度裏切ったのに?」
「あのクソジジイにとっちゃオレなんてハエみたいなもんさ」
「ハエは気まぐれで叩き落とされますよ」
クソッ、分かってたことだがコイツした合戦に強いな!
二の句に詰まったオレは、仕方なく口を結んでへにょへにょさせてみた。カトレアは少しも口角を釣り上げなかった。
「用心ください。魔王は何かしらの手段を使って勇者様を殺害、加えてリリム様をも殺す。そのような気がしてなりません」
「大丈夫だって。クソジジイに従っときゃ、ぜんぶ良い方に流れるさ」
それでいい。何も間違ってはいない。
この先、勇者ちゃんは死ぬまでオレに飼われる。それで勇者ちゃんが二度と苦しい思いをしなくていいのならば、オレにとっては一番の平和なのだ。
オレは忠告の言葉をひらひらと受け流し、カトレアと共に就寝の準備を終える。
そして山小屋のベッドに寝包まると、ノックの音が聞こえた。
「……リーくん」
クマのぬいぐるみを胸に抱えた勇者ちゃんが、そこに居た。
♦♦♦
夜分、寝室を訪れる勇者の望むことは、何であるか。
それはこの数日を通して理解していた。
勇者はおずおずと、漆黒の丸い瞳を上目に覗かせた。
「……今日も、一緒に寝ていいかな」
その控え目な笑顔に、あの頃の凛とも可憐ともした活力はない。そんな彼女を拒絶することなどできるはずもなく、掛布団を広げる。
向かい合う形で勇者は潜り込んだ、ほんのわずかに手と手が擦れ合って、触れる確かな温かさに、ぎこちなく目を逸らす。
「なんで……こうなっちゃったんだろうね」
それは苦悩に満ちた吐露だった。
勇者は目も合わせずに、引き攣った笑みで胸に膿んだ毒を吐き出した。
「頑張って、頑張って……でも、わたし、勝てなくて」
「……悪かった」
「違うの。わたしが弱かったから、悪いの」
思わず零れ落ちたその言葉は、誰の心のモノなのか。
一瞬見失ったところで、そんなことはない。そっと、小さく柔らかい背中を叩く。
「お前がどれだけの困難を越えて来たか、それはオレが一番分かっている」
囁く一言に、むずりと、勇者は布団の中で身を丸めた。
「やっぱり……リーくんの傍が落ち着いちゃうなぁ」
「そりゃあ嬉しいな」
「もうちょっとだけ……こうしてたいなぁ」
「好きなだけしろ。お前はもう、充分すぎるほどに頑張ったから」
ピタリと、肌が強く触れる。勇者は胸に顔を埋めて、小さく震えた声を身体に木霊した。
「ずっと、傍に居てよ」
「いいぞ。だが、死ぬときにはお前の魂を喰わせてくれ」
「……いじわる」
「悪魔だからな」
勇者の背中を叩いているうちに、夜は更ける。胸元に囁く寝息に釣られて、段々と、瞼が重く落ちていく。
そうして知らぬ間に夢の世界でキャッキャウフフしていたものだから、勇者がそっとベッドから這い出したことにも、気が付けなくて。
「…………ごめんね、リーくん」
窓辺の月光を浴びた勇者は、
次回の投稿は、1日置いて、2月6日の金曜日となります。
お待たせしてすみません! よろしくお願いします!