廃品回収業者をしていた、勇者を回収した   作:うずつるぎ

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第6話

 

 病んだ勇者ちゃんを慰めていた。そしたら、致死の一撃を喰らわされた。

 

 何を言っているのか分からないと思うが、オレにも何が起きたのかよく分からない。

 なんで勇者ちゃんがオレを攻撃したんだ? 胸を貫く綺麗な光の剣を見つめて、口から血を吐き出す。

 

 ごぽりと血に溺れた呼吸音に、勇者ちゃんはゆっくりと視線を持ち上げる。

 月明かりを背に浴びたその表情は、逆光に陰ってよく見えない。

 ただ、漆黒の瞳は死んでいて、頬はぎこちなく口角を上げていた。

 

「……上手、だったかな? 病んだフリしてるの。わたし……けっこう頑張ったんだよ?」

 

 闇堕ち寸前ですごくかわいい。いや違う。そうではない。どう考えても今の方がよっぽど病んでいるだろ。

 だって勇者ちゃんってば、どんな悪人でもすぐに命を奪ったりしない勇者オブザ勇者なんだぞ? 騙して悪いがしまくったオレにも、仲間になってって勧誘してくれる良い子だぞ?

 

 

……やっぱり、オレが胸を貫かれた意味が分からないんだが。

 

 

 オレはベッドからゆっくりと顔を持ち上げて、視線に訴える。情けない。死ぬ寸前である。

 それに気が付いた勇者ちゃんは、瞬間、くしゃりとその顔を歪めて……うわぁ。オレ曇らせとか絶対無理だわ……。

 

「……ごめん、ね。でも……()()()()()()()()

 

 不穏すぎる言葉である。あのクソジジイと約束とか、闇の金銭消費貸借契約を結んでるみたいなもんだぞ。

 勇者ちゃんは人の善性を圧縮した素直な正義マンだから気が付いていないのだろう。さすがに伝えてやらねば。

 

「リーくんさえ殺せば……人質も殺さないでくれるし、これ以上、人の領域を襲うこともないって……!」

 

 手の甲で目尻を抑える勇者ちゃんの雫が、ポツリと、ベッドに倒れたオレの頬を濡らす。

 その目尻を拭ってやりたい。けれど胸を貫かれたオレがベッドから藻掻けるはずもなく、伸ばそうとした手は力なく震えるばかりだ。

 

「だ、だから──」

 

 ある種強迫的な使命感に侵されたのだろう。

 勇者ちゃんは絶望に嗚咽を洩らしながら、止めの光剣を振り上げる。

 

 あぁ、ダメだこれ。このままだと勇者ちゃんが二度と戻れない闇堕ちしちゃう。そろそろ止めないと。

 

「ごめ──」

「──あのクソジジイが、そんな約束を守るとは思えないけどなぁ」

 

 オレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ベッドで血濡れのオレと、部屋の外から現れたオレ。

 光剣を振り上げた勇者ちゃんは、涙塗れの目を大きく見開いたね。

 

「へ……?」

 

 完璧なリアクションありがとうございます。

 

 ちなみに、ベッドで倒れたオレはオレじゃないよ。その証拠に、ほら、ベッドに倒れたオレの化けの皮が、デロリと黒い影になって溶けた。

 その影はスライムのように床を這い、オレの背後で影となって人型を模す。

 

 色の付いた金髪青目メイドは、長いまつげを伏せて深々とため息を吐いた。

 

「まったく、人遣いが荒いでございますよ、リリム様」

「いや、この作戦考案したのカトレアじゃん」

 

 中から現れたのはカトレアだ。忍者かな?

 簡単に言えばこれが、オレとの契約によってカトレアが手にした力である。

 

 要は、カトレアは色々あって死にかけた幼少期に、デッドオアシャドウの選択でオレの影になったんだ。

 カトレアが死ぬときはオレが死ぬときってのは言葉の綾でも比喩でもなんでもなくて、マジに彼女の命はオレの生死に左右されている感じである。抗争時代では陽動とか色々お世話になった。

 

「レーちゃん……?」

 

 勇者ちゃんがびっくりしてる。ちゃんと光の戻った大きなお目目をぱちくりしてて良い。

 

 詰まるところ、今宵、勇者ちゃんをベッドで慰めていたのはオレに擬態したカトレアだったのだ。

 

 オレは今夜も昨晩と同じように勇者ちゃんとめちょめちょ(メンタルヘルスケア)したかったのだが、カトレアに押し切られてこのような作戦を決行させられたのである。

 勇者ちゃんに対する裏切りみたいで辛かったね。まぁ、実際に裏切られたのはオレだったけどね。

 

 勇者ちゃんは全てを悟ったように、乾いた笑みを洩らした。

 

「そっかぁ……わたし、全然見抜けなかったなぁ……」

「勇者様以上に、私とリリム様は過ごした時間が長いので」

 

 流れるようなマウント取りである。さすがは我が配下だぜ。

 

 しかし、なんで勇者ちゃんはオレを殺そうとしたのかね。まぁ、故郷を燃やして家族を殺して騎士学校もその仲間も破滅させたという客観的事実は溢れているのだが、勇者ちゃんはそれを差し引いてもオレに優しくしてくれる天使だったのだ。

 

 ちょっと衝撃的過ぎて、掛ける言葉が見つからない。そうこうオレが突っ立っているうちに、勇者ちゃんはオレに背を向けちゃった。

 

「…………ごめん」

 

 苦悩と悔恨に満ちた小さな呟きが残る。

 勇者ちゃんは寝間着姿のまま、窓に身を乗り出して山の闇へ走り去った。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「まったく、清々しいまでの裏切りでしたね、勇者様」

 

 オレが放心のあまり動き出せない中、勇者ちゃんの去り際を見送るカトレアは、血塗れのメイド服を着たまま呑気に宣った。

 なんでこんなに平然としていられるのだろう。仮にもオレとカトレアと勇者ちゃんって、騎士学校でも仲良しグループだったのに。

 

「いや……えぇ……嘘でしょ勇者ちゃん……」

 

 まさか勇者ちゃんに刺される日が来るとは。確かにオレはイケメンモテモテ小悪魔系主人公だが。

 

「違いますが」

 

……ハーレムを築いたことはない。

 

「そうでございますね」

「そこも否定して欲しいなぁ!?」

 

 とにかく、むしろ人生の大半を勇者ちゃんとの時間に費やしたのだ。

 そのはずなのだが、結果は薄情なものである。自業自得という言葉は棚に上げておく。

 

「さて、これでお分かりになられましたか? 裏切られるというのがどれほど辛いものか」

 

 我が配下はどっちの味方なのだろうか。オレの配下なのに勇者ちゃんの肩を持たないでほしい。

 まぁ、勇者ちゃんの言葉を聞く限り、人類とオレを天平に掛けた結果のようだ。あまりの悔しさにカトレアと勇者ちゃんが百合百合してた血濡れの枕にヘドバンしたね。カトレアは終わってる人間を見るような侮蔑の目を向けてきたよ。

 

「しかし、裏切られた程度でショックを受けるとは、悪魔の名折れでございますね」

「カトレアはメンタル強すぎるよ!?」

「壊れモノですので」

 

 自覚しているのだろうが、そんな怖いことを淡々と日常会話で出さないでほしい。こっちの心臓が持たない。

 なーんて薄っぺらい話を続けることを、優秀な配下は許してくれないのだ。

 静寂の寝室に一歩寄って、オレを追い詰めてくれる。

 

「で、リリム様。そろそろ本当に、選択から逃げることは許されませんよ」

「……」

 

 クソジジイに与するのか、それとも、勇者ちゃんを手助けするのか。

 取れる選択は二つに一つ。これまではなんだかんだと言って伸ばしてきたその結論は、もう、引き延ばすことはできない。

 

 選びたい選択。選ぶべき選択。

 

 そんなことは、オレにだって分かっている、だけど。

 

「オレじゃあ……あのクソジジイには勝てないんだ」

 

 それがすべて。あのクソジジイは性格も何もかもが終わっているが、魔の王たる所以がある。そしてオレが元四天王第二位であることから分かるように、クソジジイの方が実力は上である。

 

 略して言えば、クソジジイ≧オレ(権能フル活用済み)だ。これでクソジジイは権能をまだ残しているのだから、勝ちの目はない。勇者ちゃんが魔王に返り討ちにされた以上、二人で挑んでもさほど意味はないだろう。

 

 だから、オレはクソジジイに与している。これまでも、今も、そしてきっとこれからも。

 それが、理性と論理に基づいた最適解であることを、オレは確と理解している。

 

 

「お前は失望するか? カトレア」

 

 

 カトレアはゆっくりと、首を横に振った。

 

「いえ、たとえどれだけ我が主が情けなくとも、私を拾って頂いたという事実だけは揺るぎませんから」

「……半分馬鹿にしてるよねぇ」

「えぇ。リリム様は馬鹿です。なので、心の赴くままに動くべきかと」

「心の赴くまま、か」

 

 オレは──ステラが生きていれば、それでいい。

 

 初めはただ勇者を潰す為だけに人間社会に紛れ込んだはずが、いつの間にか勇者ちゃんに対するクソデカ感情を抱かされていた悪魔の面汚しである。

 だから、その他大勢の人間がどうなろうと知ったことではないし、魔王に飼い慣らされるという形であっても、勇者ちゃんが死なないのなら、それで良かった。

 

 良かったはずなのに──オレを刺し殺さんとした勇者ちゃんは、酷く辛そうに笑っていて。

 

「……ずっと、オレは間違ってたんだろうか」

「かもしれません」

 

 勇者ちゃんはどこまで行っても勇者ちゃんだ。

 溢れる救いを求める手を、どうにかしてその華奢な身体に抱え込もうとする、飛びきりの馬鹿だ。

 

「騙して悪いが」を行ったオレとカトレアに、それでも手を伸ばしてくれるような子なんだから、そんなことは随分と前から分かり切っていたはずだ。

 

 なのに、オレは勇者ちゃんの首を絞めるような選択を強要し続けて。

 だから終いには、勇者ちゃんをあんな風に泣かせてしまって。

 

「あ~~~……イヤだ。自己嫌悪が酷過ぎて一カ月は壊れモノの穴に蹲っていたい」

 

 盛大にため息を吐き鳴らす。

 ホントは、もっと前にも結論なんて出せたはずなのにな。

 要はチキンだったんだよ、オレは。魔王決戦の日、勇者ちゃんの手を取って四天王第四位と第三位をぶっ殺した後に、覚悟を決めて魔王に特攻するべきだったんだよ。

 

 だのに、戦後の身の振り方とかベターとか、そういう言葉で自分に楽な方に流れて。

 そして結局は自分の都合ばっか優先した挙句に勇者ちゃんを不幸せにしたクソなのだ。こんな両脚斬り捨ててやろうか。

 

「しかし、歩んだ道に間違いも正解もないのでしょう。私たちは未来が見えるわけじゃないんですから」

 

 ガシガシと両手で髪を掻き毟っていたところ、ふと、カトレアに手を取られる。

 見上げると、透明な青色の瞳が真摯に、表情の引き攣ったオレを映している。

 

「なればこそ、私たちのすべきことは、歩んできた道のりに胸を張れるよう行動を起こすこと。違いますか?」

 

 やはり優秀な配下というのは恐ろしい。こうして主人の背中を押す形で最適な言葉を最適なタイミングで選び、伝えてくれるのだから。

 

 オレはフッと笑みを落として、夜の森へと背を向けた。

 

「……行ってくるよ、カトレア」

「はい。いってらっしゃいませ」

 

 

 ♦♦♦

 

 

──失敗した。

 

 勇者としてあるべき姿を見失ったことを、わたしは、誰も居ない森の暗闇で痛感していた。

 

 そうじゃない。

 

 勇者とか魔王とか、そんなことすら関係ない。

 わたしはただ、こんな姿をリーくんには見られたくなくって、一寸先も見えない森の中を駆けていた。

 

 リーくんは悪魔で、故郷も何もかもを台無しにした張本人だ。

 けれど、私の大切な幼馴染だった。本人はあまり自覚していないかもしれないけど、自らの行いに苦悩する人の心を持っていた。リーくんは悪魔だけれど、ただ壊し殺し絶望させるだけの存在じゃなかった。

 

 だから、殺すなんて考えちゃいけなかったのに──わたしは、光の魔力で作った剣を彼に突き立てた。

 人質に取られた王城の人たちを救う為とか、魔物に脅かされる人を守る為とか、そんなまやかしに唆されて。

 

「……わたし、最低だなぁ……!」

 

 頼りなく口角が歪んで、引き攣った喉の奥から、震えた言葉と共に溢れそうになったモノを堪える。

 逃げ出した足から力が失せて、ふらりと、立ち止まった。

 誰も居ない。何も見えない。聞こえない。滲んだ暗闇。お先真っ暗なわたしみたいで、わたしは森の中で両膝を突いて項垂れる。

 

 一番守りたかったのに、殺そうとした。リーくんはきっと、勇者じゃないわたしに失望した。

 頭の中を悲観が次から次に駆け巡る。どんどんと身体が底なし沼に埋まっていくような気がする。

 森の闇は今や、わたしを呑み込むように一層濃い影を落としているような気さえして。

 

クックック……今はどんな気分だ、勇者よ

 

 魔王の声が、聞こえた。

 

 聞き間違いかと思って顔を上げた。聞き間違いなんかじゃなかった。森に濃い影を落とす者の正体は、魔王の分身だった。

 

 右手に光の剣を握れば、闇を切り裂ける。左手に聖炎を燃やせば、浄化できる。

 だけど、身体が動いてくれない。扉の向こうから現れて、酷く取り乱した顔に固まったリーくんばっかりが、頭の中をチラつく。

 

「涙し、打ちひしがれ、絶望の淵に沈む……それこそ、我が見たかった勇者の末路よ……!!」

 

 もう、いい。わたしは勇者なんかじゃない。大切な幼馴染を殺そうとした、ただの馬鹿だ。

 

「そうか。では、潔く死ね──」

 

 振り上がる死神の大鎌。避けることも見上げることも、抵抗の一撃を繰り出すこともない。

 わたしは闇に沈んだまま、相応の報いを受けようとして。

 

 

「──させると思うか?」

 

 

──()()()()()()()()()()()

 

 

 ふと聞こえたのは、心に安堵をもたらしてくれる幼馴染の声。たったそれだけのことで、わたしはすぐに顔を上げた。

 とすれば、そこには期待通りの背中がある。

 でも、殺そうとしたのに。裏切ったのに。手の甲で目尻を抑えながら、困惑に声を震わせる。

 

「……リー、くん……? なんで──」

「──なぁ、ステラ。お前は勇者として、これまでに何人救ってきた? その行為に意味はあったか?」

 

 割り入るように投げられる疑問。

 リリムは片手で魔王の分身を吹き飛ばして、振り返った赤色の眼光にわたしを覗く。

 

「……分かん、ない」

 

 わたしは勇者だから。みんなの希望だから。だから救わなきゃいけない。それが使命だ。その問答に意味はない。

 それでも、勇者とか関係なく救いたい人がいて。なのに、わたしはその人を殺そうとして。

 

 だから、やっぱり意味なんてなかった。

 

「いいや──意味は、あったさ」

 

 夜空の星々に似た銀色の魔力が、心を巣食う闇を払う。それは悪魔の力と呼ぶにはあまりに美しく、迫る大鎌を悠然と喰い止めた。

 あまりの衝撃波に、空が震えて雲が揺らぐ。隠れたはずの月光が、夜闇の森を仄かに差し込んだ。

 

「世界を照らす勇者様を救うのは、誰なのか」

 

 流星群のごとき魔力が、銀色の髪を靡かせる。

 

「その目に確と、焼き付けろ」

 

 魔法と呼ぶのすら烏滸がましい巨大な魔力は、魔王の分身を呆気なく呑み込んで。

 

「──『空哭』の大悪魔リリム様が、お前を救い出してやる」

 

 背中に黒濡れの翼を広げながら、わたしの幼馴染はニヤリと、傲慢に手を差し伸べた。

 

 

 




 ギリギリで済まない……だが滑り込みでセーフだ。

 次は2月7日に投稿です。
 よろしくお願いします。
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