勇者ちゃんが魔王にいじめられていた。調子に乗って、ちょっと格好つけ過ぎてしまった。
普段は隠している翼までバサーっと広げちゃって、オレは完全に勇者ちゃんを堕とす気満々である。
ぽけーっと、潤んだ瞳でオレを見上げる勇者ちゃん。果てには、その可愛らしいお顔をくしゃくしゃと歪める。
「リ……リーくん……!!」
月光の降り注ぐ森中で、サッと手を差し伸べる。
だのに、両手で掴まれたのは腹部だった。
ぐわりと押し倒すかのような勢いで抱き付いてくる勇者ちゃん。言葉にならぬ泣き声で、涙塗れのお顔を擦り付ける。
「ごめん……! ごめん……!!」
あっ、ちーんってしないで欲しいな。お服汚れちゃうから……。
ポンと軽く背中を叩いて、オレはニヤリと笑ってやる。
「泣くなよ、お互い様だろ?」
「だって……わ、わたし……!」
「お前の人生を滅茶苦茶にしたオレを、それでもお前は許してくれたんだ」
それ以上、自分を卑下することは許さない。
オレは勇者ちゃんのすべてを踏み躙った。それでも、勇者ちゃんはオレに手を差し伸べてくれた。だからオレも手を差し伸べる。それだけだ。
言ってやると、勇者ちゃんはこくんと、オレの腹部に顔を隠しながら頷いた。
「……ありがと。それと、ごめん。勇者らしくないことしちゃって」
「気にするな。オレはどんなステラだって受け入れてやる」
「…………ほんと?」
ゆっくりとオレを見上げる勇者ちゃん。
その潤んだ漆黒の瞳は、上目にオレを見つめていて……あれ? 勇者ちゃんってかわいいけど、こんなに可愛かったっけ? なんか、心臓がバクバクするぞ。
間隙の静寂が森を流れる。やがてオレと勇者ちゃんは、吸い込まれていくようにお互いの顔を徐々に近づけて──。
──ぬぶりと、オレの足元に生える人影。
「さて、それでは未来の話をしましょうか」
「……チッ!」
「露骨な舌打ちですね。しかし私が許すと思いましたか? リリム様」
あともう一歩で完全に勇者ちゃんの甘美な魂を口の中で転がせたものを! なんてタイミングで現われてくれたんだカトレアめ!!
あまりの悔しさに木の幹に齧り付いていると、千年の恋も冷めたとばかりの勢いで勇者ちゃんは後退った。
「……レーちゃんも、ごめん」
「いえ。リリム様がお許しになられなくとも、当然私は」
「オレもちゃんと広い心で許してるからね!?」
カトレアとも仲直りを経たところで、オレは復讐を誓った前歯を磨くことを止めた。
「んじゃ、簡単に説明してくれよ。魔王と決戦に挑んだ後になにがあったのか」
オレが四天王という職を失った果てに壊れモノ回収業を始める羽目になったのは、元はと言えば、「ここはオレに任せて先に行け!」と謁見の間へ見送った勇者ちゃんが帰ってこなかったからである。
事の顛末は大体想像がつくが、一応、本人の口から聞くことにする。
勇者ちゃんは途端に顔を伏せてポツポツと言った。
「わたし、魔王と闘って負けたの」
「うん」
「それで、王城に居た人たちも人質に取られちゃって」
「なるほど」
「聖剣は四天王第一位に取られちゃった」
「駄目じゃん」
久々のスリーアウトである。実力不足、人質アリ、聖剣までもが没収済み。こんなん逆立ちしてもクソジジイに勝てん。
クソッ、こんな闘いに付き合えるか! オレは帰らせてもらうぞ!!
即刻山小屋に足を向けたはずが、オレはカトレアに影踏みをされて動けなくなった。主人に対して雑な対応である。
「人質はどこにいるのですか?」
「たぶん、王城のどこか」
「では、彼らの救出は私が担いましょう。最適任かと思いますので」
カトレアの言う通りだね。ってことは、オレはクソジジイを相手しないといけないのかな? 自分で自分を指差して、首を傾げてみる。
「はい。勇者様とリリム様のお二人で、魔王を打ちのめしてください」
「簡単に言ってくれるぜ」
これだから主の力を妄信している配下は恐ろしいのである。
「尤も、万全のリリム様と勇者様が揃えば、簡単なことだとは思いますが」
不安しか残らない決戦だが、頭脳担当のカトレアの言葉を信じることにしよう。
♦♦♦
「こちらは壊れモノ回収業者です。ご家庭で不要になりました、ローブ、大剣、鎧などの武器防具や、馬車など魔道具や大きなものなど、どんなものでも、無料回収いたしますぅ~」
そういうわけで、オレ達は王都に戻って来た。今現在は荷台にカトレアと勇者ちゃんを乗せながら、お天道さまの下でお仕事に精を出しているのである。
勇者ちゃんは少しがっかりしたような笑顔で、後ろから声を掛けてくる。
「んーっと、リーくんやる気ある……?」
待ってくれ。確かにオレは壊れモノだが、決してふざけているわけではない。全ては
「あっ、そっか」
勿体ぶっても仕方がないのでそろそろ暴露するが、オレの権能は『
悪魔の権能はソイツの根幹を表すので、オレは見ての通り性根が壊れモノなのだ。
四天王第四位は『時間停止』だし第三位は『重力』だし、なんでこんなカス権能で四天王をやれていたのかは未だ謎である。
「周りの魔族、襲ってきたりしない??」
「しないしない。どうせあのクソジジイのことだから、オレ達を待ち構えた上でぶちのめして絶望させようぞ(笑)とか考えてるぞ」
「まぁ、小石と罵詈雑言はたくさん投げられるのですが」
槍やら魔法やらの雨あられ。いつから世界はこんな異常気象になったのか。しかし、お陰で首輪を付けられた人族が虐めの標的から外れているのだから、文句はないか。
ビクビクと首を振る勇者ちゃんを連れて、飛来する壊れたモノだけを手早く回収する。かつては人族のモノだった城下町を練り歩く。
そうこうしているうちに追い縋る者も消え去って、オレは路上でふと立ち止まる。
さて、準備も整ったことだし、そろそろ王城陥落と行きますか。
「……正面突破するの?」
「いいや?」
狙うはクソジジイの一点殺害。それだけだ。
オレは荷台から降りた勇者ちゃんへ振り返り、ばさりと、漆黒の両翼を広げた。
「勇者よ、空を飛んでみたくはないか?」
「え˝っ」
♦♦♦
かつて勇者ちゃんは目をキラキラさせながら言った。わたしを連れて、空を飛んでみて欲しいと。
なに言ってるんだこのアホは、空を飛ぶことのなにが楽しいんだ。
と当時は思ったが、なるほど、翼を持たぬ人族にとって、翼で風を切る爽快感を味わうことは一つの夢なのだろう。
だからオレは勇者ちゃんの夢を叶えてあげることにした(二度目)。
「いやっっっほおぉうぅぅううっっ!!」
「うわぁぁあああああ!?!?!?」
オレの身体にしがみ付きながら涙を空に零す勇者ちゃんが喧しい。せっかくお願いを聞いてあげたというのに、なんだその反応は。もっと空の旅を楽しんでくれよな。
まぁ、終点が魔王城と化した王城で、隕石も真っ青なスピードを出していることを思えば仕方がないかもしれないが。
「貴様ッ! この先は魔王様のテリトリー──」
王城の領空に入った時点で飛び出してきたガーゴイルくんは、相変わらず真面目に職務をしている。当然、無視する。
ひゅんと横切る突風に、ぽかんと口を開いてたね。この前の決戦の時もあんな感じでオレに出し抜かれてたけど(笑)。
「……お、追え! 侵入者を逃すな!!」
そんな遅れた指示が通るはずもなく、ちゅどーん、である。
謁見の間に大きな穴が開いて、素晴らしい青空が差し込んだ。勇者ちゃんの影は前に伸びているが、オレの影はもうない。
オレの影なカトレアは飛行中にトロンと地上へ落ちて、人質解放作戦を決行したのだ。やはり優秀な配下である。
「きゅぅ~……」
一方で、目をぐるぐるしたまま未だオレに張り付いている勇者ちゃんである。
「ほほぉ……今日はいい天気じゃのぉ」
黄金の王座から響くのは、随分と呑気した声。横目に流せば、不遜に足を組んだクソジジイが、ニヤリと長いひげを撫でている。
「晴れ時々隕石なんて中々みられる天気じゃねぇだろ?」
「今日で見納めというのは惜しいものじゃな」
「アンタの首が吹っ飛ぶわけだからな」
ハッとお互いに笑声を零して不毛な舌合戦を繰り広げているうちに、飛行酔いから醒めた勇者ちゃんがハッと目を見開いた。うん、最終決戦なのに図太いね。
ステラはオレから一歩前に出て、キッと、視線を鋭く浴びせる。
「魔王……デモルゴン!」
その前段階を知っているオレとクソジジイからすれば、馬鹿丸出しなのだった。
それはさておき、クソジジイはこういう演技が好きだ。長く黒い爪を小刻みに肘置きに鳴らしながら、もう片方の腕で頬杖を突く。
「して、勇者よ。リリムを殺すという話じゃったが、これはどういう意味じゃろか」
「わたしはもう……わたしを、見失わない……! リーくんを殺したりなんか、絶対しない……!!」
ほぉんと、魔力で作られた太陽のごとき光の剣が、魔王のどす黒いオーラを切り裂いた。
「と、言うわけだぜ。王様には長い事お世話になったけど、最期にその首取らせていただきますわ」
合わせてオレも、権能を開放する。急速に充実する力を、王座へと向けた右手のひらにかき集める。
クソジジイは悠然と席から立ち上がり、仁王立ちにオレ達を見据えた。
「クックック……貴様らごときが、我を殺せると?」
「殺さなきゃ、勇者ちゃんが望む未来はないんでな」
「思い上がりも甚だしいよな。ここまでくればもはや滑稽。リリムよ、そして勇者よ。今一度、我が名を聞いて震え上がるが良い」
老耄とはかけ離れた巨体を覆う赤と黄金のマントが、ばさりと脱ぎ捨てられる。
筋骨隆々とした黒い肉体美は、まるで彫刻のようにであった。
今からオレ達を絶望へ叩き落とすことがよほど楽しみなのか、クソジジイは獰猛に笑い──おっ、魔力が溜まったな。
「我こそは大悪魔、魔王デモルゴン! この世界の頂点に君臨する者──」
名乗りなんぞ待ってられるか!
右手から魔力の暴力を撃ち放つ。鉄砲水のごとき銀の奔流が、クソジジイを呑み込んだ。
勝ったな。ガハハハッ!!
クソジジイは片手に構築したバリアで受け切っていたね。こけおどしのスカスカ魔力だったとは言え、山は消し飛ばせる威力だったぞ。酷い。
「ふん。ちっとばかしでも我に勝てると思ったか?」
クソジジイを得意げにさせるのは腹立たしいので、オレはニヤリと、獰猛に笑い返した。
「あぁ。
直後、光の粒子を放出する刃が、流れ星みたいに魔王の背後へ迫る。
が、残念。直前で振り返った魔王は、右腕で豪胆にも一閃を受け切った。でもほんの僅かに皮膚が裂けて、青い血が流れている。ざまぁないね。
「む……」
「ごめん、リリム!」
「気にするな。続けるぞ」
オレが遠距離から魔力をバカスカ撃ち放ち、防御せざるを得ない魔王の死角を、勇者が穿つ。
まるで単純な戦術。しかしこれがオレ達の最高率。
なんせ騎士学校時代からよく肩を並べてきたやり方だからな。そりゃあ年季ってもんが違うよ。カトレアはこのことを言っていたのだろう。
全身を浅い傷で飾ったクソジジイは、思ったより素早い小バエを見たみたいな顔をしてたね。
「なるほど。その連携力、片棒を担ぐのが悪魔とは信じられんが、人族のひ弱さゆえの産物よな」
魔王の闘気は、衰えていない。
分かっている。このままいけば勇者ちゃんとオレがギリギリ勝てる気もするが、奴はまだ全力も出していない。
勝負はこれからだ。
示すように、クソジジイは額に流れる血を親指で拭い、舐めとる。
「だが、確かにその力は魔王に迫る。我が直々に認めてやろうではないか」
ごきゅりと、首の骨を鳴らす魔王。ぐっと、巨大な右拳を握り込む。
空間が震える。力が、充実していく。
そして──。
「なればこそ──特別に見せてやろう。何者も知らぬ、我が『権能』をな」
魔王のドス黒い気配が、世界を喰らい尽くすように波紋した。
続きは明日。
よろしくお願いします。