魔王が権能を使用した。世界を覆い尽くさんばかりの重みが、空気を圧し掛かった。
凶悪、激烈、重圧。
要は、なにかヤバイ権能である。
知らぬ間に世界の歯車がずれ込んだような感覚だ。
「クックック……今になって怖気づいたか?」
ニヤリと不敵に笑うクソジジイ。馬鹿言え。どちらにせよ、オレと勇者ちゃんが培った連携力がテメェのスペックと拮抗してんのは分かってんだよ。
問題は奴の権能だったが──なにか、革命的なことが起こった様子はない。
「じゃあオレ達の勝ちだ」
オレは右手のひらを、浅い傷だらけの隆起した肉体へと向け──ぽよん。
「……ん?」
なんか、
「おかしいな」
オレは今、権能で高めた超絶魔力を撃ち放ったはずだぞ。
断じて寝起きではない。なるほど、勝利を目前にしたあまり、無意識にふざけてしまったらしい。
「次はこうはいかないぞ」
試しに何度か魔力を撃ち放ってみる。スライムが一匹、二匹……ZZZ……ハッ! 危うく眠りの世界に誘われるところだった。なんて恐ろしい権能だ!!
冗談はさておき──やはり魔力量はカス。
訳が分からん。
剣を構えたままピクリとも動かなかった勇者ちゃんが、青い顔で振り向く。
「リ、リーくん……力が、出ない……! みんなから貰った力が……!!」
どうやら勇者ちゃんもオレと同じ症状の様子。これがクソジジイの権能なのだろう。一体どんなカラクリなのか。
クソジジイは何十年か若返ったみたいに、皺だらけの顔を爛漫と輝かせた。
「クク……クックック……希望が絶望へ反転する瞬間……どんな甘露よりも美しいのぉ……!!」
魔王──駆けた。謁見の間に嵐が吹き荒れた。何故だか力を上手く発揮できぬオレと勇者ちゃんは、その速度に追い付けなかった。
腹部に衝突するえげつい重圧。気が付くと魔王の猛獣のごとき笑みが目の前にあって、オレは壁へと思い切り叩きつけられる。
「ご、は……ッッ!?!?」
「リーくん!!」
オレのために悲鳴を上げてくれる勇者ちゃん。嬉しい。光の剣を振るって間に入るも、あまりに遅すぎるね。
魔王の黒い巨腕が、勇者ちゃんの肩にクリーンヒットしてミシリと嫌な音を鳴らした。
「あ゛ぐぅ……ッ!!」
勇者ちゃんのほっそい腕が変な方向に捻じ曲がる。絶対に許さんぞ魔王め!!
すかさず追撃の鉄槌を落とさんとする魔王だが、その背中には、オレが時間を掛けてなんとか練りに練った魔力を放出する準備が整っている。
まるで権能は機能していないが──これならば。
「愚鈍! 劣等! 脆弱! 我にとっては雑魚も良いところよ!!」
振り返った魔王は右手を振るった。そしたら、オレが鋭利に固めた魔力がふぁんって霧散しちゃった。マジでなんなんだよ、クソジジイの権能。
考える間もなく、オレは壁にめり込んだ状態で更に魔王から一撃を落とされる。城壁が崩れて宙に堕ちた。すぐさま翼をバサバサして、血を吐きながら戦線に復帰する。
一瞬にして逆転した謁見の間の中央で、クソジジイは傲慢に仁王立ちしている。
「貴様らごときがこれっぽっちでも我に勝てると思ったか?」
思ったさ。テメェが意味わからん権能を使うまではな。
オレも勇者ちゃんも力を発揮できない。そして凝縮した魔力が霧散した。ここから導き出せる事実はなんだ? あれか? 時間逆行でもされているのか?
「さて、終幕と行くかの」
答えが出ぬうちに、魔王は勇者に向かって大きく跳び上がる。
腕を抑えながら蹲る勇者ちゃんは、気丈に光の剣を構えるも、満足に動けない。
ステラの死に様が脳裏を過る。駄目だ。それだけは──
「ス、ステラ──!!」
思わず右手を伸ばした瞬間、しゅんと、勇者ちゃんは目にも止まらぬ速さで死の拳を脱出した。
♦♦♦
その一瞬、謁見の間に、何が起きたのかを正確に把握出来た者はいなかった。
必殺の一撃を躱された魔王。異常な力を纏った勇者ちゃん。そして、搾りかすみたいな魔力だけを残したオレ。
なんだ。何が起きている。勇者ちゃんは両手のひらを握ったり開いたりしながら、お目目をぱちくりとさせている。
「へ……? 力が、いつもより出る……?」
「……まぁ、無駄な足掻きであることに変わりはない」
魔王は怪訝そうに眉を顰めながらも、再び勇者へ魔力の巨斧を振りかざし──まさか!
「ステラ! 時間を稼いでくれ!!」
「うんっ、任せて!!」
この謎現象にこそ、魔王の権能を解き明かすカギがあるはずだ。
時間逆行ではない。現に勇者は力を取り戻し、いや普段以上の力を発揮しているし、なぜだかオレはスライム以下のか弱き存在となってしまったのだから。
何がきっかけだ? オレが勇者ちゃんに手を伸ばしたことだ。それはいかなる意味を持つ?
紙一重に魔王の拳を躱し、謁見の間を踊り狂う勇者ちゃんに見惚れながら熟考する。
魔力の霧散。強化勇者ちゃん。弱化悪魔くん。そもそも、オレは権能が使えないはずなのに右手を。
ガチャリと、世界の歯車が噛み合う音を聞いた。
「貴様……
顔を上げると魔王の拳が迫っていた。死神の足音だったのかな?
こーんなザコ魔力で避けることなどできるわけもなく、最低限の魔力で身体を強化し、両手を構えて身体を後ろへ逃がす。それでも耐え切れず、腕がひしゃげる音がする。
「ぐ……ぅぅ!?!?」
これで勇者ちゃんとお揃いだ。やったね。
魔王はオレが察したことに気が付いているようだ。間髪入れr図に止めを刺しに来る。
後ろから追い縋る勇者ちゃんは間に合わない。絶望に顔を引き攣らせて、必死に手を伸ばしている。
「まずは一匹。冥府へ帰れ」
「リーくん……リーくんっっ!!」
だから、オレはようやっと理解した真実を、血の唾を飛ばして言い残す。
「ス、テラ……! オレに、力を分け与えろ……!!」
「力を……?」
それが、魔王の権能を突破する唯一の手段なのだ。
なにせ、クソジジイの権能は恐らく──
「──『反転』だ! オレ達の権能も全部裏返って──」
ズドンと、魔王の拳がオレの胸を響いた。
除夜の鐘もびっくりのえげつない衝撃である。
オレの胸に一撃を叩き込んだ魔王は──その表情を、鬱陶しそうに歪めた。
「……チッ」
……さすがは勇者ちゃんだぜ。
「なんとか、間に合ったらしいな」
仕切り直しとばかりに飛び退く魔王。オレと勇者ちゃんは並び立ち、再び魔王と向かい合う。
「ふん。だが、我が権能を理解したところで、何も変わりは──」
──
「な……に……!?!?」
勇者が光の剣を振るえば、闇をも切り裂く一閃が魔王の右腕をフッ飛ばした。
オレが右腕を振るえば、銀河のごとき眩い魔力の奔流が魔王の身体を焼き焦がした。
まるで以前とは一線を画する強大な力。目の当たりにして、クソジジイは余裕に満ちた仮面を落とす。肩から先を失った右半身を抱えながら、微かに後退る。
「ど、どこからそんな力が、」
「オレと勇者ちゃんは二つで一つ。そういうことなんだよ、クソジジイ」
あまりの全能感にまぁ~た格好つけてしまった。まぁ悪魔だから仕方ないよね。
要は、魔王の権能によりオレの『壊れモノから力を得る』権能は『正常者へ力を与える』権能へ。
勇者ちゃんが神様から貰った『みんなから少しずつ力を貰う』力は、『特定個人の力を与える』力へと変じたわけだね。それをループフラフープしてるってわけ。
「リーくん、いけるよ!!」
今のオレ達は、お互いにその強大な力を循環し合うシンクロ状態。勇者ちゃんとの共同作業(深い意味はない)ってすっごく気持ちいいね。
クソジジイもふんぞり返るだけあって権能は凄い。強い権能を持つ者は権能で弱体化させればいいし、ザコには自らの持つ強大な力で捻じ伏せれば良いのだから。
でも、誰かと協力して自分を上回る奴が現れるって考えに至らなかったのは、やっぱ所詮は自分ばっかりを考えている悪魔の一人ってことだよ。
「ブーメランでございますが」
ボソッとカトレアの声が囁いた気がしたが、気のせいだろう。
さて、冷静になって権能を消される前に、サッサと仕留めきるとしようか。
「こ、この我が、貴様らみたいなカス共に……カス共にぃぃいいい!!」
怒り狂って飛び掛かって来た魔王。冷静さを失っても後衛を狙うのは良い判断である。
が、相手が悪かった。オレは勇者ちゃんから借り受けた力で魔力をかき集め、魔力の奔流で動きを喰い止める。そして力を勇者ちゃんへバトンタッチ。アイコンタクトを送る。
「今だ、ステラ!」
「やぁああああっっ!!」
迷いなき光の貫きが、魔王の胸を深く穿った。
「ぐ、おぉ……!!」
苦悶の呻きを上げて、魔王は二歩、三歩とよろける。やがて膝を突くも、まだ生きていやがる。はよ光に浄化されろ。
回復魔法でも使われると厄介だ。勇者ちゃんも分かっているらしく、呼気を荒げながらも一歩ずつ距離を詰める。オレはやることがなくなったので、後ろで仁王立ちでもすることにする。
「流石は、勇者といったところか。聖剣がなくともこれほどとは……クックック……!!」
ゆらりと、満身創痍の魔王は立ち上がった。脂汗を伝うその顔は、しかし未だ勝機の笑みを残している。
警戒した勇者ちゃんが歩みを止めて光の剣を構える。
「何が可笑しい。テメェは詰みだ」
ニヤリと、魔王は口元を邪悪に歪めた。
「人質のことを、忘れてはいまいか?」
「……ッ!!」
その言葉は不味い。勇者ちゃんに効果抜群だ。
だが、ここで魔王を討たないのは悪手だ。オレは即刻止めの魔力を放とうとして──あ。もう勇者ちゃんから魔力の供給を断たれてる。酷い。味方なのに。
「ステラ」
「駄目。見捨てない」
強情である。でもそんな勇者ちゃんが好き。言ってる場合か。勇者ちゃんが無抵抗でタコ殴りされ始めたぞ。
どうしよ。いま割り入ってもオレとかそこら辺のゴミ同然だしな。マジで不味いぞ……。
「それでこそ勇者よな。愚かなものよ。そして最後に勝つのはやはり我……クックック……クハハ──」
──
「──高笑いが過ぎる、でございますよ」
魔王の背中に囁いたのは、カトレアである。魔王が目を剥いて固まっている。
そしてカトレアがこの場に来たということは、人質の回収は済んだということであり。
「リリム様」
合図を出される一瞬先に、勇者ちゃんがオレへと力を送った。
全身に、力が漲る。ありったけの魔力を右腕に充実させる。
そしてオレは床を蹴飛ばし、銀色の魔力を纏った右拳を魔王へ振り上げて。
「ま、待て──」
「待つ奴がいるかよっっ!!」
王城の頂点が、銀色の奔流に吞まれて瓦解した。
♦♦♦
勇者と魔王の抗争が終わってしまった。すると、オレはとうとう王都に居ることが難しくなった。
すべては、今度の決着が正しく勇者の勝利に終わってしまったからである。
魔王の崩御に魔物たちは散り散りとなり、今や王都は人間で溢れる街並みへと舞い戻ったわけだ。少しは考える頭を持った生き残りの連中も、勇者がいる限りは、妙な野心は持たないことだろう。
「だから、元四天王第二位であるオレの居場所とかないんだよね」
壊れモノ回収業とかもう廃業だよ。荷物を纏めて路地裏のボロ家を発つ。
「リーくん」
三歩歩いたところで、勇者ちゃんの声がした。もう二度と勇者ちゃんに会えない辛さのあまり、幻聴が聞こえたらしい。
振り返ると、豪華な純白のドレスを纏った勇者ちゃんが路地裏に。かわいい。って言うか、今って凱旋パレード中では?
「でも来ちゃった」
好きな女の子にそんなこと言われて悶絶しない悪魔がいないはずがない。
でも、勇者ちゃんはせっかくの英雄様になったんだ。路地裏で悪魔と怪しげな会話をしている場面を誰かに目撃されるわけにもいかないので、荷台を引いてその場を発とうとする。
こてんと、勇者ちゃんは小首を傾げる。
「どこに行くの?」
「さぁ? どっか適当な山奥でひっそりと暮らそうかな。行く場所もなくなったし」
魔族にも人族にも裏切りムーヴを繰り返しまくったツケが回って来たのである。
まぁ余生は、壊れモノの山に住み着いて、ときどき街道を行く人に話し掛ける謎のお兄さんにでもなろっかな。
因みにカトレアはついて来てくれなかった。「そんな生活は御免でございます」とのことである。
と言うことで一人寂しく荷台を引っ張ると、その手を強引に掴まれた。
「じゃあ、わたしと一緒に来てほしいな。リーくんも私の大事な仲間だもん」
勇者ちゃんはやはり勇者である。故郷を壊滅させた大悪魔を仲間とか、ホントこの子どうなってんのかね。
「因みに、レーちゃんはもうメイドになってくれたよ?」
「変わり身の早い配下だ」
何も告げずに次の行動を起こしている辺り、もはや彼女はオレの配下ではなく、オレが小間使いなのかもしれない。うん。間違いない。
「王様からおっきなお屋敷貰ったんだよ。そこなら、リーくんが居ても大丈夫だって」
「ってことは、新品サラサラのお屋敷か」
「うんっ! すっごいピカピカだった!!」
「勇者ちゃんの笑顔の方が綺麗だぞ」
「え? えへへ……」
しかし、綺麗なお屋敷で、真っ直ぐすぎる勇者ちゃんと一つ屋根の下か。
そんな生活、昔は反吐が出るほど嫌だったはずなんだがな。なんだか、今となっては一部心惹かれるものでもある。
「ほら、行こうよ。リーくん」
「あぁ……」
オレは、この先の素晴らしいだろう勇者ちゃんとの同棲生活を思い──
「クックック……
──脳裏に過るは、魔王の最期。止めを刺したオレにだけ届いた邪悪な笑み。
……まったく、あのクソジジイも飛んだ捨て台詞をくれたものである。
「……リーくん?」
「おう。これからお世話になるぜ」
ルンルンと軽やかな足取りでオレの手を引く勇者ちゃんに釣られて、オレは陽の差す表通りへと、第一歩を踏み出した。
ということでこれにて1部完結です。
では明日から第二部へ……と言いたいところなのですが、筆が止まってしまいました。すみません。うんともすんとも言いません。
筆「すん」
筆者「しばくぞ」
と言うことで、次回の更新は未定になります。読者様には大変なるご迷惑をおかけしますことを、ここに謝罪させていただきます。
それでは、またいつかどこかでお会いしましょう!