波の国での偵察任務を切り上げた俺たちを待っていたのは、安息ではなく新たな戦地への動員だった。
里からの通達は冷徹なまでに迅速だった。まず木ノ葉の里への緊急連絡を済ませる。現状、二班を波の国に留めて警戒の要とし、俺たちを含む残りの二班は警告と増援を兼ねて茶の国へ向かうことが決定した。
木の葉は現在、独自の忍里を持たない波の国や茶の国といった同盟国を保護下においている。
地理的に見ても茶の国はそう遠くなく、ここを突かれることは木の葉の防衛網に穴が空くことを意味する。
「……感知タイプが足りていない、か。嫌な予感がするな」
船の舳先に立ち、俺は湿り気を帯びた潮風を浴びながら独りごちた。現在、木の葉の主力は波の国での戦線に割かれており、茶の国に展開している部隊は手薄だ。特に敵の接近をいち早く察知できる感知忍者の不足は致命的と言える。俺の念力による索敵能力や、中忍試験後に改良を重ねた電磁砲の火力が期待されているのは理解していたが、胸のざわつきは収まらなかった。
海路を利用し、茶の国へとひた走る。目的地が水平線の向こうから輪郭を現し始めたその時、異変は起きた。
空気を震わせる巨大な爆発音。続いて、竹林の奥深くから巨大な土煙が天を突くように立ち上がった。
「今、この辺りにあんな派手な戦闘が出来る部隊ってありましたっけ?」
俺の問いに、油女シビ先生はサングラスの奥の目を険しく細めた。
「……いや、私が把握している限り、派遣されているのは中忍と下忍が中心の防衛隊のみだ。あれほどの衝撃、並の忍の仕業ではない」
シビ先生の言葉通りなら、事態は最悪だ。霧隠れ、あるいはそれに匹敵する戦力が既に茶の国の懐深くに入り込んでいる。
「どうします、すぐに援軍に向かいますか? それともここで様子を見ますか?」
アオバが不安そうに身を乗り出す。彼の指先は、いつでもカラスを呼び出して偵察できるよう、微かな震えを押し殺して印の形に添えられていた。
「……いや、戦闘地域が移動している。東側だ」
先生の言葉に、俺は目を凝らした。確かに、土煙は徐々に海岸線の方へと流れている。内陸部まで攻め込まれていないのなら、まだ打つ手はある。
「では敵の側面をつけるように進軍しましょう。俺たちなら離れた状況からでも、念力による感知で戦況を確認できます。伏兵の有無も探れるはずです」
「そうだな。だが、陸地にいる他の隊の状況も不透明だ。……よし、人員を分ける。俺たちの班はそのまま戦闘地域へ。もう一班は茶の国の守備隊と合流し、総力をまとめて攻勢に転じろ」
中隊長としてのシビ先生の判断は合理的だった。だが、この圧倒的な未知の脅威を前に戦力を分かつことには、正直なところ不安が残る。
「了解しました! シビさんたちも、無理しないで下さいね」
別班の忍たちが船を飛び降り、チャクラを足裏に集中させて海面を走っていく。彼らの背中を見送りながら、アオバが焦ったように声を上げた。
「シビさん、私たちも急ぎましょう。負傷者がいれば、一刻を争います!」
彼の瞳には、仲間を想う純粋な献身が宿っていた。シビ先生は一度だけ短く頷くと、殿を務めるトンボを振り返った。
「飛竹! 海中に敵の気配はあるか?」
「……いえ、進行方向に敵対的なチャクラ反応はありません。クリアです」
「よし、行くぞ。敵は少数精鋭で切り込んできた可能性がある。防衛態勢を立て直すためにも、一気に押し戻す!」
「「「はいっ!」」」
海面を蹴る衝撃が足裏から伝わってくる。俺たちは竹林へと突入した。フォーメーションは縦一列。前方にシビ先生、左右の警戒を俺とアオバが担い、トンボが後方を固める「いつもの」陣形。しかし、漂ってくる濃い血の匂いが、これがいつもの任務ではないことを告げていた。
*
「全員、止まれッ!」
先生の声と共に、俺たちは影に身を潜めた。竹林の奥から、何かがこちらへ向かってくる。衝突音、そして荒い息遣いが急速に近づいていた。
「ここからは歩行に切り替える。敵が少数で、かつ背後を突ける状況なら戦闘を開始する。各自、準備しろ」
俺は身体の周囲に、小さな鉄球を浮かべた。念力で一定の軌道を保ち、準備を完了させる。
中忍試験以降、俺は電磁砲の改良に心血を注いできた。従来の「溜め」が必要な発射手順を、「準備」と「射出」の二段階に分離したのだ。これにより連射性能は飛躍的に向上したが、俺のチャクラ量では十個が限界。一発一発が、俺のチャクラを削り取る弾丸だ。
「……来ます! 敵は五人。……一人は重傷、あるいは抱えられているようです」
トンボの囁きと同時に、先ほどまで聞こえていた激しい戦闘音がふっと消えた。嫌な予感がする。敵はこちらの気配に気づき、撤退ルートを調整したのか。
「……飛竹は周辺を。増援の有無を確認しろ。ここで迎え撃つぞ。秘術・蟲邪民具!」
シビ先生の周囲から無数の寄壊蟲が溢れ出し、周囲の空間にノイズを撒き散らす。これで俺たちのチャクラ反応は攪乱され、相手の感知を欺けるはずだ。
「トンボ、敵がヨフネの射程に入った瞬間にハンドサインを送れ。それに合わせ俺が突入する」
「了解」
「……撃ち尽くしていいですか?」
俺の問いに、先生はサングラスの奥から鋭い視線を向けた。
「いや、常に最低でも数発は温存しておけ。いつ必要になるか分からない」
「……わかりました」
茂みの中に潜み、呼吸を整える。心臓の鼓動が、竹の葉を揺らす風の音よりも大きく感じられた。トンボの手が動く。指が折られていく。
ーーー5、4、3、2、
「避けろッ!!」
カウントが終わる直前、トンボが叫んだ。俺は反射的に、思考よりも早く真後ろへ飛び退いた。
先ほどまで俺の頭があった場所を、青白い雷撃が貫き、背後の岩が抉れる。
「何っ、蟲の攪乱を抜けてきたのか……!?」
シビ先生の驚愕をよそに、俺は着地と同時にクナイを投擲した。だが、現れた影はそれを軽々と刀で弾き飛ばした。
「構えろ!」
現れた三人の姿を見て、俺の思考は一瞬、凍りついた。彼らが手にしている、あるいは背負っている異様な形状の「得物」。
「霧の忍刀七人衆……か!?」
「くはは、俺たちも有名になったもんだ。木の葉のガキまで俺たちの名を知っているとはな」
全身に電撃を纏い、奇妙な二本の短刀を弄ぶ男が嘲笑う。
「雷牙、無駄口を叩くな。満月と刀を運ぶのが先だ。こいつら程度、お前一人で充分だろう」
大刀“鮫肌”を背負った西瓜山河豚鬼が、深手を負った鬼灯満月を担ぎながら冷たく言い放った。断刀“首切り包丁”を背負うのは枇杷十蔵。二人ともビンゴブックに名前と人相が載っていた。
他国にまで名前が知られる彼らの体はボロボロだ。あの七人衆をここまで消耗させた「誰か」がいる事実に、背筋が寒くなる。
「おう、行ってな。……さて、蘭丸。まずはどいつから葬ってほしい?」
雷牙と呼ばれた男が、背負った袋に語りかける。トンボが言っていた五人目の反応は、あの袋の中か。誘拐された子供か何かか。
「違う、チガウ! 蘭丸は……俺の相棒だァッ!」
俺の視線に宿った同情の色を悟ったのか、雷牙の表情が激昂に染まった。
「雷遁・雷球!」
放たれた電撃の塊が俺を襲う。躱しきれない。俺はとっさに前方にチャクラを集中させて耐える。
「ヨフネ、反撃だ!」
「雷遁・電磁砲、三連射ッ!」
音速を超えた鉄球が、空気を切り裂く高音と共に雷牙を捉えた。土煙が舞い上がり、確かな命中感。だが、煙の中から現れたのは、鼻歌交じりに肩を回す雷牙だった。
「あー、痛い痛い。蘭丸、大丈夫か? 少し揺れただけだぞ」
「うん、僕は大丈夫。ありがとう、雷牙」
信じられない。電磁砲を直撃させて、かすり傷一つないのか。雷牙の纏う「雷の鎧」が、衝突の瞬間に磁場に干渉し、鉄球の運動エネルギーを逃がしている。
「お前ら……蘭丸を怖がらせた罪は重いぞ。死ねッ!」
雷牙の纏う電撃が膨れ上がり、彼の姿がブレた。
「早っ……!?」
神経を雷で活性化させているのか、速度が格段に上がっている。反応が遅れた俺の胸元に、重い蹴りが突き刺さった。
「ガハッ……!」
背後の竹を数本なぎ倒し、俺は地面を転がった。視界が点滅する。
「ヨフネ! ……秘術・蟲玉!」
シビ先生が寄壊蟲の雲を雷牙へ放つが、雷牙が身体を捻った瞬間、バチィッという音と共に蟲たちが焦げて地面に落ちていく。
「気持ち悪い蟲だな……雷球!」
近距離からの電撃。シビ先生は咄嗟に俺たち三人を庇うように前に飛び出し、回避行動を取るが、爆風に煽られ体勢を崩す。
「面倒くさいィ! 全員まとめて感電してろ! 雷葬・雷の宴!」
雷牙が二本の刀を地面に突き刺した瞬間、地を這う雷撃が無数に分岐し、アオバ、トンボ、そして立て直そうとしていた先生を襲った。
「「「ああああああッ!!」」」
絶叫と共に、三人の身体が引き攣り、力なく崩れ落ちていく。
意識が遠のきかける中、俺は必死に目を開けた。三人が殺される。ここで俺が動かなければ、全てが終わる。
(……考えろ。物理が効かない、雷も相殺される。なら、何が効く?)
必死に周囲を見渡す。折れた竹。泥。焦げた草。
(……竹だ。竹は絶縁体……電気を通さない!)
俺は傍らに落ちていた太い竹の破片を手に取り、クナイで先端を鋭利に削った。ただの竹槍じゃない。そこに「風遁」を纏わせ、分子レベルで研磨する。雷の鎧を「絶縁」で無視し、風の鋭利さで突き抜く。
強大な風遁のチャクラに耐えきれず、ただの竹の破片が手の中でミシミシと軋み、今にも爆ぜそうになるのを、力技で無理やり繋ぎ止める。
しかし、雷牙は既に三人の目の前まで迫っていた。
「まずはうじゃうじゃと蟲を出したお前からだ」
……間に合わない。俺の足はガタガタと震え、筋肉痛のような鈍痛が走っている。
(……あの日、ダイさんが言っていた。自分の大切なものを、死んでも守り抜くと決めた時。それが、忍の真の力が解放される時だ、と)
「やるしかない……!」
俺は胸の奥で、閉じられた「門」をイメージした。
「八門遁甲・第一開門……開(カイ)!!」
全身の血液が沸騰し、視界が真っ赤に染まる。脳のリミッターが外れ、爆発的なエネルギーが四肢に満ちる。ブチブチと細い毛細血管が千切れる音が体内で響き、口の中に鉄錆のような血の味が広がった。激痛を強引に捻り潰し、俺は地面を爆破するように蹴った。
「うおおおおおぉぉぉぉ!!」
「雷牙、危ない! さっきの一人が来る!」
袋の中の子供、蘭丸の声。だが遅い。開門した俺の速度は、雷牙の活性化すら上回っていた。
「そんな竹槍で、この雷の鎧が破れるかよォ!」
雷牙が迎撃の体勢をとる。だが、俺の竹槍は、奴が展開した高圧電流の壁を、何事もなかったかのようにすり抜けた。
手に伝わる、生肉と骨を断つ生々しい感触。竹槍は雷牙の胸を貫き、さらに背後の袋の中にいた蘭丸までをも、一撃で刺し貫いた。温かい血が俺の腕を伝ってボタボタと泥へ落ちる。子供の命ごと奪い去ったという絶対的な業が、ズシリと両腕に乗しかかった。
「な、んで……竹ごとき、が……」
「……竹は電気を通さない。お前の鎧は、これには通用しないんだ。さらに、風遁で覆って強化した。……お前の負けだ」
雷牙の瞳から光が消え、彼はそのまま、守ろうとした相棒と共に泥土に沈んだ。
俺は八門を閉じ、その場に膝を突いた。全身を襲う、経験したことのないような激痛。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
手が震える。慣れない。人を殺した感触が、竹槍を通じてまだ残っている。だが、今は休んでいる暇はない。俺はよろめきながらシビ先生の元へ行き、掌仙術で治療する。
「……ヨフネ? あ、あいつは……」
「殺しました。……大丈夫です、みんな生きてます」
「そうか、すまんが他のみんなの治療も頼む」
*
電磁砲三発、風遁、そして治療によって半分以上のチャクラを失った俺は休憩してもらっている間、重い足取りでさらに竹林の奥へと向かった。彼らがやってきた方向だ。
そこには、クレーターのような惨状が広がっていた。中心に横たわっているのは、見覚えのある、緑の全身タイツ。
「っ! ダイさん!」
俺は転がるようにして駆け寄った。彼の胸に耳を当てる。……かすかに、動いている。
「待ってて下さい!すぐに治療します!」
俺の叫びに、ダイさんがゆっくりと、重い瞼を開いた。
「……ヨ、ヨフネ君。もう、いいんだ。……死門まで、開いたからね」
「なんで……なんで、あなたまで……!」
「自分の大切なもの……ガイを、守り抜くと……決めた時が来たのさ。それだけだよ」
彼は血の混じった、しかし最高に輝くような笑顔を見せた。
「そう……ですか。ダイさん」
俺の声は、情けないほど震えていた。ボロボロと大粒の涙が溢れ、泥だらけの頬を伝う。
「俺も、第一門を開きました。おかげで、仲間を……守れました。……っ、ありがとうございます、師匠……!」
「……後悔、なく生きろ。私の……唯一の、弟子よ……」
ダイさんの手が、力なく地面に落ちた。
俺は、その場に立ち尽くしていた。
彼にとって、息子以外で唯一の弟子。その意思は、今、俺の中に流れている。
「シビ先生。マイト・ダイが、命と引き換えの術で忍刀七人衆を退けたようです」
俺の大きな声が聞こえたのか、まだダメージの残る先生がヨロケながら近づいてきたのがわかったため、俺は涙を拭って振り向いた。
「……俺は、遺体や遺品の捜索をします。少しだけ、一人にしてください」
先生は、俺の必死な表情を見て何も言わずに頷き、下がっていった。
*
俺はコン平を分身させ、周囲を徹底的に捜索した。
遺体は三体。通草野餌人、栗霰串丸、無梨甚八。
そして、傍らには鈍刀“兜割”、長刀“縫い針”、爆刀“飛沫”が転がっていた。俺はそれらを巻物に封印し、ベストのポケットにねじ込んだ。
「師匠は本当に凄いな……」
戦闘の痕跡を見ても、何が起きたのかまるで分からない。破壊の範囲が広すぎるのだ。師を失った悲しみがまた押し寄せる。
「クォン!」
コン平の警戒声。
「……ねえ、貴方。ここで何があったのかしらね?」
冷徹で、爬虫類のような粘り気のある声。振り返ると、そこには大蛇丸が立っていた。
「……大蛇丸様」
俺は努めて冷静を装い、起きたことを簡潔に話した。嘘は通じない。だが、忍刀を隠していることは悟らせない。
「……そうだったの。ところで……忍刀はどうしたのかしら? 伝説の七振りがここにあるはずだけれど」
「一振り、雷刀“牙”は私が戦利品として確保しました。残りは、西瓜山河豚鬼が抱えて撤退するのを確認しています」
「……そう。鮫肌があれば欲しかったのだけれど、残念だわ」
大蛇丸は俺をじっと見つめ、そして地面に転がる七人衆の遺体へと、なめ回すような視線を移して不気味な笑みを浮かべた。
「彼らの死体の構造には、少し興味があってね……死体の処理は私がしておいてあげる。貴方は仲間と合流しなさい」
「……はい。ありがとうございます」
俺は感謝を装い、全速力でその場を離れた。背中に感じる蛇のような視線。あの男には、いつか食われるかもしれない。
仲間と合流し、里への帰路につく。
一歩進むごとに、全身の筋肉が断裂するかのような激痛が走る。だが、俺はそれを悟らせないように歩いた。
左腰には、雷刀“牙”。
懐には、三振りの封印巻物。
そして心には、師から受け継いだ「守り抜く」という覚悟。
ダイさんに感謝しながら、俺は、変わり果てた竹林を後にした。
「……ヨフネ、大丈夫? 顔、ひきつってるぞ」
トンボが心配そうに隣を歩く。
「ああ。……ちょっと、筋肉痛が酷くてね。帰ったら、たっぷり回復させてくれよ」
俺はそう言って、師匠のような、最高の笑顔を作ってみせた。
忍界歴40年
カカシ6歳で中忍になる
ヒルゼン(48)、綱手(31)、ミナト(16)