同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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012.決死

 

 

 肌に張り付くような湿気が、今日もまた不快指数を跳ね上げている。この島の空気は重い。海風は磯の香りを通り越して、どこか鉄錆のような、古びた血の生臭さを孕んでいるように感じられた。

 

 俺は廃屋の崩れかけた壁に背を預け、ぬるくなった水筒の水を口に含んだ。喉を通る液体すら、この島の淀んだ空気の一部のように思えて、不快感が胃の腑に落ちていく。

 

「……またか」

 

 隣で飛竹トンボが低く唸った。

 包帯で覆われたその顔が、海の方角へ向く。彼の「耳」と「勘」が、不吉な風切音を捉えたのだ。

 視界を奪われている分、彼の聴覚は研ぎ澄まされ、波音の向こうにある微細なチャクラの乱れすら聞き分ける。

 

「数は三。……いや、四か。隠密行動か?チャクラの波長が微弱だ」

「了解。……サンタ、繋げ」

 

 俺が短く指示を出すと、山中サンタもだいぶ慣れてきた手つきで印を結んだ。心転身の術の応用系、感覚伝達のラインが開く。

 

 脳内にノイズが走り、他者の視覚情報が流れ込んでくる感覚。慣れはしたが、決して心地よいものではない。他人の眼球を借りて世界を見ているような、奇妙な浮遊感と吐き気がつきまとう。

 

「位置、捕捉しました」

 

 日向ホヘトの声が脳裏に直接響く。

 彼の白眼は、鬱蒼とした森の向こう、海岸線に上陸しようとする影を正確に捉えていた。白黒の反転した視界の中に、チャクラの経絡系が炎のように揺らめいている。

 

 これが、俺たちの日常だった。

 あの日、味方を「処分」するテストに合格して以来、俺たち「ヨフネ小隊」はこの島に張り付けにされている。

 

 任務は単純明快。来る日も来る日も繰り返される、他国からの威力偵察の迎撃と排除。最初のうちは、雲隠れと霧隠れの双方が、まるで示し合わせたかのように交互にやってきていた。

 

 だが、ここ数週間で潮目が変わり始めていた。

 

「最近、雲の連中を見かけないな」

 

 戦闘後の短い休息時間、泥に汚れたクナイを布で拭きながらサンタが呟いた。

 

 焚き火は厳禁だ。月明かりさえ届かない森の奥深く、冷え切った缶詰を皆で囲みながら、俺たちは息を潜めている。

 

「ああ。代わりに霧の頻度が増えた。……それも、露骨にな」

 

 俺は硬いビスケットを齧りながら答えた。口の中の水分が奪われていく感覚に顔をしかめる。

 

「西の国境……林の国と霜の国の方で、戦況が動いているらしい」

 

 トンボが水筒の水を一口だけ含み、湿らせた唇で語る。彼は目が見えない分、里からの定期連絡や風の噂を誰よりも敏感に収集していた。

 

「雲隠れと木ノ葉は陸続きだ。向こうは今、激しい消耗戦を繰り広げているそうだ。……挟撃を避けるため、木ノ葉の上層部は霧隠れへの逆侵攻を計画している」

 

 俺の言葉に、三人の視線が集まった。暗闇でも、その瞳に宿る動揺がわかる。

 

「攻撃は最大の防御、とは言うがな。……理屈は通ってるが、正気じゃない」

 

 俺はため息混じりに言い捨てた。原作知識というアドバンテージがあっても、この大戦の全体像は複雑怪奇だ。歴史の教科書には載らないような、現場レベルの悲劇が無数に転がっている。

 

 確かなことは一つある。俺たちがこの島で防波堤として機能している間に、本隊は血なまぐさい決断を下そうとしているということだ。

 

「……なぁ、隊長」

 

 ホヘトが不意に、改まった声を出した。

 彼は手元のクナイを強く握りしめ、俺の方を真っ直ぐに見ている。

 「俺、決めたっすよ。この戦争が終わっても、俺は隊長について行きます」

 

 俺はそのフラグめいた言葉に、俺は眉をひそめた。

 

「酔狂だな。……俺についてきても、待っているのは汚れ仕事だけかもしれないぞ」

「それでもいいんです」

 

 ホヘトの声に力がこもる。

 

「白眼使っていると本当によく見えるんだ。敵の顔までハッキリと。殺される恐怖、痛み、上の命令に従うしかない絶望……。どいつもこいつも、将棋の駒みたいに使い捨てられて死んでいく」

 

 彼は一瞬言葉を切り、そして続けた。

 

「でも、隊長は違う。隊長だけは、俺たちのことを『駒』として見てない。さっきの戦闘だって、一番危険な場所に自分が飛び込んで、俺たちを庇った」

「……効率の問題だ。お前らに死なれると戦力が減る」

「そういうことにしておきますよ」

 

 ホヘトはニカっと笑った。

 

「だから俺は、これからも隊長の『眼』になります。あなたのためなら、俺は命を張れる」

 

 その真っ直ぐな信頼が、今の俺には少し重く、そして痛かった。だが、部下にここまで言わせておいて、否定するのも野暮というものだろう。

 

「……背中は任せるぞ」

 

 俺が短く答えると、ホヘトは満足そうに頷いた。

 

 

 *

 

 

 変化は、唐突に訪れた。

 雲隠れの海路侵攻が鳴りを潜め、木ノ葉の霧隠れ侵攻計画が現実味を帯び始めた頃――。

 

 霧隠れが、動いた。

 

「――来るぞ!!」

 

 トンボの叫び声と同時に、海岸線に仕掛けてあった起爆札が一斉に炸裂した。水柱と共に砂煙が舞い上がる。

 

 だが、後続の敵は止まらない。爆炎を突き破り、異様な殺気を放つ集団が雪崩れ込んできた。

 

「数が違う……! これまでの比じゃない!狙撃じゃ追いつかない数です!」

 

 サンタの悲鳴に近い報告。俺は背に帯びた双刀――先の任務で霧の忍刀七人衆、黒鋤雷牙を討ち取って奪った戦利品、雷刀“牙”を抜き放ち、前線へと疾走した。俺の雷遁と極めて相性の良いこの刃は、狙撃だけではなく近接戦においても欠かせない武器となっている。

 

「トンボとサンタは俺たちの後方から援護!ホヘトは俺と一緒に近接戦だ!」

 

 森の中を駆け抜けながら、俺は敵の姿を視界に捉えた。額当てのマークは霧隠れ。だが、その装備も、雰囲気も、今までの敵とは明らかに異質だった。

 

「ヒャハハハ! 踊ろうぜ、木ノ葉の腰抜け共ォ!!」

 

 狂気じみた笑い声を上げ、白髪の少年が突っ込んでくる。自分の骨を引き抜き、それを剣として振るう姿。かぐや一族だ。

 

 俺は雷刀で骨の剣を受け止めた。重い。骨同士がぶつかり合うような硬質な音と共に、腕に痺れが走る。小柄な体躯からは想像もできない膂力だ。

 

「へえ、いい反応だ! お前、名前は!?」

 

 至近距離で覗き込んでくる瞳孔が開いた目。まだ声変わりもしていないような子供が、殺戮を楽しんでいる。

 

「ここで名乗ったって良いことはないだろっ!」

 

 俺は雷遁のチャクラを流し込んだ。高圧電流が骨を伝い、少年の体を駆け巡る。

 

「ガァッ!? ……ククッ、いい刺激だァ! 脳が震えるぜ!」

 

 普通ならショック死する電圧だ。だが、こいつは止まらない。痛覚が麻痺しているのか。俺は距離を取ろうとバックステップを踏んだが、少年は全身の皮膚を突き破って無数の骨の槍を乱立させ、そのままコマのように回転しながら突っ込んでくる。

 

 だが、洗練された技の冴えはない。ただ純粋な殺戮衝動に身を任せただけの、凶悪な狂気の乱舞だ。周囲の木々が容易くなぎ倒され、砕けた骨の破片が散弾の雨となって俺を襲う。

 

「死ね」

 

 一瞬の隙を突き、俺はかぐや一族の少年の懐に潜り込み、雷刀で心臓を一突きにした。致命傷だ。だが、少年は喀血しながら、満面の笑みを浮かべた。

 

「あぁ……最高だ……!」

 

 少年は俺の刀を掴んで離さない。逃がさないために。その目が、恍惚に見開かれる。

 

「俺の骨と共に、綺麗に咲こうぜぇぇッ!!」

「なッ!?」

 

 こいつ、自分で――!

 俺は雷刀を手放し、チャクラを足裏に集中させ、全力で後方へ跳んだ。

 

 少年の肉体が内側から弾け飛び、鋭利な骨片が手榴弾のように周囲を薙ぎ払う。

 

 自爆だ。死を悟った末の悪あがきではない。最期の瞬間、自分という兵器を最大火力で起爆させることに、至上の喜びを感じていやがった。

 

「……イカれてやがる」

 

 土煙の中、俺は片膝をつきながら呻いた。耳鳴りが止まらない。だが、本当の地獄はそこじゃなかった。

 

「ひ、ひぃッ! ま、待ってくれ! 俺はまだやれる!」

 

 視界の端で、トンボの土遁で足を負傷した氷遁使いの男が叫んでいた。その視線は、俺たち敵ではなく、自分たちの後方へ向けられている。

 

「ホヘト! 後方に何がいる!」

 

 俺が叫ぶと、ホヘトが血走った白眼で敵陣深くを睨みつけた。

 

「……います! 後衛に三名、手印を結んだまま動かない部隊が! 奴らの周囲を、霧の暗部が固めています!」

 

 俺が視線を戻した瞬間。命乞いをしていた氷遁使いの胸部が、どす黒く発光した。

 

「嫌だ、嫌だぁぁぁッ!!」

 

 ドォン。

 乾いた破裂音と共に、男の上半身が消し飛んだ。

 自爆ではない。遠隔操作による「処理」だ。

 

「……なんだ、これは」

 

 戦場を見渡せば、同様の光景が至る所で繰り広げられていた。かぐや一族のように狂喜乱舞して自ら弾け飛ぶ者。そして、負傷し、戦力外と判断された瞬間に、ゴミのように処理されていく一般の忍たち。

 

「督戦隊か……!」

 

 霧隠れの忍たちは、ただ命令されて突撃しているのではない。背後から銃口を突きつけられた状態で、地雷原を走らされているようなものだ。だから彼らは死に物狂いになる。後ろにいる味方に「まだ戦える」と証明するために。

 

「ふざけるな……!」

 

 俺の中で、熱い怒りが湧き上がった。だが同時に頭は冷えていた。感情に任せて突っ込めば、俺もあの爆弾の餌食になるだけだ。

 

『どいつもこいつも、将棋の駒みたいに使い捨てられて死んでいく』

 

 ホヘトの言葉が脳裏をよぎる。そうならないよう、俺は味方を守るために、敵の駒を盤面から排除する。冷徹に、確実に。

 

「ホヘト、監視役の位置を正確に教えろ。それと、その直線上にいる『盾』の位置もだ」

「え? ……は、はい! 監視役の前方5メートル、氷遁使いの負傷者が盾として配置されています!」

「上等だ」

 

 俺は忍具袋から、レールガン用に特注した鉄の弾丸を取り出し、回収した雷刀“牙”の刀身に添えるようにセットした。

 

「隊長? まさか、ここから狙う気ですか!? 間に爆弾にされてる奴らもいますよ!」

 

 サンタが驚愕の声を上げる。

 

「味方の損害を抑える方が大事だ」

 

 俺は雷遁チャクラを練り上げる。バチバチと青白い火花が刀身を走り、弾丸が唸りを上げて振動し始めた。

 

「トンボ、周囲の雑音を少し消してくれ。集中する」

 

 俺の意図を察したトンボが、息を呑みながらも即座に行動に移る。

 

「……風遁・静寂の帳」

 

 視界が開け、戦場のノイズが遠のく。

 白眼の視界を共有するホヘトのガイドが、脳内に照準を合わせる。

 ターゲットは、森の奥深く。監視役の術者。そして、その前に立ち尽くす、胸に起爆術式を埋め込まれた霧の忍。

 

(……悪く思うなよ)

 

 俺は誰にともなく心の中で呟いた。照準の先にいるあの氷遁使いの忍は被害者だ。彼にも帰りを待つ家族がいるかもしれない。だが、ここで俺が前世の倫理観に囚われて躊躇すれば、確実に背後のサンタやトンボが死ぬ。

 

 天秤にかけるまでもない。俺の手は、すでに血に塗れている。今更『向こう側の平和な世界』の人間には戻れないのだ。味方を守るためなら、俺は喜んで修羅になる。

 

 冷徹な決断と共に、俺は引き金を引くように、練り上げたチャクラを一気に解放した。

 

「超電磁砲!!」

 

 轟音と共に、オレンジ色の光条が森を切り裂いた。

 音速を超えた弾丸が、空気を焼き焦がしながら一直線に突き進む。

 

 射線上にいた霧の忍――人間爆弾にされた男の胴体が、一瞬で消失した。そして、その背後にいた監視役の術者が、驚愕の表情を浮かべる間もなく、上半身を吹き飛ばされた。

 

 直後、破壊された「人間爆弾」が誘爆し、周囲の暗部たちを巻き込んで巨大な火球となった。

 

「……着弾、確認。監視役、沈黙しました」

 

 ホヘトの声が震えている。

 俺は静かに雷刀を納めた。焦げ付いた鉄の臭いが、鼻を突く。

 

「……酷い」

 

 サンタがポツリと呟いた。非難の色はない。ただ、圧倒的な暴力と、それを躊躇なく行使した俺の判断に対する、畏怖が混じっていた。

 

「これで、少しはマシになるはずだ。……だが、戦況は変わらん。撤退準備だ」

 

 俺は努めて冷淡に言い放った。腕に残る痺れが、俺が奪った命の重みを伝えていた。被害者ごと敵を穿つ。それが俺の選択だ。

 

 

 *

 

 

 日が落ちる頃には、海岸線の拠点は完全に制圧されていた。俺たちは内陸の森深く、第二防衛ラインまで下がることを余儀なくされた。

 

「……海岸線、奪われたな」

 

 仮設テントの中で、俺は地図を見下ろしながら呟いた。赤いバツ印が、また一つ増える。

 

「本隊からの増援は期待するな。……どの戦線も手一杯だ」

 

 重苦しい沈黙がテントを支配する。遠くで、散発的な爆発音が続いていた。

 だが――ふと、その音が止んだ。

 

「…………」

 

 突然の静寂。今まで聞こえていた森のざわめきすら消えたような、真空のような静けさが場を包んだ。

 

「……おい」

 

 トンボが、震える手で自身の耳に触れた。顔色が、見る見るうちに蒼白になっていく。

 

「どうした、トンボ」

「音が……消えた。虫の声も、風の音も。……鳥たちが、一斉に北へ逃げていく羽音だけが聞こえる」

 

 トンボの声が掠れる。

 

「来るぞ。……とてつもなくデカい、何かが」

 

 その予言めいた言葉が終わるか終わらないかのうちに、テントの入り口が乱暴に開かれた。通信班の忍が、転がり込むように入ってくる。

 

「報告ッ!!」

 

 その声の切迫さに、全員の空気が凍りついた。ただの敗戦報告ではない。もっと致命的な何かが起きたのだと、直感で理解できた。

 

「た、只今入った情報によりますと……く、雲隠れが!」

「雲がどうした。撤退したんじゃなかったのか」

 

 トンボが問いただす。

 

「逆です! 雲隠れの大部隊が、国境を越えて侵攻を開始! 湯の国を経由し、この島の北東部へなだれ込んでいます!!」

 

 一瞬、テント内が静まり返った。誰も言葉を発せない。情報の意味を咀嚼するのに時間がかかったのではない。そのあまりの絶望的な内容を、心が拒絶したのだ。

 

「……は? なに言ってるんですか」

 

 サンタが引きつった笑みを浮かべた。

 

「間違いでしょ? だって雲隠れは、霜の国で……」

「間違いではありません! 複数の監視所から同時に緊急入電! 規模は……推定五千以上!」

「五千!?」

 

 悲鳴のような声が上がる。現場の指揮系統はパニックに陥っていた。

 

「……陽動か」

 

 俺は乾いた唇から言葉を絞り出した。雲隠れの沈黙は、撤退ではなかった。力を溜め、最大の好機を窺っていたのだ。

 

 本来なら相容れないはずの雲と霧。だが、憎き木ノ葉の戦力を削り、自国の優位を確立するという一点において、彼らの利害は完全に一致している。

 

 霧隠れのこの狂気的な攻勢も、自国の忍を捨て駒にしてまで俺たちの目を引きつけるための、雲と一時的に手を組んだ上での大規模な陽動だったとしたら?

 

「嘘でしょ……」

 

 サンタが頭を抱えて座り込む。まだアカデミーを出たばかりの彼の顔から、生気が抜け落ちていく。五千の軍勢。小隊規模の俺たちなど、蟻のように踏み潰されるだけの数だ。

 

 前門の霧、後門の雲。この島が、二つの巨大な牙によって噛み砕かれようとしていた。俺は雷刀の柄を強く握りしめた。金属の冷たさだけが、高ぶる動悸をわずかに鎮めてくれる。

 

「……立て、サンタ。トンボもだ」

 

 俺は恐怖で震えそうになる膝を必死に押さえ込み、あえて冷徹なまでに響く低い声を出した。

 

「ここでパニックになれば、俺たちは確実に死ぬ。五千が来ようが関係ない。俺たちの任務は偵察と迎撃だ」

「たい、ちょう……」

「死なせはしない。俺の小隊を、こんな場所で無駄死にさせる気は毛頭ない。生き残るための策を練るぞ」

 

 絶望の淵にあっても、俺は前を向くしかなかった。

 原作の知識? そんなもの、今はクソの役にも立たない。ここにあるのは、理不尽な死と、逃げ場のない現実だけだ。

 

 終わりの見えない夜が、また始まろうとしていた。

 

 





 
飛竹トンボ
顔の大半を包帯で覆っており、目の部分に額当てを巻いている。
アスマや紅、シズネ、ガイ、エビス、イビキと同期
原作においては、中忍試験の際にナルトを壁に打ちつけていた。
 
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