同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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013.出会

 

 

 撤退戦は、泥沼の様相を呈していた。

 

 北からは雲隠れの大軍勢が押し寄せ、南からは霧隠れの部隊が追撃を仕掛けてくる。二つの脅威に挟撃された俺たち木ノ葉の防衛部隊は、徐々に、しかし確実に陸地を削り取られていた。

 

「ハァ……ハァ……! クソッ、どこまで下がればいいんだ!」

 

 日向ホヘトが荒い息を吐きながら、泥まみれの地面を走る。彼の足取りは重い。チャクラの枯渇と連戦の疲労が、限界を超えて肉体を蝕んでいる。

 

「泣き言を言うな。……止まれば死ぬぞ」

 

 俺は彼の背中を叩き、叱咤した。すでにサンタは喋ることもできないほど疲労している。だが、俺自身の肺も焼けつくように熱い。

 

 第二防衛ラインはすでに崩壊した。俺たちに残された選択肢は、この島の東端、断崖絶壁に囲まれた旧市街跡地への後退のみ。

 

 俺たちがこれまでただの無人島だと思っていたこの島は、かつて地図に存在した国――「渦の国」の成れの果てだったのだ。

 

 鬱蒼とした森を抜けると、視界が一気に開けた。

 荒涼とした岩場に、風化した白い石積みの建造物が墓標のように並んでいる。

 

 至る所に刻まれた、赤い渦巻きの紋章。木ノ葉隠れの里のベストの背中にあるものと同じ意匠だが、ここのそれはひどく色あせ、苔に覆われていた。

 

「……ここが、渦潮隠れの里の跡地か」

 

 俺は崩れかけた石壁に手を触れた。ざらついた感触。かつて強大な封印術を誇り、その力を恐れた他国によって滅ぼされた一族の故郷。うずまきナルトのルーツであり、木ノ葉にとっての「守れなかった盟友」の象徴。

 

「総員! ここを最終防衛ラインとする!」

 

 野太い怒号が響いた。

 この島に残存する部隊を束ねる、古参の上忍だ。顔の半分に火傷の痕がある歴戦の猛者だが、今はその表情が鬼のように歪んでいる。

 

「よく聞け、若造ども! ここはただの廃墟じゃねぇ!」

 

 男は、足元の瓦礫を強く踏みしめた。

 

「かつて我々の先輩たちは、同盟国であるこの渦の国からの救援要請に間に合わず、みすみす友を全滅させた! 俺たちのベストの背中の渦巻きは、その友好と、二度と友を見捨てないという誓いの証だ!」

 

 男の言葉に、周囲の空気が変わった。疲労困憊で死んだ魚のような目をしていた中忍たちの瞳に、暗く、重い炎が宿る。

 

「その場所をだ……! また他国に、霧や雲の連中に土足で踏み荒らされてたまるかよッ!!」

「「オオオオオオッ!!」」

 

 獣のような咆哮が上がった。それは意地と贖罪の叫びだった。効率的ではない。だが、今の俺たちに必要なのは、理屈を超えて体を動かすための燃料だ。

 

「……熱いねぇ、先輩方は」

 

 俺は冷静に周囲の地形を確認しながら呟きつつも、自然と手に力が入った気がした。

 

「隊長、どうしますか?」

 

 サンタが荷物を下ろして座り込みながら聞いてきた。その顔からは、先ほどの悲壮感が消え、覚悟が決まった戦士の顔つきになっていた。

 

「利用できるものは感情でも利用する。……この土地の強度は高い。地の利はこっちにあるさ」

 

 そう強がるしかなかった。

 

 

 *

 

 

 本隊から少し離れた位置に観測班として配置されたのは、俺たち四人と本隊からの連絡を取りやすくするための忍鳥を使う中忍一人だった。

 

 俺は日向ホヘトに指示を出し、敵の侵入ルートを絞り込ませた。飛竹トンボが風の音を聞き分け、敵の足を止める罠を張る。

 

 そして、落ち着いたころ霧がかかってきた。だが、今回の霧は様子が違っていた。視界を遮る乳白色の霧ではない。

 

 鼻を突く刺激臭。腐った卵と、薬品を混ぜ合わせたような強烈な悪臭が漂ってきたのだ。

 

「……なんだ、この臭いは」

 

 トンボが鼻を覆って呻く。

 

「退がれ! ただの霧じゃない!」

 

 俺の警告と同時だった。前線にあった石柱が、ジュウウウゥッという不快な音を立てて溶解し始めた。

 石だけではない。枯れ木も、地面の草も、触れた端からドロドロに溶けていく。

 

「酸の霧……!?」

「溶解の術か! 風遁で吹き飛ばしてやる!」

 

 近くにいた中忍が叫ぶが、霧の密度は異常に濃く、生半可な風では晴れない。その酸性の霧の中から、ゆらりと人影が現れた。

 

 一人の少女だった。

 

 年齢は俺と同じくらいだろうか。特徴的な赤褐色の長い髪。まだあどけなさが残る顔立ちだが、その緑色の瞳は、爬虫類のように冷たく、そしてどこか悲しげだった。身に纏っているのは霧隠れの装束だが、額当てはない。

 

「……ごめんなさいね。ここを通らせてもらうわ」

 

 少女が上品な口調で唇を動かすと、吐息さえもが酸の霧となって空間を歪ませた。

 

「おいおい、冗談だろ……」

 

 サンタが顔を引きつらせる。血継限界。それも、この規模の広範囲攻撃。

 

「『溶遁』の使い手か……!」

 

 俺は雷刀を構え、警戒レベルを最大に引き上げた。

 彼女から放たれるチャクラの質は、これまでの敵とは格が違う。

 

 だが、それ以上に気になったのは、彼女の背後にいる影だった。少女の後ろには、黒装束の暗部――「督戦隊」が、一定の距離を保って張り付いていた。

 

(……あいつもか)

 

 俺は舌打ちしたくなった。彼女もまた、かぐや一族や他の忍と同じく、里に管理され、死を強要されている「道具」なのだ。しかも、彼女の瞳の奥にある陰り。血継限界を持つがゆえに迫害され、里の闇に利用されていることへの諦めと憎悪。何故かそんな気がした。

 

「行け、『化け物』」

 

 監視役の暗部が、汚いものを見るような目で少女に命じた。少女の肩が、ピクリと震える。

 

「……分かっています」

 

 彼女は唇を噛み締め、印を結んだ。

 

「溶遁・溶解の術」

 

 彼女の口から大量の酸液が吐き出され、先ほどまで一緒にいた中忍は圧倒的な範囲でばら撒かれる酸液に溶かされてしまった。

 

 俺たち四人は咄嗟に隠れたが遺跡の壁を溶かす音が聞こえる。

 

「させるかよッ!」

 

 術が過ぎ去ったのを確認した俺はサンタに目配せをし、同時に飛び出した。サンタが陽動のクナイを投げる。少女はそれを酸の壁で防ぐが、その隙に俺が側面に回り込む。

 

 俺は雷刀を振り下ろし、彼女が咄嗟に構えたクナイと激しく鍔迫り合いになった。

 

「チッ、速いな」

「あら、いい動きですね」

 

 刃越しに少女と目が合う。至近距離で見る彼女の顔には、明確な疲労の色があった。彼女もまた、この不毛な消耗戦ですり減らされている。

 

「おい、化け物! 何を手間取っている!」

 

 背後から監視役の罵声が飛ぶ。

 

「さっさとその木ノ葉崩れどもを溶かせ! でなければ、『次』はお前の一族の子供たちを前線に送るぞ」

 

 その言葉に、少女の動きがピタリと止まった。

 

「……ッ! 話が違うじゃありませんか!」

 

 彼女は叫び返した。丁寧な言葉尻とは裏腹に、その声には隠しきれない焦燥と恐怖が滲んでいた。一族の子供。

 

 まだアカデミーにも通っていないような幼子たちまで、この狂った里は「弾薬」として使い潰そうとしているのか。

 

「口答えするな! お前ら血継限界の一族なんぞ、里にとっては危険因子でしかないんだ! 貴様がここで役に立たなければ、あのガキ共の腹に起爆札を詰め込んで、敵陣へ特攻させることだってできるんだぞ!」

 

 督戦隊の男のその残酷な言葉に、少女の顔から血の気が引いていく。

 

「やめ……」

 

 彼女は俺への攻撃を止め、無防備な背中をこちらへ向けようとした。戦場で背中を見せる。それは自殺行為だ。だが、彼女にとっての優先順位は、自分の命よりも、未来ある同胞の子供たちの命にある。

 

(……胸糞悪い)

 

 俺の中で、冷たい怒りが沸点を超えた。

 

 効率? 戦略? 知るか。

 

 こんな茶番に付き合わされるのは御免だ。

 

「サンタ! あのクソ野郎の動きを止めろ!」

 

 俺は叫ぶと同時に、雷刀にチャクラを過剰なまでに注ぎ込んだ。

 

「了解ッ!」

 

 サンタの反応は早かった。彼は心転身の印を結ぶと、少女ではなく、その後ろの監視役に狙いを定めた。

 

「心転身の術ッ!!」

 

 サンタの意識が肉体を離れ、その体がガクリと崩れ落ちそうになる。だが、トンボとホヘトが即座に両脇からサンタの肉体を支え、周囲の死角をカバーする完璧な陣形を組んだ。言葉を交わすまでもない、俺たち第四班の洗練された連携と信頼だ。

 

「なッ……!?」

 

 監視役の動きが一瞬、硬直する。

 精神に入り込まれたほんの数秒。

 だが、その数秒があれば、戦況をひっくり返すには十分だ。

 

「今だッ! 溶かせ!!」

 

 俺は少女に向かって叫んだ。

 

「え?」

 

 彼女は呆気にとられたように俺を見た。敵である俺が、まさかいきなりこんな行動にでたことに理解できないのだろう。

 

「同胞を助けたいんだろ! だったら、そいつを消せ!」

 

 俺の言葉が、彼女の迷いを断ち切った。彼女の緑色の瞳に、強烈な殺意の光が宿る。

 

「……言われなくても、分かっています!」

 

 彼女は振り返り、大きく息を吸い込んだ。体内で練り上げられたチャクラが、致死性の酸へと変換される。

 

「沸遁・巧霧の術ッ!!」

 

 今度は液体ではない。高熱を持った酸の蒸気が、爆発的に噴出した。サンタが術を解いて精神を戻した直後、監視役は回避行動を取る間もなく、その蒸気に飲み込まれた。

 

「ギャアアアアアッ!?」

 

 断末魔は一瞬だった。骨さえも残さず、監視役の体はドロドロの肉塊となって地面に崩れ落ちた。

 

 静寂が戻った。残ったのは、鼻を突く酸の臭いと、溶けた地面から上がる白煙だけ。

 

 少女は肩で息をしながら、崩れ落ちた監視役の残骸を見下ろしていた。その直後、張り詰めていた糸が切れたのだろう。チャクラを急激に消耗した彼女の体が、ふらりと大きく傾いた。

 

「っと……」

 

 俺は無意識のうちに踏み込み、地面に倒れ込む寸前だった彼女の腕を掴んで支えていた。敵の敵は味方、という打算だけではない。理不尽な死を強いられていた同年代の少女に対する、純粋な同情だったのかもしれない。

 

 少女は驚いたように目を見開き、至近距離で俺の顔を見つめた。

 

「……私に触れたら、溶けるとか思わなかったの?」

 

 自虐を含んだ、試すような問いかけ。彼女は今まで、その特異な血継限界のせいで、周囲からずっと「触れれば溶ける化け物」として忌み嫌われてきたのだろう。

 

 俺は彼女の腕を支えたまま、平然と答えた。

 

「別に。今は術を使ってないだろ」

「……敵である私を、怖くないの?」

「お前を『化け物』なんて呼ぶのは、あんな三流のクソ野郎だけだ。お前はただの、少し厄介な術を持った敵の忍だろ」

 

 俺が淡々と告げると、彼女は毒気を抜かれたように瞬きを繰り返し、やがてふっと、年相応の柔らかな微笑みをこぼした。

 

「……本当に、変わっているのね。木ノ葉の忍は」

 

 呼吸が落ち着いたのを確認し、俺は彼女の腕から手を離した。

 

「俺は自分の部下が死ぬのが嫌なだけだ。お前が暴走して自爆でもされたら、こっちまで巻き添えを食う」

「ふふ、そういうことにしておいてあげる」

 

 彼女は身だしなみを整えるように赤褐色の髪を払い、俺たちに背を向けた。

 

「今回は貸しにしておくわ。……次は、一回くらいは見逃してあげるわ」

「次会う時まで、死ぬなよ」

 

 俺が背中に向かって声をかけると、彼女は足を止め、少しだけ振り返った。

 

「……照美メイ。私の名前よ」

 

 特別な感情の籠もった響きを残し、彼女は再び濃い霧の中へと姿を消した。

 

「照美……メイ……?」

 

 俺はその名前を口の中で反芻し、息を呑んだ。前世の知識が、脳内で警鐘を鳴らす。

 

(まさか……後の「五代目水影」か!?)

 

 今の彼女はまだ俺と同年代、悲劇の中にいる一人の忍に過ぎない。だが、その実力と、血継限界を疎む里への憎悪、そして仲間を守ろうとする強い意志。間違いなく、将来「血霧の里」を変革するあの女傑だ。

 

(彼女ほどの器が、こんな前線で消耗させられているのか……。霧隠れの闇は、俺が思っている以上に深いぞ)

 

 俺は戦慄した。未来の水影すら捨て駒として扱う現在の霧隠れの実権を握っている「何か」の底知れなさに。

 

 

 *

 

 

 彼女が去ったあと次の忍はやってこなかった。彼女はおそらくその優秀さから二人だけでこちらにやって来たのだろう。

 

 トンボには指示を出し、本隊に出撃があり撃退させたことを伝えに向かわせた。

 

「……隊長、あれ拾わないんすか」

 

 サンタが指さしたのは、溶けた監視役の死体のそばに落ちている、一本の黒い巻物だった。特殊な素材で作られているのか、酸の霧の中でも奇跡的に原形を留めていた。

 

「……拾っておこう。敵の作戦でも書いてあるかもしれない」

 

 俺は嫌悪感を抑えながら、ピンセット代わりのクナイでその巻物を拾い上げた。表面には『機密・捕獲対象一覧』と書かれている。

 

 遺跡の影に隠れ、俺は罠を警戒しつつ慎重に封印を解いた。中には、この侵攻作戦における霧隠れの目的――確保すべき標的のリストが記されていた。

 

 特定の血継限界を持つ一族の子供たちの名前。渦の国の生き残りと思われる、うずまき一族の末裔の情報。奴らは、ただ領土を広げるために攻めてきたのではない。

 

 メイのような「兵器」としての素体を集めるために、この戦場を漁っていたのかもしれない。

 

 そして、リストの最後に記された名前を見た瞬間、俺の心臓が早鐘を打った。

 

『ノハラ・リン』

「……ッ!」

 

 俺は息を呑んだ。文字が、視界の中で点滅して見える。リン。俺やトンボの同期であり、カカシのチームメイトであり、オビトの想い人。

 

 前世の記憶を持つ俺には、この名前が意味する真の絶望が痛いほど理解できた。彼女は霧隠れに拉致され、三尾の人柱力にされた挙句、木ノ葉を壊滅させるための時限爆弾として利用される。そして、カカシの手によって死ぬことを選び、その光景を見たオビトが絶望して世界の敵となる。

 

 それは、うちはマダラの暗躍による最悪の計画であり、九尾襲来、ひいては第四次忍界大戦へと連なる、この世界そのものを破滅へ導く引き金だ。この一つの誘拐事件が、未来の木ノ葉を、そして世界を血の海に沈める原因となる。

 

(……こんなところまで、歴史の巨大な歯車が回っていたのか)

「隊長? どうしました、顔色が悪いですよ」

 

 サンタが心配そうに覗き込んでくる。俺は震える手で巻物を閉じた。

 

「……サンタ、ホヘト、トンボ。聞け」

 

 俺は乾いた声で告げた。ただの撤退戦ではない。俺たちは今、歴史の分岐点に立たされている。

 

「このリストの情報は、何としても里に持ち帰る。……俺たちの命より重いかもしれん」

 

 リストには、リンが現在どこにいるかは書かれていない。だが、名前があるということは、霧隠れはすでに彼女をマークし、手が伸びているということだ。

 あるいは、すでに――。

 

 遠くで、雷鳴が轟いた。

 嵐が来る。

 

 自然の嵐ではない。血と涙で塗り固められた、忍界大戦の最悪の結末という名の嵐が。

 

 俺は渦の国の紋章が刻まれた石壁を見上げた。

 かつて滅んだ同盟国の亡霊たちが、俺にこう告げている気がした。『間に合え』と。

 

「行くぞ。……休んでいる暇はない」

 

 俺たちはいつでも撤退ができるように準備を始めた。

 

 





 
山城アオバ
アスマ達より三歳上。常にサングラスをかけた短髪。
原作二部時点で特別上忍。カラスを呼び出し使役する。
原作でも登場する回数がそれなりにあり、アスマが狙われた際には救援に駆けつけた。

今ですが、この作品には主人公以外のオリキャラは登場しません。
 
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