同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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014.壊滅

 

 

 雨は止むどころか、その勢いを増していた。

 

 かつて渦の国と呼ばれたこの島特有の、海流がぶつかり合うことで生じる複雑な風向きが、雨粒を横殴りの礫に変えて俺たちの肌を叩く。

 

 泥と血が混ざった鉄錆のような匂いが鼻を突き、容赦なく体温を奪っていく冷たい雨の感覚に、小隊の疲労は限界に達しようとしていた。

 

「……クソ、視界が悪すぎる。ホヘト、まだ見えるか?」

 

 俺は崩れかけた石塔の陰に身を潜めながら、前髪から垂れてくる水滴を乱暴に拭った。

 隣で胡座を組む日向ホヘトのこめかみには、青筋が不気味に浮き上がっている。白眼の酷使による充血で、その白い瞳は薄く赤色に染まっていた。

 

「……北部の防衛ライン、完全に決壊しました。雲隠れの部隊が雪崩れ込んでいます。その数、およそ二百。……止められません」

 

 ホヘトの声は乾ききっていた。

 絶望的な報告だ。東の海岸線からは霧隠れの上陸部隊が押し寄せ、北からは雲隠れの精鋭が侵攻を開始した。俺たち木ノ葉の守備隊は、二大国の軍勢に挟撃される形となった。

 

(照美メイが退いたのが、せめてもの救いか……)

 

 優秀な血継限界を持つ彼女が残っていたら、俺たちの防衛線は一時間も持たなかっただろう。だが、彼女がいなくなったからといって、状況が好転したわけではない。

 

「隊長、三時の方向。敵らしきチャクラ反応。……また増えました」

 

 山中サンタからの報告に俺は小さく舌打ちをした。ここ数時間、俺がやっていることといえば、味方の撤退を支援するための各個撃破だ。

 

 雲隠れの部隊は、霧隠れとは違い、妙に慎重で、陰湿な動きを見せている。彼らは正面からぶつかるのではなく、こちらの動きを監視し、退路を限定するように包囲網を敷いている。

 

「位置は?」

「距離千八百。瓦礫の山の上です」

「了解」

 

 俺は雷刀“牙”を構えて、湿気った空気にチャクラを走らせる。疲労でチャクラの練り上げが鈍い。指先の感覚も麻痺し始めている。残りのチャクラ量を考えれば、撃ててあと二発。

 だが、やるしかない。

 

「……穿て」

 

 ズドンッ!!

 雷鳴と共に射出された弾が、雨を切り裂いて飛翔する。一瞬の後、遠くの瓦礫の上で赤い霧が舞ったのが、ホヘトの白眼越しに見えた。

 

「命中。……ですが、キリがありません」

「わかってる。消耗戦だな」

 

 俺は熱を帯びた刀身を、雨水で冷やした。ジュッという音と共に白煙が上がる。

 木ノ葉からの援軍は来ない。無線は妨害され、伝令の鳥も撃ち落とされた。この島は今、完全な孤立無援状態にある。

 

「トンボ、罠の残弾は?」

「……もう底をつく。起爆札も使い果たした。あとは俺の身体を爆発させるくらいしか残ってねえな」

 

 飛竹トンボが、冗談とも本気ともつかない口調で言った。その顔には、死を覚悟した忍特有の、諦観に似た静けさが漂っている。

 

「縁起でもないこと言うな。……潮時だな、移動するぞ。ここに留まれば囲まれる」

 

 俺は小隊に移動を命じた。目指すは島の南端。そこに船が残っていれば、まだ脱出の望みはある。だが、その希望も薄いことは、全員が理解していた。瓦礫と泥にまみれた廃墟の街を、俺たちは音もなく進む。

 

 かつて渦潮隠れの里として栄えたこの場所も、今では他国の戦場となり、ただ風化していくだけの墓場だ。

 

 

 *

 

 

「……止まってください」

 

 先頭を行くホヘトが、不意に足を止めた。彼は左手の廃屋を凝視している。

 

「どうした、敵か?」

「いえ……チャクラ反応は微弱です。民間人……? いや、微かに練られたチャクラを感じます。負傷兵か、あるいは……」

 

 俺はサンタに目配せをし、視覚共有を繋いだ。ホヘトの視界が俺の脳裏に重なる。崩れた屋根の下、雨を避けるようにして身を潜める二十人程度の集団が見えた。

 

 襤褸を纏い、泥にまみれているが、その中心にいる老人は、油断なく欠けたクナイを逆手に持ち、入り口を睨んでいる。ただの民間人ではない。あの構え、殺気の隠し方。老いているが、忍だ。

 

「……監視付きか。にしても扱いが雑だな」

 

 ホヘトの視線が、老人たちの背後にある高い木の上へ向けられる。そこには、霧隠れの忍が二人、何か会話しながら冷ややかな目で見張りをしていた。俺たちは読唇術を試みようとしたが、距離と口元を覆う布のせいで判別できない。

 

「さて、どうするか。避けられるなら避けたいが」

「このルートが一番敵が少なそう」

「いや、待て」

 

 監視役の一人が集団に近づいたかと思うと、一人の女性の腕を掴み集団から引き離した。そして集団に向かって何か言い放つと、女性に術をかけて担いで離れていく。おそらく幻術だろう。

 

「好機だな。ルート確保に向かう。サンタ、周囲警戒。トンボ、ホヘトは俺について来い」

 

 電磁砲も撃ててあと一発。無駄撃ち出来ないため、俺たちは監視役を背後から奇襲することを選んだ。

 俺は気配を消しながらトンボの土遁で小屋を囲んだのと同時に背後から忍び寄り、残った監視役に雷刀“牙”を突き立てる。男は何も言えずに木から落ちた。

 

 周囲に他の忍がいないことを確認した俺たちは土遁を解除し、廃屋へと駆け込んだ。突然現れた木ノ葉の額当てをした俺たちを見て、集団の中に動揺が走る。だが、中心にいた老人は、俺たちの姿を確認すると、ゆっくりとクナイを下ろした。

 

「……木ノ葉か。助かった」

 

 しわがれた、しかし芯のある声だった。

 老人の着物は擦り切れ、身体のあちこちに古い傷跡が見える。その胸元には、蜘蛛の巣を模した刺繍。そして、腕には禍々しい呪印が脈打っていた。

 

「あんたは……?」

「土蜘蛛一族の、老いぼれじゃよ」

 

 老人は自嘲気味に笑い、咳き込んだ。血が混じっている。内臓をやられているのか、あるいは呪印のせいか。

 

「霧の連中に、国から無理やり連れて来られた。……一族総出でな」

「土蜘蛛……ですか?」

 

 俺の言葉に、老人の目が鋭く光った。

 

「若い忍はやはり知らぬか。……ワシらは固有忍術を持っておるが、奴らはワシらを『兵器』として使うつもりじゃ。逆らえばこの呪印が発動し、内側から焼き殺されると脅されてな」

「兵器?」

「詳しくは言えん。だが、我らには代々伝わる秘術がある。……頼む、木ノ葉の忍よ。わしら老いぼれはどうなっても良い。だが、未来ある若者と子供たちだけでも……」

 

 老人の背後には、数人の若い忍と、さらに幼い子供たちが震えていた。彼らもまた、額当てこそないが、忍としての訓練を受けている身のこなしだ。だが、多勢に無勢、そして呪印による支配。抵抗する術がなかったのだろう。

 

「……厄介なことになったな」

 

 俺は頭を抱えた。ただでさえ全滅寸前の撤退戦だ。

 足手まといになる集団、しかも二十人近い人数を連れて逃げる余裕など、どこにもない。戦術的に見れば、見捨てて即座に離脱するのが正解だ。

 

「ヨフネ、どうする? 北から雲が迫ってるぞ」

 

 トンボが焦りを滲ませる。俺は決断を迫られた。

 見捨てるか、共倒れ覚悟で助けるか。老人を見つめる。彼は俺の葛藤を見透かしたように、静かに目を閉じた。

 

「……無理は承知じゃ。だが、我らを助けてくれるのならば、霧隠れの連中が何を狙っておるのか教えてやれる」

 

 脅しではない。事実を告げる、歴戦の忍の響きだった。

 

 

 *

 

 

 その時だった。

 ヒュンッと、鋭い風切り音と共に、俺たちの目の前の地面に、一本のクナイが突き刺さった。特徴的な三又の形状。柄に巻かれた術式札。

 

 俺の心臓が早鐘を打つ。これは、まさか。

 次の瞬間、音も予兆もなく、その男はそこに「居た」。金色の髪。爽やかな笑顔。だが、その存在感は、戦場の空気を一変させるほどの圧倒的なオーラを放っていた。

 

「……どうやら、間に合ったみたいだね」

 

 波風ミナト。木ノ葉の黄色い閃光。のちの四代目火影となる男が、そこに立っていた。

 

「ミナトさん……!?」

 

 俺の声が裏返る。トンボやサンタも、驚きのあまり言葉を失っている。この大戦で名を上げている英雄が、突然目の前に現れたのだ。無理もない。

 

「ヨフネ君だね。シビさんから話は聞いているよ」

 

 ミナトは人懐っこい笑みを向けたが、その青い瞳は笑っていなかった。周囲の状況を瞬時に把握し、最適解を導き出そうとする、怜悧な指揮官の目だ。

 

「状況は最悪だ。北の防衛線は崩壊。東の霧隠れも包囲を縮めている。……ここも、急がないと敵の制圧下に入るだろう」

 

 ミナトの言葉は淡々としていたが、その内容は死刑宣告に等しい。

 

「退路は確保した。南の入り江に船を確保してある。僕が印(マーキング)を施した道を通れば、敵の包囲を抜けられるはずだ」

 

 彼は手にした地図を俺に渡した。そこには、複雑に入り組んだ廃墟の路地を縫うように、一本の線が引かれている。

 

「今すぐ撤退してくれ。ここを放棄する」

 

 ミナトの命令は絶対だった。俺は唇を噛み締めた。

 ここを放棄する。それはつまり、目の前の土蜘蛛一族を見捨てることを意味する。

 

「……ミナトさん、一つお願いがあります」

 

 俺は震える声を抑え込み、彼を直視した。

 

「この人たちを……土蜘蛛一族を、一緒に連れて行ってくれませんか」

 

 ミナトの視線が、老人たちに向けられる。老人は、ミナトの姿を見ると、ハッとしたように目を見開いた。

 

「……黄色い閃光か。噂は聞いておる。この速さ、本物のようじゃな」

「……光栄です。ですが、見ての通り状況が切迫しています。二十人もの人員を連れて、敵中突破は不可能ですよ」

 

 ミナトは丁寧に、しかし断固として拒否の姿勢を見せた。

 

「冷たいようですが、忍の任務は情だけでは動けません。今は一人でも多くの味方を逃がすことが最優先です」

 

 正論だ。ぐうの音も出ないほどの正論。

 だが、老人は引き下がらなかった。彼は足を引きずりながら前に出ると、ミナトを睨み据えた。

 

「情で物を言っておるのではない。……戦術的な話をしておるのじゃ」

「戦術?」

「『怒髪天(どはつてん)』をご存知か!」

 

 老人の一喝に、ミナトの表情が変わった。

 

「……怒髪天?」

「我ら一族に伝わる禁術じゃ。自然界のチャクラ……お主らの言う『自然エネルギー』を肉体に取り込み、高密度で蓄積する。本来は、強大な力を得るための術じゃが……」

 

 老人は腕の呪印をさすりながら、忌々しげに言葉を継いだ。

 そこまで聞いて、俺の脳裏に一つの記憶が蘇った。この戦いで俺たちが戦った霧隠れの「捨て駒」たち。

 

(……待てよ。まさか、あの捨て駒たちは……)

 

 俺の心の中での推測に、老人が頷いた。

 

「察しが良いな。この術は土蜘蛛の血を持たぬ者に施せば、集まったエネルギーを扱いきれずに破裂してしまう。それが分かった霧隠れは血継限界を持つ忍達が戦闘できなくなれば、呪印を発動させ彼ら自身を爆破するようにしたのじゃ」

「なんてことを……」

 

 ミナトが絶句する。使い捨ての兵隊を作るために、禁術の劣悪な模造品を人体実験に使っていたというのか。

 

「我らの一族の一人が先ほど霧隠れの者に幻術をかけられ連れて行かれた」

 

 老人の目が、背筋が凍るほどの恐怖と絶望に揺らいだ。

 

「純血の土蜘蛛に、正しく術を刻めば、それは無限に自然エネルギーを吸い上げる『器』となる。……そして、その器の制限を外せば、どうなると思う?」

「……まさか」

「溜め込んだ膨大な自然エネルギーが一気に解放される。その威力は……島一つを地図から消し去るほどじゃ」

 

 俺は息を呑んだ。島一つを消し飛ばす。そんなふざけた威力の術の起爆装置が、脅された土蜘蛛一族の命だというのか。

 

「霧の連中は、それを狙っておる。我らの誰かに術式を刻み、生きた爆弾として……敵陣の真ん中で起爆させるつもりなんじゃ! 雲隠れの大部隊がいるここで起爆させるつもりじゃ。木ノ葉だけではない。雲と手を結んだと見せかけ、双方とも全滅させるつもりなんじゃ」

「……なるほど。そういうことか」

 

 ミナトの瞳から、完全に温度が消えた。彼は顎に手を当て、高速で思考を巡らせているようだった。

 

「私も古い文献で土蜘蛛一族について見たことはあります。一族の後に何も残らない、と言われる理由はそれですね……。霧隠れは、あなたたちを雲隠れとの戦闘区域に放り込み、自爆させる気だね。自分たちの手は汚さず、木ノ葉の自爆や罠と見せかけるつもりなのかもしれない」

「その通りじゃ……。頼む、閃光。この術を悪用させてはならん。……我ら忍の誇りにかけてもな」

 

 老人の言葉は重かった。ただ命乞いをするのではなく、一族の秘術が悪用されることへの忌避感。そして、一族の子供が島を消し飛ばすほどの力として消費されることへの、血を吐くような無念。

 

 それは同じ忍として、強烈に響くものがあった。ミナトは一瞬だけ天を仰ぎ、そして俺を見た。その目には、先ほどまでの「説得」の色はなく、「決断」の光が宿っていた。

 

「……ヨフネ君、作戦変更だ」

「はい!」

「彼らを救助する。……人道的な理由だけじゃない。そんな危険な術を持った一族を、霧隠れの管理下に置いておくわけにはいかない」

 

 ミナトは懐から大量の特注クナイを取り出した。

 

「よし。僕が先行して安全を確保する。君たちはその後を追って彼らを連れて南へ走れ」

「一人でですか!?」

 

 サンタが叫ぶ。相手は何十、何百という敵だ。いくら黄色い閃光でも、護衛対象を守りながらでは分が悪すぎる。

 

「大丈夫。……少し、急ぐけどね」

 

 ミナトはニカっと笑うと、次の瞬間には姿を消していた。

 

 

 *

 

 

「……行くぞ!! 走れる者は走れ! 走れん者は背負う!」

 

 俺は一番衰弱していた老人を背負い、走り出した。老人の身体は驚くほど軽かった。枯れ木のように痩せ細っている。だが、その背中からは確かなチャクラの温かみを感じた。

 

 森を抜け、開けた場所に出た瞬間、俺たちは信じられない光景を目にした。霧隠れの監視役たちが、次々と倒れていく。

 

 誰がやったのか、目に見えない。ただ、黄色い閃光が走ったかと思うと、敵が崩れ落ちている。速い、という次元ではない。血の飛沫すら置き去りにするような神速。刃が肉を断つ音だけが、コンマ数秒遅れて鼓膜に届く異常な光景だ。味方でありながら、底知れない恐怖すら覚える。

 

「……これが飛雷神……」

 

 背中の老人が、畏敬の念を込めて呟いた。

 

「見惚れてる場合か! 上だ!」

 

 建物の屋上から、雲隠れの忍が飛び出してくる。だが心配ない、俺たちには最高の目を持つ仲間がいる。最初から見えていたホヘトが降りて来た敵の横から柔拳を叩き込み排除してくれる。

 

「ヨフネ隊長、正面から増援! 固まって来てます!」

「任せろ!」

 

 俺はチャクラを限界まで練り上げる。雷刀が悲鳴のような高音を放つ。これで最後の一発だ。

 

 ーー雷遁・電磁砲!

 

 担いで逃げるだけのチャクラを残し、敵をまとめて吹き飛ばせるよう思いっきり放つ。轟音と共に正面の敵が吹き飛んだ。

 

「今だ! 船へ急げ!!」

 

 ミナトさんの声が戦場に響く。彼はいつの間にか、広場の敵をあらかた片付けていた。死体の山の中、涼しい顔で立っているその姿は、頼もしくもあり、同時に底知れない戦慄を感じさせた。

 

 俺たちは泥に足を取られながらも、なんとか海岸線へとたどり着いた。岩陰に隠された一隻の船。これなら、なんとか全員乗れるかもしれない。

 すでに他の忍を乗せた船は沖合の方に見える。

 

「早く乗せて!」

 

 子供たちを先に、老人たちを次々と船へ押し込む。

 船が重みで軋む。波が高い。荒れた海へ出るのは命懸けだが、ここに留まるよりはマシだ。

 

「全員、乗ったか!?」

 

 俺が叫ぶと「お母さんがいない!」という子供の声がした。俺が背負った老人が黙って首を振る。

 

「幻術をかけられ連れて行かれたのは、この子の母親じゃ」

 

 先ほど連れて行かれた女性の子供だったらしいが、もう間に合わない。俺の暗い顔を見たミナトさんが声をかけてくる。

 

「感知してごらん。島の中心から異常な密度のエネルギーが集まっている。……さっきお爺さんが言っていた通りだ」

 

 言われて、俺は感覚を研ぎ澄ませた。遠く、北の雲隠れが集まる廃墟。

 そこにあるのは、まるで台風の目のような、禍々しく、強大なエネルギーの渦。周囲の大気、大地から強制的にエネルギーを吸い上げ、臨界点を超えようとしている。

 

「……術が、起動している」

 

 俺の背から降りた老人が、船べりを掴んで慟哭した。

 

「連れて行かれた母親は一族の中でも才があった……! 霧の悪魔どもめ……!」

 

 老人の拳が船板を叩く。それは、ただの悲しみではない。一族の秘術を、誇りを、汚されたことへの忍としての怒りだった。

 

「……出すよ。急いで!」

 

 ミナトさんが冷徹に指示を出す。彼は誰よりも優しい男だ。その彼が、これほど冷たい声を出さなければならない現実。俺は歯を食いしばり、船の縄を解いた。

 

 船が岸を離れる。

 遠ざかる島。

 雨に煙るその場所は、地獄の様相を呈していた。俺たちは甲板に立ち、無言で島を見つめていた。雲隠れの大部隊が、島の中心部へ殺到しているのが見える。

 

 彼らは勝利を確信しているだろう。木ノ葉を追い出し、新たな領土を手に入れたと。

 俺たちはそれに気を取られながらも必死に漕いだ。せっかく助けた命を巻き添えにするわけにはいかなかった。

 

 そして俺たちが充分離れたタイミングで……

 

 世界が白く染まった。

 音が消え、色も全てが消え失せたような、純白の閃光。数秒の絶対的な静寂の後、内臓を揺さぶるような轟音が天地を覆し、海を大きく揺らした。

 

 島の北部、雲隠れの軍勢が密集していたあたりを中心に、巨大な雲が立ち上る。

 

『怒髪天』

 

 その名の通り、天の怒りのような爆発が大地を抉り、肌を焼くような熱波が押し寄せる。海水が一瞬で蒸発し、強烈な塩の匂いが鼻を突いた。衝撃波が船に到達し、俺たちは手すりにしがみついた。

 

 激しい揺れの中で、俺はただ、その光景を目に焼き付けていた。一人の命が、これほどの破壊を生み出したのか。

 

 雲隠れの兵士たちは、何が起きたのかもわからず蒸発しただろう。そして、それを仕組んだ霧隠れは、おそらく安全圏から高笑いしている。

 

「……なんという、業か」

 

 老人が涙を流しながら呟いた。その目は、破壊の光景を見つめながらも、どこか遠い過去を見ているようだった。

 

「使い捨ての駒を使って、敵国二つに甚大な被害を与える……。これが、血霧の里のやり方か」

 

 ミナトさんの声は、悲しみよりも、深い怒りに震えていた。効率的で、そしてあまりにも非人道的な戦術。

 

 島は、その形を変えていた。北半分がごっそりと消滅し、海水がクレーターに流れ込んでいる。

 

 かつて渦の国があった場所。うずまき一族の故郷であり、歴史ある島。それが今、地図から完全に消え去った。

 

 俺たちが乗る船には、救い出した土蜘蛛一族の忍び泣く声が響き渡っている。助かった命。失われた命。そして、その代償として消滅した敵軍と、失われた領土。

 

 俺は雷刀の柄を握りしめた。手のひらに残る、金属の冷たさだけが、今の俺を現実に繋ぎ止めていた。

 

「……これが戦争か」

 

 俺の呟きは、爆風と波の音にかき消された。船は黒い煙を上げる島を背に、逃げるように大海原を進んでいく。

 

 俺たち木ノ葉の心に、消えない傷跡を残して。

 

 





 
今回は独自解釈が多分に含まれております。
波の国と渦の国の表記が原作において安定しておらず、異なるシーンで同じ島に表記されていたりします。
渦の国が波の国になったということも考えましたが、今作ではこのような形になったとご理解ください。

土蜘蛛一族
アニメオリジナルエピソード(六尾発動の章)に登場する一族
六尾(犀犬)の人柱力であるウタカタが身を寄せていた
アニメオリジナルの登場人物などの設定についてはある程度好きにいじっています。
 
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