同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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016.喪失

 

 

 十三歳での上忍昇格。それは平時であれば、里中の注目を集める「天才」の証明であり、妬みや称賛の嵐に晒されることを意味する。

 

 しかし、俺にとって幸運だったのは、この木ノ葉隠れの里に「本物の天才」が存在していたことだ。

 

 はたけカカシ。

 「木ノ葉の白い牙」の息子であり、五歳でアカデミーを卒業、六歳で中忍、そして十二歳にして上忍へと昇り詰めた麒麟児。

 

 俺よりも一つ年下でありながら、その経歴は俺のそれを遥かに凌駕している。里の話題は、十三歳の「変わり種の雷遁使い」である俺よりも、十二歳の「正統派の天才」であるカカシの上忍昇格で持ちきりだった。

 

「……ありがたい話だ。おかげで変なプレッシャーを感じずに済む」

 

 俺は自宅の作業机で、特殊なインクを調合しながら独りごちた。注目されればされるほど、行動は制限され、敵国からのマークも厳しくなる。

 

 カカシが避雷針となって視線を集めてくれる現状は、影で動くことを好む俺にとって理想的な環境だった。

 

 だが、原作の知識を持つ俺にとって、カカシの上忍昇格は別の意味を持つ。それは、うちはオビトの死――そして、忍界を揺るがす悲劇の幕開けへのカウントダウンだ。

 

(……助けたい、か)

 

 筆先にチャクラを込めながら、自問する。心情的には助けたい。オビトも、リンも、良い奴らだ。

 

 だが、現実的に不可能だ。上忍となったカカシは、ミナト班として「神無毘橋」破壊任務に就く。

 

 一方、俺たちヨフネ班は、その陽動および補給路遮断のために、全く別の戦線へ投入されることが決定している。

 

 担当上忍も、指揮系統も違う。無理に介入しようとすれば、命令違反で処罰されるだけでなく、戦線全体に穴を開け、より多くの味方を死なせることになる。

 

(……俺にできるのは、精々『餞別』を渡すことくらいだ)

 

 俺は完成したばかりの札を手に取った。

 「指向性爆破札」

 これが、俺からカカシへの上忍祝いだ。

 

 

 *

 

 

 翌日、俺は忍具店にカカシが入っていくのが見え、店の出口で彼を待ち伏せた。彼も新しいベストに袖を通し、背中には父の形見である「白牙」を背負っていた。

 

 その表情は硬く、人を寄せ付けない空気を纏っている。今の彼は、父の死の影響で「掟」に固執するあまり、融通の利かない堅物になっている時期だ。

 

「……ヨフネか。何の用だ」

 

 カカシは俺に気づくと、挨拶もそこそこに用件を求めてきた。愛想のないことだ。だが、嫌いではない。

 

「昇格祝いだよ、カカシ。一つ下の上忍殿に媚を売っておこうと思ってな」

 

 俺は冗談めかして言いながら、分厚い包みを差し出した。カカシは怪訝な顔でそれを受け取り、中身を確認する。

 

「……起爆札? しかも、見たことのない術式だ」

「俺の特製だ。名付けて『指向性爆破札』」

 

 俺は説明を加えた。通常の起爆札は、チャクラを火薬のように炸裂させ、全方位に衝撃波を撒き散らす。手軽で強力だが、エネルギーの拡散ロスが大きく、また味方を巻き込むリスクもある。

 

「その札は、爆発のエネルギーを一方向……札の裏面側へと集中させるように術式を組んである。壁の突破や、硬い装甲を持つ敵への『ゼロ距離射撃』に使え」

 

 イメージは、前世の対戦車兵器に使われる兵器だ。爆発エネルギーを一点に収束させることで、貫通力と破壊力を飛躍的に高める。

 

「……なぜ、こんなものを?」

「消耗品だからだよ」

 

 俺は肩をすくめた。クナイや手裏剣は、戦場が終われば回収して再利用できる。だが、起爆札は使い捨てだ。一度使えば紙屑になる。

 

 里からの支給分だけでは心許ないし、かといって自分で購入すれば一枚二百両はする高級品だ。

 そして何より――

 

「自分で書くのは手間だろ? それに、字が汚いと敵に笑われるかもしれないしな」

「……余計なお世話だ」

 

 カカシはマスクの下で少しだけ表情を緩めた気がした。彼は、書くのが面倒だという実感を共有できる程度には、実戦を経験している。

 

「数は百枚ある。……遠慮なく使い潰せ」

「百!? ……相場を考えればかなりの金額になるぞ」

「材料費だけなら大したことはない。技術料はサービスだ。……上忍祝いだよ、カカシ」

 

 俺は最後にそう付け加えた。オビトの件がある。彼にとって、これから地獄が始まる。せめて、この札が彼の生存率を、ほんの数パーセントでも上げてくれれば御の字だ。

 

「……ありがとう」

 

 カカシは包みをポーチにしまうと、代わりに自分の荷物から、ずしりと重い革袋を取り出した。

 

「これ。俺からの祝いだ」

「……は?」

 

 放り投げられた袋を受け取る。予想外の重量に、俺は少しよろけた。紐を解くと、中には鈍い銀色の光沢を放つ鉄球が四つ入っていた。

 

「……これは?」

「特注の高密度合金だ。チャクラ伝導率を高める処理もしてある」

 

 カカシが淡々と言う。俺は一粒手に取り、指で弾いた。キン、と澄んだ硬質な音が響く。

 市販のベアリング弾とはわけが違う。これなら、俺の雷遁負荷にも耐え、貫通力も飛躍的に上がるだろう。

 

「なんでまた、こんな高いものを?」

 

 俺が問い返すと、カカシは少しバツが悪そうに視線を逸らした。

 

「……オビトが、言ってたんだ。『ヨフネはいつも遠くから撃ってくれるけど、弾切れしたら死んじゃうよ』ってな。『普通の鉄球じゃ、一回で変形して使い物にならないから勿体ない』とも」

「……あいつが?」

「ああ。だから、里の鍛冶屋に頼んで作らせていたらしい。ミナト班全員からだ」

 

 カカシの言葉に、俺は胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。

 うちはオビト。

 落ちこぼれで、お調子者で、誰よりも仲間思いな少年。彼は、俺の弾丸事情まで心配してくれていたのか。

 

「……ありがたく使わせてもらう。最高の武器だ」

 

 俺は革袋を握りしめた。冷たい金属の感触が、今は温かく感じられた。

 

「カカシ……生きて帰れよ」

「当然だ。俺は隊長だからな」

 

 カカシは背を向け、歩き出した。その背中にある「白牙」が、朝日を受けて輝いていた。

 

 

 *

 

 

 その後、俺たちヨフネ班は司令部に招集され、最終作戦のブリーフィングを受けた。地図を広げたのは若手でも信頼の厚い奈良シカク上忍だ。彼が、現状の忍界情勢を淡々と解説する。

 

 彼の分析は的確であり、俺が把握している情報と照らし合わせても矛盾はなかった。第三次忍界大戦は、最終局面を迎えつつある。

 

 各国の状況を整理すると、以下のようになる。

 

 まず、霧隠れの里。

 彼らは事実上、戦線から脱落している。

 マイト・ダイと俺たちによる迎撃戦で、主力である「忍刀七人衆」のうち四名が死亡、四本の忍刀が奪取あるいは散逸した。これは軍事的に壊滅的な打撃だ。

 加えて、渦の国跡地での「怒髪天」暴発事故により、多くの兵力を喪失。

 さらに深刻なのが内政問題だ。三代目水影による過酷な血統差別政策と、血継限界を持つ一族の使い捨て運用が、里内部に深い亀裂を生んでいる。彼らは今、外敵よりも内乱の火種を消すのに必死な状態だ。

 

 次に、雲隠れの里。

 彼らもまた、混乱の極みにある。

 渦の国での「怒髪天」に巻き込まれた部隊の全滅も痛手だが、最大の要因は三代目雷影の死だ。

 岩隠れの里との戦闘において、三代目雷影は味方を逃がすために単身殿を務め、一万の岩忍と三日三晩戦い抜いた末に討ち死にしたという。

 「一対一万」という数字は、戦術論を超越した神話の領域だが、結果として雲隠れは最強の長を失い、撤退を余儀なくされた。現在は四代目雷影の選出と体制の立て直しに追われている。

 

 そして、砂隠れの里。

 桔梗峠の戦いにおける大敗と、その後の波風ミナトによる殲滅戦で、彼らの戦意は完全に折れた。

 木ノ葉に対して事実上の降伏に近い講和条約を結び、現在は専守防衛に徹している。風の国からの資金援助削減もあり、彼らに再び国境を超える余力はない。

 

 残る敵は、一つ。

 岩隠れの里だ。

 

「岩隠れは、三代目雷影を討ち取ったことで士気は高い。だが、その代償として数千規模の死傷者を出している」

 

 シカク上忍が、地図上の土の国と火の国の国境ラインを指でなぞる。

 

「彼らは消耗している。だが、だからこそ必死だ。雲隠れ戦での損害を取り戻すため、豊かな火の国の穀倉地帯を狙って、残存戦力をすべて草隠れ戦線へ投入してきている」

 

 岩隠れの戦略は単純かつ強固だ。

 「神無毘橋」を補給の大動脈とし、草隠れの里を経由して、物量で木ノ葉を押し潰す。これに対し、木ノ葉は多方面作戦から解放された戦力を、この一点に集中させる。

 

「ここが大一番だ。神無毘橋を落とせば、岩隠れの補給線は断たれる。進行ルートを失った彼らに、継戦能力は残らない。……この戦争を終わらせるぞ」

 

 作戦目標は明確。

 波風ミナト率いるチームが神無毘橋を破壊。

 俺たちを含む本隊は、前線で岩隠れの主力を引きつけ、彼らに橋の防衛へ戦力を割かせないようにする「支柱」の役割だ。

 

 

 *

 

 

 戦場は、草隠れの里特有の、巨大なキノコのような植物が自生する森林地帯だった。湿度は高く、視界は悪い。そして何より厄介なのが、敵である岩忍の戦術適性の高さだった。

 

「……相性が悪いな」

 

 俺は巨大な岩の形をしたキノコの陰に身を潜め、スコープ越しに戦況を分析した。岩隠れの忍は、その名の通り「土遁」のエキスパートだ。

 

 彼らは地形を自在に操る。地面を隆起させて壁を作り、地中に潜って移動し、あるいは土石流を起こして地形そのものを兵器に変える。

 

 俺の「超電磁砲」は、直線的な弾道を描く運動エネルギー弾だ。

 貫通力は高いが、何重にも展開された土流壁の前では、通常の鉄球では威力が減衰される。ましてや、地中深くを移動する敵に対しては、そもそも射線が通らない。

 

「ヨフネ隊長、三時の方向、地中からの振動を感知。……数、二十以上。一気に来ます!」

 

 日向ホヘトの声が無線から響く。彼の白眼と、山中サンタの感知ネットワーク、そして飛竹トンボの地聴能力。

 

 索敵能力において、我々ヨフネ班は完璧に近い。敵の接近は察知できている。問題は、それを「止める」手段だ。

 

「総員、散開! 足元に気をつけろ!」

 

 俺の指示と同時に、地面が爆発するように隆起した。

 

「土遁・土流割!!」

 

 大地が割れ、そこから岩忍たちが飛び出してくる。

 彼らは一様に重厚な防具を纏い、連携して術を放ってくる。

 

「土遁・岩宿崩し!」

 

 横にある岩壁が崩落し、巨大な岩石の雨が俺たちを襲う。俺は雷刀を抜き、迎撃態勢を取る。

 ポーチから取り出したのは、カカシから貰った合金弾だ。

 

「……試させてもらうぞ、カカシ!」

 

 俺はチャクラを限界まで練り込む。通常の鉄球なら溶解しかねないほどの高電圧。だが、この特注品は微動だにしない。

 むしろ、チャクラを吸って青白く輝き始めた。

 

──雷遁・超電磁砲!

 

 ズドンッ!!

 発射音と着弾音が重なる。俺が放った一撃は、眼前に迫る巨大な岩石を粉砕し、そのまま背後にいた岩忍の土流壁を紙のように貫通した。

 

「なッ……!? 岩ごと貫いた!?」

 

 岩忍たちが驚愕の声を上げる。タングステンの比重と硬度、そして指向性を持たせた雷遁チャクラ。これならば、岩隠れの防御を突破できる。

 

「行けるぞ! 押し返せ!」

 

 放った一発でできた隙を逃さず、味方が敵の防衛線を食い破っていく。

 だが、岩忍の数は多すぎる。倒しても倒しても、地面から湧き出るように増援が現れる。

 

「道がなければ作ればいい」という思想で動く彼らは、物理的に地形を変え、俺たちの防衛線を無効化してくる。

 

「隊長、ジリ貧です! このままでは包囲されます!」

 

 トンボが苦悶の声を上げる。俺たちの班の弱点が露呈していた。

 

「大規模な面制圧能力の欠如」

 

 俺のレールガンは単体攻撃には最強だが、数千の岩を操る軍団相手には分が悪い。ミナトさんのような超高速機動も、大蛇丸様のような広範囲殲滅術もない俺たちにとって、物量と地形操作のコンボは天敵だった。

 

「……引くな! ここを抜かれれば、ミナト班が孤立する!」

 

 俺は雷刀を振るい続ける。カカシとオビトがくれた弾丸を、無駄にはできない。

 

 必死の防戦。このままでは、神無毘橋破壊の報が届く前に、前線が崩壊する。

 

 誰もがそう覚悟した、その時だった。

 空気が、変わった。遠く、戦場の彼方で、何かが「弾けた」ような気配がした。ホヘトが、目を見開いて叫ぶ。

 

「……敵のチャクラ反応、多数消失! いえ、一瞬で……消えました!」

 

 他にも感知をしていた忍から混乱と歓喜が入り混じった伝令が飛び込んでくる。

 

『――こちら右翼第三部隊! 黄色い閃光を確認! 繰り返す、波風ミナト上忍が到着した!』

『敵前線部隊、壊滅! 信じられない、たった一人で……!』

 

 ミナトさんだ。神無毘橋の破壊任務を終え、彼は飛雷神の術でこの最前線へと舞い戻ってきたのだ。黄色い閃光が走るたびに、堅牢を誇った岩忍の陣形が崩壊していく。

 

 分厚い土流壁も、地中からの奇襲も、彼には意味をなさない。「触れれば死ぬ」という絶対的な速さが、岩隠れの堅実な戦術を根底から否定していた。

 

「……化け物だな、本当に」

 

 俺は安堵と共に、恐怖に近い感情を抱きながら、その一方的な蹂躙劇を見つめていた。岩隠れの指揮官が撤退命令を出すまで、時間はかからなかった。

 

 

 *

 

 

 里中が勝利の美酒に酔いしれていた。長かった戦争が終わる。誰もが笑顔で抱き合い、平和の訪れを祝っていた。

 

 俺たちヨフネ班も特別休暇を与えられた。だが、その歓喜の輪の中に、一人だけ色が違う者がいた。

 

 慰霊碑の前。

 雨上がりの早朝、俺はその人物を見つけた。

 はたけカカシ。

 彼の左目には眼帯が巻かれている。かつての生意気さは消え、深い闇のような虚無が漂っていた。

 

「……よう、カカシ」

 

 俺が声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。

 

「……ヨフネか」

「上忍祝い、役に立ったか?」

 

 あえて、俺は尋ねた。カカシは懐から、数枚だけ残ったあの札を取り出した。

 

「……ああ。これのおかげで、岩忍の包囲を抜けることができた。……俺と、リンは」

「そうか」

「……だが、オビトは」

 

 カカシは言葉を詰まらせた。言わなくてもわかる。彼が何を失い、何を得たのか。左目の写輪眼。それが、友の形見だ。

 

「……俺の弾丸も、役に立ったぞ」

 

 俺はポーチを叩いて見せた。

 

「おかげで命拾いした。オビトにも、礼を言っておいてくれ」

「……ああ」

 

 カカシは短く答え、慰霊碑に刻まれた真新しい名前を指でなぞった。

 

「……これで、戦争は終わったんだな」

 

 彼がポツリと漏らす。その言葉には、自分に言い聞かせるような響きがあった。多くの犠牲を払った。友も失った。

 

 だから、これでもう終わりにしてほしい。そんな祈りのような言葉。だが、俺は頷くことができなかった。喉まで出かかった「ああ、そうだな」という言葉を飲み込む。

 

 俺は知っている。岩隠れとの戦いは終わった。しかし、まだ終わっていない戦いがあることを。

 

 沈黙を守っている霧隠れの里。彼らが、ただ大人しく引き下がったわけではないことを。

 

 そして、彼らが狙っているのが、カカシが命がけで守った「のはらリン」であることを。

 

(……まだだ。まだ、終わらない)

 

 俺の背筋に、冷たいものが走る。神無毘橋の戦いは、あくまで岩隠れとの決着に過ぎない。真の地獄は、これからカカシを襲う。

 

 俺は黙ってカカシの隣に立った。空は晴れていたが、西の空には、不気味なほど赤い夕焼けが広がっていた。それはまるで、これから流れる血を予感させるように、毒々しく燃えていた。

 

「……帰ろうぜ、カカシ」

「……ああ」

 

 俺たちは並んで歩き出した。だが、俺の足取りは重かった。知っている未来を変える術を、俺はまだ見つけられていなかった。

 

 忍界大戦の真の終幕――「リンの死」という最悪のイベントが、刻一刻と迫っていることを知りながら。

 

 





 
忍界歴46年
カカシが十二歳で上忍となる。
草の国にある神無毘橋の戦いで岩隠れの補給路を絶つことに成功
これにより岩隠れからの侵攻も止まり停戦となる
 
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