同情するならチャクラくれ   作:あしたま

17 / 60
017.三尾

 

 岩隠れとの激戦を経て、第三次忍界大戦は収束へと向かっていた。各国ともに継戦能力の限界を迎え、水面下では終戦に向けた外交交渉と調整が始まっているという噂が前線にも届き始めていた。

 

 だが、平和への過渡期こそが最も危険な時間であることを、俺は知っている。追い詰められた獣は最後に噛みつく。敗色濃厚な国ほど、逆転を狙って無茶な作戦に出るか、あるいは「負けるにしても相手に最大の出血を強いる」という焦土戦術を取りたがるからだ。

 

 特に警戒すべきは、沈黙を守っている霧隠れの里だ。俺の懸念材料は、以前の任務で回収した霧隠れの「捕獲候補者リスト」にあった。

 

 そこには、木ノ葉の血継限界持ちと並んで、「のはらリン」の名前が記されていた。

 

(……嫌な予感がする)

 

 俺は手を回した。まずはカカシを通じてミナト先生に報告。そして自分の上司である油女シビ先生はもちろん、里の相談役である水戸門ホムラやうたたねコハルといった「婆様」たちにもコネを使って働きかけた。

 

「リストに載っている人物は、霧隠れの標的になる可能性が高い。前線から遠ざけ、里の守りに就かせるべきだ」と。

 

 俺は報告書と共に、霧隠れの特異な動向――血継限界狩りと、渦の国での一件を根拠として提示した。

 

 その進言は、ある程度は聞き入れられた。日向やうちは、あるいは特殊な秘伝忍術を持つ一族の者は、里の防衛任務へと配置転換された。里としても、希少な血統を奪われるのは損失だからだ。

 

 だが、リンはそうはいかなかった。数日前、俺は火影邸の廊下で、担当官である特別上忍とすれ違った時のことを思い出す。彼は俺の顔を見るなり、困ったような、しかし冷淡な表情で首を横に振った。

 

「……ヨフネ上忍、君の提案は却下されたよ」

「なぜですか。彼女の名前はリストにありました。標的になるのは明白です」

「わかっている。だが、医療忍者の不足は深刻だ。現在、前線では毎日数十人の負傷兵が出ている。中忍レベルの医療忍を、ただの『可能性』だけで後方に下げて遊ばせておく余裕はないんだ」

 

 それが、上層部のドライな回答だった。彼女は優秀だが、血統という意味では「普通」だ。里にとっての保護優先順位は、悲しいかな低く見積もられた。

 「人手不足」と「優先順位」。

 

「ただ流石に霧隠れ方面からは離しておいた」

 

 この判断を引き出すことができたのが、俺にできる精一杯だった。彼女はカカシ班の一員として、対雲隠れの警戒任務に就くことになった。

 

 しかし、恐れていた事態は現実のものとなった。

 

 

 *

 

 

 深夜の森を、俺は疾走していた。

 

 俺の前を走るのは、カカシが口寄せした忍犬の一匹、パックンだ。先ほど、俺の元へカカシからの緊急伝令が届いた。「リンが拐われた。追跡する」と。

 念のためにリンに持たせていたコン平の分身が先ほど気付かれたのか消された。

 

(……最悪だ)

 

 俺は枝から枝へと飛び移りながら、思考を加速させる。霧隠れの狙いは明白だ。

 

 三尾・磯撫

 

 あの巨大な亀の尾獣を、リンの体に封印し、人柱力として木ノ葉へ帰還させる。そして、里の中で封印を解き、尾獣を暴走させて木ノ葉を内部から壊滅させる。

 

 この絵を描いているのはマダラだということを俺は知っているが、そんなことを里に言えるはずもなかった。何十年も前の伝説が生きていて木ノ葉を滅ぼそうとしているなど誰も信じてはくれない。

 

 俺にできたのは雲隠れ方面への配置転換のみ。

 

 それでも事件は発生してしまった。マダラはカカシがリンを生きて連れて帰ったらどうするつもりだったろう。

 

(いや待て待て待て待て!何をもう失敗した気になっているんだ!)

 

 現実的に考えると、人柱力の作成と制御は、そう簡単な技術ではない。他里の忍、しかも適合率も不明な少女に尾獣を封印し、それを時限爆弾として運用する?

 

 成功率は限りなく低いはずだ。もし失敗して途中で暴走すれば、霧隠れ自身が被害を受ける。あるいは、木ノ葉に持ち帰られた後、直ちに優秀な封印術班によって処理され、みすみす尾獣を木ノ葉に献上する結果になりかねない。

 

(……リスクがデカすぎる。奴らは馬鹿なのか? 作戦の穴に気付いても良さそう……な)

 

 そこで一つの仮説が脳裏をよぎる。渦の国の滅亡。霧隠れが主導して行った、渦潮隠れの里の徹底的な破壊と虐殺。あれは単に領土的野心や、強力な封印術への恐怖だけが理由だったのか?

 

 もし、この「三尾計画」がもっと以前から練られていたとしたら。木ノ葉には、うずまき一族の封印術を受け継ぐクシナさんがいる。

 

 彼女が健在であれば、即席の人柱力などすぐに無力化されてしまう。だからこそ霧隠れは、この作戦の前段階として、渦の国を「消した」のではないか?

 封印術の大家を根絶やしにし、木ノ葉がこの「時限爆弾」に対処できない状況を作り出してから、満を持して作戦を実行した。

 

 ひょっとすると、何か封印術の参考になるようなものが出ないように、島ごと消したのかもしれない。

 

 背筋が寒くなるのを感じた。歴史の歯車が、俺の介入を許さないほど巨大な意志で回っている気がした。

 

「……急ごう。カカシの匂いはかなり遠くなっているが、まだ感知できる」

 

 前を走るパックンが、焦ったように吠える。

 

「頼んだ!」

 

 俺はチャクラを足に纏わせ、さらに速度を上げた。ここでカカシを死なせてしまえば、将来オビトを止める者がいなくなる。第四次忍界大戦の勝敗が、今、この夜にかかっている。

 

 だが、その焦りを見透かしたかのように、森が静かに「牙」を剥いた。

 

「……ッ!? ヨフネ、止まれ!」

 

 前を走っていたパックンが急ブレーキをかけ、地面を滑るように立ち止まった。その鼻がヒクヒクと痙攣している。

 

「どうした、匂いが消えたか?」

「違う。匂いが……森中から、無数に湧き出してきた。カカシとリンの匂いが、四方八方に散らばっている!」

「なんだと?」

 

 直後、俺は自分の身体に違和感を覚えた。足が異様に重い。

 

 視線を落とすと、俺の腕や足に、まるでカビのような白い「胞子」がびっしりと付着していた。それが俺の体表からジワジワとチャクラを吸い取っているのだ。

 

「チッ……!」

 

 俺は咄嗟に雷遁チャクラを体表に走らせ、ビリビリと白い胞子を焼き払った。だが、異変はそれだけではなかった。

 

 バキバキバキッ!

 足元の木の根が不自然に隆起し、巨大な蛇のように俺の足を掬おうと襲いかかってきた。咄嗟に跳躍して躱すが、今度は頭上の枝が異常な速度で成長し、行く手を阻む檻のように絡み合って退路を塞ぐ。

 

「……森が生きているみたいだぞ! ヨフネ、気をつけろ!」

 

 パックンが牙を剥いて唸る。姿は見えない。殺気もない。だが、明らかに「森と同化した何者か」が、明確な意思を持って俺たちの行く手を阻んでいる。

 

(……白ゼツか!)

 

 俺は内心で悪態をついた。こいつらは俺を殺そうとしているわけではない。ただ、徹底的に「時間を稼ぐ」ことだけを目的にしている。俺が急いでいるこの数分、数秒を削り取るためだけに、無限に湧き出す胞子と森の地形で絡みついてくるのだ。

 

「退けェッ!」

 

 俺は雷刀を抜き放ち、邪魔な枝葉を雷遁の刃で手当たり次第に薙ぎ払った。だが、切断された枝から再び白い胞子が舞い散り、視界を奪う。底なし沼のような足止め。

 

 焦燥感が限界に達しようとしたその時。

 

 ――ズンッ……!

 

 森の奥深くから、空気がひび割れるような圧倒的なチャクラのうねりが叩きつけられた。それは通常の忍のチャクラではない。怒り、絶望、そして底知れぬ憎悪が入り混じった、冷たくて巨大なエネルギーの奔流。

 

 俺は絶望に歯を食いしばり、雷刀にありったけのチャクラを流し込んで周囲の森ごと胞子を一掃した。

 

「パックン、強行突破するぞ!」

 

 見えない敵の妨害を強引に振り切り、俺たちは再び駆け出した。だが、胸の奥には取り返しのつかない「遅れ」を確信する、重い絶望が渦巻いていた。

 

 

 *

 

 

 数十分後。

 国境に近い密林地帯に入ったあたりで、異変が起きた。

 

「こ、これは……?」

 

 パックンが急停止し、鼻を鳴らして後ずさった。

 その毛が逆立っている。明らかに怯えている。

 

「どうした? カカシに何かあったのか?」

「いや、分からないが……血の匂いが急速に広がっている。マズいかもしれんぞ」

「……血?」

「ただの量じゃない。……森全体が血で濡れているような、そんな匂いだ」

 

 パックンの言葉に、俺は眉をひそめた。カカシとリン、そして追手の霧忍。多くても十人程度のはずだ。「森全体が濡れる」ほどの出血など、常識的にはありえない。

 

「でもお前らがいるってことは、まだカカシは生きてるよな? 口寄せが解除されてないんだから」

「そ、そうじゃな。カカシのチャクラは微弱だが感じる。……じゃが、急ごう! この先にいる『何か』は、尋常じゃない!」

 

 俺たちは警戒レベルを最大に引き上げ、血の匂いの源へと向かった。

 

 

 *

 

 

 森を抜けた先に広がっていたのは、この世の光景ではなかった。

 

「……なんだ、これは」

 

 俺は思わず足を止めた。月明かりに照らされたその場所は、かつて戦場だった場所だ。だが、そこに転がっているのは「死体」と呼ぶにはあまりにも異様な物体だった。霧隠れの暗部装束を纏った忍たち。

 彼らの身体から、槍のような、あるいは荊棘のような「木」が生えていた。

 

 冬虫夏草。

 そう形容するのが最も相応しい。人間の肉体を苗床にして、巨大な植物が内側から突き破り、枝を伸ばしている。

 

 ある者は全身を木に貫かれて空中に固定され、ある者は捩じれるように大木と一体化していた。

 地面は血の海だった。滴り落ちる血と、潰された肉片が混じり合い、足首まで浸かるほどの池を作っている。

 

 木遁。

 初代火影・千手柱間の力。そして、うちはマダラによって移植された細胞を持つ、オビトの仕業だ。

 

(……遅かったか)

 

 俺は吐き気を堪えながら、その地獄の庭園を進んだ。枝に吊るされた霧忍の顔は、恐怖に歪んだまま固まっている。彼らは理解できないまま死んだのだろう。自分たちが作った「地獄」よりも深い闇に飲み込まれて。

 

「……あそこだ」

 

 血の池の中央。奇妙なほど開けた場所に、二つの人影が倒れていた。俺は血飛沫を跳ね上げながら駆け寄った。

 

「……リン」

 

 彼女は仰向けに倒れていた。その胸には、向こう側が見えるほどの大きな風穴が開いていた。心臓を一撃で粉砕されている。即死だっただろう。彼女の表情は、苦痛に歪んでいた。

 

 物語で語られるような、安らかな笑顔などそこにはない。自ら死を選び、愛する人の手にかかる瞬間の、恐怖と、悲しみと、そして覚悟が入り混じった、壮絶な死に顔だった。

 

 そして、ふと思い付いてしまった。リンは本当に自分から飛び込んだのか、と。

 

 オビトがやってくる直前に自分から?カカシが無理矢理にでも連れて帰る可能性を無視して?

 

 ありえない。ここまで準備万端なやつがその可能性を見落とすなんて。リンは、そして尾獣は共に最初から写輪眼によって操られていたのではないか?

 

「……許してくれ」

 

 俺は彼女の目元をそっと撫で、瞼を閉じさせた。今さら何を気づいても遅い。救えなかった。あれだけ手を回し、準備し、戦術を練っても。

 

 「運命」という名の強制力は、彼女をこの場所へ連れてきやがった。俺は彼女の腹部に手を当てた。

 三尾の反応はない。

 

 封印術式は残っているが、核となる尾獣チャクラが消滅している。人柱力が死ぬと同時に、尾獣も一時的に消滅するのかもしれない。

 

 霧隠れの目論見は失敗した。里は守られた。だが、その代償は一人の少女の命とこの世界の未来だ。

 

 その横に、カカシが倒れていた。返り血で真っ赤に染まっているが、呼吸はある。気絶しているようだ。

 

「おい、起きろ!」

 

 俺はカカシの頬を叩いた。一度では起きない。強めにもう一度叩く。

 

「……ッ!」

 

 カカシが弾かれたように目を開けた。

 左目の写輪眼と、右目の黒い瞳。焦点が定まっていない。

 

「…………ん、ヨフネ……? 俺は……」

「しっかりしろ。状況報告だ」

 

 俺は努めて冷静な声を出し、彼の肩を揺さぶった。

 カカシの視線が彷徨い、そして隣に横たわるリンの遺体で止まった。

 

「……あ……ああ……」

 

 彼の呼吸が過呼吸気味になる。

 

「リン……リンは!? ……いや、そうだ俺が……俺が殺したんだ」

「落ち着けよ、一体何があったんだ?」

「……上手くリンを奴らから取り戻したんだけど……奴らはリンに何かを封印したみたいなんだ」

 

 カカシは震える手で自分の顔を覆った。

 

「リンはいきなり『里には帰れない』『私を殺して』と言い出し始めて……。それでも俺は、何とかして里で治す方法を探そうと、必死に敵から逃げたんだ。だが……」

 

 言葉が途切れる。その光景が、フラッシュバックしているのだろう。

 

「逃げきれずに、俺が敵と交戦になった最中……俺が千鳥を構えた瞬間に、リンが……自分から突っ込んできて……」

「……そうか」

 

 俺は短く答えた。少しでも話してしまえば先ほど思い付いたことを思わず吐き出してしまいたくなるような気がした。

 

「……俺が、殺したんだ……。オビトに……守ると約束したのに……」

 

 カカシの声は嗚咽に変わった。俺は彼の背中を支えながら、周囲を見渡した。

 

「なら、この敵は全部お前がやったのか?」

「……え?」

 

 カカシが涙に濡れた顔を上げ、周囲を見る。彼もまた、この異様な光景に初めて気づいたようだった。突き刺さる木々。串刺しにされた霧忍たち。千鳥やクナイによる傷ではない。圧倒的な質量と、理不尽なまでの「力」による虐殺。

 

「……誰が、誰が敵を!」

「……俺たちが着いた時には、既にこうなっていたんだ。お前が分からないなら、俺にも分からない」

 

 嘘ではない。俺は「木遁使い」が誰かを知っているが、それを今のカカシに伝えたところで何になる?もどかしい。

 

「……う、うああああああああああッ!!!」

 

 カカシはリンの遺体へ這いずり寄り、血まみれのその体を抱きしめた。

 

 獣のような咆哮。

 行き場のない悲しみと、自分への怒り。俺はその場に立ち尽くし、カカシの慟哭を聞いていた。忍犬たちも、悲しげに遠吠えを上げている。

 

 夜明けが近づいている。俺は周囲の警戒を怠らなかった。オビトやゼツがまだ近くにいるかもしれない。

 

 それに、血の匂いを嗅ぎつけて野生動物や、他の里の斥候が来る可能性もある。俺は雷刀を抜き、カカシとリンの周囲に簡易的な結界を張った。

 

 そして、泥と血にまみれた地面に座り込み、ただ黙って二人を守り続けた。

 

 冷たい夜風が、血の匂いを運んでいく。

 

 俺は自分の手を見た。

 

(何も掴めなかった)

 

 上忍になり、知識を持ち、戦術を駆使しても。俺はただ、原作通りの悲劇を、特等席で見せつけられただけだった。

 

「……くそが」

 

 俺は雷刀の柄を握りしめた。金属の冷たさだけが、現実の感触として掌に残っていた。

 

 やがて、夜が明ける頃に木ノ葉からの増援部隊が到着するまで、カカシが泣き止むことはなかった。俺は無言でその背中を守り続けた。

 

 歴史は、今のところ残酷なまでに原作通りに歩みを進めていた。

 

 





 
日向ホヘト
原作において第四次忍界大戦中、豊富な戦闘経験と高い危険感知能力で、デイダラの”起爆粘土”を着破し仲間を救っていた。
陣の書に記載
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。