同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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002.修行

 

 

 アカデミーでの生活は、思っていたよりもずっと「義務教育」に近いものだった。

 

 教室に漂う古い墨の匂いと、黒板のチョークの粉。教えられるのは忍としての基礎教養、歴史、そして初歩的な体術や手裏剣術、下級忍術。これらはあくまで忍としての適性を測るための物差しに過ぎない。

 

「チャクラの効率的な練り方」や「実戦的な術」といった、一歩踏み込んだ技術についてはほとんど触れられなかった。それらは各家庭や一族、あるいは弟子入りした道場で個別に学ぶのが、この里の不文律なのだ。

 

 俺も例に漏れず、放課後は婆様の厳しいしごきを受ける毎日を送っていた。

 うたたねの家系にも、他の一族にはない特殊な秘伝忍術が伝わっている。

 

「……なぁ、ばあちゃん。うちの術ってさ、冷静に考えると油女一族に近くない?」

 

 ある日の夕暮れ時、ふと浮かんだ疑問を口にした。あの一族は自分の体に蟲を寄生させて戦う。うちの術も、外部の存在を己の身に宿すという点では同じ系統に思えたのだ。

 ピタリ、と。婆様の動きが止まった。周囲の空気が急激に冷たく、重くなる。

 

「……ヨフネ。二度とその名を出すんじゃないよ。あんな連中と一緒にされたら、わしの血が腐るね」

「いや、でも、論理的に考えれば共生関係というか――」

「今度言ったら、その鼻から中身を全部引きずり出してやるよ」

「やめて!鼻から変な汁出ちゃう!降参、もう言いません!」

 

 額に青筋を浮かべた婆様を前に、俺は全力で謝罪した。差別は良くないと思うが、自分の鼻の構造を守るためなら、俺は喜んで前言を撤回しよう。

 

 うたたねの秘伝。それは「狐との契約」だ。

 いわゆる「狐憑き」の家系であり、契約者は一生をその狐と共に過ごす。最大の特徴は、契約の対価。契約者が死んだ際、その遺体は契約した狐がすべて喰らう。死体の隠滅と情報漏洩の防止。忍の死体は他国から見れば情報の宝庫であり、それを確実に処分できるこの契約は、忍の世界においては極めて合理的なシステムだった。

 

 

 *

 

 

 アカデミーに入学してすぐ、六歳になった俺は、その契約の儀式に臨んだ。

 薄暗い地下室。むせ返るような線香の煙が立ち込める中、俺は息を呑んで召喚の陣を見つめた。契約できる狐の格は、本人の潜在チャクラ量に依存するという。

 

「……く、管狐じゃと?!」

 

 煙の中から現れたのは、体長二十センチほどの、小柄で愛らしい狐だった。黄金色の毛並みはふわふわで、前世の感覚なら「超大当たり」な可愛さだ。目の前でチョコンとお座りしているクッソ可愛い狐にテンションMAXな俺だったのだが、どうにも婆様の反応が思わしくない。

 

「ばあちゃん、だめなの?」

「ヨフネや、わしは白狐といわれる妖狐と契約しておるのじゃ」

「うん。あの庭でよく寝てる白い狐でしょ。そういえば強いの?」

 

 一応聞いては見るが、名前からして強いフラグがはためいている。まさか……。

 

「妖狐には階級があり、強い順に九尾の天狐、空狐、気狐、野狐とあるのじゃ」

「ばあちゃんの白狐は?」

「空狐に当たるかの。じゃがお主の管狐は、一番下の野狐の中でもさらに一番下じゃ。いや、一族の中では契約にすら至ることの出来ない者もおったと聞く。捨てるなんてことはない。だから、そんな泣きそうな目をするではない!」

 

 記憶にある中で、婆様が一番優しかったのはこの瞬間だと思う。まあ、当時の俺はそれどころではなかった。

 

(せっかく転生特典といっても良いような能力が手に入りそうと思ったらこの仕打ち!?しかも将来的にもチャクラ量が少ないことまで判明してしまっとるやんけ!人生ハードモード過ぎんだろ)

 

「この際だから説明してやろう。よいか、チャクラ量とはな、生まれて来た時からおおよそ決まっておる。これをわしら一族は『潜在チャクラ量』と呼んでおる」

 

 まあ、それは何となく分かっていた。千手一族やうずまき一族なんかは生まれつき規格外に多かったはずだ。

 

「そもそもチャクラとは、人体を作っている膨大な数の細胞という物の一つ一つから取り出す『身体エネルギー』と、修行や経験によって蓄積された『精神エネルギー』の二つをバランス良く練る事で出来るエネルギーじゃ。つまり身体の成長や修行をすることで増やすことはできる」

 

 おお、ならひたすら修行をすれば、俺もナルト並みのチャクラが手に入んのか?!

 

「だが!それは主に修行や経験によって増える『精神エネルギー』だけじゃ。『身体エネルギー』は身体の成長の範囲内でしか増えん」

 

 なら、毎日煮干し食って牛乳飲んで、睡眠をたっぷりとって大きくなれば……。

 

「そこで出てくるのが潜在チャクラ量じゃ。細胞の一つ一つが持つチャクラの量自体はだいたい生まれつき決まっておる。それが潜在チャクラ量だ。つまりは大きく成長した所で、器である潜在チャクラ量が少なければ、やはりチャクラは少ない」

 

 えっ?フォローの流れだったじゃん。完全にとどめをさされたんですけど。

 

「ただチャクラのコントロールや練り方を訓練すれば、無駄な消費は極限まで抑えられる。結局は修行あるのみじゃ」

 

 とまあそんなわけで、俺の潜在チャクラ量はギリギリ中忍クラス程度らしく、一番格の低い管狐としか契約出来なかった。野狐より上になると言葉を話せるようだが、管狐はもう完全にペット感覚だ。

 

 おずおずと手のひらに乗せた狐――コン平と名付けた――は、体温が高く、微かに白檀のような良い香りがした。指先で顎を撫でてやると、「キュゥ」と情けない声を漏らしてすり寄ってくる。

 

 これが俺の死体を喰らう存在だとは、到底信じられない。狐憑きの契約は互いの魂を縛る呪いのようなものだと聞いていたが、こんな小動物相手では悲壮感も薄れてしまう。俺は小さく息を吐き、首から下げた竹筒にコン平を滑り込ませた。

 だが、悲劇は終わらない。

 

 翌日、コン平と契約したことで出来るようになるという神通力の確認をしたのだ。まずは婆様が、岩と言って構わないような庭石を指先一つで持ち上げた。

 

「とまあ、これが念力じゃ。これを使用することで毒が塗ってある物など直接手で触れれない物も動かすことが出来る。契約した妖狐に関わらず共通の能力じゃな。契約した妖狐の格により力の強さが異なるがな」

「凄い!それじゃ俺もやってみる!」

 

 意気揚々と岩の前に立ち、使ってみる。

 ……岩の周りの小石が持ち上がりました。

 

「「…………」」

 

 検証の結果、念力の範囲は身体の周り一メートル、何度やっても念力の力は手首の力程度。

 これでテレビのチャンネル取るのに困らないね!……ちょっと泣いた。

 

「ま、まだじゃ。次は固有能力、妖狐の種族によって異なる能力があるんじゃ!」

「コン平!何かないのか?頼むって!」

「コ、コン!」

「お、何かあるんだな?教えてくれ」

 

 言葉が話せないので、コン平の渾身のボディランゲージによるメッセージを解読した結果、なんと指を指した方向に火が出せることが判明した。目に見える範囲なら自由に火を出せるのだ!凄いじゃん!

 と感心したのも束の間、何度やっても出せるのはマッチの火程度だった。距離に関係なく。

 

 ちなみに白狐と契約した婆様は、透視眼と、物体をも透過して取り出せる程の念力を使えるらしい。……めっちゃ不公平です。

 

 ただ、婆様が油女一族を苦手としている理由は、うっかり透視で彼らの身体の中を見てしまい、中が蟲だらけで吐いてしまったかららしい。あの露骨な嫌悪感には、そんなトラウマがあったのか。

 

 チャクラは必要としないのでメリットはメリットなんだが、使い方がすごく難しい。

 ただ、能力はしょぼいかもしれないが、やっぱりコン平は出来る子だった。普段は竹筒に住んでいるのだが、なんと七十五匹まで分裂出来るため、広範囲での索敵が可能なのだ。

 

 ただし、分裂した分だけサイズが小さくなるため、最大まで分裂すると人差し指程度のサイズになってしまうのだが。ちなみに白狐様は分裂できないけどお空を飛べます。

 

 俺は自分の限界を完全に理解した。正面から力押しで戦えば絶対に死ぬ。

 だからこそ、俺の教育方針は「生存」と、そして「徹底した効率化」へと舵を切ることになった。

 

 

 *

 

 

 この頃から、婆様の実戦形式の修行はさらに苛烈さを極めていった。

 

「戦場では誰も待ってはくれん。自分の身は自分で繋ぎ止めろ!」

 

 容赦のない婆様の打撃を避けきれず、肩に強烈な衝撃を受ける。ゴキリ、と嫌な音が鳴り、痛みのあまり視界が白く飛んだ。

 

「いっ……たぁッ!」

「痛がっている暇があるなら手を動かせ! 基礎理論とチャクラの練り方は教えたはずだぞ!」

 

 外れた肩の激痛と脂汗に耐えながら、俺は必死に地面を転がって距離を取る。

 婆様は俺を休ませるどころか、以前から読ませていた分厚い解剖学の書物と、医療忍術の巻物の内容を実戦の中で試すよう強要してきた。

 

「痛みを止めたければ、今すぐ自分のチャクラで治してみせろ!」

 

 狂気の沙汰だ。だが、やらなければ本当に壊される。俺は震える手を外れ掛かった肩に当て、体内の少ないチャクラを極限まで掌に集中させた。

 

 実戦で「壊される」ことで、強制的に人体の構造と『掌仙術』の基礎を叩き込まれたのだ。誰かを救うためではなく、ただ自分の身を治すためだけに見よう見まねで覚えた、泥臭い医療忍術。

 

「……敵に殺される前に、絶対ばあちゃんに殺されるよ……!」

 

 荒い息を吐きながら、微かに緑色に光る掌で関節を繋ぎ直す俺を見て、婆様は満足げに鼻で笑った。チャクラの総量で勝負できない俺は、致死量ギリギリのダメージを負っても生き延びる、ゴキブリのようなしぶとさを身につけるしかなかったのだ。

 

 そんな地獄の毎日の合間に、時折里に帰還する「伝説の三忍」の一人、自来也様から直接教えを受ける機会もあった。

 

 彼との修行は「隠密」に特化していた。

 

「いいかヨフネ。忍の本質は隠密だぜ。……よし、あの女湯の裏へ回るぞ。あそこの結界を無力化してみせろ。バレたら俺もお前も終わりだぞォ」

 

 彼は豪快な見た目に反して、意外にもテクニックタイプだった。封印術、結界術、そして「隠遁術」。

 覗きの片棒を担がされるのは屈辱だった。だが、女湯の裏手で自身の心音や呼吸、さらには毛穴から漏れる微細なチャクラすらも完全に抑え込む息苦しさは、本物の実戦さながらの緊張感があった。ふと横を見れば、普段のスケベな顔の奥に、冷酷な忍としての眼光を光らせている自来也様がいる。

 

 彼から学んだ「気配を完全に殺す技術」は、俺にとって無駄なものにはならないはずだ。それに良いものも見れた。

 

 ちなみに、口寄せの術についても教えを乞おうとしたが、腰の竹筒の中でコン平が「コン!」と激しく抗議し、他の契約を許してくれなかった。ヤキモチを焼く姿は可愛かったが、戦力的には大きなマイナスだ。

 

 さらには木ノ葉流剣術も習った。チャクラ消費を抑えつつリーチを補うためだ。

 俺は剣の筋が良いらしく、木刀での素振りで手にできたマメが潰れる痛みに耐えながら、型はメキメキと上達した。

 

 だが、いざ真剣を握り、身体強化を全開にして剣を振った瞬間。

 ガキンッ、という刀身が悲鳴を上げるような甲高い金属音と共に、鉄が弾け飛んだ。鋭い破片が俺の頬を掠め、一筋の血が流れる。

 

「……強度が追いついていない」

 

 半分になった刀身を見つめ、俺は溜息を吐いた。婆様から習った身体強化の術は体全体を強化するのではなく、体を動かすときに必要なだけ必要な箇所にチャクラを集中させ、効率よく最大限の効果を引き出すものだ。

 その馬鹿力のまま刀を振るえばこうなることは目に見えていた。

 

 これに耐えるにはチャクラを通しやすい特殊な金属を用いた「チャクラ刀」をチャクラで強化しながらであれば使用できるだろうが、到底子供が買える代物ではない。

 

 俺は折れた刀を置き、拳を握り直した。

 

 

 *

 

 

 時は流れ、俺は九歳になった。

 アカデミーの後半、俺はチャクラコントロールの応用として「身体強化」を叩き込まれていた。チャクラを体外へ放出するのではなく、体内に留めて筋肉や神経を活性化させる技術だ。この技術はチャクラの外部消費が少なく、タンクの小さい俺には非常に向いていた。

 

 さらに、性質変化の修行にも入った。初めて握った感応紙。チャクラを流すと、紙はチリチリと音を立ててしわくちゃになり、その直後に真ん中からスパッと左右に裂けた。

 

「雷」と「風」。二つの属性持ちだ。

 婆様は「自分でイメージを固めろ」と言い残し、俺に思考を丸投げした。というよりも自分の感覚にあった方法でないとチャクラ効率や発動速度に関わってくると考えられているらしい。

 

 試行錯誤の結果、俺は雷を「バッテリー」と捉える事にした。チャクラを電気信号に変え、神経伝達を加速させる。俺は不要になった古い巻物の切れ端にチャクラを込め、一瞬で皺くちゃにする訓練を繰り返した。だが、少しでもコントロールを誤れば自分の神経を焼き切る危険が伴う。毎晩のように指先は黒く焦げ、ビリビリとした痺れで箸もまともに握れない日々が続いた。

 

 続いて風は「ホース」。経絡系から噴き出すチャクラの口を絞り、鋭利な刃に変えるイメージだ。これも一歩間違えれば、見えない刃が自分の皮膚を内側から切り裂く自傷行為に等しい。俺の手の甲や腕には、失敗による無数の細かな切り傷が絶えなかった。

 

 才能がないなら、血と痛みを対価にするしかない。この二つを身体強化と組み合わせることで、俺はようやく「戦える」土俵に立った。

 

 

 *

 

 

 アスマや紅といった同期たちも、それぞれの家系や担当上忍の下で確実に実力を伸ばしている。特にアスマは三代目の息子という重圧を撥ね除けるように、猿飛一族特有の火遁の術をマスターしつつあった。

 

 彼らが光の当たる「王道」を歩むなら、俺は血と泥に塗れた「邪道」を這いつくばって進むしかない。

 世界は俺たちの事情を待ってはくれない。

 

 第三次忍界大戦が始まって数年、里の疲弊は限界に達していた。周辺諸国との緊張状態は続き、小競り合いや任務は激増。里は「動ける駒」を切実に求めていた。

 

「……来週、卒業試験を行う。合格者は、そのまま実戦任務に就いてもらう」

 

 教室に響いた教師の声は、冷たく事務的だった。

 俺たちの世代は、一つ、二つ上の学年と共に、予定を早めて戦場へと駆り出される。

 教室中が重苦しい静寂に包まれる中、俺は腰の竹筒に住むコン平の重みを感じ、短く切り揃えた自分の髪を撫でた。

 

(……畳の上で死ぬっていう目標は、思った以上に遠いらしい)

 

 だが、ただ怯えていた六歳の頃とは違う。生き残るための牙は、泥水を啜りながら研いできた。

 たとえ管狐だろうと、チャクラのタンクが少なかろうと関係ない。

 

 俺は俺のやり方で、この地獄を生き抜いてやる。

 

 




 
忍界歴11年
初代火影が均衡を保つため、土地や資金との交換を条件として各里に尾獣を分配する

ヒルゼン(19)、綱手(2)
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