同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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024.失踪

 

 

 部隊の結成から、半年が過ぎていた。俺たち「ヨフネ隊」は、一ヶ月の訓練期間と一ヶ月の実戦任務を交互に繰り返すという、通常の部隊とは異なるサイクルで運用されていた。

 

 そのおかげで、個々の能力向上と部隊連携の熟練度は飛躍的に向上していた。Cランクの護衛任務から、Bランクの戦闘任務まで。そして、Aランク任務についても少ないが受注していた。

 失敗はなく、死者もゼロ。

 

 上層部の評価は「順調」であり、若手たちの中にも自信が芽生え始めていた。この間に中忍試験もあったが、規定の任務数をこなしていた下忍は全員合格し、約半数は中忍となっていた。

 

 そんな折、新たな任務が舞い込んだ。場所は火の国北端。田の国との国境に近い山岳地帯にある村からの連絡途絶だ。

 

「……形式上はBランク任務とする。だが、状況次第ではAランクへの移行も許可する」

 

 火影執務室で、三代目の憂いを含んだ顔を見た時、俺の直感が告げていた。

 これは、ただの任務ではないと。

 

 

 

 

 火の国北部へ向かう街道。今回の任務は、大隊全員ではなく選抜メンバーで行うことになった。総員9名。

 

 索敵・追跡を担当する『眼』班から、飛竹トンボ(班長)、油女ムタ、他2名の中忍。

 後方支援・治療を担当する『尾』班から、タシ(班長)、スクイ、他2名の下忍。

 

 移動速度は速い。半年前とは比べ物にならない。だが、その速度を維持する彼らの顔には、どこか達観したような、あるいは疲れ切ったような色が浮かんでいた。

 

「……なぁムタ。最近どうだ? 蟲の調子は」

 

 並走するトンボが、気晴らしに後輩へ声をかけた。

 普段は無口で、フードを目深にかぶっている油女ムタ。だが、その言葉が引き金になったのか、彼は突然、堰を切ったように早口で喋り出した。

 

「調子? 調子ですかトンボ先輩。いいわけないじゃないですか。聞いてくださいよ、先週の『対・幻術耐久訓練』のこと。ヨフネ隊長ったら、僕の蟲たちにまで幻術をかけたんですよ? 蟲ですよ?あの人どうやって蟲に幻術かけるんですか?人間と違って五感が全てあるわけじゃないんですよ?しかもご丁寧に 複眼の一つ一つに幻術がかかって、数百匹の蟲が一斉にパニックを起こして暴れまわって、僕のチャクラ経路がショート寸前だったんですから!」

「お、おう……」

 

 トンボが引くほどの勢いだ。ムタは止まらない。

 

「それにその前の『極限サバイバル』! 兵糧丸禁止で現地調達って言われて、僕の蟲たちが集めた蜜を隊長が『貴重な糖分だ』って奪っていくし! おかげで女王蟲が不貞腐れて、最近言うことを聞くのが遅いんです。だいたい隊長の作る『特製ドリンク』、あれ何が入ってるんですか? 蟲が舐めただけで気絶したんですよ!?」

 

 ムタは息継ぎもせず、半泣きで捲し立てた。後ろを走っていたスクイも、それに便乗する。

 

「私だって! 怪我したら自分で治せって言われて……成長すればするほど訓練が長くなるんですよ」

「あはは……溜まってるなぁ」

 

 タシさんが苦笑いしている。俺は前方を走りながら、肩をすくめた。

 

「おいおい、人聞きが悪いな。おかげでムタの蟲は幻術耐性がついたし、スクイの治療速度は倍になっただろう?」

「そ、そうですけどぉ……!」

「精神が! 精神がすり減るんですぅ!」

 

 下忍たちの悲痛な叫びが森に響く。だが、その足取りは乱れていない。愚痴を言いながらも、彼らは確実に強くなっている。地獄の訓練は、伊達ではない。

 

「……ま、愚痴が出るうちは元気な証拠だ」

 

 トンボがニヤリと笑い、そして表情を引き締めた。

 

「……隊長。そろそろだ」

 

 俺たちの目の前に、国境の森が広がっていた。

 そこから漂う空気は、先ほどまでの和やかなムタたちの空気を一瞬で凍りつかせるほど、異様なものだった。

 

 

 

 

 目的の村まであと数キロ。

 異変は、植生の変化から始まった。

 

「……なんだ、この植物は?」

 

 冬が近くなっているにも関わらず、青々としている木が多い。落葉樹の葉も落ちていない。そして、まとわりつくような不快なチャクラが充満していた。

 

「んっ……!」

 

 ムタが短く悲鳴を上げた。

 

「どうしたムタ?」

「蟲たちが嫌がってます。この森の木はチャクラを吸うみたいです。……まるで生き物みたいだ」

 

 俺とトンボは顔を見合わせた。ただの自然現象ではない。人為的な、それもかなり高度な術による環境改変だ。俺の脳裏に、ある可能性がよぎる。

 

「……警戒レベルを上げていこう」

 

 森の奥へ進むにつれ、静寂は深まっていく。鳥の声もしない。風の音さえ、葉擦れに吸い込まれていくようだ。

 

 やがて、村の入り口が見えてきた。そこは、奇妙なほど平穏だった。家屋があり、畑があり、人々の生活の跡がある。だが、人の姿だけがない。

 

「……住民は?」

 

 スクイが声を震わせる。俺たちは村の中央へ進んだ。井戸端には洗濯物が干されたままで、風に揺れている。まるで、神隠しにでもあったかのようだ。

 

「……隊長。何か様子がおかしい」

 

 トンボが立ち止まり、周囲を見回した。

 

「チャクラの流れが歪んでる。……村全体が、薄い膜に覆われてるみたいだ」

「幻術か」

 

 俺は即座に印を結んだ。この規模の幻術を維持し続けるには、相当なチャクラ量と術者が必要だ。つまり、敵はこの近くにいる。あるいは、罠か。

 

「……『解』!」

 

 トンボがチャクラを練り上げ、幻術を強制的に解除した。その瞬間。世界が、裏返った。

 

「ヒッ……!?」

 

 スクイが悲鳴を上げ、腰を抜かした。平穏に見えた村の風景が、ドロリと溶け落ち、その下から真実の姿が現れた。

 

 家屋は太い蔦に締め上げられ、屋根を突き破って巨木が生えている。そして、人影がなかったのではない。全員、そこにいたのだ。道端に、井戸端に、家の中に。

 

 村人たちは全員、巨大な木に取り込まれ、樹木の一部と化していた。皮膚が樹皮に変質し、指先から枝が伸び、虚ろな目からは若葉が芽吹いている。

 

「……嘘でしょ……」

 

 タシさんが口元を押さえる。洗濯物だと思っていたものは、木になった女性の着物だった。井戸につけられた滑車は、木になった子供だった。

 

「……全員だ」

 

 俺は呻くように言った。50人。住民台帳にある全員が、ここで木になって死んでいる。連れ去られた者など、最初から一人もいなかったのだ。

 

「……隊長! これを見てください!」

 

 トンボが叫ぶ。彼が指差したのは、木になった村人の腕だ。その一部が、鋭利な刃物でえぐり取られている。

 

「……まだ、樹液が垂れてる。新鮮だ」

 

 トンボが削りカスを手に取る。

 

「それに、この死体……他の死体よりも変質が進んでねえ」

「……どういうことだ?」

「時間差だ」

 トンボが村全体を見回す。

「あっちの老婆は完全に木と同化してる。だが、この男はまだ人の原型を留めてる。……全員一度に殺したんじゃない。タイミングをずらして、経過を観察していたんだ」

 

 俺は戦慄した。ここは実験場だ。犯人たちはここに滞在し、村人たちが木へと変わっていく様を記録し、データを取っていたのだ。そして、その隠蔽のために村全体に幻術をかけていた。

 

「そして、この削り痕……」

 

 俺は切り口を触った。

 

「サンプル採取だ。……ついさっきまで、奴らはここにいて、実験データを回収していた」

「……!」

 

 全員に緊張が走る。敵は逃げたのではない。俺たちが来る直前まで、涼しい顔で「収穫」をしていたのだ。俺たちの接近を察知し、幻術を残して撤収した。

 

「痕跡を探せ! 奴らはデータを持ち帰ろうとしている!」

 

 俺の指示で、『眼』が動き出す。ムタが恐怖を押し殺して蟲を放ち、トンボが地面を這うように調べる。やがて、トンボが村の北側、獣道のような場所で立ち止まった。

 

「……見つけた。足跡はないが、チャクラの残滓がある」

 

 トンボが指差した先。一見すると何もない草むらだが、プロの目には不自然な歪みが見える。

 

「急いでいるせいか処理が雑だな」

「方角は?」

「……北。田の国だ」

 

 確定だ。敵は国境を超え、この悍ましい実験データを持ち出そうとしている。

 

「……これより任務をAランクに移行する。目的は『敵部隊の捕捉』および『流出データの奪還』だ」

 

 俺は即断した。

 

「『尾』はタシさんの指揮下で現場の保存と、里への第一報を頼む。……この村の惨状を、ありのまま報告してくれ」

「了解。……気をつけてね、ヨフネ隊長」

「『眼』と俺は、国境を越えて追跡を行う。……トンボ、ムタ、行けるか?」

「……当たり前だ。サンプル削ってホクホク顔の野郎どもを、逃がすわけにはいかねえ」

 トンボが殺気を滲ませる。

「よし、行くぞ! 全速力だ!」

 

 

 

 

 国境の山岳地帯。俺と『眼』の四名は、音もなく森を駆けていた。相手は痕跡を消すプロだが、急な撤退で綻びが出ている。

 

 そしてこちらには、追跡のスペシャリストであるトンボと、半年間しごき抜いたムタの蟲がいる。

 

「……捕捉しました」

 

 一時間後。国境を超えて数キロの地点。ムタが小声で告げた。インカムなどないが、蟲の羽音が独特の周波数で俺たちの耳に届く。

 

「北北東、距離300。……開けた岩場です。何か作業をしています」

 

 俺たちは木の上に身を潜め、眼下の敵を確認した。山頂に近い、岩場の開けた場所。敵の数は十二名。額当てはない。

 

 中心には、実験データを記したと思われる複数の巻物を整理している指揮官がいる。周囲を固める兵士たちの動きは洗練されており、隙がない。

 

「……どうする、隊長?」

 

 トンボがハンドサインを送ってくる。敵は警戒態勢だ。正面からぶつかれば、データを持って逃げられるか、破壊される可能性がある。俺は指を立て、ハンドサインで近接戦闘の指示を出した。

 

 一ヶ月の訓練で、嫌というほど繰り返した「制圧」の形だ。派手な術はいらない。必要なのは、サイレントキリングだ。

 

「(ムタ、ジャミングだ。聴覚と視覚を潰せ)」

「(トンボ、退路の封鎖)」

「(俺が、中枢を制圧する)」

「(突入まで、3、2、1……)」

 

 俺の指が折られると同時に、世界から音が消えた。

 

 

 

 

「……?」

 

 敵の見張りが違和感に気づき、耳元を押さえた。いつの間にか、周囲の音が聞こえなくなっている。

 ムタの蟲が、敵の周囲に展開し、周辺の音を相殺していたのだ。

 

「――っ!?」

 

 見張りが叫ぼうとした瞬間、黒い霧のような蟲の塊が顔面を覆った。呼吸すら許さない。

 

 その背後から、トンボが音もなく忍び寄る。手にしたワイヤーが敵の首に巻き付き、一切の抵抗を許さずに締め上げる。骨の折れる音さえ、蟲たちが吸収して消していく。

 

「クリア」

 

 トンボが小さく呟き、死体を茂みに引きずり込む。

 同時に、左右に展開した中忍たちも、吹き矢とクナイで外周の敵を次々と無力化していく。

 

 流れるような制圧劇。まるで機械のように、感情を排した作業。敵の防衛ラインは、気づかれることなく剥がされていった。

 

 残るは中央、指揮官とその護衛4名のみ。俺は木の上から、重力に任せて落下した。着地音は風遁で消す。

 

「風遁・真空」

 

 指先から放たれた真空の空間を敵の口元に当てて、静かに窒息させる。敵が倒れる前に、俺はすでに間合いを詰めていた。

 

 懐に入り込み、掌底で顎を砕き、脳を揺らして意識を刈り取る。あまりにも速く、静かな襲撃。指揮官の男が顔を上げ、事態を認識した時には、俺のクナイが彼の喉元に突きつけられていた。

 

「……チェックメイトだ」

 

 俺は冷たく告げた。周囲では、トンボたちがすでに制圧を完了し、油断なく警戒している。完璧な作戦だった。……はずだった。

 

「……ククッ」

 

 喉元に刃を突きつけられながら、指揮官が歪んだ笑みを浮かべた。

 

「……甘いな、木ノ葉」

 

 男の防弾チョッキの下で、何かが赤く発光した。起爆札だ。それも、一枚や二枚ではない。

 

「総員、退避ッ!!」

 

 俺が叫んで飛び下がると同時に、男は躊躇なく自身の胸を叩くと、轟音が岩場を揺るがした。

 

 自爆だ。自身の命と引き換えに、強烈な爆風と煙幕を巻き起こしたのだ。さらに、倒れていた護衛の一人も、最後の力を振り絞って起爆札を作動させる。

 視界が土煙と炎で完全に遮断される。

 

「くっ、撹乱か!」

 

 俺は風遁で煙を払おうとした。だが、その一瞬の隙こそが、奴らの狙いだった。

 

「行けッ!!」

 

 煙の向こうで、別の男の声が響く。生き残っていた敵の一人が、瓦礫の陰から一羽の鷹を空へと放っていた。

 その足には、巻物が握られている。

 

「……報告か!」

 

 鷹は爆風に乗って一気に高度を上げ、雲を目指して急上昇していく。速い。

 

 通常のクナイや手裏剣では届かない距離だ。俺は反射的に右手を構え、チャクラを集中させる。

 

『雷遁・超電磁砲』

 俺の最強の矛なら、あの距離でも確実に撃ち落とせる。鉄球を取り出し、弾き上げ――

 

「待てヨフネッ!!」

 

 横からトンボの鋭い怒号が飛んだ。

 

「その術じゃ、巻物ごと消し飛んじまうぞ!!」

「ッ……!」

 

 俺の指が止まった。そうだ。レールガンの威力は高すぎる。

 直撃させれば、鷹どころか巻物まで消し飛ばし、証拠は完全に失われる。かといって、出力を絞れば速度が落ち、あの鷹には追いつけない。

 

 一瞬の躊躇。それが命取りだった。

 

「チッ、風遁だ!」

 

 俺はレールガンをキャンセルし、印を結び直した。

 

「風遁・真空連波!」

 

 口から吐き出された真空の刃が、空を切り裂いて飛んでいく。乾いた音がして、鷹の尾羽が散った。

 

「ギャッ!」

 

 だが、当たったのは尾羽だけだ。鷹は体勢を立て直し、さらに高く、速く、空の彼方へと上昇していく。

 

「クソッ、届かねぇ!」

 

 あとコンマ一秒、レールガンを躊躇わなければ。

 あるいは、最初から証拠など二の次で撃っていれば。

 鷹は悠々と旋回し、北の空——田の国の奥深くへと消えていった。

 

「……ハハッ……任務、完了だ……」

 

 鷹を放った男が、瓦礫の下で血を吐きながら笑った。

 

「貴様ッ!」

 

 トンボが怒りのままに駆け寄り、男の胸ぐらを掴む。

 

「データは送った……。我々の勝、ちだ……」

「ふざけんな! どこの里だ! 誰の指示だ!」

「……」

 

 男はニヤリと笑い、奥歯を強く噛み締めた。

 ガリッ、という嫌な音が響く。

 

「……誰が言うかよ……」

 

 男の身体が痙攣し、口から黒い泡が溢れ出した。即効性の猛毒だ。制圧したはずの他の敵たちも、意識を取り戻すと同時に次々と自決していく。

 

「やめろ! 吐かせろ!」

 

 俺は医療忍術で解毒を試みるが、毒の回りが速すぎる。脳を破壊し、瞬時に命を奪う特殊な毒だ。次々と動かなくなっていく敵兵たち。

 

「……」

 

 やがて、岩場には再び静寂が戻った。残されたのは、物言わぬ敵の死骸と、爆発の跡だけ。俺たちは、何も得られなかった。

 データは持ち去られ、敵は自決し、村人は全員死んでいた。

 

「……負け、か」

 

 部隊を組んで初めて、俺達は苦い思いを経験することになった。

 

 

 

 

 翌日。木ノ葉の里。火影執務室。

 

 俺はヒルゼン様に報告を行っていた。机の上には、村で採取した木片だけが置かれている。

 

「……生存者はゼロです。敵部隊は全員自決。データは忍鳥によって持ち去られました」

 

 俺は淡々と告げた。悔しさが滲み出ないよう、必死に声を殺して。あの時、レールガンを撃っていれば。いや、撃っていれば証拠ごと消えていた。どちらに転んでも、俺たちの負けだったのだ。

 

「……そうか。ご苦労だった」

 

 ヒルゼン様は沈痛な面持ちで頷いた。俺は木片を指差した。

 

「……三代目。これは、何ですか?」

 

 俺は直球で聞いた。

 

「植物が人を食い、同化する。……これは、初代様の『木遁』の力そのものではないのですか?」

 

 執務室の空気が凍りついた。ヒルゼン様のパイプを持つ手が、ピタリと止まる。その瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿った。

 

「……」

 

 長い沈黙。やがて、ヒルゼン様は静かに木片を机の引き出しにしまった。

 

「……それ以上は口にするな、ヨフネ」

「ですが……!」

「かつて、初代様の力を求めて、里の暗部で極秘裏に実験が行われたことがあった。……だが、それは多くの犠牲を生み、禁忌として封印されたはずじゃ」

 

 ヒルゼン様は窓の外、歴代火影の顔岩を見つめた。

 

「あれは触れてはならぬ闇じゃ。……今回の件は『謎の奇病』および『カルト集団による誘拐』として処理する。他言無用ぞ」

 

 それは、事実上の「捜査打ち切り」命令だった。里の上層部、あるいはダンゾウのような闇が関わっている可能性が高い。これ以上踏み込めば、俺だけでなく部隊全員が消されるかもしれない。

 

「……了解しました」

 

 俺は拳を握りしめ、頭を下げた。証拠がない以上、動くことはできない。今はまだ。

 部屋を出た俺を、トンボが待っていた。

 

「……どうだった?」

「……お察しの通りだ。藪の中さ」

 

 俺は短く答えた。トンボは深く息を吐き、そして俺の肩を叩いた。

 

「……あの時、止めて悪かったな」

 

 トンボがポツリと言った。レールガンのことだ。

 

「いや。お前の判断は正しかった。……撃っていれば、俺たちは何も得られず、ただ破壊しただけになっていただろう」

 

 俺は首を振った。データは消えたが、「何かがあった」という事実は残った。だが、その代償は大きかった。

 

「……帰ろう。みんなが待ってる」

 

 俺たちは廊下を歩き出した。一つの任務は終わった。だが、胸に残る消えない違和感と、何も救えなかったという事実は、俺たちの中に深く刻まれた。

 

 

 

 

 それから、数ヶ月後。

 俺は再び、火影執務室に呼び出されていた。だが、今回の空気は前回とは違った。ヒルゼン様だけではない。上忍班長のシカクや、暗部隊長までもが集まっている。

 部屋に入った瞬間、張り詰めた空気が肌を刺した。

 

「……ヨフネ。来たか」

 

 ヒルゼン様の声は、数ヶ月前よりもさらに老け込んだように掠れていた。

 

「……緊急招集ですか?」

 

 俺が聞くと、ヒルゼン様は一枚の手配書を俺の前に放り投げた。そこには、見慣れた、そして恐れていた男の顔があった。

 

「……大蛇丸が、里を抜けた」

 

 ヒルゼン様は絞り出すように言った。

 

「里内での非人道的な人体実験の事実が露見し、追っ手を殺害して逃亡した。……奴は、抜け忍となった」

 

 俺は手配書を手に取った。冷たい蛇のような瞳が、俺を見つめ返している。

 やはり、そうか。あの『静寂の村』での実験は、奴の仕業だったのだ。そして奴は、あのデータを持ち出し、里の外でさらなる力を手に入れようとしている。

 

 答え合わせは終わった。だが、それは最悪の形での決着だった。

 

「……ヨフネ。お前の部隊に、新たな指令を出す」

 

 ヒルゼン様の目が、鋭い光を取り戻していた。

 

「国境の警備レベルを引き上げろ。……大蛇丸の影を、二度と里に入れるな」

「……御意」

 

 俺は深く頭を下げながら思いを馳せる。あの、忌まわしい実験場で見た景色。これから起こすであろう、悪業の数々。

 そして、第三次忍界大戦中の大蛇丸とのやり取りや指揮について。

 術や戦術を教えてくれた姿。決して善人ではなかったが嫌いではなかったし、尊敬もしていた。

 

 何かが変わっていれば彼は本当に火影となり、里の未来を変えていたかもしれない。そう思わずにはいられなかった。

 

 





 
タシ
原作では猿飛ビワコの弟子で医療忍術に長けた暗部として、クシナの出産に立ち会いナルトの誕生を見届け殺された。
今作ではヨフネの警告により警備が増員されており、生き残った。また名前に関してはタジと表記されている場合もあるが、女性的な名前という事でタシを採用している。
 
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