同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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025.来訪

 

 

 部隊結成から、約三年が過ぎた。俺達は『猟犬部隊』と呼ばれるようになっていた。その名は、今や国境を越えて他国の忍たちにまで轟いていた。

 

 「姿は見えない。だが、牙だけが届く」

 「一度目を付けられたら、どこに逃げても喉笛を食いちぎられる」

 

 そんな風評が、敵の心理を縛る枷となっていた。第三次忍界大戦は事実上の終結を迎え、表向きの平和が訪れているが、それでもなお、国境線での小競り合いは減ることはなかった。

 

 俺達は有名になるにつれ、資金も増えはじめボロボロだった詰所も現在では建て替わっている。また、部隊の規模も拡大しており、順調だった。

 

 

 

 

 雷の国との国境付近。岩場が連なる渓谷地帯。乾いた風が吹き抜ける断崖の上で、俺――うたたねヨフネは、眼下の敵部隊を見下ろしていた。

 

 「……数は二十。雲隠れか」

 

 俺の声は、一年前よりも低く、落ち着いていた。十八歳。身長も伸び、上忍ベストの重みが体に馴染んでいる。

 

 「隊長。敵の前衛が展開しました。……速いですよ。雷遁を纏って身体能力上げている忍が三名混じっています」

 

 インカムから、索敵班『眼』の班長となった飛竹トンボの声が届く。忍界大戦が終わり急速に技術が進んでおり、インカムも広く普及し始めていた。そのため山中家の秘伝忍術に頼らない部隊の運用も可能となっていた。

 

 「了解。……通常射撃だけで全員は無理か」

 

 雲隠れの精鋭は、雷遁で肉体を活性化させることで、神速の移動を可能にする。俺の『超電磁砲』は音速を超えるが、予備動作の光と音で発射の瞬間を読まれれば、達人級には回避される危険性があった。

 

 そして、一度位置が割れれば、その神速で距離を詰められ、接近戦に持ち込まれる。それが、これまでの俺の限界だった。だが、今は違う。

 

 「『脚』、配置につけ」

 

 俺の背後で、三つの影が音もなく動いた。不知火ゲンマ、並足ライドウ、畳イワシ。かつて四代目火影の護衛小隊を務めた、飛雷神の術の使い手たち。彼らもまた猟犬に新たに加入していた。

 

 「へいへい。……ったく、俺たちは便利な運び屋じゃねーんだぞ、隊長」

 

 千本を口の端で転がしながら、ゲンマが軽口を叩く。彼らは俺より年上だし、経験も豊富だ。だが、この一年で俺という指揮官を認め、背中を預けてくれている。

 

 「運び屋じゃない。……俺達の『脚』だ」

 「言うねぇ。……ライドウ、イワシ、準備いいか?」

 「いつでも」

 「マーキング確認。『地点B』、展開済み」

 

 ライドウが黒い刀身の剣を担ぎ直し、イワシが印を結ぶ。俺は雷刀を構え、手にチャクラを集中させる。青白い雷光が収束し、周囲の空気がビリビリと震える。

 

 ──雷遁・超電磁砲

 

 眼下の敵が、俺のチャクラの光に気づいて上を向いた。

 

 「そこだッ! 崖の上だ!」

 「散開しろ! 撃ってくるぞ!」

 

 敵の反応は速い。すでに回避行動に移っている。俺は構わず、鉄球を弾いた。轟音と共に、オレンジ色の閃光が一直線に敵陣へ突き刺さる。

 

 岩盤が砕け散る。だが、粉塵の中から敵の精鋭たちが飛び出してきた。躱された。名が売れ始めてから敵は対策を練って来ていた。

 

 「甘いな木ノ葉ァ! 位置は割れたぞ!」

 

 敵の一人が、全身に雷を纏って崖を駆け上がってくる。その速度は、まさに稲妻。数秒で俺の目の前に到達する距離だ。

 

 「反撃開始だ! 雷遁・雷撃波!」

 

 数十発の雷が、俺の立っていた場所へ一斉に放たれる。崖が崩落し、俺の姿は爆炎と土煙に飲み込まれた。敵が勝利を確信した、その瞬間、俺達は既にそこにはいない。

 

 俺達は、彼らの遥か右側面、数百メートル離れた別の崖の上にいた。

 

 「何が死神だ!大したことはないな!」

 

 敵が慢心し勝鬨を上げているが、その時にはもう、俺は二発目の電磁砲を放っていた。一撃目とは全く異なる角度、真横からの狙撃。回避行動を取っていた敵の予測を完全に裏切る一撃が、雷遁使いの二人を直撃し、上半身を消し飛ばした。

 

 「馬鹿な……! さっきまであそこに……!」

 「次、『地点C』へ」

 「はいよッ!」

 

 俺が合図を出した瞬間、ゲンマたち三人が俺を円陣に囲み、互いに手を結び合わせて『飛雷神陣の術』を発動させる。

 

 視界が一瞬で歪み、切り替わる。浮遊感。空間転移特有の感覚だが、もう慣れた。次に俺が立っていたのは、敵の背後にある森の中だ。

 

 「くそっ、どこだ! どこから撃っている!?」

 

 敵の悲鳴が聞こえる。彼らからすれば、悪夢だろう。一撃目が前方から来たと思ったら、反撃する間もなく右から、そして後ろから射撃されているのだ。

 

 まるで渓谷全体が砲台と化したかのような包囲攻撃。だが実際には、たった一人の射手が、物理法則を無視して座標を変え続けているに過ぎない。射線による位置特定など無意味。

 

 俺は戦場における「座標」という概念から解放された、不可視の砲台だ。

 

 「……エグいねぇ。敵さんはパニック状態だ」

 

 ゲンマが冷ややかな視線を眼下に送る。敵は互いに背中合わせになり、全方位を警戒しているが、恐怖で足が竦んでいる。

 

 「……殲滅する」

 

 俺は無感情に告げ、三発目の弾丸を装填した。

 

 「……終わりだ」

 

 閃光が走る。わずか数分。雲隠れの精鋭部隊は、木ノ葉の忍の姿を一度も捉えることなく、一方的に蹂躙され、全滅した。

 

 これが『猟犬』。個の能力を連携で最大化した力だ。

 

 

 

 

 戦闘後の処理中。俺は、焼けた土の匂いが漂う戦場で、トンボからの報告を受けていた。

 

 「……隊長。気になる獲物がかかりました」

 

 トンボが捕虜を連れてきた。雲隠れの額当てをした男だ。他の死体とは違い、戦闘装備ではなく軽装。戦闘には参加せず、渓谷の裏道を隠れるように移動していたところを『眼』に拘束されたのだ。

 

 「……逃走経路の確認か?」

 

 俺は男を見下ろして聞いた。男は顔を上げ、俺を睨み返した。恐怖はない。むしろ、挑発的な色が浮かんでいる。

 

 「フン……。何の用だ、木ノ葉の『猟犬』」

 

 男は拘束されながらも、不敵に笑った。

 

 「我々はこれから行われる『和平条約』の使者団のために、安全なルートを確認していただけだ。……それを不当に拘束するとは、木ノ葉は平和を望んでいないようだな」

 「……」

 

 俺は眉一つ動かさずに男を観察した。安全確認なら、正規のルートを調べればいい。わざわざ死角となる裏道や、警備の薄い山越えのルートを入念に調べていた痕跡がある。

 

 それに、この男の装備。戦闘用ではないが、長距離の隠密移動に特化している。まるで「誰か」を連れて、速やかに国境を越えるための準備だ。

 

 「……安全なルート、か。まるで『何かを持って逃げる』ためのルートに見えるが」

 

 俺の言葉に、男の眉が一瞬だけピクリと動いた。だが、すぐに嘲笑の形に戻る。

 

 「……妄想が過ぎるな。平和ボケした木ノ葉にはわからんかもしれんが、要人の警護とはあらゆる可能性を考慮するものだ。……さっさと釈放しろ。さもなくば、条約のテーブルがひっくり返るぞ」

 

 男は鼻で笑った。その態度。そしてこの時期。俺の脳裏にある記憶が、静かに、しかし激しく警鐘を鳴らしていた。

 

 (……やはり、来るか。日向の事件)

 

 雲隠れが平和条約の締結を名目に木ノ葉へ入り込み、日向一族の血継限界「白眼」を強奪しようとする事件。

 

 原作での詳細な日時は覚えていない。だが、この空気感、そして雲の焦り。間違いなく、その時は近い。

 

 「……連れて行け。尋問班には渡すな。俺が管理する」

 「了解」

 

 トンボが男を連行していく。俺は北の空――雷の国の方角を見上げた。分厚い雲が、火の国へと流れ込もうとしていた。

 

 

 

 

 数日後。木ノ葉の里、火影執務室。

 

 「……釈放、ですか」

 

 俺は感情を抑えた声で確認した。三代目火影・猿飛ヒルゼンは、パイプを置き、重苦しい表情で頷いた。

 

 「うむ。雲隠れから正式な抗議文が届いた。『使者団の先遣隊を不当に拘束している。即時釈放なき場合、条約締結は見送る』とな」

 

 (……なるほど。本隊を全滅させたとはいえ、後方で待機していた通信兵に捕縛の事実を本国へ伝えられたか、定期連絡が途絶えたことで雲隠れが察知したのだろう)

 

 俺は内心で推測しながら、ヒルゼン様を見つめた。その顔には、深い疲労が刻まれていた。長い戦争の果てに、ようやく掴みかけた平和。それを、たった一人の捕虜のために手放すことへの恐怖。

 

 「……あの男は、正規ルートではなく逃走経路を調べていました。明らかに何らかの工作の前準備です。……今、解放すれば、奴らは図に乗ります」

 「わかっておる」

 

 ヒルゼン様は強い口調で遮った。

 

 「だが、証拠がないのじゃ。……向こうは『警備の下調べ』だと言い張っておる。これを否定する材料が我々にはない」

 「……」

 「ヨフネよ。お前の懸念はもっともだが、今は波風を立てる時ではない。……平和のためには、時に清濁併せ呑む度量も必要なのじゃ」

 

 それは、老いた指導者の悲痛な叫びにも聞こえた。

 清濁併せ呑む。その「濁」の部分を、誰が飲むことになるのか。日向か。それとも、現場の忍たちか。

 

 「……御意。釈放します」

 

 俺は頭を下げた。ここで食い下がっても無駄だ。ヒルゼン様は「何も起こらないこと」に賭けている。だが、俺は今後起きる現実を知っている。

 

 釈放すれば、奴らは確実に動く。ならば、それを利用するまでだ。執務室を出て、廊下を歩く。その時、角の影から一人の老人が現れた。包帯に覆われた右目。杖をつく音。

 志村ダンゾウ。

 

 「……甘いな、ヒルゼンは」

 

 ダンゾウは俺とすれ違いざまに、低い声で呟いた。まるで、俺の内心を見透かしたかのように。

 

 「……ダンゾウ様」

 

 俺は足を止めた。ダンゾウは立ち止まらず、背中を向けたまま語りかける。

 

 「場所を変えるぞ。……お前の『部隊』には、興味がある」

 

 

 

 

 里外れの茶屋。人払いがされた個室。俺とダンゾウは、湯呑みを挟んで対峙していた。

 

 「……単刀直入に言おう。お前の部隊、いや、お前が作った部隊運用のノウハウを寄越せ」

 

 ダンゾウは茶を啜りながら、淡々と言った。

 

 「戦争が無くなった途端に忍の『個』の質は、年々落ちている」

 

 ダンゾウの独眼が、鋭く俺を射抜く。

 

 「大戦で多くの有能な忍が死んだ。これからの時代、カカシやシスイのような天才は稀有な存在となるだろう。……だが、里の防衛に穴を開けるわけにはいかん」

 「……」

 「お前のやり方は、天才に頼らない。凡夫であっても、戦術網に組み込むことで天才を殺せる戦力に変える。……それこそが、これからの木ノ葉に必要な力だ」

 

 効率至上主義。ダンゾウの言葉には、冷徹だが確かな説得力があった。彼は俺の戦力を欲しているのではない。俺の部隊運用のノウハウそのものを欲しているのだ。

 個の弱体化を、連携で補完する。それは俺が目指してきたものでもある。

 

 「そういう意味で、確かに雲など他里は油断ならないとは思っています……今回の雲の動きについては何かご存知ですか?」

 

 俺は話題を変えた。ダンゾウの勧誘に乗るつもりはないが、彼の情報網は無視できない。

 

 「フン……何かを狙っていることは明らかなのにヒルゼンは少々、楽観視し過ぎている」

 

 ダンゾウの声に、私情が混じった。

 

 「掴み取った仮初の平和に何の意味がある。所詮は忍の世。騙し騙されるのが常であろう」

 

 ダンゾウは直接的には言わなかった。だが、彼は自身の管理する暗部『根』を通じて何かしらの情報は得ているのだろう。

 

 もしかすると、雲が日向を狙っていることを、ダンゾウは知っているのかもしれない。だが、それを未然に防ぐ気はない。むしろ、日向が失態を演じ、窮地に陥るのを待っている。

 

 そして、その時に「根」が介入して救えば、日向一族はダンゾウに頭が上がらなくなる。

 

 外交的勝利と、内政的掌握。一石二鳥の策。いかにもダンゾウらしい、効率的で、そして陰湿な二段構えだ。もちろん俺の邪推に過ぎないかもしれないが。

 

 「……ヨフネ。お前は賢い男だ。ヒルゼンのような甘い理想論では、里は守れんことは分かっているはずだ。……私の下に来い。お前の能力があれば、里は盤石となる」

 

 俺は黙って茶を見つめた。ダンゾウの言っていることは、論理的には正しい。

 

 「……お断りします」

 

 俺は顔を上げた。

 

 「……何?」

 「俺の部隊は所詮は実験部隊。検証が取れれば次第に里全体へと広げて行くつもりです。実際、インカムの使用などは広く公表し、他の小隊でも使われるようになりました」

 

 俺は立ち上がった。

 

 「俺の理想は、味方の損害を抑えて、敵を完封することを目的に設計されています。……もちろん今回の雲についても動かさせてもらいます」

 「……小童が。そんな綺麗事が通じると思うか」

 「通じさせますよ。……俺の『猟犬』ならね」

 

 俺は一礼し、部屋を出た。ダンゾウとは手を組めない。だが、彼の雲は何かするつもりだという情報の確度は利用させてもらう。

 

 

 

 

 そして、運命の日。

 雲隠れの使者団が木ノ葉の正門に到着した。舞い散る紙吹雪。笑顔で出迎えるヒルゼン様と、里の人々。その行列の先頭にいる代表者の後ろには、何故か俺も控えていた。

 

 今回、雲からの指名で警護担当となったのは俺達『猟犬部隊』だった。上層部は敵の狙いを測りかねていたが、俺としては敵の狙いが分かっている以上、好都合だ。

 

 使者団はそのまま火影邸に入って行き、顔合わせを行い、具体的な和平交渉は翌日と決まった。

 顔合わせの際、里を見てみたいとの申し出が雲からあり、三代目は重要施設を除いて許可を出した。結果として、俺は使者団の代表を務める大柄な『忍頭』や、他数名の護衛と共に里を散策することになった。

 

 夕暮れ時。俺達は、あえて日向宗家の巨大な屋敷の門前を通りかかった。

 

 「ほう……。これが木ノ葉最強と名高い、日向一族の屋敷か。立派なものだな」

 

 忍頭が、屋敷を値踏みするように見上げながら口を開く。表面上は豪快で親しげだが、その眼の奥は全く笑っていない。隙を探す、食えない男の目だ。

 

 「ええ。今日は我々の案内と日程が被ってしまいましたが、実は日向にとって大切な日なんです」

 

 俺は足取りを緩め、愛想の良い笑みを浮かべて答えた。

 

 「大切な日、とは?」

 「日向一族が初代火影と手を取り合い、この木ノ葉の里に加入した記念日なんですよ。一族にとっては特別な祝祭です」

 「ほう、それはおめでたい。さぞ賑やかに祝うのだろうな」

 

 忍頭の言葉に、俺は肩をすくめてみせた。

 

 「それが、そうでもないんです。大人たちは子供に昔話をして聞かせるんですが……子供が寝静まった夜になってから、ようやく身内での酒盛りが始まるんですよ」

 「ははっ、なるほど」

 「実のところ、大人たちは早く酒盛りがしたいから、子供達に退屈な話を聞かせて、早く寝かせようとしてるだけだと、うちの日向一族の部下が言ってましたよ」

 

 俺の軽口に、後ろを歩いていた雲隠れの部下が「どこも同じだな」と堪えきれずに笑い声を漏らす。忍頭もニヤリと口角を上げた。

 

 「いつだって大人は酒を飲みたいものですからな。……おっと、ヨフネ殿はまだでしたかな?」

 「ええ、俺は十八ですよ」

 「いやはや、驚いた。その若さで他国にまで名が知られているとは、羨ましい限りだ。さぞや里でもモテるのだろう?」

 「良いことばかりじゃありませんよ。同年代には怖がられて普通の子は寄ってこないし、寄ってくる子は『猟犬の隊長』という肩書しか見てませんから」

 

 俺が自嘲気味にため息をつくと、忍頭は豪快に腹を抱えて笑った。

 

 「ははははっ! さしもの『死神』も、女の子には困っているというわけか!」

 

 (……ああ、この当たり障りのない会話。前世を思い出すな)

 

 俺は心の中で冷たく独りごちながら、相手の愛想笑いに合わせて笑い返した。

 

 「子供が寝静まる深夜」「大人たちは酒盛りで酔っている」

 俺がわざと撒いた『今夜は警備が手薄になる』という極上の餌を、この食えない男が食いついてくれるといいのだが。

 

 (まあいい。……今のうちだけ、笑ってろ)

 

 俺の眼の奥にある殺意に気づくことなく、忍頭は満足げに日向の屋敷を一瞥し、歩き出した。

 

 狩りの準備は、整った。

 

 





 
猟犬に新たに十六名(1中隊分)が加入
不知火ゲンマ、並足ライドウ、畳イワシ、みたらしアンコ、山城アオバ、神月イズモ、はがねコテツ、日向トクマ、棘糸テッセン、柳陰コカゲなど
 
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