雲隠れの使者団が木ノ葉の門をくぐる、数日前のこと。
日が沈み、深い夜の闇に包まれた日向宗家の屋敷。その厳格な和室の中で、日向ヒアシは上座から俺と日向ホヘトを見下ろしていた。
「ホヘトよ。お前の『猟犬』での活躍は私の耳にも入っている。これからも精進すると良い」
ヒアシの声には、確かな労いと誇りが混じっていた。ホヘトは深く頭を下げる。
「もったいなきお言葉です。……本日はヒアシ様に、さらなる日向の功績となるご提案があり、参上いたしました」
「ほう。申してみよ」
ホヘトは顔を上げ、静かに、しかし明確に事実を告げた。
「数日後に来訪する雲隠れの使者団ですが……彼らは和平交渉の裏で、ヒナタ様を誘拐する手筈を整えている可能性が極めて高いと推測しております」
「……何だと?」
ヒアシの纏う空気が一変した。怒りと共に白眼の周囲に青筋が浮かび上がり、室内の温度が急激に下がったかのような錯覚を覚える。
「猟犬の『眼』が、雲の先遣隊が里の警備網の死角を入念に調べていたことを確認済みです。問題は彼らの目的です。情報の奪取か、要人の暗殺か、あるいは人質か。……我々の分析では、そのどれでもありません。奴らの最大の目的は『白眼』そのものの強奪です」
ホヘトは冷徹な分析官としての顔で言葉を続ける。
「では、彼らは誰を狙うか。分家の人間を殺害して眼球を抉り取ろうとしても無駄です。『籠の中の鳥』の呪印が発動し、死と共に白眼は完全に破壊されるからです。……となれば、奴らが狙うのは必然的に、呪印を持たない『宗家』の人間となります」
「……」
「宗家の中で、最も警備を掻き潜って連れ去りやすい、抵抗力のない存在。それは当主であるヒアシ様ではなく……幼きご令嬢、ヒナタ様をおいて他にありません」
論理的な推論の果てに提示された最悪の結論。ヒアシはギリッと奥歯を噛み鳴らした。
「……我が誇り高き日向の敷地に泥棒が入るというのか。ふざけるな。何者であれ、日向の門を跨ぐ不届き者はこの手で排除する」
「お待ちください。彼らは『平和条約の使者』という盾を持っています。もしヒアシ様が侵入者をその手で殺せば、雲隠れは図々しく騒ぎ立てるでしょう。失敗しても、犯人の引き渡しを突きつける。それが奴らの真の狙いです」
ホヘトは床に額を擦りつけた。
「ですから、我々の方から『隙』を作ります。……使者団に対し、『当日は一族の重要な集まりがあり、深夜は大人たちが酒盛りに興じている』という偽の情報を流し、彼らを誘い込むのです」
「……わざと泥棒を招き入れろと言うのか」
「はい。そして彼らを、誰の目にも明らかな『現行犯』として生け捕りにします。そうすれば、木ノ葉は今後の外交において圧倒的な優位に立つことができます。どうか、このホヘトに指揮をお任せください」
ヒアシは鋭い眼光で俺とホヘトを交互に見据え、数秒の沈黙の後、深く息を吐いた。
「まだ憶測に過ぎぬ状況ではないか?」
「おっしゃる通りです。ですが、そのまま何もせずにおいて良い状況でもないと思われます。それに、ダンゾウ様も雲が何か企んでいることは掴んでいる様子でした。詳しくは聞き出せませんでしたが」
ダンゾウの名前を俺が出すと、ヒアシの表情に一瞬の反応があった。
「備えは必要……か。よかろう、お前達に任せる。だが、娘に指一本でも触れさせれば、容赦はせんぞ」
*
そして数日後、雲隠れの使者団が到着した。
顔合わせの後の里の案内中、俺はホヘトの作戦通り、使者団の代表である『忍頭』に対し、「今夜は日向の集まりがあり、大人は皆酒を飲んで寝静まる」という嘘を落とした。
忍頭の眼の奥が、獲物を見つけた獣のように卑しく光ったのを俺は見逃さなかった。
翌日。火影邸の会議室にて、本格的な和平交渉が執り行われた。円卓を挟んで、三代目火影・猿飛ヒルゼンと雲隠れの忍頭が対峙する。俺は護衛として、部屋の隅で静かに戦況を俯瞰していた。
交渉の条件自体は、極めて真っ当で普通のものだった。
第一に、大戦中に捕らえられた双方の『捕虜の交換』。これを行わないことには、国内の不満を抑えての和平はあり得ない。
第二に、国境付近における『非武装地帯』の設定。互いの軍事境界線を明確にし、一定距離内の忍の侵入を固く禁じるという約束だ。
第三に、大国の緩衝地帯となっている小国――『林の国』と『霜の国』における任務領域の分割。雲隠れは霜の国から、木ノ葉は林の国から優先的に任務を受注し、互いの縄張りを荒らさないことで不必要な武力衝突を避けるという取り決めである。
「前回の大戦では、我が雲と木ノ葉の間でも幾度か衝突はありましたが……戦局を決定付けるような大規模な戦闘には至りませんでした。あのまま泥沼化していれば、互いにどれほどの血が流れたか分かりませんな」
忍頭が、さも平和を愛する者のような顔を作って大仰に頷く。
確かに、木ノ葉と雲隠れの間では、岩隠れや砂隠れとのような決定的な死闘は少なかった。だからこそ、互いの戦力を削り切る前に、この和平で「なあなあ」のまま手打ちにしてしまおうというのが、今回の会談の表向きの趣旨だ。
「左様。この条件で概ね合意といたそう。あとは各一族から出された細かい要望を詰める作業になるが……それは明日以降に回すとしようか」
「ええ、異存はございません。火影殿の寛大なご処置に感謝いたします」
忍頭が恭しく頭を下げる。
俺は無表情のまま、その光景を眺めていた。あの男は今夜、木ノ葉最強の「白眼」を手に入れて本国へ持ち帰る。己の勝利を疑っていない。
(……存分に酔いしれておけ。お前の仕事は、今夜の舞台に上がるまでだ)
*
その日の深夜。
雲が月を隠し、日向屋敷の廊下は墨を流したような暗闇に沈んでいた。
(……木ノ葉の警備など、この程度か。あの『猟犬』の小僧が言っていた通り、見張りの数も極端に少ない。平和ボケも極まっているな)
雲隠れの忍頭は、足音一つ立てずに廊下を進みながら、覆面の下で冷笑を浮かべていた。感知されにくくなる認識阻害の装束を纏い、彼は迷うことなくヒナタの寝室へとたどり着いた。
襖を音もなく開ける。暗闇の中、小さな布団の膨らみが規則正しく上下しているのが見えた。
(宗家の直系……極上の白眼だ。これで雲隠れの戦力は飛躍的に向上する。もし見つかったとしても、使者である私を殺せば戦争だ。奴らに手出しはできん)
己の完全勝利を疑わず、忍頭は布団の中の小さな影に手を伸ばした。だが、その手が「それ」を抱き上げた瞬間。
小さな煙の音と共に、抱き上げていたはずの「ヒナタの体」が、一枚の冷たい和紙へと姿を変えた。
(……なっ!? 変わり身……いや、起爆札か!?)
プロとしての反射神経で後方へ飛び退こうとした忍頭の思考は、次の瞬間、どろりとした泥の中に沈み込んだように停止した。
接触を起動条件とする、幻術。
ただ視覚や聴覚を奪うような生ぬるいものではない。脳髄から脊髄へ向かう運動神経の信号を完全に遮断し、肉体を石のように固まらせる拘束特化の幻術だ。
(動け、ない……!? ば、馬鹿な! 舌が……舌が噛み切れん! 奥歯の毒が……!)
証拠隠滅のための自決すら許されない。己の肉体が完全にコントロールを失い、木偶人形と化した絶望。忍頭の眼球だけが、恐怖に見開かれたままギョロギョロと動く。
同時に、部屋の四方の壁が波打つように変形し、格子となった。『脚』を担う奈良ダエンの土遁による、牢獄。
パチッ、と。部屋に明かりが灯る。
密室と化した部屋の隅に、俺、ヒアシ、そしてホヘトが立っていた。
「……対象の無力化、および現行犯での捕縛を完了しました」
ホヘトが、身動き一つできない忍頭を見下ろして冷徹に告げる。
原作で発生した悲劇の一つはこうして呆気なく防がれた。
*
翌朝。再び開かれた火影邸の会議室。
縛り上げられ、猿轡を噛まされた忍頭を前に、雲隠れの使者団は立ち上がり、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「我々の忍頭を不当に拘束しおって! 昨日の和平の内容を無下にする気か! これは雷影に対する明確な侮辱だ!」
使者の一人が机を強く叩く。ヒルゼン様はパイプを置き、静かに口を開いた。
「落ち着かれよ。彼は昨夜、日向の屋敷に不法侵入し、令嬢を誘拐しようとしたところを捕らえられたのじゃ。これは明白な事実だ」
「ふざけるな! 証拠があるのか! どうせお前たちが幻術で操り、罪を捏造したのだろう!」
彼らは「被害者」の立場を意地でも崩さないつもりだ。俺は三代目の横に立ち、淡々と彼らの逃げ道を塞ぎにかかった。
「捏造かどうかは、山中一族の『心伝身の術』で精神探求を行えば一発で証明できますよ。すぐに山中いのいち殿を呼びましょう」
「……っ! 他国の忍に、我が国の要人の脳を覗かせろというのか! 断る!」
「そうですか。ではお帰り頂いても結構ですよ?貴方達が帰る頃には、我々は砂隠れの里や岩隠れの里などに通知するだけです。雲は和平など望んでいない、再び影を失うことになっても戦うつもりだと」
俺の言葉に、喚いていた使者の顔からスッと血の気が引いた。
「平和協定の使者を隠れ蓑にして騙し討ちをするような卑劣な国と、今後まともな国交を結ぶ国があるでしょうか。……国際的な信用は地に落ち、雲隠れは孤立する。それでも、シラを切り通すつもりですか?」
俺の淡々とした提示に、使者の顔からスッと血の気が引いた。だが、彼らも大国の意地がある。
「だ、黙れ若造が! ならば交渉は決裂だ! 我が雲隠れの武力をもって、木ノ葉に宣戦布告する! 後悔するのは貴様らの方だぞ!」
部屋の空気が凍りついた。使者団の威嚇。一介の部隊長である俺がこれ以上踏み込める領域ではない。
俺が一歩後ろへ下がった、その時だった。
「……戦争、じゃと?」
部屋の空気が、物理的な重さを持って圧しかかってきた。三代目火影・猿飛ヒルゼンが放つ、歴戦の影としての途轍もない殺気だった。
「若造相手に威勢が良いのは結構だが……儂の前で、容易く戦争を口にするな」
ヒルゼン様は低く、地を這うような声で使者団を睨みつけた。威圧感に当てられ、使者たちの膝が震えるのが分かる。
「お前たちの兵站の限界など、我が里の『猟犬』がとうに調べ上げておるわ。霜の国を経由する補給ルートは豪雪で塞がり、この時期の海路も荒れて使い物にならん。新たな雷影が就任したばかりの今の雲隠れに、長引く戦争を維持する力などあるまい」
俺が事前に提出した報告書の内容を、ヒルゼン様はまるで己の眼で見てきたかのように冷酷に突きつけた。
「今、戦争を始めれば、前線にいるお前たちの部隊は数週間で飢えて全滅する。……それでも戦を望むと言うのなら、木ノ葉はいつでも受けて立つぞ」
完璧な論破と、圧倒的な力の誇示。軍事的な事実と影の威圧で殴り倒された使者たちは、返す言葉を失い、わななきながら座り込んだ。
完全に心が折れたことを確認すると、ヒルゼン様はフッと殺気を収め、いつもの温厚な、しかし底知れない老人の顔に戻った。
「……だが、儂もこれ以上の血は流したくない。この件は『忍頭の夜歩きによる、些細な行き違い』として不問に付してやろう」
張り詰めていた糸が切れ、使者団が屈辱を噛み殺しながら安堵の息を漏らす。ヒルゼン様は、すかさず一枚の書類を彼らの前に滑らせた。
「その代わり、昨日合意した『木ノ葉に一切の不利益がない対等な条約書』に、各一族の細かい条件など抜きにして、今すぐサインをしてもらおう。……全権委任を受けているお前たちなら、今すぐここで決断できるはずじゃな?」
逃げ道を完全に断たれた上での、強制。雲隠れの使者たちは震える手で筆を執り、サインをするしかなかった。
俺が用意した情報を使い、ヒルゼン様が老獪にチェックメイトをかける。外交的優位の完全な粉砕。木ノ葉の圧勝だった。
会議が終わり、俺が火影邸の廊下を歩いていると、角の影から杖をつく音が聞こえた。志村ダンゾウだ。
「……ヒルゼンめ。若造の用意した札を使って、随分と強引な駆け引きをしおったな」
ダンゾウは俺とすれ違いざまに、低い声で忠告した。
「相手が証拠隠滅のために自爆していれば、あるいは幻術を破っていれば、交渉の主導権は一気に雲へ傾いていた。……若気の至りで綱渡りをするな。闇の仕事は、確実に息の根を止めるのが定石だ」
「ご忠告痛み入ります。ですが、俺の『猟犬』は綱渡りなどしません。自爆すら許さない完璧な牢獄を用意して、火影様に献上する。……それが、これからの木ノ葉に必要な力でしょう?」
ダンゾウは小さく鼻を鳴らした。その独眼には、俺の徹底した論理武装と、それを火影に利用させる組織的采配への、僅かばかりの評価が混じっているように見えた。彼はそれ以上何も言わずに闇の中へ消えていった。
*
事件の日の午後。日向屋敷の一室。
俺とホヘトは、ヒアシ、そして彼の双子の弟であるヒザシと向かい合って座っていた。
「ヨフネ殿、そしてホヘト。この度は世話になった。貴殿らの忠告と策のおかげで娘は助かり、外交においても日向の評価は揺るぎないものとなった。心から感謝する」
ヒアシが軽く頭を下げる。
「無警戒であれば、どうなっていたことか……」
「……もし兄上が奴をその手で殺してしまっていたら、雲はそれを口実に難癖をつけ、分家である私が身代わりとして差し出される事態になっていたかもしれない」
ヒアシの安堵の言葉に、隣に座るヒザシが自嘲気味にこぼした。それが、原作で起きたはずの忌まわしき悲劇の正体だった。ヒアシは痛ましそうに弟を一瞥し、そしてホヘトに向き直った。
「ホヘトよ。分家でありながら、見事な采配であった。……何か望みはあるか。私にできることであれば、最大限叶えよう」
ヒアシの問いかけに、ホヘトは居住まいを正した。
「……では、お言葉に甘えまして。一つ、日向の未来に関わるご提案がございます」
ホヘトは懐から一つの巻物を取り出し、二人の前に差し出した。
「実はこの二年間、ヨフネ隊長と共に、ある一族の協力を得て呪印の解析と改良を行っていました」
ホヘトが語り始める。葛城山に匿っている土蜘蛛一族。彼ら呪印の専門家の知識を借り、俺たちは「籠の中の鳥」の術式を根本から見直していた。
ホヘトは手元の巻物を広げ、複雑な術式構造を指差しながら説明を続ける。
「ヒアシ様、古い呪印の術式には致命的な『無駄』が存在します。旧式の術式は、その容量の約四割を『宗家が印を結んで分家の脳神経を直接刺激する』という遠隔操作機能に割いていました。そのため、『白眼を封印する』という本来の保護機能が脆弱になり、敵に眼球だけを摘出されて持ち去られる危険性が残されていたのです」
「……前回の大戦時に分家の者で生きて眼を奪われた者がおったな」
「はい。そこで、土蜘蛛一族の技術を応用し、術式の構成を組み替えました」
ホヘトの言葉を継ぐように、俺が口を開いた。
「新しい術式は、白眼が眼窩から物理的に摘出された瞬間に自動で全起動し、持主の命と引き換えに眼球の細胞組織を完全に破壊します。……つまり、白眼の保護という一点においてのみ、今の呪印よりも遥かに強固で絶対的な縛りとなります」
「なるほど……それが本当なら、里外での任務における眼の流出の危険は大幅に減る」
ヒアシが目を見開く。だが、俺は冷静に現実を突きつけた。
「ただし、代償は持主の死の他にもあります。新しい術式は、白眼の保護という機能に『術式の容量の百パーセント』を使い切るため、他の機能を組み込む余白が一切なくなりました」
俺はヒアシを真っ直ぐに見据えた。
「つまり、宗家が印を結び、分家を遠隔で罰する『懲罰機能』。これを維持することは、技術的に不可能です」
部屋の空気が張り詰めた。それはつまり、呪印を盾にした宗家による分家の絶対的な支配構造が、崩壊することを意味する。
「分家は、白眼と日向の誇りのために喜んで命を懸けます」
ホヘトが、静かに、しかし力強く言った。
「ですが、宗家の恐怖に縛られながら生きるのは、もう終わりにしたいのです。……どうか、新しい呪印の採用をご検討ください」
長い、長い沈黙が降りた。
ヒアシは目を閉じ、何かを噛み締めるように拳を握り込んでいた。長年の因習。宗家としての権力。だが、目の前のホヘトがこれまで上げてきた功績、白眼流出を完全に防ぐという利点は、当主の心を動かすに十分な説得力を持っていた。
「……すぐには決められん。これは、日向の根幹に関わる問題だ」
ヒアシが目を開き、ホヘトを見た。その目は、迷いを振り切った力強い光を帯びていた。
「後日、宗家と分家の重鎮を皆集めろ。そこでお前からもう一度、皆に話すのだ。お前の口から、この新しい術式の意義と、日向の未来を語れ」
「ヒアシ様……」
「……案ずるな。当主として、私はお前の提案に反対はしない。背中は押してやる」
その言葉に、ホヘトが深く頭を下げる。
そして俺の視界の端で、肩を震わせて音もなく泣いているのが見えた。
ヒザシの息子、ネジ。あいつが鳥籠の中で憎しみを抱え、運命を呪いながら生きる悲劇は、これで完全に回避されたはずだ。俺は心の奥底に静かな満足感を抱えながら、その光景を見守った。
*
数日後。火の国と雷の国の国境付近にある、木ノ葉の監視拠点。
締結された平和条約の合意書を雲隠れ本国へ即座に送り、忍頭の身柄を引き取るため、雷影の使者が訪れていた。
「……確認いたしました。確かに、火影様の署名と、我が方の全権の署名が入った合意書の原本です」
褐色の肌に銀色の髪。切れ長の目をした十五歳前後の若き女性。彼女は感情を一切表に出さず、冷徹な手つきで巻物を広げた。印を結ぶと、巻物を光の柱で包み込んだ。
「『天送の術』」
物質を光の速度で転送する、雲隠れの秘術。凄まじい発光と共に、木ノ葉に圧倒的有利な条件で結ばれた合意書が一瞬にして虚空へと消え去った。
(あの術……間違いない。のちの雷影の秘書官となる、マブイだ。)
俺は転生者としての知識と目の前の光景を一致させ、思わず彼女の顔をマジマジと見つめてしまった。
(今の十五歳くらいのままでも十分に整った顔立ちの美少女だが……大人になったら、原作通りのあんな美女になるのか……)
つい無遠慮な視線をじっと送ってしまった俺の背後で、トンボやゲンマたちがヒソヒソと下世話な囁き合いをしているのが聞こえた。
「……おい、見たかよ」
「ああ。隊長があんなに女をガン見するなんて珍しいな」
「まさかの一目惚れか? 死神にも春が来たってか」
その声は、当然マブイの耳にも届いていた。
「……」
普段は感情を見せないはずのマブイが、少し居心地が悪そうに視線を彷徨わせ、耳の先を微かに赤く染めて咳払いをした。
「……な、何か私の顔についていますか、木ノ葉の『猟犬』の隊長殿」
「あ、いや。ただ気になっただけです(術が)」
「きっ……!? な、何を急に……!」
マブイが顔を真っ赤にして後ずさる。
「……おいおい、どストレートだぜ隊長」
「死神の口説き文句、恐るべしだな」
後ろのバカ共がさらにニヤニヤと笑う。俺はしまったと思い、慌てて手を振った。
「いや、違います! そういう意味じゃなくて、(術が)将来有望だなという将来性の話で……!」
俺の言い訳は、かえって痛々しく響いただけだった。マブイは恥ずかしさと怒りが混じったような目で俺をキッと睨みつけると、引き渡された忍頭を乱暴に引っ立てた。
「……木ノ葉の猟犬の恐ろしさ。雷影様にも、しかと報告させていただきます!」
「ですから、誤解ですって……」
足早に去っていくマブイの背中を見送りながら、俺は深くため息をついた。
第三次忍界大戦の完全な終結と、日向の長きにわたる呪縛からの解放。その二つの巨大な歴史の転換点は、こんな間の抜けた空気の中で、静かに幕を下ろしたのだった。
忍界歴51年
白眼強奪未遂事件
雲隠れの忍が深夜に日向一族の屋敷に侵入し、日向ヒナタ(三歳)を誘拐しようした。
ヒルゼン(59)、綱手(42)、カカシ(18)