同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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027.救国

 

 

 波の国、北東沖合。

 海流が複雑に絡み合う岩礁地帯の中心に、海賊「黒潮組」の海上要塞がそびえ立っていた。かつて霧隠れの抜け忍たちが建造したその要塞は、防壁に鉄板を張り巡らせ、四方に大型弩砲を備えた、小国にとっては文字通り難攻不落の城である。

 

「……ホヘト、目標の座標は」

「要塞の最上部、天守閣。防衛手薄、上空に結界なし。……真上からの強襲が最短です」

 

 濃霧の海を滑る小舟の上で、俺――うたたねヨフネはインカムのスイッチを切り替えた。

 午前二時。視界は最悪だが、2キロ離れた位置から『白眼』が捉えた情報が、俺の脳内で完璧な三次元マップを構築している。

 

「シトウ、配置につけ」

「了解ッ! ゲンマの旦那、頼むぜ!」

 

 通信機越しに、秋道シトウのくぐもった声が響く。

 次の瞬間、不知火ゲンマら『爪』の時空間忍術によって、要塞の上空に打ち上げられたクナイの元へシトウの巨体が転送された。

 

「……超倍化の術ッ!」

 

 空中で展開された圧倒的な質量。数トンに及ぶ巨大な肉弾が、重力加速度を伴って要塞の中枢へと落下する。

 

 防御も何もない。純粋な物理法則による蹂躙。

 轟音と共に要塞の天守閣が圧殺され、木材と鉄骨が砕け散る音が海鳴りを完全に呑み込んだ。

 

「指揮系統の壊滅を確認。残存兵力、下層の火薬庫付近に密集」

「……掃討する。ゲンマ、シトウを回収して戻って来い」

 

 俺は懐から一枚の弾丸を取り出して、右手に高密度のチャクラを収束させ、電磁推進力へと変換する。

 

――雷遁・超電磁砲

 

 オレンジ色の閃光が、水平線の彼方から海面スレスレを飛び、要塞の下層を正確に貫通した。

 直後、内部の火薬が連鎖的な誘爆を起こす。暗闇の海に巨大な火柱が上がり、海賊たちの怒号は瞬く間に悲鳴へと変わり、そして消えた。

 

 作戦開始からわずか四分。俺たち『猟犬』の戦術に、忍同士のロマンや感情の入る隙間はなかった。

 

 

 

 

 東の空が白み始める頃、俺たちは波の国の港へと帰還した。海風にはまだ、微かに火薬の匂いが混じっている。俺たちの帰りを待っていたのか、港には不安げな顔をした村人たちが群れをなしていた。

 

 小舟から、縛り上げた黒潮組の幹部たちを引きずり下ろす。沖合で燃え落ちる要塞の残骸と、捕らえられた海賊の姿を視認した瞬間、港の空気は一変した。

 

 住民たちは怯えるどころか、狂ったような歓声を上げたのだ。

 

「すげえ! 木ノ葉の忍だ! あいつらを全滅させちまった!」

「これで海に出られる! 助かった、俺たちは助かったんだ!」

 

 俺たちの装束に触れようと群がる彼らの目に宿っているのは、純粋な感謝ではない。

 それは「圧倒的な暴力」という名の新しい庇護者を見つけた、寄生虫のような『依存』と『狂騒』だった。自力で戦うことをとうに放棄した者たちの、醜くも生々しい熱狂。

 

 その歓喜の輪が、突如として海が割れるように道を開けた。

 

「……素晴らしい。木ノ葉の皆様の有能さは聞き及んでおりましたが、これほどとは」

 

 一台の豪奢な馬車の扉が開き、一人の男が降り立った。仕立ての良いスリーピースのスーツ。手入れされた髪と、穏やかで知的な微笑み。ガトー海運の社長、ガトー。

 

 (……こいつが、ガトーか)

 

 俺は内心で舌を巻いた。原作の記憶にあるような、分かりやすい成金趣味の小悪党ではない。声のトーンから視線の配り方、微かな息遣いに至るまで、完璧な「善意の商人」の振る舞いだった。

 

「あの海賊どものせいで、我々のような真っ当な商人も物流を阻害され、多大な損害を被っておりました」

 

 ガトーは胸に手を当て、深く頭を下げた。

 

「私兵を出せずに悔やんでおりましたが、皆様には感謝しかありません。……これは私からの、ささやかなお礼です。波の国の皆様の治療と、今夜の宴にお使いください」

 

 ガトーの部下たちが、白木の箱を開ける。中には高価な医療物資と、豪勢な食材や酒がたっぷりと詰まっていた。

 住民たちから「おおっ」と感嘆の声が漏れ、「ガトーさん、万歳!」という歓声が上がる。

 

「ご厚意に感謝する、ガトー社長。これで海路は安定する。あんたの商売も、やりやすくなるはずだ」

 

 俺は表情を微塵も動かさず、差し出された手を握り返した。

 

「ええ。木ノ葉の皆様のおかげです」

 

 ガトーは微笑んだ。その瞳の奥底に、この国をいずれ独占し、骨の髄まで啜り尽くそうとする「怪物」の冷たい欲望が渦巻いているのを、俺は見逃さなかった。

 

 

 

 

 ガトーが去った後、港は彼が置いていった物資の分配で蜂の巣をつついたような騒ぎになった。その喧騒を背に、俺たちは橋づくりの名人であるタズナの家へと席を移した。午後の気怠い陽射しが、板張りの床に長い影を落としている。

 

「いやあ、本当に助かった! これで平和になる!」

 

 タズナがさっそくガトーの酒を呷りながら、上機嫌で笑う。その背後には、村の男たちが何人も集まっていた。

 

「なあ、木ノ葉の兄ちゃんたち。ついでと言っちゃあなんだが、北の山にいる山賊と、西の街道を荒らしてる野盗も退治してくれねえか? あんたらの力なら一瞬だろ?」

 

 男たちが無邪気に同調する。俺は手に持っていた茶碗を静かに置き、冷徹な声で告げた。

 

「断る」

 

 部屋の空気が凍りついた。

 

「山賊の討伐はCランク任務、野盗の規模によってはBランクだ。規定料金として最低でも15万両。前払いで用意できるなら、里に書類を通す」

「なっ……なんだよその冷たい言い草は!」

 

 一人の男が立ち上がり、声を荒げた。

 

「あんたら強いんだから、ついでにやってくれたっていいじゃねえか! ガトーさんを見ろよ、俺たちに無償で物資をくれたんだぞ! ガトーさんみたいに善良な人もいるのに、大国の忍は金がなきゃ動かねえのか!」

「おい、やめろ! それを忍の皆さんに押し付けるのは間違いだ!」

 

 怒声を遮ったのは、部屋の隅に座っていた浅黒い肌の若者だった。カイザ。まだこの国で「英雄」と呼ばれる前の、ただの血気盛んな漁師の青年だ。カイザは立ち上がり、俺を真っ直ぐに見据えた。

 

「……なぁ、あんた。俺たちは今後どうしたらいいと思う?」

「今後とは?」

 

 周りはさっきまでの喧騒が嘘のように静まっていた。みんながカイザと俺の会話を見守っていた。

 

「俺達も分かってはいるんだ。今回みたいに金を貯めて木ノ葉に依頼を出して、海賊を退治してもらうだけじゃこの国は良くならないってことくらい。波の国とは言っているがすでに大名達も逃げ出し、この島はでっかい村みたいなもんだ。俺達が生きて行くためにはどうしたら良い?」

「それを、一介の忍である俺に聞くのか?」

 

 俺は冷たく応じた。

 

「はっきりと言ってくれる、あんたの意見が聞きたいんだ」

 

 カイザの目には、すがりつくような弱さと、現状を打破したいという乾いた渇望が混じっている。

 

「……あんたたちは、この国をどうしたい?」

「ただ、普通に暮らしたいだけだ。家族と笑って、飯が食えればそれでいい」

「強欲だな。自分たちの手は汚さず、普通を求めるのは」

 

 俺の言葉に、カイザが息を呑んだ。

 

「どういうことだ……!」

「この国について、まるで理解していないということだ」

 

 俺は卓上に地図を広げ、指を這わせた。

 

「この国は西に火の国、東に水の国がある。そして海路を北に抜けりゃ、すぐ雷の国だ。三大国に完全に包囲されている」

「そんなことは分かってる!」

「分かってないんだよ。もしこの国を、火の国が直接管理してしまえばどうなる? まだ第三次忍界大戦が終わって数年だ。ここが各国の緩衝地帯から『火の国の領土』になった瞬間、霧も雲も黙っていない。すぐにここが代理戦争の最前線になる」

 

 俺はタズナたちを順番に見据えた。

 

「だから、渦の国が滅びた後、この国の大名は逃げたんだ。自国が戦場になるリスクから目を背け、国を捨てた。その結果、小悪党どもがのさばる今の無法地帯ができあがった。……その歴史のツケを、あんたたちは何も分かっていない」

 

 沈黙が落ちた。誰一人として、反論できる者はいなかった。自分たちが直面している貧困が、単なる海賊のせいではなく、世界構造の歪みそのものであるという事実。

 

「……なら、どうすればいいか、テメェに分かるのかよ!」

 

 一人の男が、泣きそうな顔で叫んだ。

 

「偉そうなことばかり言いやがって……じゃあ、俺たちはどうやって生きていけばいいんだ!」

「すぐにどうこうはできない」

 

 俺は一切の同情を排して言い放った。

 

「だが、今の子供達が大きくなる頃には、あんたらの言う『普通』の生活ができるようにしてやれるかもしれない。……大人達は、泥を啜って苦労することになるがな」

 

 静寂。

 カイザが、深く息を吐いた。その瞳から迷いが消え、ある種の覚悟が宿っていた。

 

「……子供達の未来のためなら、俺はそれでいい」

 

 カイザの言葉に、タズナが、そして他の男たちも、重々しく頷いた。

 

「それはこの島の総意と受け取って良いのか?」

「ここにいるみんなはそれぞれの集落の代表だ。そう受け取ってもらって構わない。やるやらないは別だが、話して欲しい」

 

 俺はカイザの言葉に頷く周りの男達を改めて見渡し、この任務を受けた時から考えていたことを話す。

 

「よし。なら、まずあんたたちがやるべきことを教える」

 

 俺は地図の波の国を指で叩いた。

 

「この港を、どこの荷でも受け入れる『訳ありの港』にしろ」

「訳ありの荷……?」

「出所は一切問うな。その代わり、誰が何を買ったか、何を運んだか……絶対に喋るな。秘密を漏らした者は死罪とする掟を作れ」

 

 男たちがざわめく。

 

「そんなグレーな商売……木ノ葉が許すのか?」

「木ノ葉は許すさ」

 

 俺は鼻で笑った。

 

「第三次大戦が終わって約十年、どこの国も正規のルートじゃ捌けない『横流し品』や『略奪品』を持て余してる。それを換金できる場所が欲しいはずだ。三大国は互いに疑心暗鬼になっている。ここが『他国に知られずに物資を買いつけられる窓口』になれば、各国は利便性ゆえにこの島を潰せなくなる」

 

 俺はタズナに視線を向けた。

 

「それと、今後のために自治体制を整えろ。誰が代表なのか、責任の所在をはっきりさせておけ。ガトーや他の商人の金も、その自治の枠組みの中でインフラ整備に使わせてもらえ。奴に主導権を握らせるな」

 

 自治権の確立。これが、ガトーを殺さずに無力化し、大国の軍事介入を防ぐ第一のステップ。

 興味を持ったカイザたちは、俺の提案について話し合い、翌日もっと詳しく教えて欲しいとやってきた。

 

 俺は今やるべきこと、これからのこと、何を目指すのか、これらを改めて提示し、彼らの意思を受け取って里へと戻ることとなった。

 

 

 

 

 波の国での数日間の任務を終え、俺たちは海を渡り、火の国の深い森を駆け抜けた。潮の匂いが土と木の葉の匂いに変わる頃、木ノ葉隠れの里の巨大な門が見えてくる。

 

 里へ帰還するや否や、俺は三代目火影・猿飛ヒルゼンの元へと向かい、一冊の報告書『波の国物流管理案』を提出した。

 

「……ヨフネ。波の国に、秘密主義のグレーな市場を作らせるじゃと? それがどう木ノ葉の利益に繋がるというのだ」

 

 ヒルゼン様は、眉間に深い皺を寄せて報告書を睨みつけていた。現場の人間には言えなかった「裏の目的」を、俺は火影にのみ開示する。

 

「これは初期段階に過ぎません。……火影様。市場が成熟すれば、雲も霧も、大金を持ち歩いて海を渡るリスクを避けたがります。最終的に波の国に『預かり所』を作らせるのです」

「預かり所、じゃと?」

「海は海難事故や海賊などのリスクが伴います。そこで、現金を波の国に預け、管理している帳簿上でのやり取りを持って取引を完結させる仕組みです。……そうすれば、各国の富の流れが、すべて波の国の『帳簿』に集約される。そして、その帳簿は波の国に管理させますが、我々木ノ葉の者もあらかじめ潜り込ませます」

 

 ヒルゼン様の手が、ピクリと止まった。

 

「島を独立させておけば、敵国の有力者がどこから兵糧を買い、何を企んでいるか、帳簿から筒抜けになります。……波の国は、木ノ葉の『情報の要所』となるのです」

 

 長い、長い沈黙が火影室を支配した。ヒルゼン様は、パイプの煙を深く吐き出し、俺を見た。

 

「……よかろう。大名府へ話を上げる。任務ご苦労じゃった。最近続いておったからしばらく休むと良い」

 

 革新派とは言えない三代目が了解したことで、俺は自分の策が嵌まった。そう確信した。

 三代目に「ありがとうございます」と感謝を示して俺は火影室から出た。

 

 だが、この提案こそが、暗部に生きる人間に最高の餌を与えることになったのだ。俺の提案は、火影室の重い扉の向こう側で、静かに、だが確実に歯車を回し始めた。

 

 

 

 

 猟犬部隊の詰所。その最奥にある隊長室は、部隊の規模拡大に伴って新しく改装されていたが、俺が入り浸っているせいで随分と生活感が出てしまっていた。

 

 机の上には処理しきれていない書類の山が築かれ、湯呑みの中にはすっかり冷めきった茶が残っている。数日間の休暇をもらっていた俺が、私服姿で書類整理をしていると、控えめなノックの音が響いた。

 

「……入れ」

 

 扉を開けて入ってきたのは、うちはシスイだった。部隊の制服ではなく、彼も私服姿だ。だが、その顔にはいつもの飄々とした笑みはなく、目の下には濃い隈が刻まれていた。纏う空気があまりにも重く、悲壮感に満ちている。

 

「……シスイ。どうした、酷い顔だぞ」

「隊長……。休暇中に、申し訳ありません」

 

 シスイは力なく笑おうとして、失敗した。彼はドアを閉め、厳重な防音結界の印を素早く結ぶ。その異常な警戒度合いに、俺は手にしていた筆を置いた。

 

「……ただ事じゃないな」

「ええ。……もう、猶予がありません」

 

 シスイは俺の机の前に立ち、ひび割れた唇を開いた。

 

「……うちは一族が、近々里へのクーデターを決行する可能性があります」

 

 里の根幹を揺るがす事実だった。俺は内心で息を呑んだ。前世の記憶を持つ俺にとっては分かっていた事実だが、それをシスイ自身の口から聞くことの重みはまるで違う。

 

「フガク様を筆頭に、一族の不満はすでに沸点を超えました。俺とイタチで止めようとしていますが……もう、言葉ではどうにもならない段階にきている」

「……里の上層部は知っているのか?」

 

 俺の問いに、シスイは重々しく頷いた。

 

「俺から、三代目には一族の内部情報を流しています。宥和政策を取ろうとしている者が少なからずいること、そして過激派の要求が何であるのか。……三代目からは、一族と里の話し合いに向けて事前に状況を把握しておきたいと言われています」

「なるほどな。三代目からは、お前に他に何か指示されていることはあるか?」

「穏健派……つまり和平派を、可能な範囲で増やしてほしいということくらいです」

「誰かいるのか? その和平派とやらは」

「忍で言うなら、イタチとイズミくらいしかいません。あとは非戦闘員にはいくらかいるかと思いますが、一族の中での発言権は低いので……」

 

 (……イズミ?)

 俺は内心で首を傾げた。

 

「イズミとは誰だ?」

「イタチの幼馴染というか……恋人みたいなものです」

 

 驚いた。俺の持つ『原作』の知識には、そんな人物は登場していなかったはずだ。どうやら俺の知識も完璧ではないらしい。

 

「そうか。……話し合いはすでに上層部と何回か行われているよな? どんな内容か知っているか?」

「 隊長は内容についてご存じないのですか?」

 

 シスイが意外そうに目を見開いた。

 

「俺は里での地位は多少上がっていても、上層部の極秘会議には参加させてもらえないからな」

 

 俺は冷めきった茶を部屋の隅の流しに捨て、シスイにパイプ椅子を勧めた。彼は躊躇いながらも腰を下ろす。

 

「前から疑問に思っていたんですが、何故でしょう? 隊長のこれまでの功績や『猟犬』の規模なら、参加できてもおかしくないはずです」

「……特定の一族の意見に偏ることを恐れているのさ。相談役には、うちの婆様がいるからな。俺まで入れれば『うたたね』の発言力が強くなりすぎる」

「それでも! 意見を聞くための会議くらいには……」

「それを許さない奴がいるってことさ。上層部にな」

「……ダンゾウ様、ですね」

「おそらくな」

 

 俺は再び机に向き直り、言葉を継いだ。

 

「そして、その意見があながち間違いとは言い難いのが厄介なんだ。おそらく、うちはの要求にも絡んでいるんじゃないか?」

「……確かに。一族の要求は大きく三つです。居住権の確保と、二十四時間監視の即時撤回。そして、上役の席です」

「うちはの言い分も分かるが、難しいだろうな。九尾の一件で疑いの目が向けられている以上は」

「居住権の自由くらいは認めてくれてもよさそうだと、自分は思うのですが……」

 

 シスイが膝の上で悔しそうに拳を握る。俺は小さく息を吐いた。

 

「否定された理由は主に三つかな。一つは、これはダンゾウ目線だが『反逆を企てる疑いのある者の要求は飲めない』という強硬な立場から。二つ目は、要求を一度飲めば、なし崩し的に他の要求も飲まされる可能性があるという政治的判断。……最後に、三代目はこう考えたんだと思う。居住の自由を認めてしまえば、里で『不和』が広がると」

「何故ですか! うちはが里の皆とうまくやれないとでも!?」

 

 シスイが弾かれたように顔を上げ、声を荒げた。

 

「そうだ」

 

 俺は一切の同情を排して、はっきりと肯定した。

 

「今の上層部は大きく二つに分かれている。一つは……仮に穏健派としよう。人情に厚い三代目や火の意思を大切にする奈良シカクさんのような人達。三代目が任命していることもあり、彼らが最大勢力だ」

「それならなおさら……!」

「最後まで聞け。もう一つは、ダンゾウ様を中心とした、過激派。『忍とは里のための道具であるべき』という考えを持つ派閥だ。ダンゾウ様が悪目立ちしているが、同じ考えを持つ者は少なくない。そして、実は一般の非戦闘員の半数はこの考えだと言われている」

「そう、なんですか……?」

「お前も波の国の任務で見ただろう? 力を持っている者に対して、住民の要求や依存は高くなりやすい。そして一度疑った者に対しては、明確な証拠などが見つからない限り、疑心暗鬼は絶対に消えないんだ」

 

 俺はシスイの真っ直ぐな目を見据えた。

 

「疑われている一族が、自分の近所に越して来たと想像してみろ。多かれ少なかれ、確実に揉め事は起きる。ただでさえ、うちは一族は長年固まって生活してきて、独自の生活ルールの中で生きている。日常の些細な生活習慣の違いや騒音など、一つ一つは大したことはなくても、積み重なればいずれ大きな問題となる可能性を孕んでいるんだ」

 

 シスイは反論できず、深く項垂れた。その肩が微かに震えている。

 

「まあ、これは全て俺の予想だがな」

「いえ……多分、隊長の言う通りなんだと思います。最後の一つは、相談役のお二人をはじめとした中立派ですね?」

「そうだ。上役の中での数のバランスは三代目の方に大きく傾いてはいるが、住民や上忍の中にもダンゾウ様派はいる。会議の意見が人情に偏りやすいのを是正するためにも、相談役がダンゾウ様に味方しているように見えることは多いはずだ」

 

 これは木ノ葉という寄り合い所帯特有の政治課題なのかもしれないが、今それをシスイに詳細に説明するには話が脱線しすぎる。

 

「そして、一番の問題である『上役の席』についてだが……木ノ葉は、うちはだけでなく猿飛、日向、奈良、山中、秋道など、多くの有力一族の集合体にすぎない。そこでうちはだけに『特別枠』の特権を与えれば、『なぜアイツらだけ?』という不満が他の一族から噴出する可能性は高い。特定の一族を優遇することが、結果的に里を二分する内乱を引き起こす引き金になることを、三代目は恐れたんだ」

「……では、隊長の考える妥協点はなんですか?」

 

 シスイがすがるような目で俺を見た。

 

「うちはが担っている警務部隊について、ほかの一族も組み込んだ再編だ。うちは一族が里の外で活動するためにも必要だろう。その後に、段階的な住居の自由化。警戒されにくい非戦闘員から順に行うことで少しは緩和されるはずだ。そして、功績評価の見直し。いきなり上役は無理でも、里の外での任務で功績を積めば一族関係なく昇格できるという明確な約束だな」

「お互いに住居の自由化での対策担当を設けるなどすれば、幾分かは通りやすくなるかもしれないですね……」

「ああ」

「確かに、双方の歩み寄りがあれば実現可能な気もします。ですが……なぜそれが上層部から提案されないのでしょう?」

「大前提として、九尾事件の犯人として疑われているからさ」

 

 俺の言葉に、シスイは絶望的な顔をした。

 

「結局そこですか……。しかし、『やっていない』という事実を証明することは不可能です!」

「うちは一族が治安維持組織である『警務部隊』を独占しているから、問題が余計にややこしいんだ」

 

 俺は手元の筆を転がしながら、冷酷な事実を告げた。

 

「治安維持組織が疑われているのに、捜査しているのもその組織。そして『我々は無実だ、不審な者はいない』と言っているのも同組織だ。これでは、里の人間が納得するわけがない。疑惑を晴らすためにはどうするべきか。答えは一つだ」

「…………」

「うちは一族が、暗部や他の一族による『内部捜査』を素直に受け入れられるか。そこが最大の問題なんだ」

「そ、それは……」

 

 シスイが言葉に詰まる。

 

「うちはの高いプライドが、それを許さないだろうな」

「……はい」

「だからこそ、お前の『別天神』が必要となるだろうな」

「!」

 

 シスイが弾かれたように顔を上げた。

 

「俺もフガクさんに眼を使うしかないとは思い始めていましたが……何と上書きすれば良いか、ずっと悩んでいたんです」

「『里との対話と、他の一族からの介入を受け入れる』……そう上書きしろ。そうすれば動き出す」

 

 俺の提示した明確なロジックに、シスイの目に宿っていた深い迷いが、少しずつ晴れていくのが分かった。

 

 進むべき道が明確になったからこそ、彼の中に残る最後にして最大の懸念が溢れ出したのだろう。シスイはギリッと奥歯を噛み締めた。そして、椅子から立ち上がり、猟犬部隊の隊長である俺に対し、深く、深く頭を下げた。

 

「シスイ……」

「隊長。俺は、ずっとあなたを見てきました」

 

 床に顔を向けたまま、シスイの声が震える。

 

「あなたは日向一族の長年の呪縛を、誰も傷つけることなく、解き放った。……俺がどんなに里と一族の架け橋になろうと足掻いても出せなかった答えを、あなたはあっさりと提示してのけた」

「……」

 

 シスイが顔を上げた。その写輪眼が、悲痛な願いを込めて俺を見つめている。

 

「一度……イタチに会ってやってほしいんです。あいつは一人で抱え込みすぎている。一族と里の板挟みになって、心が壊れかけている。……隊長なら、別の道を示せるかもしれない」

 

 原作の残酷な運命が、俺の眼前に突きつけられていた。シスイは死ぬ。ダンゾウに右眼を奪われ、イタチに後を託して崖から身を投げる。そしてイタチは、一族を皆殺しにする。それが正史だ。

 

「……分かった。イタチとも話そう。だが、お前も一人で全てを背負う必要はない、シスイ」

 

 俺は重く息を吐き、立ち上がった。

 

「俺は猟犬の隊長だ。仲間の損害を抑えるのが俺の仕事だ。お前も、イタチも……俺が必ず助けてやる」

「……隊長」

 

 シスイの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。俺は彼の肩を強く叩く。

 

 





 
うちはイズミ
イタチ真伝(小説およびアニメ)に登場するうちはイタチの幼馴染。原作漫画には未登場のためヨフネは知らなかった。
目元にホクロがある。小説とアニメでは最期が異なるが、うちは事件の際に亡くなっている。
 
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