同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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028.衝突

 

 

 里の郊外にある、切り立った岩壁に囲まれた渓谷。冷たい雨が降りしきる中、俺は息を殺し、周囲の自然と同化していた。

 

 自来也様直伝の隠密の術。チャクラの波長を限りなくゼロに近づけ、岩や苔の呼吸と己を同調させる。万に一つでも、これから現れるうちはイタチがクーデター派なら、俺が姿を見せるわけにはいかないからだ。

 

「……昔、よくここで遊んだな」

 

 雨音を切り裂くように、静かな声が響いた。渓谷の崖の上にシスイの姿があった。そして彼に少し遅れるようにして、もう一つの小さな影が現れた。うちはイタチだ。

 

「……いきなり呼び出してどうしたんだ、シスイ」

 

 十三歳のイタチの声は、ひどく掠れていた。暗がりの中でも、彼がどれほど限界に近い状態にあるのかが痛いほどに分かった。その立ち姿は今にも折れそうなほど危うい。一族と里の重圧が、まだ子供であるはずの彼の精神を削り取っていた。

 

 まずはシスイに、イタチの真意を聞き出してもらうとしよう。俺は岩と一体化したまま、二人の会話に耳を傾けた。

 

「お前の率直な意見を聞きたい。フガクさんは……どこまで本気だと思う?」

「……本気とは?」

「クーデターだ」

 

 その単語が落ちた瞬間、イタチの纏う空気が劇的に冷え込んだ。微かな殺気すら混じっている。親友であっても、この問いに対しては疑ってかかるしかないのだろう。和平派は、一族の中では圧倒的な少数派なのだから。

 イタチは慎重に言葉を選びながら答えた。

 

「……うちはでは、里に対する不満が高まっている。里がこのままなら、うちはも我慢の限界を超えるだろう」

「里が変われば、うちはも変わるか」

「だが、うちはが変わらなければ里は変わらない。双方に不信感がある以上、事態は悪化するだけだ」

「俺は、その不信を払いたい」

「できると思うか?」

「さあな。だが、やらねばならない。うちはがクーデターを起こせば、それは不幸な結果しかもたらさない。……お前はどう思っている?」

 

 シスイの真っ直ぐな問いかけ。だが、イタチはそれに答える前に、スッと視線を俺が潜んでいる岩穴の奥へと向けた。

 

「……その質問に答える前に。そこにいる奴、出てこい」

 

 (……マジか)

 

 俺は内心で舌を巻いた。自来也様仕込みの隠密の術で、気配は完全に絶っていたはずだ。呼吸のわずかな乱れか、それとも視線の殺気を感じ取ったのか。いずれにせよ、十三歳にしてこの感知能力は異常だ。

 

 だが、ここまでの会話で、イタチがクーデターに対して否定的な立ち位置にいることは十分に確信できた。シスイを見ると、彼も同じ意見のようで小さく頷いている。

 俺は身を隠していた岩陰から音もなく飛び降り、イタチの前に姿を現した。

 

「……凄いな。噂に違わぬ才能だな」

「……貴方だったのですか、ヨフネ隊長。私なんて、貴方に比べれば霞んでしまいますよ」

「よせ。純粋な個人の才能で、お前に勝てる気なんて微塵もしないさ」

 

 いや、ホントに。万華鏡写輪眼に勝てるなんて欠片も思っていない。俺は軽く手を振りながら答えた。腹の探り合いは終わりだ。

 

「俺の立場を明確にしておく。俺もうちはにクーデターを起こさせる気はないし、なるべく血を流さずに解決させたいと思っている。ここにきたのはシスイに頼まれたからだ」

「……そうですか。俺も、クーデターには反対です。しかし、それを阻止するには、余程のことをしなければ」

 

 俺の言葉に反応してか、イタチは自ら一族の厳しい現状を口にした。その瞳の奥には、最悪の場合「一族を自らの手で切り捨てる」という暗い決意すら見え隠れしている。

 

「それも分かっている。だが、諦めるつもりはない。俺とシスイ、それにお前が協力すれば、この状況も打破できる。部隊にバックアップもさせる」

「……ヨフネさん。ご助力いただけるのは心強いですが、何故そこまで?」

 

 イタチの鋭い目が俺を射抜く。「情」で動く人間ではないはずだ、と彼の目は言っていた。俺は小さく鼻を鳴らした。

 

「簡単なことだ。うちは一族は里の仲間だ。それに俺は自分の部隊の運用のために、日向やうちはの能力を必要としている。……それに部下に泣かれたんだ」

 

 俺がシスイを見ながら苦笑しつつ話すと、イタチは微かに目を丸くし、やがて小さく息を吐いた。シスイが泣いたことをバラされ照れているのを見て、少しは空気が軽くなる。

 

「……お前の実力は疑っていない。だが、お前はまだ直接動くな、イタチ」

「何故です?」

「警務部隊の一部がお前を疑っている。シスイに対し、お前の監視を命じてきたそうだ」

 

 イタチは、一族から疑われているという事実にショックを受けたのか、痛ましそうに俯いた。

 

「いいか。俺とシスイは自分達の意思で動いている。だが、お前は誰の意思で動いている?」

「……俺も、俺の意思で動いています。ですが……」

 

 イタチは迷うように言葉を濁し、重い口を開いた。

 

「ダンゾウ様と一族の、二重スパイという立場です」

「待ってくれイタチ! それはどういうことだ!?」

 

 シスイが驚いたように声を上げた。そうか、シスイはイタチがダンゾウと繋がっていることをまだ知らなかったのか。だから原作で、ダンゾウに呼ばれてノコノコと出向き、右眼を奪われたのだろう。

 

「シスイ、ダンゾウ様は『うちは一族は排除すべきだ』と結論づけている」

「そんな……!」

「そうだろ? イタチ」

 

 俺が視線を向けると、イタチは気まずそうに顔を歪めつつ、静かに頷いた。

 

「……そんな。ダンゾウ様はそこまで……」

「だが、イタチだってそんな結末は望んでいないさ。そうだろ」

「……もちろんです」

 

 イタチの力強い返答に、俺は冷たい笑みを浮かべた。

 

「だったら、これからは情報の流れを俺たちで完全にコントロールする。俺が里の上層部の情報を、シスイが一族の情報を、そしてイタチがダンゾウの情報を集め、この三人の中だけで共有・統合するんだ」

 

 雨音が強くなる中、俺は二人に近づき、声を潜めた。

 

「各陣営にいる俺たちが結託し、それぞれに『都合の良い情報だけ』を流して判断を誘導する。……ダンゾウ様には一族の動きを過小評価させ、一族には里の譲歩を期待させ、火影には解決の糸口を提示する」

「……分かりました。しかし、得られた全ての真実を三代目には流さないのですか?」

「あの人は優しすぎる」

 

 イタチの疑問に、俺は即答した。

 

「人としては美徳だが、この極限の状況下では、その迷いや決断の遅さが致命的な隙になる。それに、火影が正式に『否』と言えば、俺たちは身動きが取れなくなる。……三代目とは『里を守る』という目的は一致しているんだ。必要な事実だけを報告する。裏切ることにはならない……と俺は思っている」

 

 俺のロジックに、イタチは深く思考を巡らせるように目を閉じ、やがて力強く頷いた。

 

「……分かりました。俺は、隊長を信じます。俺たちで、里の未来を守りましょう。それで、具体的な作戦はあるのですか?」

「もちろん考えてある。……とは言っても、シスイがフガクさんに『別天神』を使い、クーデターの意思を書き換えてもらうのが本命だがな」

「父さんに……。それで里と一族が血を流さずに済むのなら、俺に異存はありません」

「フガクさんは決して愚かじゃない。信じろ、自分の父親を」

 

 もっとも、一族のプライドが高すぎるゆえに、泥を被ってでも先に頭を下げる気はなかっただろうが。

 

「俺は、猟犬を立ち上げた時から宥和を考えていた。日向にうちは、その他の名家を部隊のシステムに組み込むことで、里一丸となる事実を作りたかった」

「……そんな前から、考えていたのですか」

「結果として、こうして追い詰められるまで意識を変えることはできなかったがな」

 

 シスイを部隊に入れて実績を作らせたが、結局はシスイ個人の評価が上がっただけに過ぎなかった。古き因習は、そう簡単には崩れない。

 

「最悪の場合として、この事態も想定していた。だからこそ、お前には今まで『別天神』を使わせなかったんだ、シスイ。……前にも話したが今こそが、その眼を使うべき時だ」

 

 俺の言葉に、シスイとイタチが深く頷いた。別天神による強行突破。この計画の要綱だけは、事後承諾を避けるために三代目にも伝えておくことで合意した。

 

「来月、南賀ノ神社で集会があることは、ダンゾウ様は知っているのか?」

「はい。すでに報告してあります」

 

 イタチの言葉に、俺は脳内の時系列を整理した。

 

「なら、明日にでもシスイ、お前は三代目に会合があることを報告するんだ。ダンゾウ様の独断を許さないために。……だが、その時はシスイ、お前一人で行け」

「隊長も一緒に来てもらえたら助かるんですが」

「俺がこの件に介入しているということは、まだダンゾウ様に知られるわけにはいかない」

 

 俺が裏で手を引いているとバレれば、奴は必ずより強硬な手段に出る。

 

「……分かりました。俺一人で対応します。別天神のことはどうしますか?」

「……少しでも露見するリスクは……いや、やはり伝えておいてくれ。ダンゾウ様が早まったことをしないためにも、手立てがあることを伝えておいた方が良いな」

 

 それぞれが持つ情報をどう操り、どうダンゾウの目を欺くか。俺たちの息詰まるような密議は、夜遅くまで続いたのだった。

 

 

 

 

 三人での話し合いを終えた俺たちはすぐに動き出した。イタチとシスイは継続して二重スパイとして、俺は猟犬部隊を動かしながら様々な工作を進めていた。

 

 しかし、里の空気は、日を追うごとに息苦しくなっていた。うちは一族の居住区周辺には『根』の暗部が這い回り、うちはの警務部隊は取り締まりが雑になり、横暴になっている。

 

 次の会合でクーデターに一気に流れるのは、もはや既定路線と思われた。

 シスイやイタチとの密会も極限の緊張を強いられる中……俺は突然、火影室へと呼び出された。

 

「……火の国大名府の財務担当、ダンゴウ殿が、お主の『波の国改革案』にひどく興味を持たれてな。現地調査のための使節団派遣を即決されたよ」

 

 執務机の奥で、ヒルゼン様は苦渋の表情を浮かべて一枚の公文書を差し出した。

 

「それは何よりです。で、俺に何の用でしょう?」

「……大名府からの直接の特命だ。現地調査および火の国の御用商人の護衛に、発案者である『猟犬部隊』を指名すると」

 

 俺は、公文書を受け取ったまま硬直した。

 

 (なんだと……?)

 

 このタイミングで、里を空けろというのか。シスイの『別天神』による極秘の工作が決行されようとしているこの時に。

 視界の端で、相談役の奥に立つ志村ダンゾウの影が、嗤ったように見えた。

 

 (……ダンゾウ。あんた、俺が作った『計画』そのものを利用しやがったな)

 

 波の国の改革案、これが俺自身を合法的かつ強制的に里から引き剥がすために利用された。俺がうちはの一件に絡んでいることは、まだ知られていないはずだが、邪魔になる可能性を考慮されたか。しかし、大名府の指名は絶対だ。拒否すれば猟犬部隊は罪に問われ、波の国計画も白紙になる。

 

「……ヨフネ。波の国への出発は明日だ。部隊の編成は任せるが、シスイについてはワシから別の任務を与えておるゆえ、この任務からは外してくれ」

 

 ヒルゼン様の言葉に、俺は脳内で必死に考える。全戦力を波の国に送れば、里に残るシスイとイタチは確実にダンゾウに狩られる。

 

「畏まりました、三代目。すぐに準備に取り掛かります」

 

 だが、俺もこのままいいようにやられるつもりはない。俺は抜け穴を突くまでだ。

 

 執務室を辞した俺は、その足で猟犬部隊の詰所へと向かった。

 

 日はすでに落ちていたが、当直の忍に全隊員の招集を依頼した。

 そうして集まった隊員に対し、今回の任務の説明を行う。

 

「ダエン。お前を派遣部隊の隊長に任命する」

「S級任務ですよね? 隊長が行かなくて良いんですか?」

「編成は任せるって言われたからな」

「いや、それってそういう意味とは違うんじゃ……」

 

 ダエンだけじゃない、その他のメンバーも不審に思っているようだ。だが、俺は彼らを信じているし、ダエンならば政治的な判断も見誤らないだろう。

 

「心配するな。お前たちなら普段通りやれば問題ない。もし何かあっても責任は俺がとる」

「わかりました。信頼には必ず応えます」

 

 ダエンはすべてが納得はいっていないようだが、了承した。

 

「班の編成だが、『頭』の小隊長は奈良ダエン、『眼』は飛竹トンボ、『牙』は不知火ゲンマ、『脚』は神月イズモ、『尾』はスクイが隊長だ。編成については隊長に任せるが、各小隊四人一組で新加入組を中心に選んでほしい。あと、『牙』については、万が一の場合に備えて、並足ライドウ、畳イワシの両名を入れてくれ。最悪の場合、護衛対象を飛雷陣の術で退避させるんだ」

「残る隊長クラスは、俺とホヘト、タシ、サンタ、シトウ、そしてシスイだ。あと棘糸テッセン、柳陰コカゲについては、引き続き里に残って例の術の研究をしてくれ。近々使う予定があるかもしれないから急いでくれ。あと安心しろ、残ったメンバーにもちゃんと任務はあるぞ」

 

 俺の軽口にも反応してくれる隊員は少なかった。隊長である俺だけでなく、幹部や古株がこれだけ参加しない任務は初めてとなる。総勢三十六名の隊員のうち、二十名を波の国に派遣せざるを得ないのは痛手だが致し方ない。

 

 それに新人について、テッセンやコカゲは俺がスカウトしたが、その他のメンバーは各一族や上層部からの推薦があったことが大きい。疑いたくはないが、里に残させるリスクの方が大きいと判断した。

 

 うちは一族の暴走、そしてダンゾウの暗躍を止める為に使えるのは、十六名となった。解散する前にまずは残った幹部に話をしなければ。

 

「あとシスイ、ホヘト、タシ、シトウは残ってくれ」

 

 彼らにも事情を話し、隊員の中に内通者はいないことを確認し、俺たちの行動について話をした。

 

「それとシスイ、ちょっと後で一緒に来てくれ」

 

 

 

 

 そして俺は翌朝、ダエンに変化した状態で波の国へ向かう俺に変化させたダエンを呼び寄せ、極秘指令を与えた。

 

「ダエン。ある人物を護衛対象の商人たちに紛れ込ませて同行させてほしい」

「……誰です?」

「今はまだ言えん。……里の誰にも気付かれるな」

「後で何か起こるんですよね? 帰ったら教えてもらいますから」

 

 そう言い残してダエン達は波の国に向かっていき、俺は部隊の過半数を失った。だが、選ぶしかなかった。

 

 ひとまず会合が来るまではダエンとして過ごすしかない。門を出ていく隊員たちを見送りながらも、俺は南賀ノ神社の方角を見据えた。

 

 

 

 

 ダエンたちを波の国へ見送った数日後。

 俺達は、南賀ノ神社へと向けてひた走っていた。

 部隊の過半数を波の国へと分断したこの選択が正しかったのか。本当は全員を里に残すべきだったのではないか。そんな後悔が、泥濘む地面に足を踏み出すたびに胸の奥を締め付ける。

 

 だが、立ち止まるわけにはいかなかった。いよいよ今夜、シスイがうちはの会合でフガクに『別天神』をかけ、クーデターを止める計画が実行される。

 

 この間にできることは全部やったつもりだ。俺が部隊を動かし、テッセン達の術も何とか限定的ではあるが実戦投入できるレベルになった。

 

 南賀ノ神社から直線距離で約千メートル。

 鬱蒼と茂る夜の森林地帯の高台に辿り着いた俺は、泥濘む地面に腹這いになり、息を殺した。

 

『隊長、周囲に敵の反応はありません』

 

 サンタが、ホヘトの白眼による偵察結果を直接頭に届けてくれる。シスイは会合の前に三代目に呼ばれ、今こちらに向かっているはずだ。

 

 周囲に伏兵の気配はなし。そして、ターゲットが指定ポイントへ接近中。

 

 俺は右手に握った弾丸にチャクラを流し込んだ。極度の緊張で手が震えそうになるのを、奥歯を噛み締めて強引に抑え込む。

 南賀ノ神社へ向かう参道周辺。降りしきる雨の中、二つの影が対峙するのが見えた。

 

 一人はシスイの姿をしているが、あれはシスイの影分身だ。今頃、本人はイタチと共に南賀ノ神社へ向かっている頃だろう。

 

 そしてもう一人――右半身を包帯で覆い、杖をついた隻眼の老人がゆっくりと歩み寄る。

 志村ダンゾウ。

 

「……遅かったな、シスイ」

 

 風に乗って、ダンゾウの嗄れた声が届く。

 

「お前の術でクーデターを止める策、ヒルゼンは評価していたようだが……儂は信じとらん」

「……どういう意味ですか、ダンゾウ様」

「うちはの猜疑心は、その程度で消えるものではない。いずれ里の脅威となる。ならば今、そのお前の眼……儂が有効に使ってやる」

 

 ダンゾウが包帯の巻かれた右手を振り上げた。次の瞬間、老体とは思えぬ速度で踏み込んだダンゾウの手刀が、シスイの胸を深々と貫いた。

 

 しかし白い煙が上がり、シスイの影分身が消滅する。これで、術者であるシスイ本人に「ダンゾウの裏切り」という情報が伝わったはずだ。

 

「……分身か。小賢しい真似を」

 

 ダンゾウが忌々しげに舌打ちをした瞬間を、ホヘトの白眼が見た景色として、サンタを通じて俺と共に共有している者がいた。

 水戸門ホムラ相談役だ。

 

 ダエンたちが出発した後、俺は極秘裏にホムラ相談役を説得していた。「火影の代理として、シスイの平和的解決の瞬間を白眼の視界共有で直接確認してほしい」と理詰めで掛け、この場へ連れ出したのだ。証言者としての有効性を考えるなら、小春の婆様よりもホムラの爺様のほうが良いと判断した俺の切り札。

 

 白眼の視界を通じて見た光景が信じられないのか、ホムラの爺様は呆然と固まっていた。

 

「これが、ダンゾウ様が裏でやっていることです。解任、もしくはうちは一族の一件が片付くまで権限の凍結をお願いします」

「残念だが、致し方ない。しかしダンゾウめ……何を考えておる」

 

 爺様が苦渋の声を漏らした、その瞬間だった。

 

──風遁・鎌鼬!

 

 俺たちの潜む高台へ向け、ダンゾウの方から無数の真空の刃が飛んできた。監視されていることに気づいていたのか。いや、単なる炙り出しの牽制ではない。岩盤すら切り裂く風遁の絶技。相手が誰であろうと確認する気すらなく、この高台ごと監視者を粉砕しようとする明確な殺意の一撃だ。

 

「土遁・土流壁!」

 

 防御は『脚』の隊員を信じ、俺は迷いなく引き金を引いた。狙うのは頭部や心臓などの急所ではない。まずは奴の機動力を削ぎ、無力化するための牽制の狙撃。

 

――雷遁・超電磁砲(レールガン)!

 

 周囲の空気が焦げる強烈なオゾンの匂いと共に、オレンジ色の閃光が夜の森を切り裂いた。電磁加速された弾丸が音速を遥かに超えて飛翔し、ダンゾウの肩口を掠める軌道を描く。

 

 だが、音速を超える質量の衝撃波は、ただの「掠り傷」では済まなかった。

 激しい衝撃波に巻き込まれたダンゾウの体が、乾いた破裂音と共に弾け飛んだ。

 だが、そこに血飛沫も肉片も存在しない。舞い上がったのは、白い煙だけだった。

 

「……なっ、影分身だと!?」

 

 爺様が驚愕の声を上げる。

 ホヘトの白眼を掻き潜ったのではない。最初から、この場に現れてシスイを襲い、俺たちに風遁を放ったダンゾウは「影分身」だったのだ。本物は、完全に気配を絶って森のどこかに潜んでいた。

 

「――見事な術だ。雷遁の極致……これが噂の電磁砲とやらか。そしてホムラ、お前がまさかここに来ておるとはな」

 

 背後。俺の背中からわずか数メートルの位置で、雨に濡れた枯れ枝を踏む音と共に、あの嗄れた声が響いた。

 

 振り返るよりも早く、俺はクナイを逆手に持ち、後方へ跳躍した。

 そこには、右半身に包帯を巻いた志村ダンゾウの『本体』が、杖をついて無傷で立っていた。

 

 コン平の感知網には一切引っかからなかった。当然だ。奴は森の中を移動してきたわけではない。影分身を囮にして俺たちに攻撃させ、位置を特定した上で、俺たちの背後という死角へと直接回り込んできたのだ。

 

「うたたねの小倅……やはり波の国には行っておらぬか」

 

 ダンゾウは左目で俺を見据えた。

 「捕縛」などという生ぬるい手段が通用する相手ではない。俺の全身から、スッと血の気が引いた。

 

「ダンゾウ……貴様、一体どういうつもりだ!」

 

 ホムラの爺様が、信じられないものを見る目で声を絞り出した。

 

「ヒルゼンがシスイの瞳術を用いて、事を穏便に収めると決めたはずじゃな? なぜ、その要であるシスイを殺そうとする!」

「……あんな無駄なことをして何になる」

 

 ダンゾウは冷酷な目でホムラを見返した。

 

「うちは一族のように一族に固執し、力のある一族は必ずこの里の癌となる。二代目様も、特定の一族が力を持ちすぎぬよう危惧しておられたではないか。だからこそ……千手一族は各一族との間に子を成し、養子となり、この里から一族の名を消し、里の一部として血を残したではないか!」

 

 俺たちの知らない、木ノ葉の歴史の暗部。強大すぎる力を持った一族の末路。その話の重力に引き込まれそうになりながらも、俺は油断なく周囲の『根』の配置を視界に収め続ける。

 

「それが今、何の関係があるというのだ!」

「その二代目様の意志を知っておるホムラ、お前はまだ里に必要だ。……こちらへ来い」

 

 ダンゾウが手を差し伸べる。俺たちの間に、ピリッとした緊張が走った。ホムラの爺様の判断一つで、この場の天秤は完全に傾く。

 

「見損なうなよダンゾウ。……断る」

 

 ホムラの爺様が、シワだらけの顔に明確な怒りを浮かべて一喝した。俺は、この老人のこんなに大きな声を初めて聞いたかもしれない。

 

「ヒルゼンは確かに甘い。だが、その甘さが里をまとめておるのだ! お前に汚い部分だけを頼り切っておったワシらにも責任はある。だがな! 手を汚すことでしか物事を前に進められないのは間違っておる! お前こそ、大人しく出頭するんだ!」

「……もはや、無理か」

 

 ダンゾウが冷酷に手を振り下ろす。

 その瞬間、無数のクナイと起爆札、そして『根』の暗部たちによる風遁と火遁の複合忍術が、俺たちを飲み込もうと殺到した。

 

「土遁・土流壁!」

 

 『脚』の隊員が素早く土の防壁を展開して猛攻を防ぐ。

 

「ホムラ様は下がってください!」

「ワシもまだ戦えるぞ!」

「いえ、俺たちの連携を信じて下がってください。自分の身を守ることだけ考えてください!」

 

 無意味に動かれては邪魔になるだけだ。隊員が有無を言わさず爺様を壁際へ押しやる。

 

「ワシらも甘く見られたものだな。所詮は裏で隠れている老ぼれにすぎない、とでも?」

 

 ダンゾウの冷笑が、土壁の向こうから響く。

 『脚』の隊員が再び地面に両手をつくと地鳴りと共に、俺たちの周囲の地面が急激にせり上がり、地形が一気に変貌していく。

 ただの足止めではない。俺たちが周周に用意してきたトラップの一つだ。

 

「地形変化させたところで何になる」

 

 俺は後ろへ向けて合図を送る。

 

「テッセン、コカゲ、今だ!」

 

 その直後、雨雲の立ち込める上空を飛んでいた数羽の「鳥」から、起爆札付きのクナイが雨霰のように大量に降り注いだ。

 

 鳥に見えているのは、上空を飛翔する鳥に見せかけた凧のような『傀儡』だ。大戦中に手に入れた傀儡の術を俺たちが裏で研究し、ようやく実戦に持ち込んだ代物。まだ離れた位置から精密に動かすまでには至っていないが、こうして目標地点への上空からの起爆攻撃を行うことは十分に可能となった。

 

 地形変化は、この攻撃の上空からの射線をクリアにするためのものだ。

 凄まじい連鎖爆発が『根』の部隊を吹き飛ばす。

 そして、この地形変化によって、敵が逃げ込める「出口」は一か所だけに絞り込まれていた。

 

「そこだッ!」

 

 俺は誘導された出口へ向けて、迷いなく電磁砲を放った。

 だが、閃光の先から土遁の壁ごと丸ごと吹き飛ばすほどの巨大な暴風の塊が押し寄せてきた。電磁砲の軌道が暴風に削られ、凄まじい土煙が舞い上がる。

 

「ホヘト! ダンゾウはどこにいる?!」

「まだ、あの土煙の中にいます!」

「サンタ! ホヘトと視覚を繋げ! シトウ、前を頼む!」

「了解!」

 

 精神伝達網により、土煙の奥でうごめくダンゾウの経絡系がはっきりと見えた。

 俺は再び弾丸をセットし、二発目の電磁砲を放つ。

 

 殺した。

 

 そう確信した瞬間、白眼の視界の中で、ダンゾウの前にいた暗部の一人が、ダンゾウを突き飛ばすように位置を入れ替え、身代わりとなって上半身を消し飛ばされるのが見えた。

 単純な盾では電磁砲が貫通することまで計算された動きだ。

 

「……先に周りの護衛から叩くぞ! 自ら影分身を使わず味方を身代わりにした……今度こそあれが本体だ!」

 

 俺はサンタの術を経由し、瞬時に部隊全員へ作戦を伝達した。

 かつて大蛇丸から教わった戦術。俺は電磁砲を放つ姿勢のまま、殺意とチャクラを極限まで膨れ上がらせて「陽動」に使った。

 

 敵は先ほどの破壊力を見ている。俺が構えただけで、彼らは本能的に射線から逃れようと動いた。

 その誘導された先へ向けて、こちらの火遁と風遁が容赦なく叩き込まれる。

 

 背後に出ようとした敵にはトラップが発動して一瞬足止めし、そこをホヘトやシトウが素早い近接戦闘で斬り伏せた。

 

 正面から来る質量攻撃は『脚』による土遁で防ぎ、俺はその土遁の壁の内側から狙撃する。さらに、離れた位置から感知している忍に対しては、上空から再度起爆攻撃を浴びせた。

 流れるような連携により、護衛は瞬く間に殲滅された。

 

「残すはダンゾウと、もう一名の護衛のみです!」

「手を止めるな! 飽和攻撃だ!」

「……その一人も倒れました!」

 

 ホヘトの報告を受けながらも、俺は一切の油断をせず、がら空きになったダンゾウの胴体へ向けて電磁砲を放ち、その胴体を正確に撃ち抜いた。

 ダンゾウの体が、ドサリと倒れ伏す。

 

 (今度こそ……!)

 

 だが、俺の視界の先で、あり得ない現象が起きた。

 地面に転がっていたはずのダンゾウの死体が、輪郭を失い、陽炎のようにブレて空間に溶けていく。血痕も、肉片も、すべてが「最初から無かったこと」のように消滅していく。

 

 俺たちの警戒を嘲笑うかのように、心臓を撃ち抜かれたはずの志村ダンゾウが、離れた位置に無傷で立っていた。

 

 幻術ではない。現実そのものが書き換えられたのだ。転生者としての記憶の底から、一つの禁術の名が浮上する。死という現実を夢に書き換え、代償として写輪眼の光を永遠に失う、うちはの禁術――

 

 (イザナギ……!? 馬鹿な、クーデター前のこの時期に、なぜ奴が写輪眼を持っている!?)

 

 俺は反射的に、周囲のさらなる奇襲を警戒した。

 だが――。

 ドンッ!!

 俺の『正面』から、凄まじい衝撃が突き当たった。

 

「ぐっ……!?」

 

 だが、俺の体に痛みはなかった。

 俺にぶつかってきたのは、巨漢のシトウだった。音もなく突っ込んできたダンゾウの凶刃から俺を庇うため、横から俺に体当たりして突き飛ばしたのだ。

 

 シトウはそのまま膝をつきながらも、両腕を大きく広げ、現れたダンゾウの体を丸ごと抱きしめて拘束しようとした。

 

「捕まえ……たぜ……ッ!」

「シトウッ!!」

 

 俺が叫ぶより早く、ダンゾウの左手に纏わせた風遁の刃が、冷酷な光を放って一閃された。

 肉を断ち切り、骨を砕く異様な音が響く。直後、鉄錆のような強烈な血の匂いが空気に混じり、シトウの太い腕が切り飛ばされて宙を舞った。

 

「が、ああああぁぁぁぁッ!!」

 

 シトウが絶叫し、血の海の中に崩れ落ちる。

 ダンゾウは表情一つ変えず、血塗れの凶刃を俺へ向けて再び踏み込んだ。息を吐く間もない凶行。

 ダンゾウの貫手が風遁を纏い、俺の喉元へ迫る――が、そこへ一筋の影が割って入った。ホヘトだ。

 

「八卦・空掌ッ!」

 

 ホヘトの放った柔拳の衝撃波が、ダンゾウの右肩を真正面から捉えた。異様な破砕音と共に、ダンゾウの右腕が肩の付け根からボロリとちぎれ落ちた。

 

 (よし、まだ右腕に眼はない!)

 

 だが、その事実を喜ぶ間もなく、俺の視界で再び悪夢のような現象が起きた。

 地面に転がっていたはずの腕が消え去り、気づけばダンゾウの右肩に無傷でくっついていたのだ。

 

 そして、顔を上げたダンゾウの右眼の包帯の奥で、真紅の写輪眼が不気味に開かれているのが見えた。

 

「イザナギか……!!」

 

 背後で戦況を見つめていたホムラの爺様も気づいたように、悲痛な声を張り上げた。

 

「かつての戦友、うちはカガミから聞いたことがある! 自らの不利な現実を幻へと書き換える禁術……一分間の制限時間付きじゃが、奴は今、完全に『無敵』になっておるぞ!」

 

 (制限時間……!)

 

 俺が歯噛みした瞬間、ホヘトが地を蹴った。

 距離を取って隙を与えてはいけないと瞬時に判断し、無敵状態の敵に対して捨て身の近接戦闘を仕掛けたのだ。

 

 ダンゾウの体術と風遁が、ホヘトの柔拳と激しく交錯する。俺も雷刀を握り直し、ホヘトの援護に入る。

 永遠にも思えるほどの、一分間。

 

 やがて、ホヘトの猛攻を捌いていたダンゾウの右眼の写輪眼が、次第に色を失い、白く濁っていく直前。奴は俺の雷刀に自ら貫かれた。

 

 (……やられた!)

 

 相手をしていたダンゾウが空気中に溶けていなくなり、俺たちから数十メートル離れた森の奥に唐突に出現した。

 

 イザナギの制限時間が尽きたのだ。そして、その間際に致命的な一撃を喰らい上書きすることで距離を取られた。

 

「風遁・真空大玉!」

 

 ダンゾウが残る全てのチャクラを振り絞り、凄まじい暴風の塊を放った。

 木々がなぎ倒され、俺たちが立っていられないほどのとてつもない風圧と土煙が吹き荒れる。俺は強風に目を細めながら、なんとか風遁で相殺を試みたが、視界を完全に奪われた。

 

 数秒後。

 強風が収まり、土煙が晴れた森には、静寂だけが残されていた。志村ダンゾウの気配は、完全に消え去っていた。

 

「シトウッ!!」

 

 タシの悲痛な叫び声が、静まり返った森に響く。俺は弾かれたように振り返り、血だまりへと駆け寄った。

 

 タシが、腕を失った巨体を抱き抱え、必死に止血を試みている。だが、俺が手を伸ばすよりも早く、シトウの瞳からはすでに光が失われていた。

 

 悲しみが、怒りが、そして猛烈な後悔が胸の奥で渦を巻く。

 だが、今は仲間の死を悲しむよりも、この死を無駄にしないためにも、すぐにあの化け物を探し出し、絶対にここで終わらせなければならないのだ。

 

「……追うぞ」

 

 俺は立ち上がり、シトウの血で赤く染まった自らの手を見つめながら、氷のような声で命じた。

 木ノ葉の闇との死闘は、最悪の犠牲を払いながら、最終局面へと向かおうとしていた。

 

 





 
秋道シトウ
秋道一族の中でも秀でた剛力の持ち主。秘伝忍術だけでなく、棒術の扱いにも慣れている。頬のマークは×印。歳はヨフネの一歳上。原作では木の葉を襲ったペインと戦闘した。
 
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