九歳。前世の感覚で言えば、まだ小学校の低学年だ。放課後に公園で泥遊びをしたり、ゲームの攻略法を話し合ったりしている年齢だろう。
だが、この世界の現実はそれほど甘くない。
木ノ葉隠れの里、忍者学校(アカデミー)。その正門前には、飛び級での卒業試験を終えたばかりの「子供の形をした兵器」たちが並んでいた。誰一人欠けることなく試験を突破したのは、彼らが優秀だったからではない。
木の葉は四大国全てと戦線を抱え、熟していない果実をもぎ取ってでも戦力に数えなければならないほど、切迫していたからだ。
校門前には、忙しいはずの二人の幹部が立っていた。三代目火影・猿飛ヒルゼンと、俺の婆様であるうたたねコハル。
里の最高幹部が揃って出迎えに来ている光景は、一見すると微笑ましい孫や子供の卒業祝いに見えるが、周囲の父兄たちは一様に顔を引きつらせていた。火影とご意見番。その威圧感は、隠そうとしても漏れ出している。
「ヒルゼンよ、不思議なものじゃな。アスマはお前の息子、ヨフネはわしの孫。揃って今日、戦場への切符を手にしたわけだ」
婆様が、隣のヒルゼンを横目で見ながら口を開く。その声には、孫への慈しみよりも、時代の趨勢を冷徹に見極める政治家としての響きがあった。
「ん? 一体なにが不思議なのじゃ、コハル」
「お前さんがビワコとさっさとくっつかないから、こんなことになるんじゃ。お互いずっと若い頃から想い合っておきながら、お前が煮え切らんからアスマを授かるのが遅れた。甲斐性なしめ、おかげで息子がこんな若さで地獄行きだ」
「ええい! お前は未だにそんな大昔のことを……。孫が出来て、口の減らなさだけは全盛期並みだな。わしの私生活と里の情勢は別問題じゃ」
ヒルゼンが困ったようにパイプをくゆらすが、婆様は止まらない。
「やかましいわ。そんな優柔不断さは遺伝するから、アスマまで婚期を逃すことになりそうだよ。見ておいで、あの子も将来苦労するよ」
(……婆様、あんた預言者か)
俺は、隣で顔を真っ赤にして俯いているアスマを見た。原作の知識を持つ俺からすれば、彼の将来の恋模様やその結末を思うと、婆様の言葉は冗談では済まない重みがある。
「アスマ……大人になっても、中身ってあんまり変わらないんだな。……俺たちも、将来ああなっちゃうのかな?」
「……勘弁してくれよ。本当に恥ずかしい。お互い、身内がこれだと苦労するな、ヨフネ」
アスマとはアカデミー以前からの付き合いだ。親同士の仕事の都合で、俺たちは「幼馴染」という名の「組手相手」として育てられた。俺が身体強化を覚え、彼が風性質の扱いに苦労していた頃から、俺たちは何度も泥を舐め合い、時に鼻血を出しながら競い合ってきた。その時間は、遊びというよりは訓練に近かったが、結果として俺たちの実力は同期の中でも突出している。
「そろそろ止めようぜ。周りのみんな、ビビって近寄れなくなってるし」
俺は重い腰を上げ、喧嘩を続ける最高幹部二人の元へ向かった。
*
里のメインストリートから少し外れたアカデミーの敷地内。ここから見える瓦屋根の家並み、煙突から昇る昼飯の支度の煙。その風景を、俺とアスマは鼻血を流しながら仰向けに倒れて見ていた。保護者の喧嘩を止めに入ろうと弾け飛ばされたのだ。
「ヨフネにアスマ! 班割りが発表されてるぞ、遊んでないで行くぞ!」
声をかけてきたのは、スキンヘッドで実年齢より老けて見える少年、森乃イビキだった。
「イビキ、これが遊んでるように見える?!ばあちゃんたちの喧嘩の巻き添えだよ、助けてってば!」
「いつも人を待たせるなと言っただろ! さっさと掲示板を確認してこい!」
婆様に拳骨を落され、俺はイビキを追い抜くようにして校舎内へ駆け込んだ。
掲示板の前には、既に何人かの同期が集まっていた。顔の大半を包帯で覆い、目の位置に真新しい額当てを巻いた少年、飛竹トンボ。そして、大人びた雰囲気を持つ少女、夕日紅だ。
「遅いぞ、ヨフネ」
「ごめん! ばあちゃんたちの喧嘩に巻き込まれてた。……で、班分けどうだった?」
「ちゃんとあんたが来るまで待ってたわよ」
紅は気遣いのできる良い子だ。みんなで上の段から指を指しながら確認していく。一段目にあったのはアスマ達。
「アスマ、紅、イビキ。担当上忍は秋道チョウザ。」
「アスマとチョウザさんが前衛で、イビキの攻撃に紅の幻術か。すげーバランスいい攻撃班だな」
俺の分析に、後から追いついたアスマが満足げに頷く。問題は、俺の方だ。
「俺は……トンボとシズネか。担当の先生は油女シビさんだって」
(……極端だな。感知特化のトンボ、医療特化のシズネ。そして索敵と範囲攻撃のプロ、油女一族。これ、戦闘継続能力と索敵に全振りした支援班じゃないか?)
「あ、オビトとリンはカカシと一緒みたい! 担当上忍は『黄色い閃光』のミナトさんだね」
俺の横でシズネが声を弾ませた。
彼女とは、アカデミーの同級生だ。シズネは叔父である加藤ダンの死後、綱手様の唯一の肉親に近い存在として、その世話を一手に引き受けている。大戦のトラウマから血液恐怖症を患い、酒に逃げる日々を送る「伝説の三忍」を、彼女は献身的に支え続けているのだ。
カカシの班については、婆様から少し裏事情を聞いていた。
「カカシは個人としては天才だが、これまでの任務で年上の同僚と衝突を繰り返して孤立している。三代目は、大戦の事後処理が落ち着いた今、あえて同級生と組ませることで彼の人間性を再編しようとしているのだろう」
その皺寄せが、新人二人に中忍一人が混ざるという変則的なチーム編成に現れているわけだ。
「とりあえず、それぞれ集合場所に移動しよ。終わったらみんなで団子屋さんに集合ね!」
団子が大好物の紅が、いつもの強引なノリで提案する。
「団子で乾杯」という平和ボケした無邪気な響き。こんな風に集まって馬鹿みたいに笑い合えるのも、明日からは当分先になるだろう。俺たちは軽く手を挙げ、それぞれの担当上忍が待つ「現実」へと別れた。
*
指定された集合場所である演習場の片隅。そこには、全身を茶色の外套で包み、大きなサングラスをかけた男が立っていた。油女一族の精鋭、油女シビだ。
近づくにつれ、肌が粟立つような感覚を覚えた。彼の周囲からは、ブーンという耳障りな低周波の羽音が微かに漏れ出している。生身の人間というよりは、無数の蟲が人の形を成しているかのような、体温を感じさせない無機質な気配。婆様がこの一族を忌避する理由が、少しだけ分かった気がした。
「全員来たな。俺は油女シビ。好きな物は蟲、嫌いなのは無視されることだ。担当上忍は初だ、よろしく頼む。では、右から順に自己紹介を」
淡々とした、抑揚の一切ない声。だが「無視されるのが嫌い」という一言に、彼の独特の矜持を感じる。
「うたたねヨフネです! 好きなのはお昼寝で、嫌いなのはばあちゃんの無茶くちゃな修行です。将来の夢は……可愛いお嫁さんもらって、のんびり暮らすことです!じゃあ次シズネ!」
「え!?あ、シズネです。趣味は綱手様のお世話。将来は綱手様のような立派な医療忍者になって、綱手様を助けたいです!」
「飛竹トンボです。感知できないものが嫌いです。目が見えなくても一流の忍になれると証明したい」
三者三様の挨拶が終わっても、シビ先生の表情は一ミリも動かなかった。この徹底した無機質さは、一族の血なのだろう。
「始めに言っておく。お前達も分かっていると思うが、第三次忍界大戦が始まり早三年、情勢は不安定だ。里は慢性的な人手不足にある。よって、お前らを甘えさせるつもりはない」
先生の言葉に、隣のトンボが唾を呑む音が聞こえた。
「通常なら、下忍の資格を問うサバイバル演習を行うが、今はそんな無駄な時間を割く余裕がない。演習は省く。代わりに、今から即座に任務を行う。……準備はいいか?」
「い、今からですか!?」
シズネが悲鳴に近い声を上げたが、シビ先生は既に歩き始めていた。
「そうだ。街中での任務だ。忍具は使わん。行くぞ」
有無を言わさぬ足取りで連れて行かれた先は、里の商店街だった。
任務内容は「逃げ出した猫の捕獲」。
拍子抜けするような内容だが、これが意外に難航した。俺はコン平を二十匹に分裂させて屋根の上や路地裏に配置し、トンボの感知で追い詰め、シズネが捕まえる。
これを三回繰り返し、全ての猫を飼い主に返した頃には、日は完全に沈んでいた。
「任務完了だ。俺たちの班は索敵と斥候に特化している。今後もこうした『地味だが確実な』任務をこなしていく。明日は九時に火影邸前だ。解散」
足元の砂利を蹴りながら、俺は一人、帰路についた。
忍者としての第一歩は、華々しい術の応酬ではなく、猫の引っかき傷と、ラードの匂いが漂う商店街の喧騒の中にあった。
この、なんてことのない、コロッケを売るおじさんがいて、騒がしいおばちゃんたちがいる街。ここを守るのが俺たちの仕事なのだと、少しだけ理解した気がした。
(そういえば団子屋行けなかったな……)
*
下忍になって数週間。俺たちの班に、初めてのC級任務が舞い込んだ。
任務内容は「国境付近の森を拠点とする、盗賊団の捜索と捕縛支援」。
最近、木ノ葉の村外れで物資を運ぶ商人が立て続けに襲われているという。相手は抜け忍崩れが混ざった野盗の集団。里の外へ出る任務は、それだけで危険度が跳ね上がる。
現地に到着すると、シビ先生は静かに指示を出した。
「ヨフネはコン平を分裂させて山を洗え。人の生活臭、特に火と鉄の匂いがする場所を探せ」
そう言われた俺が腰の竹筒をポンと叩くと、外の声を聞いていたコン平が数十匹の小狐に分かれて飛び出し、枯れ葉を散らして森の中へと消えていく。
同時に、トンボは地面に手を当て、地中の微細な振動から人の足音を感知する。
シビ先生の蟲たちは、怪しい気配のある方角へと羽音を立てずに飛んでいった。
まさに索敵に特化した班の独壇場だった。
一時間後、俺たちは鬱蒼とした森の奥にある、岩山に偽装された廃坑を見つけた。
「アジト内に五人。入り口の見張りが二人。さらに奥に、縛られた捕虜が三人います」
トンボの正確な感知報告を受け、シビ先生が頷く。
。
「見張りは俺の蟲で無力化する。シズネは捕虜の救出と手当てを。トンボは周囲の警戒。ヨフネ、お前は廃坑の裏口へ回れ。奴らが逃げ出した場合、物理的に退路を塞げ」
「了解」
俺たちの連携は下忍にしては良い方で作戦は完璧に機能した。
シビ先生の寄壊蟲が音もなく見張りのチャクラを喰らい尽くし、気絶させる。突入したシビ先生が内部の盗賊たちを制圧する間、シズネが迅速に捕虜の縄を解き、怪我の応急処置を施していく。彼女の掌から放たれる温かい緑色のチャクラは、大戦の傷から立ち原れない師匠(綱手)への、祈りのようにも見えた。
「クソッ! 木ノ葉の忍か! 裏から逃げろ!」
アジトの奥から、数人の盗賊が血走った目で裏口へと続く坑道を駆け抜けてくる。湿ったカビの匂いに混じって、彼らの焦燥と汗の臭いが鼻を突いた。
「させないよ」
裏口で待ち構えていた俺は、息を深く吸い込み、体内の乏しいチャクラを右腕の一点に極限まで圧縮した。
婆様の容赦ない実戦訓練。毎日脱臼させられ、骨にヒビを入れられる中で、「自分の身を治すため」に見よう見まねで必死に覚えた掌仙術の基礎。俺の医療忍術への理解は、誰かを救うためではなく、自分の生存率を上げるためのものだ。
そうやって、人体を少し理解することができた俺は効率的に強化するべき箇所にチャクラを移動させられるようになり、少ないチャクラで通常よりも大きい効果が出る身体強化を扱うことができるようになった。
まだ、戦闘しながら使うのは無理だが、落ち着いてやれる時間さえあれば!
俺は、坑道の天井を支える最も重要な支柱に狙いを定め、拳を叩き込んだ。
「ッ……!」
メリッ、と。自分の拳の骨が軋み、皮膚が破れて血が滲む痛覚が走る。
直後、鼓膜を揺らす轟音と共に岩盤が砕け散り、盛大な土砂崩れが坑道を完全に塞いだ。もうもうと舞い上がる土煙の中、逃げ道を失った盗賊たちが絶望の声を上げる。間髪入れず、シビ先生の蟲たちが隙間に潜り込み、彼らを拘束した。
血と痛みを対価にした泥臭いやり方だが、これが今の俺にできる戦い方だ。
「任務完了だ。よくやった」
縛り上げられた盗賊たちを見下ろしながら、シビ先生が短く労いの言葉を口にした。無機質なサングラスの奥に、微かな満足の色が見えた気がする。
「……さあ、里に帰ろう。任務完了の報告をしたら、今日は俺が奢ろう」
「え?」
思わぬシビ先生からの提案に、俺たちは顔を見合わせた。
「……外での任務を無事に終えた部下に、労いの飯を食わせない上官と思われるのも不本意だ。何がいい?」
淡々とした口調のまま言う先生に、俺は痛む右拳を庇いながら口を開いた。
「本当!? じゃあ先生、商店街にある肉屋の特大コロッケがいい! 全員分お願い!」
「あら、ヨフネ君ってばちゃっかりしてる。でも、私も賛成!」
シズネが緊張の糸が切れたように笑い、トンボも嬉そうに頷く。
「……分かった。特大だな」
夕日を背に歩き出したシビ先生の、蟲がざわめく外套の背中が、少しだけ頼もしく見えた。
俺たちは夕闇に包まれ始めた里へと急いだ。
そこには、俺たちが守るべき、騒がしくて温かい日常が待っているはずだった。
忍界歴12年
初代火影死去。弟の千手扉間が二代目に就任。
しかし同時に尾獣を支配し分配するほどの力を持つ初代火影の死により、各里の領土拡大の野心が動き始め第一次忍界大戦が勃発。
猿飛ヒルゼン(20)、綱手(3)