同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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032.潜入

 

 

 波の国を出港した密輸船が、重く冷たい海流を乗り越えて数日。

 船体が大きく揺れ、やがて肌にまとわりつくような異常な湿気と冷気を感じた。

 

 「……着きやしたぜ、旦那方。ここから先は血霧の海域だ」

 

 甲板に出た密輸商人が、声を潜めて振り返った。その顔には明らかな怯えが張り付いている。

 今回、潜入するメンバーは流石に少数精鋭で、俺、シスイ、アンコ、トクマの四人一組である。

 

 俺は、隣に立つシスイをはじめとした小隊メンバーと共に、眼前に広がる景色を静かに見つめた。

 視界を完全に遮るほどの、濃く、薄暗い霧。先の見通せないこの過酷な環境下において、白眼を持つトクマを連れてきて正解だったかもしれない。

 

 波の国の港に溢れていた活気や欲望の匂いは、ここには微塵もない。代わりに鼻腔を突くのは、長年にわたって染み付いた血の臭気だった。

 

 俺たちは目立たない外套を羽織り、寂れた入り江に上陸した。密輸商人の案内で獣道を抜け、まずは情報収集のために海沿いの小さな寒村へと立ち寄った。

 

 だが、村の空気は異常だった。

 すれ違う漁師たちの瞳は一様に虚ろで、路地裏で網を繕う老人たちも、俺たちよそ者の姿を見た瞬間にサッと目を逸らし、逃げるように家の中へ引っ込んでしまう。

 

 「すみません、少し道を……」

 

 愛想よく近くの民家の扉をノックしたが、返ってきたのは、内側から何重にも鍵をかけるガチャガチャという無機質な音と、戸板越しに伝わる微かな震えだけだけだった。

 

 「……ひどい有様だな」

 

 シスイが、ポツリと漏らす。

 

 「全員の瞳が濁ってるし、怯えている感じがありますね。常に誰かに監視されていると疑い、張り詰めた猜疑心と恐怖でいっぱいって感じですね」

 

 トクマが白眼の能力を使わずとも感じ取れる異常な空気に顔をしかめ、アンコも呆れたような重いため息をついた。

 

 「根も大概だと思っていましたが、ここは精神を削られそうだ」

 「これが、四代目水影による恐怖政治――血霧の里だ。長居したい場所ではないな、先を急ぐぞ」

 

 俺は村を後にし、再び霧の濃い道へと足を踏み入れた。

 

 

 *

 

 

 だが、その息の詰まるような道程は、唐突に終わりを告げた。

 

 「ひっ!?」

 

 数歩先を歩いていた案内役の商人が、濃霧の中から飛来した死の気配に短い悲鳴を上げた。首筋を正確に狙った、鋭い千本。

 だが、その千本が商人の肉に届くより早く、俺の放ったクナイが空中で正確に弾き落としていた。

 

 「トクマ、アンコ! 案内人を護れ!」

 「はいっ!」

 

 俺の短い指示と同時に、アンコが商人の襟首を掴んで強引に地面へ伏せさせ、トクマがその前に立って構えを取る。

 俺たち猟犬部隊は言葉を発することなく、瞬時に隊列を組み直し、武器を逆手に構えた。

 

 濃霧の向こう側から、殺気を完全に消した複数の忍たちの気配が、俺たちを包囲していくのが分かる。

 

 「お前達、どこの者だ?」

 

 霧の奥から、くぐもった男の声が響いた。

 次の瞬間、音もなく俺たちの真横の空間が歪み、鋭い水遁の刃がトクマを狙って薙ぎ払われた。

 

 「させませんよ」

 

 その水の刃を、前に出たトクマの掌底が鮮やかに弾き飛ばした。

 両目の横に青筋を浮かべたトクマの手には、チャクラが練り込まれている。日向一族の柔拳だ。

 

 「……日向の身内か」

 

 霧が薄れ、一人の男が姿を現した。

 両耳に護符のような札を下げ、右目に厳重な眼帯をした霧の凄腕――青だ。

 青は警戒するように腰を落とし、眼帯の下の右目に手を当てた。

 

 「忌まわしい白眼をこの血霧の底で拝むことになるとは」

 「……貴方のその右目」

 

 トクマが白眼で青の眼帯の奥を透視し、鋭い声を出した。

 

 「なぜ、霧の忍が白眼のチャクラを持っている……!?」

 「戦利品だ。お前たちの身内から頂戴した、な」

 

 青の挑発に、トクマの周囲の空気がピリッと張り詰める。一触即発の殺気が交錯する中、青の隠された白眼が、トクマの奥に立つシスイへと向けられた。

 

 「……お前。そのチャクラの色、以前戦場で手合わせしたことがあるな」

 

 青が怪訝そうに眉をひそめる。

 

 「瞬身のシスイ……いや、だが少しおかしい。以前見た時と、微かにチャクラが……眼のチャクラが変わっている?」

 

 青の鋭い指摘に、俺とシスイは内心で舌を巻いた。

 こいつの白眼、シスイの左眼が入れ替わっていることによる微小なチャクラの変質まで見抜いたというのか。

 シスイはふっと息を吐き、誤魔化すように肩をすくめた。

 

 「……まあ、色々とあってね。俺も少しばかり装いを変えたのさ」

 「ふん、得体の知れぬ奴め」

 

 青が再び水遁の印を結ぼうとした、その時だった。

 

 「……下がりなさい、青」

 

 分厚い霧を割って、低く艶やかな女の声が響いた。

 同時に、周囲の空気が一気に沸騰したかのような異常な熱を帯びる。大気中の水分が強酸へと変質し、木々の葉がドロドロに溶け落ち、地面の石がジュウッと音を立てて白煙を上げた。

 

 「隊長、下がって下さい……! これは、ただの霧じゃない」

 

 シスイが即座に俺の前に立ち塞がった。凄まじい威力の血継限界、溶遁だ。

 白煙の中から、青みがかったドレスのような忍装束に、右目を隠すように流した赤茶色の長い髪を持つ女性が悠然と姿を現した。主の登場に、青は舌打ちをして素直に一歩引いた。

 

 「動かないで。少しでも妙な真似をすれば、あなたたちの肺を酸の蒸気で溶かすわよ」

 

 女が冷酷に言い放った瞬間、俺はシスイの肩を叩いて制し、ゆっくりとフードを後ろに脱ぎ捨てた。

 

 「久しぶりだな。……随分と立派な反逆者になったじゃないか、照美メイ」

 

 俺の言葉に、包囲していた霧の忍たちが僅かに動揺した。青も驚いたように目を見開く。

 メイ本人の表情も、警戒から微かな驚きへと変わる。彼女は俺の顔をじっと見つめ、やがてその妖艶な瞳を大きく見開いた。

 

 「あなた……あの時の、木ノ葉の忍?」

 「シスイ。警戒を解け。昔の馴染みだ。それに――」

 

 俺は真っ直ぐにメイを見据え、言葉を続けた。

 

 「俺が会いたかった人だ」

 

 (……今回の極秘任務の最重要ターゲットだからな。すぐに向こうから接触して来てくれて助かった)

 

 俺が内心で任務の達成に安堵していると、なぜかメイは一瞬だけきょとんとし、その白い頬をほんのりと朱に染めた。

 

 「昔の馴染みって……隊長、顔が広すぎませんか?」

 

 状況を飲み込めない隊員達が、困惑したように酸の霧と俺を交互に見比べた。

 かつて第三次忍界大戦の撤退戦で、監視役に利用されていた彼女を、俺たち猟犬の小隊が援護して救ったのだ。あの時、「貸しにしておくわ」と言って去っていった同い年の少女は今、圧倒的なカリスマを備えた大人の女性へと成長していた。

 

 「あの時は自己紹介出来なかったからな。俺はうたたねヨフネだ。火影の密命で、お前たち改革派の現状と内戦の真偽を見極めに来た」

 「うたたね、ヨフネ……」

 

 メイは信じられないものを見るように息を呑み、その美しい唇を微かに震わせた。

 そして、フッと毒気を抜かれたように、どこか熱を帯びた瞳で俺を見つめ返してきた。

 

 「私に……会いたかったのね。……奇遇ね、ヨフネ」

 

 メイは一歩前へ歩み寄り、魅入られたような甘い笑みを浮かべた。

 

 「私もずっと……探していたのよ。あの日、絶望の中で私を助けてくれた恩人の名前を」

 

 (……ん? なんだか少し、思っていた反応と違うような……?)

 

 十年間、彼女の中でどれほどその記憶が反芻されてきたのか。痛いほどの熱意が籠もった声に、俺は一瞬だけ気圧されそうになったが、部下の前で動揺を見せるわけにはいかない。

 

 「木ノ葉の特殊部隊――猟犬の隊長が、あなただったなんて。情け容赦のない死神だという悪名だけは、この血霧の底まで届いていたけれど……」

 

 メイは一歩前へ歩み寄り、魅入られたような笑みを浮かべた。

 

 「死神にしては、少しばかり顔が良すぎるんじゃないかしら?」

 

 

 *

 

 

 俺たちは厳重な目隠しをされそうになったが、日向トクマがいる限り無意味と悟って、周りを囲まれた状態で拘束もなく廃村の地下に作られた広大な隠れ家へと案内された。

 

 そこには、怪我を負ってうめき声を上げる忍や、迫害された血継限界の一族の子供たちが身を寄せ合うように息を潜めていた。シスイたちが、その光景を痛ましげに見つめている。

 

 「これが、血霧の現状よ」

 

 粗末な木製のテーブルを挟んで、メイが重い口を開いた。先ほどの甘い空気は鳴りを潜め、反乱軍の長としての鋭い顔つきに変わっている。

 

 「四代目水影の狂気は限界を超えている。少しでも逆らう者や血継限界を持つ者は徹底的に粛清され、里の戦力自体がボロボロよ。誇りだった忍刀七人衆も、今や壊滅状態だわ」

 

 メイは忌々しげにため息をついた。

 

 「前の第三次忍界大戦で、雷刀、縫い針、兜割、飛沫の四振りを紛失。さらに最近、干柿鬼鮫は鮫肌を持って、桃地再不斬は首斬り包丁を持ってそれぞれ里を抜けた。……今里に残っているのはヒラメカレイくらいのものよ」

 

 そう愚痴をこぼしたメイの視線が、ふと、外套の隙間から見えている俺の腰の刀に止まった。

 その双剣の特徴的な形状。そして、微かに帯電している刀身。

 

 「……ねえ。あなたが腰に差してるそれ、ウチが紛失した雷刀・牙にそっくりなんだけど」

 

 メイのジト目が、俺を鋭く射抜く。

 

 「か、返したりしないぞっ!」

 

 俺は咄嗟に腰の刀を手で隠し、大人気なく言い放った。

 

 「……別に今すぐ返せとは言わないわよ。呆れた。まさか木ノ葉が回収してたなんてね」

 

 メイが肩をすくめる。

 

 (……残りの三振り『縫い針』『兜割』『飛沫』も、ぜんぶ俺の裏の倉庫に厳重に隠してあるとは、絶対に言えねえな……)

 

 俺は内心で冷や汗をかきながら、咳払いをして話題を戻した。

 

 「ま、まあ刀の話はいい。この様子を見るに、反乱軍には圧倒的に物資が足りないんだろう?」

 「ええ。同胞は集まっているけど、鎖国状態のこの国で、資金も後ろ盾もなく反乱軍を維持するのは、ただ全滅を待つようなものよ」

 

 彼女は真っ直ぐに俺の目を見据えた。

 

 「だから、あなたの助けが借りれるなら助かるのだけど。私たちに力を貸してはくれない?」

 「……木ノ葉が他国の内戦に公式に介入することはない。でも、波の国の港を仕切る商会としてなら話は別だ」

 

 俺は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上へ滑らせた。

 

 「大丈夫だ。俺もそのつもりで来た。波の国からの、非公式な密輸ルートの提供だ。武器、兵糧丸、医療品、起爆札。必要なあらゆる物資を、直接回してやる。……だがこれも商売だ。対価はどうする?」

 

 メイは羊皮紙を見つめ、やがてフッと色っぽく笑い、テーブル越しに身を乗り出してきた。

 胸元の深い谷間が影を作り、微かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 

 「今の私たちには、払えるような金はないわ。……だから、私が空手形を切ってあげる。私が四代目水影の首を獲り、五代目水影の座に就いた暁には、波の国に独占的かつ圧倒的に有利な優遇貿易協定を結ぶ」

 

 メイは艶やかな瞳で俺を見つめ上げ、囁くように言葉を紡いだ。

 

 「……それと、私からの個人的な『恩返し』も添えてね。乗るかしら?」

 

 そのあからさまな色仕掛けと熱視線に、俺の心臓は柄にもなく跳ね上がりそうになった。だが、ここで動揺すれば転生者としての、そして猟犬の隊長としての威厳が崩壊する。俺は努めて冷徹なポーカーフェイスを崩さず、低く笑い返した。

 

 「悪いが、俺の投資は高くつくぞ」

 

 「隊長」とシスイがたまらず口を挟んだ。

 

 「大国の正規軍を相手に、寄せ集めの反乱軍が勝つ見込みは極めて薄い。投資としてもあまりにリスクが高すぎます」

 

 だが、俺には原作の知識がある。彼女は必ず勝ち、五代目水影になる。

 

 「いいだろう。その空手形、俺が買うよ」

 

 俺はメイを見下ろした。

 

 「ただし、もう一つ条件がある。鎖国で仕事にあぶれて飢えている、この国の優秀な棟梁や船大工たちを、帰りの密輸船に乗せて波の国へ送れ」

 「大工を?」

 「ああ。波の国に大橋と巨大港湾を造る。連中には波の国で腹一杯飯を食わせ、最高の環境で仕事をさせてやる。人を送るついでに、帰りの船で武器を持ち帰ればいい」

 

 メイは目を丸くした後、肩を震わせて笑い出した。

 

 「あははっ! 内戦中の国から職人を引き抜いて整備に使うなんて。……いいわ、交渉成立よ。あの時と同じ、あなたのその優しさに乗ってあげる」

 

 

 *

 

 

 数日後。

 大工たちを密かに集める手配を済ませ、俺たちが、見送りのメイと共に入り江の密輸船へ戻ろうとした時だった。

 

 「――忍法・霧隠れの術」

 

 唐突に、視界が完全に白く塗り潰された。チャクラが練り込まれた絶対の死角。

 

 「見つけたぞ、反逆者ども。……水影様の命により、ここで塵となれ」

 

 全方位から声が反響する。水影派の追い忍の小隊が、俺たちを完全に包囲していた。音を消し、気配を殺し、霧の中から一方的に標的を屠る無音殺人術(サイレントキリング)だ。

 

 「チッ、嗅ぎつけられたか!」

 

 メイが舌打ちをし、迎撃の印を結ぼうとした。だが、俺は無言で彼女の肩に触れ、それを制止した。

 俺は横に立つシスイ、そして背後のアンコとトクマに視線を向ける。

 

 互いに声は一切出さない。俺の左手の指先が、僅かに『2』と『2』の形を作った。前方二、後方二。

 シスイが顎を引き、アンコとトクマが音もなく散開の構えを取る。

 

 次の瞬間、俺たち猟犬部隊は音もなく霧の中へ消えた。

 いや、消えたのではない。彼らのサイレントキリングを遥かに凌駕する、猟犬の絶対的な無音制圧だ。

 右の霧の中から、クナイを構えた追い忍が飛び出してくる。

 

 俺はその刃を最小限の動きで躱し、相手の顎を下から手のひらで跳ね上げた。脳が激しく揺れ、相手の意識が飛んだコンマ一秒の隙に、首の骨を無音でへし折る。

 

 背後では、シスイの写輪眼とトクマの白眼が、霧の向こうのチャクラを正確に捉えていた。

 瞬身の術。シスイが背後から迫っていた忍の頸動脈を切り裂き、崩れ落ちる死体をトクマが音もなく受け止め、地面に寝かせる。血飛沫の音すら立てさせない。

 

 同時にアンコが、上空から奇襲をかけようとした敵の心臓を、音を殺したチャクラ刀で正確に貫いていた。

 特殊部隊として極限まで洗練された、一切の無駄がない殺戮の連携。

 

 「な、なんだ!? どこにい――」

 

 焦った敵の隊長が声を上げた瞬間、俺はすでにその背後に立っていた。口を塞ぎ、腰のナイフを抜いて心臓を真後ろから刺し貫く。

 戦闘開始から、わずか十秒。濃密な霧の中で行われた、完全な無音の殲滅劇。

 

 霧が晴れ始めた時、地面には五人の追い忍が事切れていた。俺たち猟犬の四人は、刃の血を払い、何事もなかったかのように立ち尽くしている。

 

 「……昔みたいに派手なあの術は使わないのかしら」

 

 メイが、驚愕を通り越した呆れ顔で笑った。

 

 「相手の土俵で狩る。そっちの方が効果的だろ」

 

 

 *

 

 

 霧が晴れた入り江には、俺たちが手配した密輸船が待っていた。

 船にはすでに、波の国へ向かうことを決意した優秀な大工たちや、その家族が乗り込み始めている。これが、波の国と血霧を結ぶ太い密輸ルートの始まりだった。

 タラップに足をかけようとした俺の背中に、メイがふと思い出したように声をかけてきた。

 

 「そうそう、ヨフネ。もし他国で残りの忍刀を見つけたら教えてちょうだい。あれらがあれば、私はもっと早く水影になれるから」

 

 その言葉に、俺は心臓が跳ね上がり、タラップの段差で盛大につまづきそうになった。

 

 (……だから『縫い針』『兜割』『飛沫』の残り三振りも、ぜんぶ俺の裏の倉庫にあるんだってば……!)

 

 絶対に言えない。今ここで「実は全部持ってる」などと口走れば、この美しき未来の水影様に溶遁のマグマでドロドロに溶かされるか、空手形どころか全財産をむしり取られるに決まっている。額から一気に冷や汗をどっと噴き出した。

 

 「あ、ああ……! どこかで見かけたら、ぜ、善処するよ……!」

 

 俺は一切彼女と目を合わせずに、逃げるように船の甲板へと駆け上がった。

 すると、背後に控えていた部下たちが、何やらコソコソと耳打ちをしているのが聞こえてきた。

 

 「ねえ……隊長、なんか顔赤くない?」

 

 アンコがニヤニヤしながら小声で呟く。

 

 「白眼は誤魔化せませんよ。隊長の心拍数が、先ほどの戦闘時とは比べ物にならないほど跳ね上がっています」

 

 トクマが真顔で、しかしどこか楽しげに報告した。

 

 「無理もないさ。隊長も立派な二十五歳の男だからね。あんな妖艶な美貌で見つめられれば、動揺もするだろう」

 

 シスイがやれやれと肩をすくめ、アンコがうんうんと深く頷いている。

 岸辺で見送っていたメイが、甲板で奇妙な空気になっている俺たちを見て、ふと口元に蠱惑的な笑みを浮かべた。

 どうやら俺の動揺を「自分に見惚れて照れている」と完全に勘違いしたらしい。

 

 「ふふ……戦場ではあんなに冷酷な死神だったのに、そんな可愛い顔もするのね」

 

 メイは潮風に長い髪をなびかせながら、とどめとばかりに艶やかな声で言い放った。

 

 「次に会える日が、ますます楽しみになったわ。……早く水影になって、あなたをこの国に迎えたいわ。木ノ葉の死神より、五代目水影の夫のほうが、悪くない肩書きだと思うけれど?」

 

 その大胆すぎる逆玉の輿の提案に、甲板の空気が一瞬だけ固まった。

 

 「忍刀ごと私の所へ来ない?」

 「「「おぉ〜〜っ!!」」」

 

 部下たちが一斉に冷やかしの歓声を上げ、シスイが俺の肩をポンと叩いて親指を立てた。

 

 (違う! 俺は忍刀がバレたら酸で溶かされるから焦ってるだけだ!!)

 

 全力で否定したかったが、ここで「実は忍刀の件だ」と弁明すれば一発でアウトになるため、俺は顔を真っ赤にしながら無言でワナワナと震えるしかなかった。

 

 「……お前ら、里に帰ったら訓練追加な」

 「「「理不尽!!」」」

 

 俺の背後でメイが、俺たちのやり取りを見てクスクスと楽しそうに笑っている気配がした。

 

 「死ぬなよ、未来の水影様!」

 

 甲板から精一杯のポーカーフェイスを取り繕って叫ぶと、メイは嬉しそうに微笑み、手を振り返した。

 

 「ええ。首を長くして待っていなさいな。次に会う時は、水影の執務室で極上の茶を淹れてあげるわ。……雷刀と一緒にね!」

 「……だから返さないってば」

 

 俺の小さな呟きと部下たちの笑い声は、重い波の音にかき消された。

 船のタラップが上がり、ゆっくりと岸を離れる。

 血塗られた霧の底で結ばれた一つの空手形が、やがて忍界を大きく動かすことになると信じて。

 

 





 
柳陰コカゲ
ヨフネの六歳下でウルシの同期。
(原)暗記の使用について日々研究している一族の忍。口から放たれるクナイは投擲するよりも強力。左頬に“陰”の文字がある。
 
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