同情するならチャクラくれ   作:あしたま

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033.守護

 

 

 「……お主なぁ。少し目を離した隙に、他国の反乱軍のトップと勝手に同盟組んでくる奴があるか。内情を探れと言っただけじゃぞ」

 

 木ノ葉の里、火影邸の執務室。

 デスクの上に山のように積まれた報告書と、照美メイとの『空手形』の写しを前に、三代目火影・猿飛ヒルゼンは心底疲れたように眉間を揉んでいた。部屋には紫煙が重く立ち込めている。

 

 「同盟じゃありません。あくまで波の国の商人シラカワとしての投資です」

 「言葉遊びをするな。それに、波の国の開発のために水の国から優秀な大工を根こそぎ連れてきたじゃと? 鎖国中の他国から技術者を引っ張るなんて、一歩間違えれば国家間の大問題だぞ」

 「いやいや、彼らは自らの意志でより良い職場を求めて転職しただけです。波の国で腹一杯飯食わせて、最高の環境で橋を造らせる。完全な自由競争ですよ」

 

 俺がしれっと答えると、三代目はパイプに火をつけ、ふぅーっと長いため息と一緒に煙を吐き出した。苦労をかけている自覚はあるが、それ以上に苦労させられている所があるから許して欲しい。

 

 「……まあいい。結果的に、将来の霧隠れの里とパイプが出来るなら、こちらにとってもありがたい。だが、流石に他国のクーデターなんてデリケートな問題に、わしも即断即決で動くわけにはいかん」

 

 ヒルゼンは報告書を机の引き出しにポイッと放り込んだ。

 

 「しばらく事態の推移を見守る。お前には待機を命ずる。波の国やら水の国やらで神経すり減らしただろ。長期休暇だと思って、少し休め」

 「了解です。ありがとうございます、火影様」

 

 こうして、俺は久しぶりのまとまった休暇をもらうことになった。

 

 

 *

 

 

 だが、執務室を出て火影邸の廊下を歩いていた俺の前に、一番会いたくない身内が立ち塞がった。

 

 「ヨフネ。少し話をしようか」

 「……お疲れ様、婆ちゃん。相談役を引退したってのに、まだ火影邸をうろついてるのか」

 

 かつての木ノ葉のご意見番の一人であり、俺の祖母でもある『うたたねコハル』だ。

 

 以前、彼女が『相談役』という里の最高幹部に就いていた頃は、いくら血の繋がった親族とはいえ、俺も明確に公私の区別をつけて接していた。当時の俺たちは政治的な方針で意見が衝突することも多く、火花を散らすこともしばしばだった。

 

 だが、彼女が上忍会議の設立に伴い上役を降りてからは、互いの肩の荷が下りたのか、こうして砕けた口調で憎まれ口を叩き合える程度には関係が改善されている。

 

 とはいえ、長年里の中枢に根を張ってきた政治的影響力は未だ健在であり、今でも事あるごとに監査部門や上層部にアドバイスを求められることも多いようだ。

 彼女は鋭いジト目で俺を見据え、コツンと杖を突いた。

 

 「ふん、暇を持て余した年寄りの散歩じゃよ。……だがな。最近のお前たち猟犬の活躍は目覚ましい。そこは評価している。だが……お前たちの部隊の資金源、ちょっと不透明すぎやしないか?」

 「資金源、ですか?」

 「とぼけるな。波の国とかいう外部に独自の資金源を持って、数十名規模まで膨れ上がった集団。ヒルゼンは甘いから黙認しているようだが、近いうちに、上層部から正式な監査と財務の監督官が部隊に入ることになりそうじゃ。出処の怪しい裏金で動く組織なんて、認められるはずがなかろう」

 「……分かったよ。忠告ありがと」

 

 俺は愛想笑いで頭を下げ、逃げるようにその場を後にした。

 

 痛いところを的確に突いてくるあたり、やはりうちの婆様は侮れない。俺の背筋には嫌な汗が流れていた。

 

 波の国の裏金が流れて来ている今の状況は,確かに政治的に隙だらけだ。もし監査なんか入れられて部隊を里の完全管理下に置かれれば、ガトーとの暗闘や血霧への密輸ルートなど、波の国の非公式な諜報網まで全て明るみに出て潰されてしまう。

 

 上層部を完全に黙らせるには,誰も文句が言えない表のデカい資金源――つまり、火の国の大名府あたりから直接下りる「公式な後ろ盾」を引っ張ってくるしかなかった。

 

 さらに俺の胃を痛めつけているのは、波の国に残してきたイズミからのSOSだった。

 拠点に届いた暗号巻物には、悲壮感漂う文字がびっしりと書かれていた。

 

 『隊長、助けてください。血霧から連れてきた大工の戸籍管理、巨大港湾の予算配分、帳簿決済の導入……この少ない人数で全部処理しろとか過重労働にも程があります。私は十六歳の忍であって、一国の財務大臣じゃありません! 至急、国家規模の経済と内政を回せる優秀な文官を派遣してください! さもないと波の国より先に私が爆発します!』

 

 「……ごめんイズミ。マジで俺が悪かった」

 

 俺は波の国の方角に向かって静かに手を合わせた。いくらイズミが天才でも、一国の経済システムを丸ごと一人に丸投げするのは流石に歪すぎた。過労死でうちはの生き残りを潰してしまっては本末転倒だ。

 表の資金源と、超優秀な内政官僚。

 今の猟犬部隊には、その二つが喉から手が出るほど必要だった。

 

 

 *

 

 

 そんな胃の痛い課題を抱え、非番を持て余して里を歩いていた俺を捕まえたのは,同期の夕日紅だった。

 

 「ヨフネ、久しぶりじゃない。ちょっと付き合いなさいよ」

 

 有無を言わさぬ勢いで腕を引かれ,連行されたのは里の外れにある大衆居酒屋だった。

 

 最近、紅はどうも荒れている。原因はハッキリしていて、アスマが『守護忍十二士』になると言って里を出て行ってしまったからだ。とはいえ、もう一年が経とうとしている。そろそろ切り替えて欲しいんだが。

 

 アスマが里を離れた頃、俺は波の国に出張中だったから、どうにも機会がなくて愚痴のターゲットから外れていた。しかし流石に一回も相手しないのは可哀想なので渋々付き合った結果、目の前には見事にクダを巻く紅が出来上がっていた。

 

 「ヨフネわぁ凄いよねぇ。なんて言うか、自分を持ってるっていうかぁ……そーれーにー比べ、アスマはさぁ……」

 「はいはい、ありがとう。本当にアスマの事が好きなんだな」

 「だ、誰があんな私を置いてった奴なんかぁ! あいつなんか、優柔不断で照れ屋だし、プライド高いわ、ファザコンだわ……まあ、気遣いとかは凄いしてくれるんだけどね。ほっとけないっていうか……」

 

 ジョッキをドンとテーブルに置き、紅がアルコールの匂いと熱気を含んだ息を吐き出す。

 

 俺は前世で培った接待術をフル稼働させ、自分は水割りのフリをしてひたすら水を飲み、紅には濃い目の酒を飲ませて自身の泥酔をひたすら回避していた。

 

 「ていうか、二人は付き合ってたの? さっき置いてかれたって言ってたけど」

 「えっと、付き合っては無かったんだけど……あいつが出て行く時に、『一緒にいてよ』って言ったんだよね。でもあいつは、それを無視して……」

 

 アスマが出て行ったのは三代目との確執が原因だが、そこには俺やカカシの存在も無関係じゃないらしい。

 

 以前、アスマは大名の護衛任務で部隊に大きな犠牲を出してしまい、三代目に指揮能力を認められなかった。そのくせ、同年代の俺やカカシは部隊を任されて重用されている。その状況に拗ねていたタイミングで、大名から守護忍にスカウトされたのだから、そりゃ飛びつくに決まっている。要するに、同期へのコンプレックスと父親への反抗期だ。

 

 「……なんか、色々聞いてくれてありがとね、ヨフネ」

 

 溜まっていたものを吐き出して満足したのか、紅がふにゃっとあどけなく笑う。

 

 「別にいいけど、色んな奴に酒で絡むのは辞めとけよ」

 「ふふっ、優しいのね」

 「美人には優しくする主義なんでね」

 「もう、からかわないでよ……」

 

 紅は赤くなった頬をさらに染めて、ふいっと顔をそらした。年相応の無防備な顔だ。アスマもこんな良い女を置いて行くなんて、本当に馬鹿な奴である。

 

 「さて、店も閉まるし、そろそろ出るか」

 「そうね……っと!」

 

 立ち上がろうとした紅がフラついたので、俺は咄嗟に腰に手を回して支えた。至近距離で、甘い酒と大人の香水の匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。

 

 「ありがと……」

 「おーおー。家まで送るよ」

 

 

 *

 

 

 翌朝。重い瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは見覚えのない白い天井だった。

 すぐ隣からは、規則正しく微かな寝息が聞こえてくる。首だけ動かして横を見ると、シーツに深く包まった紅が、すやすやと無防備に眠っていた。

 

 「…………」

 

 俺は音を立てないようにゆっくりと息を吐き、ベッドから静かに身を起こした。全身から一気に冷や汗が噴き出す。

 

 足のおぼつかない彼女をアパートまで運び、ベッドに寝かせたところまではハッキリと覚えている。だが、その後どうやって俺がこのベッドで寝たのか、なぜか記憶がスコーンと抜けていた。俺も最近、知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたらしい。

 

 シーツから覗く彼女の肩先は、服を脱いでいるようにも見えるし,ただ着崩れているだけのようにも見える。そのシーツを捲って確かめる勇気など、俺にあるはずもなかった。

 

 いや、流石に理性を飛ばすような真似はしていない、はずだ。うん、多分していない。

 

 俺自身が今、なぜか一糸まとわぬ全裸であるという事実からは全力で目を逸らしつつ、必死に自分へ言い訳を重ねる。俺は床に散乱していた自分の服を震える手で拾い集め、音を立てずに着替えていった。

 

 もし万が一手を出していたら、アスマが帰ってきた時にどんな顔をすればいいのか。そもそも殺されるんじゃないか。俺は眠り続ける紅の顔を最後にチラッと見て、逃げるようにそっと部屋を後にした。

 

 

 *

 

 

 朝の冷たい空気を深く吸い込み、気を取り直して俺は猟犬部隊の拠点へと向かった。

 波の国の資金を注ぎ込んで改築された拠点は、地上三階、地下二階建ての立派な専用ビルになっている。

 

 併設された広い屋外訓練場に顔を出すと、トンボやホヘト、サンタといった古参メンバーたちが、新入隊員たちを大声でしごいていた。部隊の規模は数十名に膨れ上がり、すっかり大所帯だ。

 

 「おはようございます、隊長。随分と重役出勤ですね」

 

 背後から、副官のシスイが呆れたように声をかけてきた。公式に里に復帰した彼は、サスケの面倒も見ながら、だいぶ立ち直ったように見えた。

 

 「休暇中だからな。朝寝坊くらい許せ」

 「へえ、夕日紅のアパートから朝帰りしてたくせによく言うぜ」

 

 トンボがニヤニヤしながら首を突っ込んできた。

 

 「……なんでお前がそれ知ってんだよ」

 「さっき、アンコが嬉々として吹聴しに来たんです。アパートの前で見たらしいですよ」

 

 ホヘトがやれやれといった顔でため息をつく。あのヘビ女、どんだけ暇なんだ。

 

 「相手はアスマさんの想い人ですからね。隊長が手を出したとなれば、ちょっとしたスキャンダルですよ」

 

 とシスイが笑う。

 

 「出してねえよ。泥酔したから家まで運んで、俺も疲れて寝落ちしただけだ。……多分」

 「『多分』って言っちゃってますよ、この人」

 

 トンボがすかさずツッコミを入れ、周りのシスイたちがドッと笑った。

 

 「お前ら、余裕そうだな。後で執務室に顔を出せ。今後の課題について会議だ」

 

 俺がジロリと睨むと、彼らは「横暴だ!」と言いながら慌てて持ち場に戻っていった。

 

 

 *

 

 

 本館最上階の隊長執務室。

 重い防音扉を閉めると、部屋の中は一気に張り詰めた仕事の空気に切り替わった。

 

 「……笑い事じゃないぞ、お前ら」

 

 俺はデスクに腰掛け、イズミからのSOS巻物と、廊下でコハルから突きつけられた監査の件をシスイとホヘトたちに共有した。

 

 「要するに、うちの組織は急激にデカくなりすぎた。トップと末端の練度差を埋める訓練の見直し。イズミが過労死する前に内政のプロを獲得すること。そして、婆さんたち上層部を黙らせるための大名府からの表の資金源。この三つをどうにかしないと、猟犬部隊は遠からずパンクするか、監査が入って里から金を巻き上げられるぞ」

 「……耳の痛い話ですね」

 

 シスイが腕を組み、深くため息をついた。

 

 「ですが隊長、大名府の重鎮とコネを作って、さらに優秀な官僚を引き抜くなんて、そんな都合の良い話が、その辺に転がってるわけが――」

 

 シスイの言葉が途切れた。

 静まり返った防音扉の向こう側から、廊下を全力で駆け上がってくる切羽詰まった足音が聞こえたからだ。

 

 「……何かあったようですね」

 

 ホヘトが白眼を起動させ、扉の向こうを視認して顔を強張らせた。

 

 「情報処理班です。チャクラが乱れてます。だいぶ慌ててますね」

 

 直後、執務室の重い扉が乱暴に開け放たれた。

 飛び込んできた隊員は息を乱し、顔面を蒼白にしていた。

 

 「火の国の首都に駐在させている木ノ葉の連絡員が情報を回してくれました!緊急の暗号通信です!」

 

 隊員が震える手で、一枚の解読紙をデスクに叩きつけた。

 それを一瞥した瞬間、俺の目の色が変わった。

 

 『守護忍十二士に不穏な動きあり』

 「……隊長?」

 

 ただならぬ空気に、シスイが怪訝な顔をする。

 だが、俺の口元は、無意識のうちにニヤリと吊り上がっていた。

 

 「……シスイ。お前、さっきそんな都合の良い話が転がってるわけがないって言ったな」

 「え? あ、はい」

 「都合の良い話が来たぞ」

 

 俺は立ち上がり、壁に掛けられた双剣『雷刀・牙』を腰に差した。カチャリと冷たい金属音が室内に響く。

 そして、猟犬の指揮官としての冷徹な顔で室内のメンバーたちを睨みつけ、パンッと手を叩いた。

 

 「これより、猟犬部隊の休暇を全面取り消しとする! 全隊員に通達、即応態勢に移行しろ!!」

 「即応態勢……!? 隊長、大名府のクーデターに介入するつもりですか!?」

 

 ホヘトが驚愕の声を上げた。

 

 「火影様からの出撃命令はまだ出ていませんよ! いくらなんでも無断で部隊を突入させたら、俺たちが反逆者扱いされます!」

 「分かってる。だから今から俺が火影邸に行って、三代目から大義名分をふんだくってくる」

 

 俺は届けられた暗号文を手に取り、悪辣に笑った。

 

 「三代目は、実の息子が巻き込まれている大名府へ、絶対に援軍を送る。その最速の役目を、俺たちが志願して請け負うんだ」

 

 シスイがハッとしたように目を見開いた。

 

 「まさか隊長。クーデターの混乱に乗じて……」

 「火の国を乗っ取る気ですか?」

 

 トンボが横槍を入れてくるが無視する。

 

 「そのまさかだ。クーデターを起こした過激派にとって、大名本人と大名府の財布を握る財務大臣は真っ先に狙われる標的だ。アスマたちが正面で馬鹿正直にチャンバラやってる裏で、俺たちはその大臣の命をピンポイントで救い出す」

 

 俺は暗号文の端を指で弾き、冷たく笑い飛ばした。

 

 「そして命を救った見返りに、大臣から表の予算と極上の文官を丸ごと分捕ってやる。誰も文句が言えない大義名分付きでな」

 

 俺は扉へ向かって歩き出しながら、背後のシスイたちに指示を飛ばした。

 

 「俺が戻るまでに、輸送部隊と医療班、精鋭の突入小隊の準備を終わらせとけ。命令が下ったコンマ一秒後に、俺たちは里の誰よりも早く大名府へ飛ぶぞ」

 「……相変わらず、えげつないこと考えますね、隊長」

 

 シスイが呆れたように笑い、ホヘトやトンボたちも一斉に好戦的な光を瞳に宿して頷いた。

 

 「全隊、武装準備!! 隊長が戻るまでに一人残らず出撃態勢を整えろ!!」

 

 副官であるシスイの号令が、ビル中に響き渡る。僅か一日も持たず平和な休息は終わりを告げた。

 

 だがそれは、俺たちの抱える面倒な課題をすべてひっくり返すための、最高に美味しい仕事の始まりだった。

 

 





 
日向トクマ
(原)アンコ率いる先発偵察部隊にいた忍。追跡用に鍛えられた白眼は日向一。
 
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